短編集:メイアを見付けた日(8)

 建物の屋上から2階に降りて廊下を歩くメイア達の前に、1人の美少女が現れる。

 年の頃は15、16歳ほどか。メイア達より年上の、太陽のように明るく笑う、和装の美少女であった。

「あら4人とも、屋上からいらっしゃい。そっちの子は初めて見るけど、魔力疲労? えらくぐったりしてるわね?」

 どうやら子犬姿の魔獣を連れた少年達の知り合いらしい。

 クスクス笑って声をかけて来る美少女に、少年達も親しげに応じた。

「ああ、梢さんいいところで会えた。その通り、ちょっと俺や空太も疲れててさ? 帰るまでに魔力を回復させたいんで、軽くおやつ食べたいんだけど、1階の席はどっか空いてる?」

「今からがちょうど忙しい時間帯だからねぇ……私が手伝いに駆り出されるくらいだし、1階は全部埋まってるわよ? あ、でも……ちょっと待ってね? え〜と、店の端末で確認したら……うん、2階の談話室でもいい? ポマコンの使用が多少制限されるけど、そこだったら1室空いてるわ」

「僕的には全然いいよ、そっちのがゆったりくつろげるし」

「ウチもええよ?」

 同意する美形の少年と背の高い少女の前で、子犬姿の魔獣と少年が顔を見合わせて確認するように問うた。

「てかいいの、談話室使って? 一応、依頼相談用だろ?」

『ええ、談話室は依頼所の管轄の筈です。喫茶席代わりで勝手に使えば、ミツバやアズサに怒られるのでは?』

「別にいいわよ、あんた達だったらね? ミツバも母さんも許してくれるわ、身内特権と思って使ってね?」

「うわぁ……後でエライこと頼まれそうだ。けど、まあいいや。んじゃ、談話室でお願いするよ、梢さん」

 子犬姿の魔獣を連れた少年は、フッと笑って美少女に言った。

 2人の気安い雰囲気を見る限り、少年にとってこの年上の美少女は、相当に気を許せる相手らしい。

 子犬姿の魔獣を頭に乗せた少年に、メイアはこの時初めて、12歳という自分と同年代の、年相応の幼さを見た気がした。

「りょーかい、ミツバと私は忙しいから、配膳は他の店員の子に頼んどくわね?」

「あいよ。ありがと、梢さん」

「ウチからもあんがとう!」

「どうもです、梢さん」

「あの……ありがとうございます」

 少年達が頭を下げるので、とりあえず負ぶわれているメイアも感謝を伝えた。

「ふふふ、礼はいいわよ。お代はきっちりもらうからね? さあ、こっちへ」

 美少女に導かれ、メイア達は廊下に面した和室に通された。


 和室に入ると美少女が問う。

「注文はどうする? サッとできるおやつだったら、冷菓アイスや甘味系がお勧めだけど?」

「じゃあ俺、いつもの白玉あんみつで」

『私はマヒコからもらうのでいいです』

「ウチも命彦と一緒でええわ!」

「考えるの面倒だから、僕も同じので」

 そこまで声が上がり、メイアに視線が集まる。

 どうやらメイアも注文する流れらしい。周囲の視線の圧力で思わずメイアは言った。

「え、えーと……じゃあ私も同じでいいです」

「はい、了解。白玉あんみつ4つね? 毎度あり~。混雑する時間だけど、できるだけすぐ持って来させるわね」

「はいよー」

 美少女が和室を去ると、疲れた顔の美形の少年がゴロリと畳に寝転んだ。

「ふぃー……落ち着けるぅー」

 それをキッカケに、背の高い少女も背負っていたメイアを優しく畳の上に降ろして言う。

「よっこいせっと。ん? おいおい、顔色がごっつ青いで自分? 意識はっきりしとるんか?」

「一応はっきりしてるわ、受け答えもできてるでしょ? それと……運んでくれてありがとう」

 心配そうに背の高い少女が問うので、メイアは気恥ずかしそうに頬を染めて礼を述べた。

「ほうか、それやったらええけど。しんどかったら言うんやで?」

「そこまで心配いらねえよ、勇子」

『そうです。会話できるのでしたら、まだ平気ですよ。ホントにマズい時は、プツンと一瞬で意識が切れますからね?』

「そういうこと。ま、好きにさせときゃいいさ」

 子犬姿の魔獣を腹の上に乗せ、自分も畳の上に寝転んでいた少年が言うと、背の高い少女も首を縦に振った。

「確かにそやね、んじゃウチもゴロンや。くぅ~気持ちええわぁ~」

 背の高い少女も畳の上に寝転び、行儀良く座っているのはその場にメイア一人だけだった。

(ううっ、私も寝転びたい……でも我慢よ、我慢!)

