短編集:メイアを見付けた日(9)

 白玉あんみつをあっという間に食べ終えると、メイアの全身に纏わりついていた倦怠感や脱力感が薄れ、少し元気が出た。

 子犬姿の魔獣を連れた少年を見ると、メイアと同じく活力が戻ったようで笑顔を浮かべている。

 最後のサクランボを食べて、まだ物欲しそうにしている背の高い少女が、ふと気付いたように少年へ問うた。

「あーん、むぐむぐ……ごくん。ふいぃーごっそさん。そういやさ命彦、その子に自己紹介ってしたっけ、ウチら?」

 残っていた白玉を食べ、寒天を子犬姿の魔獣に与えていた少年が、口を動かしつつ首を振る。

「いんや、してねえ、もぐもぐ」

「そこはキチッとすべきだね、せっかくこうして食卓を囲んでるわけだし?」

 最初に食べ終わっていた美形の少年が、背の高い少女と視線を交わした。

「せやね、んじゃまず命彦から行こか!」

「んぐ! お、俺からかよ!」

 思わず白玉を呑み込み、少年がメイアと背の高い少女を交互に見る。

「当然やろ? その子と接点あるん、ウチらやのうてアンタやんか」

「まあ、そうだね。僕もここは勇子に同意するよ」

 美形の少年にまでそう言われて観念したのか。

 子犬姿の魔獣を抱えた少年は、ポマコンを操作して電子学生証を端末画面に映し出しつつ言った。

「分かったよ、うおっほん! ……あーこれ見たら分かるように、俺は魔葉学園の第1学年、〔武士〕学科に所属する魂斬命彦だ。よろしく。そいでこっちが俺の相棒、魔獣のミサヤだ」

『ミサヤです。私はマヒコと違って、よろしくするつもりはありませんから、そのつもりでいてください。あと、我が主に必要以上に接近するとちりにしますよ? それだけはよくよく覚えておいてくださいね』

「え、ええ……」

 自己紹介というより、殺害予告を受けた気分のメイアが、頬を引きつらせて子犬姿の魔獣を見ると、小柄である少年が苦笑して口を開いた。 

「あーミサヤさん、ミサヤさん? 自己紹介が剣呑過ぎるぞ? もちっとこう、優しくしてやってくれ」

『無理です。私はマヒコ以外の人間は基本的にどうでもいいですが、マヒコに近づくメスだけは、人間と魔獣とを問わず、基本的に気に入りません。こういうのは最初が肝心ですから、ガツンと言っておきました』

「そ、そうですか……えーとその、すまんメイア」

 えっへんと、堂々たる宣言を思念で発する子犬姿の魔獣に、言うべき言葉を失った少年は、諦めたように苦笑してメイアへ頭を下げた。

「やれやれ、まあミサヤの挨拶は気にせんといて? ウチらに対しても、最初はああいう感じやったから。さて、自己紹介を続けよか? おほん!」

 小柄である少年と、子犬姿の魔獣とのやり取りを聞いて、メイアがポカンとしていると、背の高い少女が咳払いして空気を切り替え、ポマコンの画面を見せつつ元気に言った。

「同じく魔葉学園の第1学年、〔闘士〕学科に所属する鬼土勇子や、よろしゅう頼む! 命彦らとはちっこい頃から一緒で、世に言う幼馴染っちゅうやつやで!」

「最後は僕だね? 魔葉学園の第1学年、〔精霊使い〕学科に所属する風羽空太です、よろしく!」

 美形の少年も同じく電子学生証を見せて、後に続いた。

 入学時に送られてポマコンに保存されている電子学生証には、学籍情報は勿論、顔写真や氏名、住所といった個人情報も記載されている。

 3人の少年少女が学生証を見せたのは、単純に自己紹介と本人確認を兼ねる、手っ取り早い手段だったからだろうが、学生証を見せるという行動は、それ自体が自分達の言動に嘘偽りが皆無であるという事実の証明の他に、これまで厳しく辛い学校生活を送っていたメイアの、無意識に潜む心の壁、警戒心を完全に解く効果があった。

 敵対者に自身の情報を明かすことはそもそもあり得ず、自分達がメイアの味方であり、メイアを信用していると、行動から端的に伝わったためである。

 メイアも自分の電子学生証を見せて、確認するように3人と1匹を見回して言った。

「魂斬くんにミサヤさん、鬼土さんに風羽くんね? よろしく。私は魔葉学園の第1学年、〔魔工士〕学科に所属する依星メイアよ。メイアって呼んでくれるとありがたいわ」

「メイアやね、了解! あ、ウチら相手にくんやさんは要らんで? 同期やし。命彦や勇子、空太って呼び捨てにしてや?」

「そうだね。こっちがメイアって呼ぶんだったら、その方が自然だ」

「分かったわ、命彦、ミサヤ、勇子、空太、よろしくね?」

 こうして自己紹介が終わり、メイアはフッと自然に笑顔を浮かべた。

 メイアの警戒心はこの時、目の前の3人と1匹に対しては、完全に停止した。


「さあ、互いの自己紹介も終わって、ある程度魔力も回復したところで、だ」

『あのゴミどもをどうするか、ですね?』

「ああ。メイアには、是非ともアイツらに勝ってもらう必要がある」

 命彦がミサヤを膝の上にお座りさせつつ、本題を切り出した。

 すると勇子がすぐに反応する。

「ウチらが力を貸せば簡単やん?」

「ことはそう簡単じゃねえんだよ、勇子」

「そうだよ。僕が勝率4割って予想してるのは、僕らが表に立ってメイアへ力を貸しちゃダメだからさ。命彦が、勝てるかどうか五分五分って言ってたのも、同じ理由だよ?」

「何でやねん! 相手は多勢やぞ? ウチらが手を貸したらアカンっちゅう理由が分からん!」

「いやさっきその理由、メイアが言ってただろうが? 聞いてねえのか」

「聞いてたで? せやから、メイアがアイツらに勝ったっちゅう実例を作りたいわけやろ? 周りに群れとる雑魚どもをウチらでパパっと片付けて、一番偉そうやったドリル頭をメイアが一対一でしばいたらええだけやんけ! それで、メイアがアイツらに勝ったって実例ができるやん! それでええやんか」

 ムッとしている勇子を見つつ、メイアは命彦と空太の言わんとしていることをすぐに察した。

「……勇子、命彦と空太は、魔法未修者が魔法予習者にで勝ったっていう事実を、作りたいのよ。他の魔法予修者達、具体的には命彦達に、手を借りたっていう部分は、極力表に出さずに済ませたいの。そういうことよね?」

 メイアの言葉を聞き、命彦はフッと頬を緩めて笑った。

「そうだ。頭の良い奴との会話は楽だわ。まさしくメイアの言う通りだよ。それが俺達の狙いさ」

「表に立って僕らがメイアに手を貸し、アイツらにメイアが勝っても、どうせ魔法予習者の力を借りたからだと、アイツらは絶対にケチをつけるよね? アイツらの鼻っ柱を根こそぎへし折るためには、できる限りメイアの自力だけで勝つ必要があるんだ。つまり、僕らが実際に手を出したら、その時点でアイツらにケチをつける口実を与えてしまうってわけ」

 空太の説明を受けてやっと理解したらしく、勇子が渋い顔をして口を開く。

「ぬー……確かに言いそうやわ、アイツらやったら」

「他の魔法学科にもアイツらとよく似た、魔法未修者を害そうとするバカが一定数いる。そういうバカを止める魔法予修者も一定数いるから、今はまだ抑止力が働いて均衡を保ってるが、最も未修者への当たりが激しいアイツらをこのまま放っておくと、今後影響を受けたバカが増えるかもしれん。そうすると、学校が今よりも確実に荒れる、空気が淀む。それは学校生活を楽しみたい俺にとって、激しく不愉快だ」

「僕もそうだよ。てか、常識のある魔法予習者だったら皆そう思うさ。どうせ通うんだったら楽しい学校の方がいいに決まってる。普通の学校みたいに、体育祭とか文化祭みたく、集団行事だってあるんだよ、ここ?」

「せやね。いがみ合っとったら、そういうお楽しみ行事が全部つまらへんもん」

「私も同意見よ。せっかくの行事だもの、参加する以上は楽しみたいわ。それに、学校生活を快適にしたいと思う気持ちは、痛いほどよく分かるし」

 ごくごく普通の感覚で話す3人に接し、メイアはとても安心感を覚えた。

 そのメイアのホッとした表情から、抱えている心情を察したのか、命彦がいたわるように言う。

「まあ、勝ったからってアイツらの敵対行為がすぐに減るかどうかは微妙だけど、でも1度でも勝てば、アイツらにメイアへ手を出しにくいっていう、苦手意識を植え付けることはできると思う。それと同時に、見下していた魔法未修者への意識にも、多少の打撃を与えられる筈だ。この打撃は、それこそ学校全域に波及するだろうよ」

「そうね。上手く行けば、彼女達の言動の抑止力として働くでしょう。私としても、1度でも勝てれば、実習時に彼女達を怖がらずに対決できると思うから、心理的圧迫感ストレスは相当減ると思う。それは私にとっても、とても有益だわ。問題は、私が本当に彼女達に勝てるかどうかでしょうね?」

 自嘲気味に笑うメイアへ、命彦が端的に言った。

「可能性はあるぞ? 試してみねえか?」

「え、でも今……」

「ああ、俺達が表に立ってメイアへ力を貸すのは難しいって言った。でも」

『裏で力を貸すことはできます。端的に言えば、助言と見稽古ですね』

「助言と……見稽古?」

 命彦の言葉とミサヤの思念を聞き、思わず問い返すメイア。

 そのメイアに命彦が笑って言う。

「ああそうだ。シロンだっけか? あの魔法機械に、俺が戦い方を教えてやるよ」

 ニンマリと笑う命彦の笑顔を見て、どういうわけかメイアは勝利の予感を覚えた。

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