短編集:メイアを見付けた日(4)
学校へ遅刻すると連絡し、ギリギリまで人工知能の学習に時間を費やしたメイアは、家族と顔を合わせるのを避けるように家を出た。
顔色を失い、悲壮とも言えるこの時のメイアの表情を見れば、家族は何事かと心配する。
それが分かるからこその行動だった。誰にも胸の内を語らず、学校へ急ぐメイア。
水曜の3時限目までの授業は全て一般教養課程であり、ぶっちゃければ、欠席しても魔法士としての評価には無関係である。
進級に関わる授業は、4時限目の魔法教養課程と5時限目の学科専門課程、そして6時限目の魔法実習課程のモノだけであった。
座席に座って、自分の膝の上で小型アンドロイドの人工知能とポマコンを接続し、路面電車での移動時も、人工知能に戦い方を研究させるメイア。
いつもは学生達や会社員で満員である路面電車の車両に、今はメイア1人であった。
だからこそ、落ち着いて座って、人工知能へ学習させることも可能である。
車両に揺られ、ポマコンと接続された小型機人を見て、メイアは思う。
(勝てる筈……いいえ、勝つのよシロン。私達のために……お祖父ちゃん、どうか私達に力を)
小型アンドロイドの愛称を胸の内で呼び、愛おしげに見詰めて、メイアは祈るように窓の外を見た。
メイアの敬愛する祖父、依星
シロンという愛称は、お祖父ちゃん子であるメイアが、離れた場所で暮らす祖父を思って付けたモノであった。
メイアの父と祖父は、腕の良い機械部品職人であり、自衛軍に納入する魔法機械の部品を作る工場を経営していた。
メイアの魔葉学園への入学が決まるまで、三葉市から少し距離のある一般の都市で、メイア達依星一家は祖父母と一緒に生活していたのである。
そして、メイアの魔法士育成学校への合格が決まった時点で、三葉市へ一家揃って移住した。
祖父母も一緒に移住するかどうか迷っていたが、工場を閉めることに抵抗があったため、結局移住を断念して、祖父母は今も少し離れた一般の都市で暮らしている。
機械部品をいじる祖父の働く姿が好きだったメイアは、祖父との別居を寂しく思い、自分の作った魔法機械に、祖父をもじった愛称を付けたわけである。
(シロンを作ってから、まだ4カ月……でも色々あった。いっぱい2人で努力したね?)
頑固一徹だがメイアには物凄く甘い祖父。メイアに頼まれれば、寝食を惜しんで力を尽くす優しい祖父。
その祖父の魂を分け与えられたかのように、小型機人シロンは、メイアの指示に常に答えてくれた。
そもそもが、子どもと対話して意思疎通を楽しむ
メイアの指示が不十分で、整備が不十分で、修理が不十分で、負けたことも多々あるが、シロンは文句も言わず、ただ一徹に与えられた仕事を懸命に達成しようとした。職人気質のメイアの祖父のように。
勿論、シロンの人工知能の人格形成がまだ不十分であるため、一定以上の自由意志の発露が起こっておらず、メイアの命令に、ただ機械的に従っているだけとも取れるが、それでもメイアにとって、この初めて作った魔法機械は、自分が一から育てた人工知能は、文字通りの宝物であり、唯一の相棒だった。
(もうシロンを壊されるのは嫌……あいつらに、目に物見せてあげるわ!)
小型機人との思い出を胸に、メイアは路面電車を下車した。
魔葉学園に到着し、〔魔工士〕学科第1学年の教室へ入ると、4時限目の魔法教養課程の教官がすでにおり、授業が始まる寸前だった。
慌てて空いてる席に座るメイアの視界に、魔法予修者達の嘲笑が映るが、それを無視する。
魔法未修者の同期達は、ここに至ってようやく気付いたのか、皆が6時限目の授業で起こることを察し、青い顔をしていた。
まるで処刑を待つ囚人達のようである。
頭を切り替えて授業に臨み、休み時間はそそくさと教室から出て、シロンの成長に時間を割く。
外野がどう言おうと、メイアは6時限目の決戦に備えて、自分の魔法機械のために、できる限りのことをしようと思っていた。
同様のことを考えている魔法未修者の同期も数人いたようで、昼休みにメイアが空き教室へ入ると、先に自分達の教室を出て行き、魔法機械の整備を行っている同期が6人ほどいた。
今この場にいる者達は皆、昨日機代一族や魔法予修者達がニヤついていた理由を明確に察し、それでも諦めずに何がしかの対策をしようと思い立った者達であるということに、メイアは気付く。
しかし、顔を合わせても、メイアは彼ら彼女らを無視した。同期達もメイアを無視する。
全員切迫した表情であり、恐らくメイアと同じく、自分のことで精一杯であろう。
(……今更慌てても、もう遅いんだけどね)