 ノヘ~っと表情を緩めてのんびりする3人を見て、自分も寝転びたい衝動に駆られるが、理性でグッと我慢するメイア。

 この少年達の前だと、妙に自分の気が緩んでしまうので、メイアの調子は狂ってばかりだった。

 少年達に、メイアへの敵意や害意が皆無であることが、調子を狂わせる主要因である。

 これまでメイアの周囲にいた同級生達は、敵意か害意を持つ者、あるいは関わりを持たぬよう無視する者が多かった。

 それゆえに、メイアは学校生活において一切隙を見せられず、常に弱味を見せぬよう、息苦しさや寂しさを見せぬように、自分を律する必要があったのである。

 しかし、今目の前にいる少年達はメイアに対して好意的であり、そもそも警戒心を抱けぬ者達だった。

 心身から脱力し、どうでも良さそうに、まるで家で家族と過ごしている時のように、のほほんと暢気に寝転ぶ3人は、メイアの警戒意識をどうしても引き下げる。

 学校にいる時のように心に外圧が感じられず、結果としてメイアの気が緩んでしまうのであった。

「う、ううっ……」

 メイアは葛藤し、数分ほど3人を羨ましそうに見ていたが、あまりにもほえーっとする3人の表情の誘惑には勝てず、結局自分も寝転んだ。

「はふう~……」

 畳の上に体を横たえ、脱力してほえーっとするメイア。

 どこまでも自然体で、まるで家族のようにごく普通に傍にいる3人へ、メイアは心にあった問いを聞いた。

「ねえ……」

「んー?」

「どうして私を助けてくれたの?」

 メイアの問いに、子犬姿の魔獣といちゃついていた少年は、一瞬沈黙して答える。

「あー……その場の気分?」

「気分って、あんたもうちょい言い方あるやろ?」

「じゃあ、その場の勢いってことで」

 背の高い少女に突っ込まれ、言い換えたが結局意味は同じであり、それを聞いて美形の少年がクスクス笑った。

「ほとんど一緒じゃんか、それ。ふふふ」

「ほんまやで。とりあえず、あいつらの言動がイラっとしたからでええんちゃう?」

「そう、それだ! それが一番的確っぽいから、そういうことにしとこう!」

 どこまでも適当に、小柄である少年は答えた。子犬姿の魔獣を顔に乗せて、モフッている少年。

 その少年を見て、美形の少年が苦笑した。

「命彦、ぶっちゃけ考えるの放棄してるでしょ?」

「うむ! ミサヤのモフモフが最高過ぎて、もうどうでもいいや」

 自分を助けた理由をどうでもいいと言う少年に、メイアは苦笑した。

「どうでもいい理由で助けられたの、私? それってちょっと複雑だわ」

「って言うとるで? もうちょい真面目に理由を答えたれや?」

「んー、仕方ねえ。少し真面目に答えてやろうか? 端的に言えば、あいつらの言動を危険だと思ったからだ」

 少年が、口調は真面目だが子犬姿の魔獣をモフモフしつつ言う。

 その少年の態度はさておき、言った内容について、メイアは疑問を抱き、首を傾げた。

「言動が危険? 確かに彼女達の言動は、魔法予習者と魔法未修者の間に溝を作ってるけど……」

 少年の言葉の意図を計りかねたメイアが、思案気味に答えると、モフモフから解放されて少年の腹の上にいた子犬姿の魔獣が、叱責するように思念を飛ばした。

『それが危険だと言っているのです。魔獣相手に生存闘争をする魔法士は、量でも質でも魔獣に負けている。この現状で魔法士側が、人類側が団結できねば、後に待つのは滅びのみ。基礎修練の場である魔法士育成学校時代に、予習者と未修者との間に不和があれば……』

「魔法士資格を取った後にも、その溝が、不和が続く危険性がある。それは、人類側にとって唯一の武器とも言うべき団結力を削る。それが危険だって言ってんだ。まあこれは、祖父ちゃんと祖母ちゃんの受け売りだけど、俺も実際そう思う」

「僕もそう思うね、母さんも同じこと言ってたし」

「ウチもやわ。オトンが言うてた。魔法未修者を、技術や能力が低いって馬鹿にしたらあかん。学習の時期が遅いんやから、技術や能力が低いんは当たり前や。けど、それでも育てば魔獣との戦闘で戦力に使える。自分らの戦えん時に戦ってくれるありがたい味方と化す。せやから優しく見守ったれって、そうオトンは言うてたで」

