短編集:メイアを見付けた日(6)
四足型機獣の魔法機械と規格こそ近いが、弱点らしい弱点も見えず、重量や攻撃範囲、攻撃力や防御力では、明らかに四足型機獣を上回っている様子の訓練型魔法機械〈オーガボーグ〉。
その咆哮する鬼型アンドロイドへ、巻き毛少女がおぞましい表情で命じる。
「あのチビをつぶせぇっ!」
「シロン、回避よ!」
それを聞いて
メイアの回避指示の前に、すでに自立的に回避行動を取っていたシロンが、突っ込んでくる〈オーガボーグ〉を間一髪回避するが、すれ違う寸前に、鬼型アンドロイドが長い左腕を伸ばしたせいで、僅かにシロンを〈オーガボーグ〉の指先がかすめた。
その瞬間、シロンの装甲に封入された精霊付与魔法と、〈オーガボーグ〉の指先に展開された精霊付与魔法が接触し、魔法力場同士がぶつかって、シロンの装甲の上に真一文字の傷がうっすら刻まれる。
傷を見てメイアは戦慄し、頬をひきつらせた。
(い、一方的にシロンの魔法力場だけが打ち消された! ダメだ! 封入した精霊付与魔法の出力、効力に差があり過ぎる! あの魔法機械、恐らく内部機構まで魔法と完全に一体化した
メイアの背筋を、冷や汗が走った。
入学したての、第1学年の〔魔工士〕学科の生徒達が、魔法関連の授業で教わるのは、機械の一部分、例えば装甲や
機械の全てに異相空間処理を施し、魔法と機械とを完全に一体化させるための知識・技能を修得するのは、どれだけ早くても第3学年からであった。
そして当然のことだが、一部分を魔法具化した魔法機械よりも、機械自体の全てを魔法具化した魔法機械の方が、より多くの魔力や精霊を封入されているため、魔法の効力が遥かに高く優れている。
僅かにかすめただけで、シロンの装甲に傷が付いたのも、部分的魔法機械と全体的魔法機械との、効力差が現れたためであった。
「ははは! 紛い物の魔法機械で、本物の魔法機械に勝てると思ってんの? 行けえぇ、〈オーガボーグ〉!」
「シロン、回避よ!」
情報収集を積み重ね、ある程度メイアにも次の行動が予測できる、先ほどの四足型機獣とは違い、鬼型アンドロイドの行動はメイアにも予測が難しい。
回避はシロンの自立的判断に任せっ放しだった。
これまで蓄積した戦闘経験を総動員し、また刻一刻と蓄積される目の前の敵の戦闘情報を加味して、どうにか攻撃を避け続ける小型アンドロイド。
しかし、次第に追い詰められて行く。
「粉砕せよっ!」
巻き毛少女の指示を受けて、〈オーガボーグ〉が右腕を振り下ろす。
鬼型アンドロイドの右腕は明らかに改造されており、棍棒にも似た
円柱状で対象を微塵に粉砕し、貫通する破砕掘削機が、ギュインッと激しく回転し、シロンに迫る。
魔法力場を纏う破砕掘削機を間一髪回避するものの、掘削機と地面の衝突で爆発するように地面が揺れ、地盤がめくれ上がるせいで、シロンの次の行動が阻害された。
校庭が荒れて、際どい場面が増え始める。
遂に割れた地盤につまずいて、シロンが一瞬たたらを踏んだ。
「くっ! シロン!」
「背後だ! 左腕を振り回せ!」
巻き毛少女が絶好機を見逃さず、すぐに指示した。瞬時に察知して後退するシロンだが、一拍遅い。
ガンッと横合いから振り回された〈オーガボーグ〉の左腕に殴打され、小型アンドロイドが吹き飛ばされた。
その一撃だけで装甲が無数にひび割れ、部品が飛び散り、ポマコンに映るシロンの機能低下率が80%を超える。
「シロンっ!」
メイアの悲鳴と共に、ゴロゴロと校庭を、立体映像で浮かぶ競技場内を転がり、ギギギッともがく小型アンドロイド。
両腕がへし折れ、片足も千切れ飛び、装甲も砕けて、封入された付与魔法まで散逸し、死に体の様相だった。
もはや勝機が皆無であることは、誰が見ても分かる状態だった。
