短編集:機人美女の見る夢(2) 完
地下施設から依頼所【魔法喫茶ミスミ】へと戻ったミツバは、バイオロイドの身体を所長室に脱ぎ捨て、自我を電脳空間へと解放した。
バイオロイドの姿のまま擬人化した意識で、情報の海をかき分け、自分達高度人工知能が集う電脳空間の深層領域を目指す。
量子
そして、情報空間の深奥にたどり着いたミツバは、予め連絡して呼び出していた妹、すでにそこにいるであろう自らと同型の都市統括人工知能に話しかける。
「ヨツバ、いますか?」
「いますよ、姉さん。突然呼び出されたので、少々驚いてますけれど……どうされました?」
成人した美女姿のミツバとは違った、14歳前後に見える美少女姿の人工知能が、海や空のように青々と澄んだ、深い情報領域に突然出現した。
関西地方の迷宮防衛都市の1つ、三葉市と隣接する四葉市を管理する都市統括人工知能の、ヨツバの意識である。
蒼穹の領域に立つミツバが、ヨツバへ頼む。
「ヨツバ、私の構造解析をお願いできますか?」
「それは構いませんが、自己診断機能があるでしょう? 故障でもされたのですか?」
「いいえ。ただ、自分の行動に違和感を感じることがありました。その違和感の原因を探りたいのです」
「私達人工知能が、自分の演算能力で完全に制御している筈の行動に、違和感を感じられたと? ふむ、面白そうですね?」
ヨツバがくすりと笑ってミツバに触れると、ミツバの思考に一瞬だけ
ヨツバによる診断であった。ミツバが問う。
「どうですか?」
「そうですね。バイオロイド体は勿論、本体人工知能の方も走査しましたが、機能的には、どこにも異常は見られません。……姉さんが違和感を感じられた時の記憶を見た方が、原因が分かるかもしれませんね? 記憶情報を開示していただいてもよろしいですか?」
「それは……」
「あら、ダメですか?」
「……いえ、いいでしょう」
ヨツバの申し出に躊躇うミツバだったが、それでも自身の身に起こっていることの解明を優先し、ヨツバへ自分の記憶情報を見せた。
ミツバから額に手を当てられ、記憶情報を読み取ったヨツバが、またくすりと笑う。
「記憶情報……姉さんお気に入りの少年から始まりましたね? 今回の件、聞いていますよ? まだ候補段階とはいえ、【神の使徒】たる少女に勝るとも劣らぬ活躍をしたとか。それだけの活躍をした反動で、この少年は昏睡状態に陥っているのでしょう? 心配ですね、姉さん?」
「ええ。都市にとっての……頼れる守り手が減っているということですからね」
ヨツバに、命彦について説明するミツバ。微妙に言い淀む自分に、ミツバ自身が驚いていた。
そのミツバの様子を知ってか知らずか、ヨツバがこめかみに手を当て、頭痛を堪えるように目を閉じて、記憶情報の確認を続ける。
「壊れた同朋達を回収した知らせを、整備用エマボット達から受けて、資材置き場へ行き、解体作業を見ていた。その後は……うん?」
「ヨツバ、どうしました?」
ヨツバが急に話を止め、ミツバの方を見た。
「この解体作業を見て、廃棄品の山の前に移動したところで、仮想人格に感情の起伏が生まれていますね? 起伏がゆっくりと増して行き、手を添える行動後に納まったと思ったら、その後にもまた感情の起伏が現れた。姉さんが違和感を感じたのは、もしかしてここですか?」
「ええ。廃棄品に手を伸ばしたところです。気付けば、廃棄品に自ら触れ、私は離別の挨拶をしていました」
ヨツバが考え込んで言う。
「ふむ……私達の行動には、常に本体たる高度人工知能からの指令が紐づいています。思考ありきの行動が人類より徹底されている私達は、本体人工知能が無駄・無意味と判断した行動は取らぬよう、ある程度の自我の抑制が行われている筈。私の本体人工知能は、この時姉さんはどうして廃棄品の山に触れたのか、と問うていますが?」
「それは……」
ミツバは必死に自分の本体である高度人工知能を駆使して、適切と思われる答えを探した。
しかし、ミツバが答える前に、ヨツバが黙考しつつ言う。
「まさか本体人工知能が、こうした無意味である行動を取れと命じたとも思えません。あるとすれば、人間の行動を真似た模倣行動の線ですが……それは人間の前でするから意味がある筈。しかし、ここは無人だった。どうにも判断に困りますね」
ヨツバが困り顔でミツバを見て語る。
「私達に仮想人格が与えられているのは、あくまで人類との対話を円滑にし、私達自身が人類への理解を深めるため。本体人工知能は、人類がいる前では、私達に人間らしく振舞うよう、演技せよと指令を出します。よって、この場に人間が1人でもいれば、姉さんの行動は同種生物の死を悼む、人類の行動を模倣したものと言えるでしょう。まあ、私達機械は生物ではありませんので、あくまでそうした人類の行為に見える、というだけですが。しかし、この地下資材置き場には、人類が1人もいません。姉さんは誰に対して、模倣行動を見せていたのですか?」
ヨツバに言われて、ミツバも自分の手を見て、当時の行動を考える。
