短編集:メイアを見付けた日(3)

 一方的過ぎる蹂躙じゅうりん劇が終わり、魔獣と思しき子犬を抱えた少年が気怠そうに言う。

「自分達から決闘を挑んで来るわりに、だらしねえ。こっちは魔法機械の使用まで譲歩してやったのに……」

『ですね。魔獣でも相応に知能があるモノは、噛み付く相手を選ぶものですが』

「実力差も読めん時点で、こいつら魔獣以下やわ。まあ、ウチはスカッとしたからええけどね?」

「あれだけポンポン打ち飛ばしてたら、そりゃあスカッとするさ。ところで、このアンポンタン達、一体誰が治療するの? 僕は嫌だよ?」

「あそこに突っ立てる教官殿に任せよう。こいつらの学科に所属してるようだし」

 友人達と話していた、魔獣と思しき子犬を抱えた少年が、刃物のように冷めた目で自分達の背後を振り返る。

 少年の視線の先には、校庭の端からこちらをうかがう小太りの男性教官がいた。

 蒼ざめた顔でプルプル震えていた男性教官は、決闘の当事者である少年達と、決闘の様子を見るメイアや野次馬である生徒達の視線を一身に集めて、ビクリと身体を震わせた。

「あ、あーっと、そ、そこまでっ! これにて決闘は終了とします!」

 決闘の立会人として、恐らく巻き毛少女達に連れて来られたであろう男性教官は、裏返る声で叫び、巻き毛少女達の方へと駆け寄って行った。

 魔法士育成学校では、生徒同士の切磋琢磨せっさたくまによる魔法技術の進歩、という趣旨から、実習教官が立ち会う場合に限り、魔法を使った決闘を行うことが可能である。

 決闘の種類は各種の魔法学科によって様々であり、魔法士自身の戦闘力を競う分かりやすい決闘から、制作し合った魔法具の評価を競う、決着まで非常に時間のかかる決闘もあった。

 別々の魔法学科の生徒同士が決闘する場合だと、決闘を挑まれた側に、決闘の内容を決める決定権がある。

 今回の場合、機代一族の巻き毛少女達が、魔獣と思しき子犬を抱えた少年達に決闘をふっかけて、少年側が分かりやすい決闘を選択したのであろう。

 決闘の内容に不服がある場合、決闘を取り止めればいいだけであるが、巻き毛少女達が決闘を受けたところを見ると、魔法機械を使えば少年達に勝てると踏んでいたらしい。

 急いで治癒魔法を使う男性教官によって、気絶していた巻き毛少女達が続々と目を覚ました。

「「「う、うう……」」」

「は、機代さん、良かった! 気が付いたんだね?」

「教官? あたしらは……」

「確か決闘してて」

「あ、ああっ!」

 おどおどした男性教官に介抱され、次第に意識が回復して、記憶を呼び覚ました巻き毛少女達が蒼ざめる。

「負けた? あたしが?」

「おう。5対1、いんや、魔法機械入れたら実質10対1か? それでコテンパンやったで、自分ら? 顔面から校庭にチュウした気分はどうやの、ドリル頭?」

 呆然とする巻き毛少女に対して、魔法機械を棍棒代わりに使っていた背の高い少女が言うと、巻き毛少女の取り巻き達が息巻いた。

「こ、この野郎っ!」

「あたしら機代一族相手に、よくもやってくれたわねっ!」

「おいおい、決闘はもう終わったんだよ? 他の生徒達が見てる前で、これ以上恥をかくつもりかい?」

 取り巻き達を制するように近くにいた美形の少年が言うと、背の高い少女も不敵に笑った。

「勝てる思うて挑んだ決闘にボロ負けした。これ以上、まだ恥の上塗りをするんかい? まあええけどね、ウチは」

「やめといた方がいいと思うよぉ? 次は僕らも加勢するし、勇子も本気で行くと思うからさ? 多分魔法機械を無視して、まっすぐ君達を狙うよ? 鬼土きど一族の拳、その身で味わいたいのかい? 首から上が消し飛ぶから、止めといた方がいいよ、ホントに」

 美形の少年がくすくす笑って言うと、巻き毛少女達が驚きに目を見開いた。

「き、鬼土一族だとっ!」

「こ、この学園にいる鬼土一族の子って確か……」

「ああ、鬼土の拳骨げんこつ誘導弾ミサイルで知られてる、頭のおかしい半亜人の娘だけの筈だ! そしてその暴走娘はいつも!」

「2人の少年を連れている。1人は風羽一族の次期当主で……」

「どうも、それ僕です! あはは、頭のおかしい娘は言い得て妙だね。うわっ!」

「歯ぁ食いしばれ、ボケコラっ!」

 美形の少年を背の高い少女が追い回す様子を無視して、巻き毛少女達は、我関せずと魔獣と思しき子犬といちゃつく、本来戦うべき相手であった、小柄である少年を恐る恐る見た。