立ち上がろうともがき続けるシロンを見て、巻き毛少女が声高に笑う。
「これよ、これが見たかった!」
「くっ!」
涙目のメイアを見て、巻き毛少女がニンマリ笑う。
「そのチビ、確か頭部に人工知能を形成する、電子回路があった筈よね?」
「……っ!」
メイアの顔から一気に血の気が引いた。
「降参します、教官!」
「あ! は、はい! では、そこまブッ!」
終了を宣言する前に、小太りの実習教官はビクリと震え、突然倒れた。
背後にいた巻き毛少女の取り巻き達が、魔法で気絶させたらしい。ニヤニヤ笑って言う。
「教官殿はどうもお疲れらしいぜ? ……まあすぐに目覚めるだろうが、くくく」
「それまでには終わってるわよ、あはは」
「お前だけ助かるわけねえだろ?」
「実械は言ったじゃん、あんたらだけはここでつぶすってさ? きゃははは!」
焦るメイアの視界に、競技場へ踏み込もうとする背の高い少女の姿が映った。
「待てこら! 降参する言うとんねん! もう決着付いとるやろが!」
「勇子、ダメだ! 今踏み込んだら授業妨害で、アイツらに良い様に報告されるだけだぞっ!」
「せやかて! あいつら、教官を気絶させたやんけ! あれも授業妨害やろが!」
「あいつらも馬鹿じゃねえ! 教官相手にそこまでするっていうことは、そこまでしても自分達は助かるって自信があるからだ! あの教官は、多分あいつらの
「僕もそう思う。それに幾ら事情があっても、緊急救助以外で他学科の実習授業へ介入したら、授業妨害だ! 授業妨害は妨害した側が真っ先に責任を問われる! 特に実習授業への妨害は厳しい罰が来る! 謹慎処分で済めば良い方だ! 場合によっては退学処分だよ!」
「一歩間違えれば、取得した学科魔法士資格のはく奪もあり得る! 堪えろ!」
『ユウコが魔法士資格を失うのは勝手ですが、この場合、ユウコを止めずに事が起これば、我が主にも責が発生する可能性が高い。力ずくで止められたいですか?』
背の高い少女を制止する、子犬姿の魔獣を連れた少年らが慌てて言う。
確かにその通りだった。
魔法士育成学校の規則では、所属する学科の違う生徒が、実際に魔法を使う場である魔法実習課程の授業に何らかの干渉を行った場合、普通は授業妨害と認定され、場合によっては即時退学処分が決定する。
魔法は人を容易に殺傷し得る特殊技能。
それゆえに、実際に魔法を使う実習授業時の妨害行為については、特に厳しい罰が課された。
学科魔法士資格を持つ生徒の場合、資格の取り消しもあり得る話である。
「くっ! どうにもでけんのか!」
「そうそう、そこで指をくわえて見ていることね! あたしらは授業の一環で戦ってるんだから、あはははっ! 行け、〈オーガボーグ〉!」
巻き毛少女が勝ち誇るように笑い、もがくシロンへ鬼型アンドロイドがノッシノッシと歩み寄って行く。
ギュインギュインと破砕掘削機が回転し、処刑の時間だとでも言うように、周囲の視線を集めた。
「や、やめて……」
「いぃ~やぁ~よぉ~……もう決めたからね、うふふふ」
「やめて!」
「すりつぶすのよ〈オーガボーグ〉、特に頭部は念入りにね?」
「いや……嫌よ、シロン!」
涙に濡れるメイアに呼ばれたことで、小型アンドロイドが無事だった片足で地を蹴って破砕掘削機を回避した。
ゴロゴロと地面を転がり、ズリズリと懸命にメイアの方へ這いずって移動するシロン。
あまりにいじましいその姿を見て、メイアが手で口を覆った。
「そ、そうよ! こっちへ、こっちへ!」
必死に競技場の外へ出るよう、小型アンドロイドを呼ぶメイア。
立体映像で区切られた競技場の境界線から出れば、問答無用で負けが決まり、戦闘は終了する。
戦闘が終了すれば、巻き毛少女もこれ以上表立って手を出せず、シロンは粉砕を免れる筈だった。