メイアは、焦った表情で自分の魔法機械を必死に整備する同期達を冷めた視線で一瞥し、シロンの人工知能の学習を進めた。
魔法未修者だが、〔魔工士〕学科第1学年の学科主席たるメイアは、本来であれば他の魔法未修者達にとって、目指すべき目標であり、先を歩く同志とも言うべき者であるが、機代一族の巻き毛少女達から日々嫌がらせ受けているメイアを応援し、助けた同期の魔法未修者は、これまで皆無であった。
助けるほどの力も持っておらず、自分まで巻き毛少女達に目を付けられたら困る。
彼ら彼女らは、常にそうした目でメイアを見て、嫌がらせを受けるメイアを見捨てていた。
ゆえにメイアは常に孤独であり、他の魔法未修者達のことを本心では見下している。
敗残者であり負け犬、抵抗者かつ挑戦者たる自分とは違うと、そう思っていた。
その意味で、本当に今の教室内でメイアの味方と言えるのは、自分が作った魔法機械のシロンだけであった。
そして、メイアが唯一安心できる女性教官が担当する、5時限目の学科専門課程の授業も終わり、運命の授業、6時限目の魔法実習課程の授業が始まる。
校庭に移動したメイア達に、小太りでビクついた男性の実習教官は告げた。
「え、えーと、では実習をはじ、始めます。ま、まずは……」
男性教官がニヤつく魔法予修者達、特に機代一族の巻き毛少女達をチラチラ見て言う。
「あ、ああ、そうでした。今回の魔法実習は模擬戦闘で、でしたね? い、いつも通り、魔法予修者の諸君は前に出てください。魔法未修者の諸君は、こ、こちらの方で、どの魔法予修者と戦うか指示します」
この発言を聞いた時点で、メイアは察した。
誰が誰と模擬戦闘を行うのか、魔法予修者達と実習教官との間で、すでに話ができ上がっていることを。
それを示すように、巻き毛少女がニヤニヤして、メイアを凝視している。
魔法未修者の同期達も気付いたらしい。一様に俯いていた。
1人ずつ教官に呼ばれて、魔法予修者の前に立たされ、魔法機械を呼び出して模擬戦闘が始まる。
魔法予修者10人に対して、魔法未修者は40人。
当然魔法予修者側は、1人で未修者を4人抜きするわけだが、そもそも所有する魔法機械の質に差があるため、基本的にはいつも未修者側が負けていた。
〔魔工士〕学科第1学年において、魔法予修者に勝った経験がある魔法未修者は、実はメイアだけである。
そのメイアも、機代一族の巻き毛少女達5人には、いつも負けていた。
模擬戦闘では、魔法機械の
模擬戦闘実習では、自身の所有する魔法機械を2体まで使用していい決まりがあるため、一部の魔法未修者は、2体同時使用で魔法予修者に挑戦していたが、性能差も相まって、一方的に壊されることが
どう足掻いても勝ち目の薄い戦いを課されるのが、魔法実習の模擬戦闘である。
「昨日は随分偉そうだったじゃん、どうしたのよぉ? ほらほらほらぁ、つぶれちゃえ~」
「やめて、やめてよっ! 私の魔法機械が! あ、ああぁぁ……」
「おいおいどうしたよ! その程度か、ああ!」
「そこまでにしてくれ、降参する! 頼むから、う、ううっ」
「叩きつぶせ、木っ端微塵にしてやれ!」
「や、やめろ! 教官、降参しますから、止めてください!」
「う、あ……あの、そ、そこまでっ!」
「あ、聞こえませんでした教官、すみませーん」
「わ、私の……くうっ」
阿鼻叫喚の処刑風景と言うべきか。
教官のおどおどした制止も無視して、魔法予修者達は、未修者達の魔法機械を粉砕した。
10人の魔法未修者達は、残骸をかき集めて泣いている。
メイアが想像していたよりも、数段酷い実習風景であった。
「教官、次の未修者、さっさと呼んでくれません? あたしら、待たされるのって嫌いだから」
巻き毛少女がクイクイとニヤケ顔で手招きする。
次の10人の魔法未修者が、校庭へ立体的に投影された競技場、もとい処刑場に入った。
「そうそう、それでいいのよ」
「実習に参加した以上、授業への不参加は認められませんもんねぇ?」
「授業不参加は、成績に響くぜぇ?」
「お前らは進むしかねえんだよ、ぎゃはは」
「さあ、公開処刑の続きよ?」
数分後、メイアの目の前で、また10人の魔法未修者が泣き崩れていた。
次の10人がまた呼ばれる。この10人が泣き崩れた後、メイアの番だった。
震える心、怯える心を叱咤し、メイアは見る。
自分の相手である巻き毛少女の魔法機械を。
虎のように四足獣の魔法機械を、じっとメイアは観察していた。
冷たい戦意を心に秘めて。
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