短編集:研修試験監督者、ユウコ(4)
勇子は10mほどの距離を置き、メイアと共に、先を進む舞子達を追尾していた。
廃墟の建物の上を、精霊付与魔法《旋風の纏い》を使ってひょいひょい飛び跳ねて進む舞子達。
時折立ち止まっては周囲を警戒し、3種類の精霊探査魔法による魔法視覚で遠方を見て、3人で相談してからまた移動する舞子達を、勇子とメイアは感心するように見ていた。
「ウチとメイアの言いつけ通り、魔獣に襲撃されにくい高所地帯を移動し、魔獣の姿や気配を探査魔法で捉えたら、一度と止まって距離と方角を常に確認しとる。基本通りやね、その先にサツマイモの群れがおるで。このまま進むんや、3人とも……」
「勇子、聞こえてしまうわ。もう少し小さい声で話して。助言は駄目よ? 私達ができることは、魔獣の数が多過ぎる場合の、群れの間引きだけ。サツマイモもツルメも、舞子達自身に見付けさせる必要があるし、そもそも迷宮内での行動は、舞子達だけの判断に全て任せるって、最初から決めてたでしょ?」
「あ、ごめんメイア。つい……」
勇子が苦笑して、メイアに謝った。
勇子やメイアは、舞子達より精霊探査魔法の練度が高いため、より遠方の魔獣でも先に感知できる。
しかし、勇子達が先に感知した魔獣について、今の舞子達に教えてしまうと、せっかくの危機察知力を成長させる機会を奪ってしまう。それゆえに、メイアは勇子に注意したわけである。
メイアが勇子に小声で言った。
「感情移入してしまうのは私も分かるわ。迷宮では命がかかってるから、師匠としては責任を感じるものね? でも、ここはグッと我慢の時よ。私も我慢してるんだから」
「せやね……せやったわ」
勇子がしんみり言うと、メイアが廃墟の屋上で立ち止まった。
先を行く舞子達を指差して、メイアが語る。
「見て。舞子達もサツマイモの群れに気付いたみたいよ?」
「そうらしいね? さて、どうするんや舞子? あっちはこっちにまだ気付いとらんで?」
勇子とメイアが見詰める先で、舞子達がしばし停止して、遠方を凝視していた。
どうやら勇子とメイアが探査魔法で先に感知していた魔獣の群れに、舞子達も気付いた様子である。
感知していた植物種魔獣【殺魔芋】の数は、ちょうど6体。舞子達にとっては最適の数であった。
話し合う舞子達の様子を見つつ、距離を置いていた勇子とメイアは、魔獣の群れを精霊探査魔法《旋風の眼》で観察する。
「普通は20体前後で群れを作る筈のサツマイモにしては、えらい小規模の群れやね? まあその分、ウチらは間引きせんで済むから楽やねんけど……」
「ええ。舞子達の初戦には打って付けの相手だわ。多分、他の魔獣に襲撃されて、群れが分断されたんでしょう。とはいえ、あの群れ以外の魔獣の姿も感知範囲には皆無だし、これは最高の戦闘環境と言えるわ。私だったら、即奇襲を選択するわね」
風の魔法視覚によって脳裏に映る魔獣の姿から現状を分析し、メイアが冷静に言うと、勇子達の前方で話し合っていた舞子達が揃って首を縦に振った。
どうやら作戦を立てていたようである。舞子達が一瞬後方を振り返って勇子達を見た。
勇子達が見返すと、舞子達はすぐさま三方へと散り、移動を開始する。
「どうやら仕かけるみたいやね」
「ええ。見やすい場所へ行きましょう」
勇子達も、舞子達が奇襲することを察し、戦闘が見られる場所へと移動した。
30mほどの高さを持つ廃墟の屋上へ移動し、地表を見下ろすと、ずんぐりむっくりとした動く芋達が、瓦礫の山を固まってゆっくりと登っていた。
「舞子らは……おった!」
勇子がニヤリと笑う。上から見ると丸見えだったが、舞子達は魔獣達を囲むように隠れて移動していた。
サツマイモの群れの進路上にある廃墟へ詩乃が潜み、舞子と奏子が群れの左右の廃墟に潜んでいる。
「昼やろが夜やろが、サツマイモは魔法感知技能が低いから、10m以上離れてれば魔法を展開しててもほぼ気付かれへん」
「それを逆手に取って、予め付与魔法をガチガチに重ねて展開した上で、奇襲攻撃が可能よ。〈魔甲拳〉の機能に頼らずとも、今の舞子達で十分に勝てる相手だわ」
