短編集:研修試験監督者、ユウコ(7)
関西迷宮の【迷宮外壁】から、ちょうど900mほど移動した地点。
そこに舞子達と勇子達はいた。
感知系の複数の精霊探査魔法と、移動用の精霊付与魔法《旋風の纏い》を併用し、静かに廃墟の屋上を移動する舞子達。その舞子達の後方10mに、勇子達はいた。
勇子が横を移動する命彦へ問う。
「ツルメおったか、命彦?」
「ああ。舞子達の前方、300m先に30体ほどの群れがいる。一カ所に固まって、ほとんど動かねえ」
『幾つかの群れが合流して、何かを待ち構えているようですね?』
「ああ。舞子達に気付いてる感じはねえけど、ツルメ達から激しい戦意を感じる。どういうことだ?」
命彦の言葉とミサヤの思念を聞き、勇子はすぐ後ろを移動するメイアと顔を見合わせた。
思い当たる節があったのである。勇子とメイアが口を開いた。
「実は昨日、舞子らがサツマイモとツルメを狩った時に、そいつらの群れを散り散りにしたっぽい、オーガを見たんや」
「通常のオーガより、倍以上の体格を持ってた個体でね? サツマイモやツルメを餌にしてたわ」
2人の発言を聞いて、命彦の横を移動する空太が言う。
「倍以上の体格か……ただのオーガと考えるのは早計だね?」
「ああ。先祖返りしたのか、進化したのかは分からんが、ミサヤと同じく
命彦が小さく首を縦に振ると、防具型魔法具に付属する背後の
『ふむ。そのユニークオーガを討つために、ツルメ達が徒党を組んでいると?』
「多分ね。近くにいるのかも……あ、舞子達が止まったわ。ツルメ達に気付いたのかしら?」
メイアが、前方で立ち止まった舞子達を見つつ問うと、命彦も足を止めて答えた。
「そうらしい。現状の舞子達の探査範囲の限界は、移動してる場合は周囲150mほどで、止まって探る場合でも周囲200mが限度か。せめて倍は欲しいところだが……」
「そうね、私や勇子の探査範囲の限度がそのくらいだし、もう少し探査魔法の練度を上げる必要はあると思うわ」
「探査範囲の底上げも必要だけどさ、僕は魔法自体の制御の粗さも今後の課題だと思うよ?」
「空太にしてはええこと言うやんけ。ウチも、もう少し緻密に制御して、魔法の気配を抑制する必要があると思う。今のまんまやったら、気配に
勇子達が会話していると、前方で止まっていた舞子達が振り返り、命彦達に視線を送った。
「今後の課題は後で伝えてやるとして、舞子達は間引きして欲しい様だ。行くぞ?」
命彦が勇子達にそう言った時だった。
命彦とミサヤが目と目で通じ合い、勇子達を制止する。
「こいつは……デカい、待てお前ら!」
「どしたんや?」
『
「魔獣同士の戦闘だ、巻き込まれる必要はねえ。とりあえず、安全地帯に移動して戦闘を観察し、生き残った方を狩る。舞子達にもそう思念で伝えろ」
「分かったで」
勇子が、伝達系の精霊探査魔法《旋風の声》で舞子達に指示し、一際頑丈そうに立つ高層建築物の廃墟の屋上で合流した7人と1体は、魔獣同士の戦闘を見守った。
「「「うわー……」」」
魔獣と魔獣の生存闘争を見て、舞子達3人が引いている。
勇子達もあんまり近場で見るのは控えたい戦闘場面であった。高所から地上の戦闘を見下ろし、勇子が言う。
「ツルメの踊り食いやね?」
「言い得て妙だが、その形容しかできねえ場面ではある」
『集束系の精霊攻撃魔法を物ともせずに、近場にいるツルメを掴んでは口に運んでますね、あのオーガ?』
勇子達の眼下では、一際体格に優れたユニークオーガとツルメの群れとの、激しい戦闘が繰り広げられていた。
火の精霊付与魔法を身に纏い、ツルメの群れに突進するユニークオーガ。
そのオーガを、風の精霊結界魔法で受け止めて、土の精霊攻撃魔法で迎撃するツルメ達。