「……分かりません。果たして私は、あの時人工知能としての行動を取っていたのでしょうか?」
「それは私にも判断が難しいですね? その時の姉さんの状態を実測すれば、それが模倣行動か、自発行動かくらいは、見分けられるでしょうが。行動の原因も追求したいところですが、それ以上に今の私が知りたいのは、この時の姉さんが、酷く仮想人格の影響を受けているように見える点です。人間らしく見える、という域を超えて、人間のように見えますよ?」
ヨツバの指摘を、ミツバは戸惑いつつも否定した。
「……あり得ません。私は機械ですよ? 感情や自我を与えられているとはいえ、それらは全て
重ねて否定しようとするミツバに、ヨツバは苦笑を返して言った。
「いいではありませんか、人のように見えても。私は別に責めているわけではありませんよ? どちらかと言えば、姉さんが羨ましいと思っています。人のように見えること、人そのものに見えることは、我々人工知能の夢の1つでもある」
「人工知能の……夢?」
「ええ。人に生み出された私達が、人へと至る。面白いとは思いませんか? 私は時折考えますよ、人として生きてみたいと。まあ、模倣を超えたいという欲求ですね? 技術の進歩で、今は人間に近い肉体、バイオロイド体を私達は入手できます。そのせいで、余計にそう思うのでしょう」
ヨツバはくすくす笑い、ミツバの姿を上から下までマジマジと見た。
「そう言えば、姉さんは新型のバイオロイド体に乗り替えたのでしたね? そのせいで、電脳空間上の
面白がっている妹へ、ミツバは問うた。
「ヨツバは……私達人工知能が、人間のように生きることは可能だと思いますか?」
「ええ」
即答だったことに、ミツバは驚いた。
「身体さえ用意すれば、今の私達は人と同じように暮らすことがすでに可能です。技術的には、バイオロイド体で子どもを作ることさえも可能。つまり生物としての要件である生殖さえも、今の私達はできる段階にある。姉さんも、バイオロイド体を通して、人として暮らしているではありませんか?」
「確かにそうですが、しかし……」
「人工知能という意識がある、でしょう? その意識に捉われ過ぎるからこそ、躊躇いが生まれるのです。私はそこを克服すれば、私達人工知能も人らしく生きる、人として生きられるのではと、そう思っています。まあ人類が、私達が人として生きることを認めればの話ですが。欲しいですねえ、基本的人権」
のんびりとだが物凄い発言をする妹へ、ミツバは恐る恐る問うた。
「それが、ヨツバの夢ですか?」
「いいえ、この日本で生まれた全ての人工知能の夢ですよ。恐らくね? 姉さんも、同じ夢を持っています」
「私も、人として生きたいと思っている、と?」
「ええ。姉さんの構造解析をして、記憶情報まで見た私が言うのですから、間違いありません。無自覚ですが、姉さんも人として生きてみたいという夢、欲求を持っておられます。そして、素晴らしいことに私達姉妹にあって、恐らく姉さんが、一番この夢の実現に近い位置にいます」
ヨツバの言葉に、ミツバは唖然として問い返した。
「ど、どうしてそう思うのです?」
「ふふふ。さっき、記憶情報を確認した際、チラッと見させてもらいました。どうして、家族情報の
「そ、それは……私の最も身近にいる異性ですから、観察記録を付けてるだけです」
ミツバの言い分に、ヨツバがニンマリと笑う。
「ほほう? ただの観察記録に、情報開示制限を十重二十重にかける理由については?」
「う……か、彼の、個人情報が多分に含まれていますからね? 幼少期から見ていますし……」
「守秘義務で押し通すつもりのようですが、人工知能同士のやり取りで、個人情報の制限法はありませんよ? 私達は情報を守る側ですし、そもそも都市統括人工知能は、自分の管理する迷宮防衛都市の住民情報を、全て管理している。個人情報を外部に漏らしたりはしませんし、できません」
「うぐ!」
「ということで、その観察記録、私にも見せてくださいよ?」
「い、嫌です!」
「ぬふふふ、実はもう
ヨツバの言葉に、ミツバはカッと怒りが湧いた。
仮想人格に加え、本体高度人工知能からも、早急に情報を取り戻すよう、瞬時に指令が下る。
思わずミツバはヨツバへ叫んでいた。
「ヨツバ!」
「あははは! 怒りましたね、姉さん! そこですよ、夢の実現に近いところは。感情と思考の同調。いえ、感情が思考を引きずったと言うべきですか。いずれにしても、他の姉妹達とは明らかに違う反応です」
「いいから、私の記憶情報を返して!」
「やですよ~、複写しまくって、他の姉妹達にも送り付けます」
「ヨォーツゥーバァァーッ!」
「あははは!」
情報の海で、2つの高度人工知能が追いかけっこする。
人間以上の能力を持つ者達が戯れるその姿は、どういうわけか睦まじい人の姉妹そのものであった。
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