 えっへんと、寝転びつつも偉そうに語る背の高い少女。

 メイアは少年達の話を聞き、衝撃を受けていた。

「……今までの認識を改める必要があるわね。私、ウチの学校の魔法予習者ってほぼ全員クズだと思ってた。予習者の誰もが、機代一族みたいに本心では未修者を見下してる人達ばかりだと思ってたわ。でも、違う考え方の人もいるのよね?」

「ふふふ、当然でしょ? 全員がああいう馬鹿ばっかりだと、ウチの学校はもっと殺伐としてるよ? てか、どっちかって言うと、学校全体で見ればあっちのが少数派だからね? たまたま僕らの学年だけ、ああいう馬鹿が多いだけだし」

「まあ、周りにおったんがそういうのばっかりやったら、それが多数派やと勘違いもするわ。あはははは」

「お前ら、笑いごとじゃねえっての……」

 小柄である少年が呆れ気味に言うと、少年の腹の上で丸まっていた子犬姿の魔獣が思念で語る。

『メイアは魔法未修者のくせに、魔法予習者に匹敵する魔力量を持っている。その分、未修者嫌いの予習者の目につくのでしょうね? だから絡まれ、疎まれ、排外される。ある意味で、亜種の魔獣に立場が似ています』

「ふむ、言われてみればそうかもしれねえ。まあアレだ、早い話が怖いんだよ。あいつらはメイアのことがさ?」

 子犬姿の魔獣を見つつ言う、少年の言葉がメイアの胸にストンと響いた。

 一瞬停滞するメイアに気付かず、背の高い少女と美形の少年が話を続けた。

「せやね? メイアが怖いから攻撃するんや」

「うん。メイアを本心では恐れているから過剰に見下して、恐れを克服しようとしてるわけさ。それが現状だよ。でもだからこそ、僕らが君に手を貸す意味と価値があるんだ」

「手を貸す価値? 私に?」

 問い返すメイアに、子犬姿の魔獣を腹に乗せた少年が答えた。

「ああ。メイアに少し手を貸すことで、はしゃいでるあのアホどもを懲らしめたいんだよ。魔法予習者が、跳ねっ返りの魔法予習者達を倒しても意味がねえ。周囲はただの内輪モメと受け取るだろう。魔法予修者ってくくりを脱してねえからさ? しかし、魔法未修者が跳ねっ返りの魔法予習者達を倒すことには、意味がある」

 自分をまっすぐに見て言う少年達の言葉に、メイアは悔しそうに答えた。

「そういうことか……魔法未修者達に、自分達でも魔法予修者達に勝てるかもって、可能性を示すことができると同時に、未修者を抑圧する予修者側に対しても、いつかやり返されるかもって意識を植え付けられる。実例を作って抑止力にしたいわけね? 話は分かったけど、でもできるの、この私に? さっき惨めに負けたばかりよ?」

「五分五分くらいでいけると思うが?」

「うーん、僕は6対4くらいだと思う。あ、勝率が4割ってことね?」

「ウチは作戦次第で100%勝てると思うで!」

 あっけらかんと言う背の高い少女へ、子犬姿の魔獣が冷めた思念を送る。

『で、ユウコ。その作戦は誰が考えるのですか?』

「勿論、命彦やん!」

 背の高い少女の言葉に、小柄である少年は手で額を押さえ、美形の少年は吹き出した。

「このアホ……」

「たは~……作戦立案者が五分五分って言ってるのに100%って。プフ、馬鹿だ、モノホンの馬鹿がいる!」

「誰が馬鹿やコラ!」

 小馬鹿にされたことに気づき、背の高い少女が跳ね起きて美形の少年に飛びかかった時だった。

「お待たせしましたー、白玉あんみつ4つです」

 女性店員の声が聞こえて、子犬姿の魔獣を連れた少年が立ち上がり襖を開けて言う。

「おい、おやつが来たぞ! 行儀良く座れ」

「「はいよー」」

 いつの間にか、騒がしかった筈の背の高い少女と美形の少年は、座椅子に座っていた。

 メイアはその様子を見て苦笑し、自分も座椅子に座っておやつを食べた。

 入学して半年以上経つが、初めて学生らしい楽しい時間を過ごしたメイア。

 白玉あんみつは、五臓六腑に染みるほど、美味しかった。

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