しかし、攻撃魔法で傷付いても、オーガは狂ったように結界魔法へ体当たりを続け、遂には魔法防壁を粉砕して、手近のツルメを両腕で捕まえると、即座に口に放り込み、捕食した。
その場面が、再三繰り返されていたのである。戦闘を見ていたメイアが、呆れたように言った。
「結構重傷を負ってる筈だけど、あれほど血まみれでも食欲が優先されるのかしらね、オーガは?」
「どうだろね? 僕に聞かれても困るんだけど、あの亜種オーガを見る限り、食欲の方が優先されるみたいだよ? 余程空腹だったのかもね」
「確かに。痛がってるそぶりはあるが、それ以上に食べることに執着してる感じや。けど、さすがに血い出し過ぎやろ、アレ」
「ああ。動きが衰えて来てる。あの戦い方じゃ、物量差を覆すのは難しい。舞子、奏子、詩乃」
「「「は、はい!」」」
命彦が舞子達3人を呼ぶと、唖然として眼下の様子を見ていた3人がビクリと肩を震わせた。
その3人へ勇子が告げる。
「決着が近いで? 戦う用意しいや。恐らく相手は、当初の予定通りツルメや」
勇子の発言を聞いて、舞子達が息を呑んだ。そして、10分後。
魔獣同士の生存闘争は、一先ず終わりを迎えた。
半数以上のツルメを胃袋へ納めたユニークオーガが、急に
追撃する余力を失っていたのだろう。ツルメ達は逃げ去るオーガを見逃した。
ツルメ達も相当消耗してる様子である。勇子が逃げたオーガを見送りつつ口を開いた。
「逃げ足、エライ速かったね?」
「ああ。死ぬ手前まで捕食して、脱兎のごとく逃げる。思ったより、狡賢い個体のようだ。がむしゃらに突貫しつつ、しっかりと逃げる余力は残してるとこが、特に鬱陶しい」
『ええ。思考力が高いようには見えませんから、本能がそうさせるのでしょうね? しかし、我々にとっては幸いでした。ツルメの間引きがしやすい点で』
「そうね、残りのツルメは15体。良い具合に消耗してくれてる上に、こっちが奇襲をかけられる位置にある。舞子達にとっては、絶好機だわ」
「うん。先制攻撃で、3体まで僕達が減らす。その後は……」
勇子達4人と1体が、舞子達3人を見ると、舞子達がコクリと首を縦に振った。
「分かってます」
「私達が討つ、ツルメを……」
「ええ。そういう試験ですからね」
舞子達の返事に勇子がフッと頬を緩めた。
「よう言うた。ウチがすぐ傍で見といたる。全力で行け! 〈魔甲拳〉もどんどん使え」
「「「はい!」」」
「俺も、今回は〈魔甲拳〉を使ってやるよ」
舞子達の返事と共に、命彦が自分の武具型魔法具である日本刀を〈余次元の鞄〉へと仕舞い、代わりに武防具型魔法具〈
そして、命彦の用意が済んだすぐ後、メイアと空太が無詠唱で追尾系魔法弾の雨を降らせた。
妖魔種魔獣【鬼妖魔】との戦闘で疲労していた、植物種魔獣【蔓女】の群れは、突然頭上から振りかかる魔法攻撃に次々と倒れ、9体だけが残る。その9体のツルメに、頭上から拳を握った勇子と命彦が襲いかかった。
「どりゃあぁぁーっ!」
「せぇいっ!」
勇子と命彦の拳撃をまともに喰らい、2体のツルメが一瞬で絶命する。
「少しはウチらの連携を見せれそうやね?」
「ああ。あいつらに参考にしてもらえる程度のモノは見せてやろう」
『ユウコとの連携というのが気に食いませんが、今回だけですよ?』
「へいへい、ほいじゃ行くで!」
背合わせに立つ勇子と命彦が、猛然とツルメに飛びかかった。
風と火の魔法力場を身に纏い、拳や足に魔法力場を集束して、ツルメを瞬く間に駆逐する2人。
「「「す、凄い……」」」
廃墟の屋上から見下ろす舞子達は、自分達の上を行く勇子と命彦の連携攻撃に見惚れていた。
互いが互いの背後を守り、互いの攻撃に追撃し合う。
2人の手足が倍に増えたと思えるほどの、嵐の如き攻撃であった。
「右、行ったぞ!」
「ばっちこーい! どやさ!」