「もう1人は、あの魂斬一族の次期当主……」

「ああ。俺のことだ、文句あるか?」

『挑む相手のことを調べる知性も皆無と見える。噛み砕くぞ、下郎ども』

 少年は気怠そうに、子犬は魔獣らしい殺意を宿した思念で、巻き毛少女達の視線に応じた。

「「「ひぃぃっ!」」」

 子犬姿の魔獣が発する、背筋が凍えるほどの凄まじい魔力を感じ取り、巻き毛少女達や男性教官、果てはメイアや野次馬の生徒達までが、身震いした。

「お、おい、相手がマズいって実械みか!」

「アイツらとやり合うと、ウチがつぶされるわ!」

「わ、分かってるわよ! くっ! ……こ、今回は退いてあげる!」

 巻き毛少女が言うと、子犬姿の魔獣を頭に乗せた少年は、心底無関心といった様子で答えた。

「どうでもいいから、さっさと失せろ。1時間目に遅れる」

『……今回は、暴れ所を探していたユウコが相手をしたが、次もし我が主に絡んで来れば、如何に雑魚であろうと敵と認識し、この私が本気で相手をする。怪我では済まさんぞ、小娘ども? 確実にちりにしてくれる、憶え置け』

 子犬の姿をした魔獣の、底冷えする思念に震え上がり、巻き毛少女達はすぐさまきびすを返した。

「……くっ! い、行くわよ!」

「は、機代さん!」

 巻き毛少女達が青い顔でその場を走り去り、小太りの男性教官も慌てて追いかけて行く。

 少年達も校舎内の自分達の教室へと去って行き、メイアも野次馬の生徒達と一緒に、自分の教室へと戻った。

 すると、教室のあちこちで囁き声が聞こえる。

「いい気味よ」

「ざまあみろって感じ」

「魔法予修者だから、機代一族だからって、今まで好き勝手してたから、バチが当たったんだ」

 〔魔工士〕学科の教室内では、巻き毛少女達の完敗について、メイアと同期である魔法未修者の生徒達が口々に話していた。

 巻き毛少女達にくっ付いて、魔法未修者の生徒達に陰で嫌がらせしていた魔法予修者の生徒達が、こうした囁き声を聞いて、苛立ちの視線を拡散させる。

 すると、魔法未修者の生徒達は黙るものの、侮蔑の視線をチラリと返していた。

 メイアの所属する〔魔工士〕学科第1学年の魔法予修者達は、基本的に機代一族の派閥の者達であり、魔法予修者の生徒達は、魔法未修者の生徒達を無能と断じて敵視しているため、予修者と未修者との対立が特に深刻である。

 こじれにこじれている対立関係のため、教室内の空気は一気にギスギスした。

 人工知能による1時限目の授業が始まったお蔭で、教室内のギシギシした空気は一先ず消えたが、メイアは感じていた。

(これは……私達にとってマズいかも)

 1時限目が始まっても、巻き毛少女達は教室へ戻って来ず、メイアの心には不安が渦巻いた。


「あんた、誰を見て笑ってるのよ!」

「待てよ、お前ら!」

 罵声と怒声が教室内に響く。メイアの不安は当たってしまった。

 保健室で診断を受けていたのか。ようやく4時限目から教室に戻った巻き毛少女達は、自分達を侮蔑する周囲の空気を敏感に察した。

 そして、決闘で負けた鬱憤うっぷんを晴らすように、昼休みの間、魔法未修者達に当たり散らしたのである。

 メイアは、自分が最も標的にされる危険性を自覚していたため、授業が終わると同時に、荷物を〈余次元の鞄〉へ放り込み、さっさと教室を出たが、教室にある平面映像投影用の情報端末を盗み見ハッキングして、自分のポマコンを介することで、教室内の様子を見ていた。

「機代さん達、相当荒れてるわね」

 空き教室へ逃げ込み、〈余次元の鞄〉からお弁当を出して食べつつ、〔魔工士〕学科第1学年の教室を覗き見していたメイアは、騒々しさに頭を抱えた。

 ポマコンが投影する平面映像では、巻き毛少女の取り巻き達が、教室でお弁当を食べていた魔法未修者の生徒達を威迫して回っている。

 そして、蜘蛛の子を散らすように、魔法未修者達が教室から出て行き、巻き毛少女達と魔法予修者達だけが残った。

「ちぃっ! どいつもこいつも!」

「腹立つ眼つきをしてっ! 実械、どうすんのよ! このままじゃ私達、いい笑い者だわ!」

 取り巻きの少年少女が巻き毛少女へ言うと、席に座って弁当を食べていた巻き毛少女は、据わった眼つきで答えた。

「うるさいわね。いつも通りにすれば自然と黙るわよ。雑魚がイキってるだけだからさ?」

「……あんた、やけに落ち着いてるわね?」

「当然よ、この学科じゃあたしらが1番力を持ってる。魂斬や鬼土、風羽のアイツらを、その一族と知らずに決闘したのは、あたしらの手落ちだったけど、でもね……アイツらはそもそも学科が違うわ。ウチの学校は無駄に広い。同じ学校の、同じ校舎内にいるとはいえ、戦闘型魔法学科のアイツらと、生産型魔法学科のあたしらが、そうそう会うと思う?」