しかし、それを巻き毛少女は許さず、酷薄に笑って言う。
「あらら、しぶといわね? それじゃあ狙いが狂うから、足からいきましょう。〈オーガボーグ〉、下半身をつぶせ」
這いずる小型アンドロイドに、無情にもゴガンと破砕掘削機が振り下ろされ、シロンの下半身が粉砕された。
部品と共に跳ね飛ぶシロンの上半身は、哀れにも競技場の端どころか、〈オーガボーグ〉に近い競技場の中央へと落ちた。
「シロンっ!」
メイアの悲鳴が、校庭に響く。
その様子を見ている観戦者達、子犬姿の魔獣を連れた少年達も、苦い表情であった。
「あんのアマぁぁ!」
「あの子に、見せ付けてるつもりらしいね?」
「……性根が腐ってやがる」
『そういう性格が、顔からにじみ出ています』
メイアの耳にも、彼らの言葉は届いていたが、もはやどうでも良かった。
「シロン! シロン!」
悲痛に我が子とも言うべき小型アンドロイドを呼ぶメイア。
シロンはもぞもぞとまだ移動しようとした。
「さあ、終わりよ! 頭部と上半身を微塵にせよ、〈オーガボーグ〉!」
シロンへ振り下ろすべく、鬼型アンドロイドが破砕掘削機を振り上げた瞬間だった。
「やめてぇぇーっ!」
遂に堪え切れず、メイアが危険極まる魔法機械の立つ競技場へと踏み込む。
「反則行為よ、メイア! 〈オーガボーグ〉、馬鹿を場外に弾き出せ!」
これ幸いと、競技場に踏み込んだ反則者のメイアに、危害を加えようとする巻き毛少女。
〈オーガボーグ〉が長い左腕を、ギュルリとメイアへ横から叩きつける瞬間。
「ミサヤ、頼むぞ!」
『少々難しそうですが、まあやってみます』
メイアの前面に空気が凝縮し、2枚の風の移動系魔法防壁が突然生まれた。
1枚目が〈オーガボーグ〉の左腕をガツンと受け止め、破砕される間に、2枚目がメイアを押して後退させる。
「きゃああっ!」
「魂斬、あんたっ!」
魔法防壁に押されてすっ転び、競技場外へ押し出されて尻もちをつくメイアと、空振りする〈オーガボーグ〉を見て、巻き毛少女が結界魔法の使用者である少年を、苛烈に睨みつけた。
子犬姿の魔獣を連れた少年は、シレッとした様子で答える。
「たとえ実習時でも、生徒に迫る危険を回避する緊急救助目的であれば、部外者の魔法の使用も許される。反則者とはいえ、相手は同じ学校の生徒だ。無傷で場外に出すのが最善だろ? 問題あるか?」
「ちぃっ! まあいい、つぶせ〈オーガボーグ〉!」
子犬姿の魔獣を連れた少年を苛立った表情で見るも、へたり込むメイアを見て、巻き毛少女は命じた。
ずっともがいていた小型アンドロイドは、遂に電源が落ちたのか、ぐったりと停止している。
「シロン! あ、あああ……」
メイアの目の前で、小型アンドロイドのシロンは破砕掘削機に呑まれた。
シロンが粉砕されたすぐ後、気絶していた実習教官は目を覚まし、授業の終わりを告げた。
おどおどした実習教官は、自分が気絶している間に起こったことを察したのだろう。
巻き毛少女達に叱責もせず、魔法未修者達の冷めた視線から逃げるようにその場を去った。
巻き毛少女達と魔法予修者達はスカッとした顔で、ゲラゲラ笑って教室に戻る。
魔法未修者達も、俯いてその後に続いた。
ただ1人、メイアは競技場だった校庭に座り込んだまま、シロンの残骸を見ていた。
そのメイアの前に、子犬姿の魔獣を連れた少年達が、痛ましそうに立つ。
「あんた、死にそうやけど、平気か?」
「とりあえず、残骸集めようよ? 治癒魔法で時間遡行を使えば、まだ戻る筈だ」
背の高い少女と、美形の少年の言葉に、メイアは魂が抜けたように首を振った。
「無理よ……たとえ機体が再生しても、砕け散った人工知能までは再生不能。時間遡行による巻き戻し効果は、物質には有効だけど、情報の再生は苦手だもの。人工知能の電子回路は再生できても、そこに刻まれていた情報は、初期化された状態だわ」
