短編集:メイアを見付けた日(7)
校庭に穿たれた掘削痕を見下ろし、そこにあるシロンの、上半身の破片の山を観察して、子犬姿の魔獣を腕に抱えた少年が言う。
「とりあえず急いだ方がいいだろう。幾ら魔法の時間遡行で損傷を完全に修復できるって言っても、時間が経てば経つほど遡行する時間量が増えて、多くの魔力を消費する。魔力量的に時間を遡行できる上限ができちまうぞ?」
「そうね。シロンが破壊されてから今で凡そ10分ほど。私の現時点の全魔力を消費しても、ギリギリ修復できるかどうかってとこだもの。すぐに精霊を集めるわ」
メイアは子犬姿の魔獣を抱えた少年の横に立ち、目を閉じて魔力を制御した。
メイアの使う治癒魔法に気付き、美形で痩身の少年と背の高い少女が、悔しそうに顔を見合わせて言う。
「時間遡行の精霊治癒魔法って言うと《陽聖の恵み》だけど……ふーむ」
「ウチと空太はまだその魔法を練習してる段階やから、ちっと手は貸せんね? あ、でも命彦は《陽聖の恵み》を使えるから、手伝えるやろ?」
「ああ。一応俺も手を貸すつもりだ。ただお前達にもできることはある」
子犬姿の魔獣を抱えた少年が、美形の少年と背の高い少女へ指示した。
「空太は、目隠し用に周囲へ結界魔法を展開して、ここの様子を包み隠してくれ。あとは、勇子と一緒に結界外で監視だ」
「ほうほう、そういうことね。分かった、任されたよ」
「りょ-かいや。あいつらがどっから見てるかわからんし、いちゃもんつけに来る可能性もあるから、ウチらで周囲を警戒しとくわ」
「ああ。頼む」
「はいよー。それじゃサクッと結界魔法を展開するね? ……覆え《陰闇の円壁》」
背の高い少女と美形の少年が、その場から歩いて距離を取り、美形の少年が陰闇の精霊を介した結界魔法、漆黒の周囲系魔法防壁を展開して、その内側へメイアと子犬姿の魔獣を抱えた少年を隠した。
暗い結界内で少年が指先に炎を生み出し、魔法防壁内を明るく照らして言う。
「よし、これで外部からは見えんだろ。依星、もう行けそうか? 一応俺も《陽聖の恵み》を使えるが?」
『マヒコ、さっきからこの娘に手を貸し過ぎではありませんか?』
「多少貸し過ぎても構わんさ。こいつはきっと
目を閉じて魔法の想像図を喚起し、空間に溶けている陽聖の精霊を魔力で集めていたメイアは、少年と魔獣との話を聞きつつ答えた。
「私のことはメイアって呼んで? あと、1人じゃ修復し切れるかどうか微妙だから……一緒に治癒魔法を使ってくれるとありがたいわね?」
「分かった。魔法はできるだけお前に合わせる、ゆっくり展開しろ」
子犬姿の魔獣を肩に乗せた少年は、もう1つの掘削痕の傍に立ち、小型機人の下半身の破片の山の前で目を閉じて、魔法の構築を行った。
「了解。融合魔法の要領ね? ……行くわよ」
「ああ、いつでも良いぞ」
魔法の練度に差があるのか。メイアよりも遅れて治癒魔法の構築を始めたというのに、少年の方はもういつでも治癒魔法を使える状態にあるらしい。
メイアはその少年の頼もしさにフッと笑いつつ、詠唱を開始した。
「「其の陽聖の天威を活力とし、あるべき姿に、
少年の呪文詠唱も重ねられ、ほぼ同時に治癒魔法が展開される。
少年とメイアの手から放たれた治癒力場が、掘削痕の上に落ちていた破片の山を包み込み、急速に破片を修復して行く。
「ぐうっ!」
「くっ!」
どんどんと消費されて行く魔力のせいで、意識が揺らぐメイアは、歯を食いしばって倦怠感や脱力感に耐えた。
一方、子犬姿の魔獣を肩に乗せた少年も、心的疲労に耐えている様子である。
その少年の様子を見かねたのか、子犬姿の魔獣が思念を発した。
『マヒコ……まったく、そういう顔を見せられては仕方ありません。私も少し力を貸しましょう』
「すまんミサヤ。ありがと」
子犬姿の魔獣の思念を聞いて、少年が苦しそうに笑うと、少年の前で見る間に小型アンドロイドの下半身が修復された。
「いよっし、こっちはほぼ修復が完了した、あとはそっちだ」
子犬姿の魔獣が力を貸しているせいか、顔色を取り戻した少年は、自分の治癒力場をメイアの治癒力場の上に重ねて、効力を高めた。
すると、小型アンドロイドの上半身の修復速度が劇的に速まる。
メイアの握っていた、人工知能を司る電子回路もいつの間にか消えており、治癒力場に包まれた下半身と上半身が合わさって、シロンの修復が完了した。
「こ、これで……いい筈よ」
「メイア? お、おいっ!」
安堵した瞬間、蓄積した心的疲労が噴き出して、一瞬意識が飛び、倒れかけたメイア。
そのメイアを間一髪抱えて、自分も疲れているのに少年が心配そうに言う。
「気を失うのはまだ早えよ。確認する必要があるだろ? 電子回路自体は壊れてねえから、時間遡行に合わせてあるべき位置に戻っただけだが、突然回路を転移させた弊害があるかもしれん。それはメイアじゃねえと、確認できねえぞ?」
「そ、そうだった、わね? 電源を入れて……シロン、シロン?」
メイアがその場にへたり込んで、ノロノロと修復が完了したシロンを手に取り、起動させる。