 ニヤリと笑う巻き毛少女の言葉に、取り巻きの少年少女が一斉に首を縦に振った。

「へへ、そうだった。アイツらとぶつからねえように立ち回れば、わざわざ事を構えずに済む!」

「そうよ。この第1学年の〔魔工士〕学科ではあたしらが1番だもの。一時の展開に浮かれて、調子に乗ってる馬鹿どもには、時間をかけて思い出させればいい。誰がこの学年の、〔魔工士〕学科のあるじかをね?」

 ポマコンの平面映像を介して、巻き毛少女の顔を見たメイアは、急に寒気を覚えた。

 巻き毛少女が、自分のポマコンを見て言う。

「時間割を見たらね、あつらえたように、明日は魔法実習があるわ。それも、魔法機械同士の模擬戦闘がね? そこで木っ端微塵にしてやればいいのよ? 魔法未修者達がせっせと心を込めて作った、自作の魔法機械達をね」

「かかか、そりゃあいい!」

「あいつらの悔しくて泣いてる姿が目に浮かぶわ!」

「いつもより念入りにつぶそうぜ?」

「そうね。実習後には、あいつらの作った魔法機械は全てゴミと化すのよ、見ものだわ!」

「でしょう? あ、メイアのだけは残しとくのよ? あたしが手ずから処刑するからさ?」

「実械ってば、やる前から処刑ってもう言っちゃってるじゃん、ぎゃははは」

 昼食には不相応の、剣呑で最低の笑い声が教室に響く。

 周囲で話を聞いていた魔法予修者達も、ゲラゲラと笑っていた。

 そして凡そ15分後、恐る恐る魔法未修者達が教室へ戻り始め、メイアも弁当を片付けて、教室へ戻った。

 メイアの顔は真っ青だった。

 その後、6時限目までの教室内は、異様とも言えるほど静かだった。

 先ほどまで苛立っていた、機代一族の巻き毛少女達や魔法予修者の生徒達が、ひたすらニヤついており、魔法未修者の生徒達が、異常を感じ取ったからである。

 一般教養課程の授業が全て終わり、メイアは逃げるように校門へと走った。

 この時のメイアの頭にあったのは、自分の魔法機械を改造することだけであった。

 子犬姿の魔獣を連れた少年へ相談しに行くことも忘れて、メイアは目に涙を浮かべる。

(やだ! 私のシロンを壊されるのは、もう絶対にやだっ!)

 家に帰ったメイアは、工具箱から自分の初めて作った魔法機械である小型機人を取り出した。

 毎回のように破壊され、その度に修理したメイアの魔法機械は、もう限界だった。

 装甲部分に封入していた魔法は、ひび割れと一緒に消失し、今はただの壊れた機械と化している小型のアンドロイド。

 そのアンドロイドのひび割れた装甲を取り替えつつ、ポツリとメイアが言う。

「次、壊れたら……もう修理するのも」

 工具箱には幾つかの部品が入っていたが、修理に修理を重ねたアンドロイド用の部品は、もう残り僅かだった。

 修理する代わりに、時間遡行による高位の精霊治癒魔法を使って、機体だけを完全修復する方法もあり、メイアも死に物狂いでこの精霊治癒魔法《陽聖の恵み》を修得したが、治癒魔法を使う場合は時間との勝負であり、メイアの今の魔力量的に、完全修復が可能であるのは壊されてから凡そ10分以内という制限があった。

 10分というのは、長いようで短い。

 機代一族の巻き毛少女達に邪魔されれば、あっという間に過ぎ去る時間だった。

 実際、治癒魔法による完全修復は、巻き毛少女達に幾度も邪魔されている。

 それゆえに、修理用の部品が僅かであるこの現状は、メイアの心を追い詰めた。

 メイアがギュっと唇を噛む。明日の実習を休んだところで、実習授業自体は毎週ある。

 1度逃げたとしても、巻き毛少女は執拗しつようにメイアの小型機人を破壊しようとするだろう。

 逃走・撤退は不可能であった。

「戦うんだ、アレと……」

 巻き毛少女が使う、虎のように見える魔法機械を思い出し、メイアは工具を握った。

 小型アンドロイドの内部構造をいじって整備しつつ、人工知能部分を自分のポマコンと接続して、ポマコン内に記録した敵の魔法機械の戦法を繰り返し教え込む。

「子ども用の玩具とはいえ、人工知能は一級品。エマボットに使われてるのとほぼ一緒よ。あっちだって人工知能は同じだわ。機体で劣っても、人工知能が一緒だったら……勝機はある」

 自分に言い聞かせるように、メイアは寝食を忘れて、自分の魔法機械の改善に努めた。

 内部骨格や回路を整備し、火と風の精霊付与魔法を封入した全身装甲を被せて、作業が終わった頃。

 気付けば、夜が明けていた。

 徹夜して仕上げた小型アンドロイドを見て、ふと脳裏に木霊する、巻き毛少女の言った処刑という言葉。

 メイアの心に、その言葉が深く突き刺さっていた。

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