命彦へのツルメの攻撃魔法を、勇子が叩き落して無効化し、勇子へのツルメの攻撃魔法は、命彦が叩き落して無効化する。
また、命彦の攻撃を避けたツルメはどういうわけか、吸い寄せられるように勇子の前にたどり着き、問答無用の拳を受けて頭部を粉砕された。
逆もまた
互いが誘導してるのか、互いが計算して動いているのか。恐らく、どちらもであろう。
相互補完し合い、攻防一体の連携を作り出す勇子と命彦は、〈魔甲拳〉の機能を全く使わずに、4体のツルメをあっさり始末し、気付けば残りのツルメは3体のみであった。
「さあ、出番だぞ!」
「来い、3人とも!」
命彦と勇子が、舞子達を見る。舞子達は互いを見合って、屋上を飛び降りた。
「「「はああぁぁああぁーっ!」」」
雄たけびを上げて降下する舞子達。風と火の精霊付与魔法を纏う拳が、3体のツルメ達に迫る。
しかし、ツルメ達の行動は早かった。
「くうっ!」
「こいつ!」
「うぐっ!」
風の精霊結界魔法を即座に具現化したツルメ達は、空から降って来る舞子達に移動系魔法防壁をぶつけて勢いと魔法攻撃を相殺すると同時に、後退して距離を取る。
そして、お返しとばかりに追尾系の魔法弾を多数、舞子達へと放った。
「へえ? うちらの連携から生き残っただけあって、こいつらも意外に場数踏んどる個体やね。注意しいや!」
命彦と一緒に後退した勇子が、ツルメの対応動作からその力を見抜き、舞子達に警告する。
「「「はい!」」」
追尾系魔法弾を撃ち落とし、回避しつつ、舞子達が律儀に返事した。
1対1でツルメを相手取る舞子達が、先に仕掛ける。
個々の戦力に勝るツルメとしては、対峙するままに1対1の勝負へ持ち込みたいところだろうが、舞子達は1対1の戦闘に付き合わず、勇子や命彦のように連携戦闘で挑むつもりだった。
「詩乃ちゃん!」
「分かってるよ!」
舞子が指示すると詩乃が即座に反応し、駆け出す。すると、詩乃の左右に奏子と舞子が付き添い、3人で1体のツルメへ殺到する。
ツルメ達も、舞子達の1体ずつ仕留めようという狙いに気付き、咄嗟に狙われた個体の援護を行った。
標的のツルメの前に、3重の移動系魔法防壁が生まれ、詩乃の拳が受け止められる。
その瞬間、隊列を組むようにひと固まりで突貫した筈の舞子と奏子が、魔法防壁に堰き止められた詩乃から分離し、自分達に最も近い距離にいた、援護していた個体に肉迫したのである。
標的と定めた個体は陽動であり、本命は援護に動く個体であった。
これにはさすがにツルメ達も惑わされたらしく、想定外の舞子達の動きに一瞬だけ停滞する。
他のツルメ達も援護できずに、舞子達の連携攻撃が1体のツルメへ炸裂した。
「せいやああーっ!」
先に仕掛けた舞子の攻撃をどうにか回避したツルメの死角から、奏子の武防具型魔法具〈聖炎の魔甲拳:シャイニングフィスト〉が迫り、ツルメの腹部へ2重の魔法力場と〈魔甲拳〉を纏う拳が接触する。
ガチンと回転式弾倉が起動し、弾倉内の魔法結晶が砕けて、封入されていた攻撃魔法を具現化した。
奏子の拳撃を受けたツルメの腹に、多数の追尾系魔法弾が至近距離から爆裂する。
腹部が焼け焦げて炭化したツルメが1体絶命し、数的優位を得た舞子達は、残り2体のツルメに迫った。
「勝ったね」
瓦礫の上に座って観戦していた勇子がポツリと言う。
その後、今度は囮役として突貫した奏子と舞子に引っかかり、防御を怠ったツルメの1体が、詩乃のシャイニングフィストで頭部を消滅させられ、残る最後の1体も、3人の連携攻撃をかわし切れず、舞子の拳によって頭部を炭化させられた。
数的優位を得た時点で、勝敗はすでに決していたのである。
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