キョロキョロと不思議そうに顔を振る小型アンドロイドと、取り出したポマコンとを有線接続し、メイアがシロンの反応を見ていると、子犬姿の魔獣を腕に抱えた少年がポマコン画面をのぞき込み、問うた。
「今どき有線対話か? 確かこれ、幼児の玩具として売ってるやつだろ? 発声機器くらいある筈だが?」
「……あるわよ。取り外してるだけ」
メイアがしんどそうに工具箱を取り出し、開いて、発声機器と思しき装置を見せて言った。
「模擬戦闘で……壊されるの嫌だから、ずっと工具箱に入れてたのよ。この子の部品……私にとっては、結構高いからね?」
「あー……そういうことか」
切実に言うメイアの言葉に、少年が予算事情を色々と察したらしく黙り込む。
「……いいわ。シロンの混乱は軽微よ。助けてくれて、ありがとうございます、ですって?」
メイアがポマコンを仕舞って言うと、小型アンドロイドが深々と子犬姿の魔獣と少年へ、頭を下げた。
「どういたしまして」
子犬姿の魔獣と顔を見合わせた少年は、楽しそうに笑っていた。
工具箱にシロンを仕舞い、メイア達が漆黒の結界魔法から出ると、夕焼け空が見えた。
子犬姿の魔獣を右肩に乗せ、メイアに左肩を貸している少年に、背の高い少女が問う。
「おう命彦! 首尾はどやった?」
「完全に修復した。情報の欠落もねえらしい」
「へえ、それは良かったね?」
美形で痩身の少年が結界魔法を消して言うと、メイアも疲れた顔だったが、清々しく笑って答えた。
「ええ。3人とも、ありがとう」
「いいってことよ! ウチらが好きでやっとることやしね? あと、一応こっちは異常あらへんかったで? しかし、しんどそうやね? どれ命彦、ウチが代わろか?」
「ああ、頼む。俺も心的疲労は多少あったんで、しんどかったんだ」
子犬姿の魔獣を肩に乗せた少年の代わりに、背の高い少女が工具箱を持って、重度の魔力消費による心的疲労でフラフラのメイアを背負ってくれた。
自分を負ぶってくれる背の高い少女に、メイアも礼を言う。
「そ、その……ありがとう」
「礼は要らんで~、しっかし軽いわ自分、ご飯食べてんの?」
「勇子が筋肉あり過ぎて重いだけでしょ? あいたぁっ!」
「蹴るぞボケ!」
「……もう蹴ってるだろうが。それより場所を移動するぞ? ここじゃ落ち着いて話もできねえ」
『そうですね』
少年とその肩に乗る子犬姿の魔獣が、校舎の一点を見詰めて言う。
メイアが少年の視線を追うと、第1学年の〔魔工士〕学科の教室の窓から、こちらを見下ろす巻き毛少女達の姿が見えた。
「あいつら、いつの間に……さっきまではおらんかったんやけど」
「どうやら彼女らにとって、君は本当に目障りみたいだね?」
「そやねえ。叩きつぶした後でも、あんたをああやって気にするあたり、相当ご執心やと思うわ?」
「成績面では……多分そうでしょうね? 一応、自覚もあるし」
メイアが沈んだ声で言うと、子犬姿の魔獣を抱えた少年が、校舎から視線を外して問うた。
「バカ共の行動に気を揉んでも仕方ねえよ。それより、魔力を消費して少し小腹がすいた。メイア、このまま帰れるか?」
「え、ええ? 授業はもう終わりだし、荷物は全部〈余次元の鞄〉に入れてるから帰れるけど……」
「よし、んじゃまず魔力の回復だ。空太、依頼所に飛んでくれ」
「うええっ! 空間転移で行くの? まあ確かに距離的には近いけどさ、僕が疲れるのに……」
「うっさい、とっとと飛ばんかい!」
「あーもうわかったよ! まったく……」
背の高い少女に急かされ、ブツブツ文句を言いつつも美形の少年が精霊儀式魔法を展開した。
「陰闇の天威、陽聖の天威。
魔法の展開と共に、自分の頭上に突然出現した虹色の裂け目を見て、メイアが心の内で感嘆する。
(これが……本物の次元・時空間の裂け目。〔魔工士〕も修得する必要があるから、この魔法は映像資料で幾度か見たことがあったけど、実物は映像で見るよりも全然綺麗……)
そう思って虹色の裂け目に見入っていると、裂け目に空間ごと吸い込まれ、メイアの視界は瞬時に暗転した。
一瞬重力を失ったように感じた後、急にズシリと体重が戻り、反射的に目を閉じていたメイアが周囲を見ると、建物の屋上らしき場所にいることに気付く。
活気ある人々の喧騒が下の方から聞こえ、見覚えのある建物もちらほら見えた。
「ここは、商業地区のどこかの屋上?」
「ああ、三葉市の第3依頼所【魔法喫茶ミスミ】の屋上だ。ほら空太、へばってねえで行くぞ」
「うへーい」
「夕飯前の買い食いや~」
心的疲労が抜け切らず思考力が落ちていたメイアは、背の高い少女に背負われたまま、その場の雰囲気に流されるように、ホエーッと周囲の様子を見ていた。
不思議と不安や心配は皆無だった。
見知らぬ建物に連れ込まれ、ほんの十数分しかお互いに会話もしておらず、知人と言えるのかどうかさえも怪しい3人に運ばれているというのに、メイアはこの時酷く安心感を感じていたのである。
この3人といることに、妙に安らぎを感じていた。
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