「確かに。人工知能の経験は情報として回路に蓄積されたものだ。物理的に粉砕され、意味を失った情報を治癒魔法で再生するには、情報の精霊とも言うべき、別の媒介精霊が必要だろう」
『そして、情報の精霊は恐らくいるでしょうが、まだ発見されていません。治癒魔法の時間遡行であの魔法機械を再生しても、これまでの情報はほとんどが散逸、欠落してるでしょうね?』
メイアの言葉を補足するように、小柄である少年と、その腕に抱かれた子犬姿の魔獣が語る。
「じゃ、じゃあ、もう戻らんのか? あのちんまい魔法機械は?」
「……ええ、それが分かってるから、彼女は人工知能がある頭部をわざわざ狙ったのよ。いつもみたいに治癒魔法の妨害もせず、さっさと引き上げたのがその証拠……シロンは、死んでしまった! う、ううっ!」
メイアが
子犬姿の魔獣を肩に乗せた少年が、メイアの手を取り、あるモノを握らせる。
「人工知能のある電子回路が破壊されてれば、現状では魔法でも戻らんが、それが無事だったら話は別だ。そうだろ? 依星メイア」
「え! ……こ、これ!」
メイアの手には、砕かれたと思っていたシロンの頭部に埋め込まれていた筈の電子回路があった。
「ミサヤに感謝しろよ? 俺の結界魔法に合わせて、《空間転移の儀》で頭部の電子回路だけ転移させたんだ。まあ装甲が砕けて、魔法による守りも消失してたから、場所の特定は簡単だったが、魔法自体の気配を隠すのは相当難しかった筈だ。よくやってくれた、ミサヤ」
『いえいえ。距離も近い上、親指の爪くらいの小物の転移ですから、そこまで魔力もいりませんので気配も小さいです。頭部があちこちへ動いていれば、さすがの私も座標固定に苦戦して、すぐに対処することは不可能でしたが、下半身を失ってからはほぼ動きませんでしたし、そもそもマヒコが探査魔法を使い、電子回路の位置を教えてくれましたので、取り寄せること自体は簡単でしたよ』
もがいていたシロンの突然停止した理由が、電源喪失に見せかけて、実は電子回路の消失のせいだったと知り、
しかし、希望が胸に湧いたのも事実であった。
「ん~偉い、さすが俺の相棒!」
『うふふ、もっと褒めてください』
驚きに目を丸くするメイアに、子犬姿の魔獣と頬をスリスリしていた少年が言う。
「さて、どうするよ、依星メイア? まだ泣いてるか?」
「突然回路を消失した点で、人工知能に混乱はあるだろうけど……」
「情報が丸ごと消失するよりは相当マシやろ? まだ生きとる、まだ戦えるで? それともこのまま負けっ放しで終わるんか?」
美形の少年や背の高い少女も笑顔で言い、小柄である少年が立てとでも言うように手を差し出した。
その手を取って、メイアが泣き笑いの顔で言う。
「ぐすん……ま、まったく……あいつらに空間転移を使ったことがバレたらどうするのよ? 私の救助目的じゃ、電子回路の転移は弁解が難しいわよ?」
「バレてへんから行けるやろ?」
「そうだね、まあ仮にバレたとしてもさ?」
「おうよ。空間転移の魔法を使ったのは俺じゃねえ、ミサヤだ」
『魔法士育成学校の規則や校則は、学校の生徒に適用されるモノ。私は生徒ではありませんからねえ?』
「へ、屁理屈だわ、ふふふ、あははは……」
噴き出すように明るく笑うと、メイアはごしごしと涙をぬぐい、少年達に言う。
「……シロンを再生したいんだけど、手を貸してくれる?」
メイアの言葉に、魔獣を連れた少年達は、笑って答えた。
「ああ」
「勿論や!」
「いいよ!」
「……ありがとう」
メイアは電子回路を握りしめ、感謝を口にした。
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