「せや。今ここで要るんは、見た目を怖がらん胆力のみ。落ち着いて行けよ……3人とも!」
上から見下ろす勇子達の言葉が届いたのだろうか。
研修の習熟訓練で身に付けた、伝達系の精霊探査魔法《旋風の声》を使い、互いに思念を飛ばし合って時機を計っていた舞子達が、一斉に仕掛ける。
「「「シャギャ?」」」
サツマイモ達が気づいた時には、三方から2重の魔法力場を纏う舞子達の拳が、肉迫していた。
精霊付与魔法《旋風の纏い》と《火炎の纏い》。湯気のように揺らめく薄緑色の魔法力場の上に、薄紅色の魔法力場を重ねた拳は、筋力と敏捷性が底上げされた弾丸の如き一撃であった。
「うらああぁぁっ!」
「はあっ!」
「でぇぃやっ!」
2重の魔法力場に反応した〈聖炎の魔甲拳:シャイニングフィスト〉が輝きを発し、瞬時に魔獣を撃ち抜く。
舞子達も〈魔甲拳〉の機能は不要と判断したのだろう。回転式弾倉は装填されぬまま、3人の拳は、咄嗟に地の精霊付与魔法で防御する魔獣の胴体を深々と貫いていた。
初撃で3体のサツマイモの胴体に拳撃が撃ち込まれ、舞子達が拳先に魔力を送って火の魔法力場を集束させると、魔獣の体内へ染み込む火の魔法力場が、内側から魔獣を一瞬で蒸し殺した。
これも、研修の習熟訓練で身に付けた、付与魔法の集束による効果である。
群れの半数を瞬殺された魔獣達が、すぐに反撃を仕掛けて来るが、舞子達は交差するように入れ替わり、即座にその場を離脱する。魔獣達の反撃も空を切った。
そして、精霊付与魔法《地礫の纏い》を使った、魔獣達の渾身の体当たりが不発に終わり、瓦礫の山へとぶつかってめり込んだ瞬間、舞子達の追撃が炸裂する。
「「「ギャギャンッ!」」」
「残念でした!」
「もう終わりよ」
「詰みです!」
サツマイモ達が慌てて瓦礫から這い出た時、間髪入れずに輝く拳が3体の魔獣を貫いた。
ホカホカと湯気を立てて転がる6体の植物種魔獣【殺魔芋】の骸を見て、勇子とメイアは上機嫌である。
「よしよしよーしっ! やるやんけ、3人とも!」
「確かに。瞬殺だったわね。この分だったらツルメもいけるかも」
廃墟の屋上から風の精霊付与魔法を纏って飛び降り、舞子達の傍に降り立って笑顔で語る勇子達。
その勇子達の言葉に、舞子達も笑顔を返した。
「ホントですか!」
「少し自信が付いた」
「対ツルメ戦でも、こういう風に上手くやりたいですね?」
詩乃と奏子、舞子が口々に言う。少々息が荒いのは、疲労よりも興奮のせいであろう。
自分達でも、今できる限りの、渾身の連携だと思っている様子であった。
「そうして欲しいわ。今回のは世辞抜きでええ動きやった、研修時にも滅多に見れへんかったからね? このままで行きや?」
「慢心は駄目だけど、自信を持つことは重要よ。自分達の努力を信じて、次に行きましょう」
「「「はい!」」」
舞子達が揃って首を振る姿を見て、勇子とメイアは頼もしそうに笑った。
「このままツルメを探しつつ、採集依頼を先に達成しますね?」
「分かった。焼き芋はウチらが回収しといたる。先に行き」
舞子達を先に行かせ、勇子とメイアはサツマイモ達の骸を、自分達の持つ輸送用の特殊型魔法具、〈
勇子達は黙っていたが、実は60mほど先に【結晶樹】が1本生えていた。
舞子達もどうやら【結晶樹】に気付いており、勇子達が追い付いた時には、すでに[結晶樹の樹液]採集に取りかかっていた。舞子が採集している間、詩乃と奏子が周囲を警戒している。
前回の自分達の手痛い失敗を
採集作業はほんの数分で終わり、舞子達がまた移動を始める。
時間がかかると思われたが、意外にもツルメの発見はすぐだった。
舞子達と勇子達が【結晶樹】から400mほど移動した時である。
「うん?」
「これは……」
舞子達の10mほど後方にいた勇子とメイアが揃って眉を上げた。
舞子達の前方200m先に、探査魔法が捉えた植物種魔獣【蔓女】の姿を確認したからである。
「おいおい、狙い澄ましたみたいに1体だけかい?」
「みたいね。他のツルメは……うーん、確認できず、か。本当に1体だけみたい。移動速度が遅いわ。幾らか疲弊してる感じね?」
勇子達が魔法視覚で捉えたツルメを冷静に観察しつつ、素早く移動していると、前方を移動する舞子達が廃墟の屋上で足を止めた。
「気付いたか?」
「そうね。多分……迷ってるわ」
メイアの言うとおり、舞子達は3人で前方を凝視しつつ、あれこれ話し合っている様子であった。
ツルメは群れで動き、植物種魔獣にあるまじき行動、狩りをする。
同族を囮に使うことも多々あり、1体だけでいるからと言って無闇に仕掛けると、手痛い反撃を受ける可能性が高かった。
そのことを理解しているからこそ、舞子達も迷っていたのである。
「もう少し感知系の精霊探査魔法の練度が高かったら、周囲に他のツルメがおらんてすぐ分かるんやけどねぇ」
「即断するのはまだ無理よ。どうしたって時間はかかるわ。とはいえ、ツルメの様子を注意深く観察すれば、疲労してることは分かる筈」
「せやね。あのツルメも、さっきのサツマイモと同じで群れと分断されたヤツや。他の魔獣と戦闘した後やから疲れとる。それが分かれば、即座に先制攻撃すべきやねんけど……ああやって判断に時間をかければかけるほど」
「相手に自分達が察知される危険性が増すわ。ツルメはサツマイモと比べると、幾分か魔法感知技能が高い。舞子達程度の探査魔法の練度だと、制御が荒いから魔法の気配を掴まれる可能性がある。……奇襲する機会、失ったわね? 恐らく、今気付かれたわ」
メイアの言葉通り、ツルメが突然後方へ振り返って、精霊攻撃魔法《水流の矢》を多数展開した。
舞子達も、自分達の探査魔法をツルメに察知されたことが分かったのだろう。
即座に散らばって、数十発の水の追尾系魔法弾を回避した。
戦闘が始まってしまえば、ウダウダ迷うより
舞子達も、他にツルメがいるのでは、という迷いを振り払い、攻撃に打って出た。
移動用としてずっと展開していた《旋風の纏い》の上に、また《火炎の纏い》を展開し、2重の魔法力場の効力を受けて、一気に間合いを詰める。
迎撃用の水の追尾系魔法弾を回避しつつ、ツルメに迫る舞子達。
三方から同時攻撃を叩きこもうとする舞子達だったが、ツルメに拳を叩き込む瞬間、3人が弾き飛ばされた。
「引きつけてから、自分の全周囲へ魔法防壁を展開して、舞子達をまとめて迎撃しおった。あのツルメ、結構戦闘経験が豊富やわ」
「舞子達が少し警戒すべきだったのよ。同時に攻撃せず、誰か1人が先に攻撃するか、あるいは同時攻撃でも、3人が集まって一点突破の攻撃をしていれば、ああやって完全に連携を崩されたりもせず、結界魔法の展開にも気付けたし、打ち破れた筈だった……戻ったらお説教しましょう」
「うへえー」
その勇子の視線の先では、弾き飛ばされた舞子達に、ツルメの魔法弾が降り注いでいた。
追尾系魔法弾を回避して逃げ回る劣勢の舞子達へ、静かに声援を送る勇子。
「さあ、打開してみい。あんたらやったら、できる筈や」
勇子の声援が届いたらしい。
思わぬ迎撃を受けて慌てていた舞子達が、魔法弾を回避しつつ次第に落ち着きを取り戻し、連携し始める。
舞子と詩乃が派手に逃げ回り、注意を引く間、背後に回り込む奏子。
ツルメが奏子に気付いて、対処しようと舞子と詩乃から一瞬気を逸らした瞬間、舞子と詩乃が突貫した。
「けりゃああっ!」
「はあああっ!」
2人で
そこへ奏子が飛び込んで迫撃した。
「もらった!」
奏子の2重の魔法力場を纏う拳がツルメの顔面へまともに突き刺さり、ツルメが吹き飛ぶ。
ツルメは咄嗟に精霊付与魔法を展開したらしい。固い感触に顔をしかめる奏子だったが、手応えはあった。
「やったか!」
「ごめん、まだっぽい。当たった時、固かった。付与魔法で防御された」
「それでも相応の深手を負わせた筈。勝てますよ!」
戦意高く、舞子達は廃墟の壁にめり込む植物種魔獣【蔓女】を見据えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます