短編集:メイアを見つけた日(14)
翌日の放課後から、屋上での戦闘講義が始まった。
周囲への目隠しがてら、空太が広い校舎屋上の4分の1に及ぶ範囲へ展開した、漆黒の精霊結界魔法の内側で、命彦が灯した魔法の明かりに照らされつつ、勇子が言う。
「よしよし、まずまずの動きや! これはどや!」
「シロン、一歩後退! 半身で避けてからくっついて!」
勇子を相手に、模擬戦闘の訓練をするメイアとシロン。
その2人へ、肩にミサヤを乗せた命彦と、腕組みして様子を真剣に見る空太が助言した。
「半身の時は重心移動と軸足を意識しろ! 次の行動が一拍遅れてるぞ!」
「動作は基本流れるように行った方がいいよ。今のは一度流れが途切れてる。僕でも分かったよ」
距離を詰めようとしたシロンの行動を先読みし、勇子が一歩後退して
「せやからウチもこうして反応できる。そら、一歩下がった相手にはどうするんや?」
「く、シロン!」
勇子の下段蹴りは、魔法力場を纏わぬ普通の蹴りだったが、対するシロンも魔法が未封入の状態であるため、当たれば相当の損傷が出る。
メイアが焦ってシロンを呼ぶが、回避の反応が遅れてシロンは蹴りに当たり、吹っ飛んだ。
「ほいっと!」
空太が柔らかい移動系魔法防壁を瞬時に作り出し、フヨンッとシロンを受け止めて、屋上の床へ降ろすと、メイアがすぐにポマコンで被害を調べた。
「……良かった。損傷は軽微ね? まだ行けるわ」
「当然やん。当たる寸前で手加減したもん。しかし、対峙して改めて感じたけど、体捌きっちゅうか、足捌きにまだまだ問題がある気がするわ。シロン、あんた自分の機動力に相当振り回されとるやろ?」
勇子がシロンに語りかけると、シロンが小さく首を縦に振った。
「ふーむ。昨日の命彦の動きを、どうにか再現しようって努力は見えるんよね? 実際、さっきの模擬戦闘でもチラホラそれっぽい動きが見えてたし。動きの本質は、恐らくシロンも理解しとるんやろ。けど、どうにも動きがブレよんねん。人間で言えば、頭で自分の動きを思い描けとるのに、身体の反応が速過ぎて、思い描いた動きと実際の動きがズレとる感じやろか?」
「うーむ……自分の機動力に振り回されてるってのが気に食わん。一回、全力疾走させてみたらどうだ? 風の付与魔法を封入したら、魔法機械の場合も機動力が上がる。魔法未封入の状態での全速力を制御できねえと、魔法封入後の全速力には到底対応できねえぞ? 自分の機動力を完全に制御できれば、シロンは一段上の戦闘力を発揮できる筈だ。まずは敏捷性の改善が急務だろ?」
「そうだね。走る動作は全身運動の基本だし、僕もいい考えだと思う。メイア、シロンを全力疾走させたことはある?」
「人工知能へ動作情報を与える映像資料を与えてた2カ月前までは、機体性能を確認するために、定期的に30分ほど走らせてたわ。最近はご無沙汰だったけど……」
メイアがおずおず言うと、命彦達が困ったように眉をひそめた。
「んー……幾ら人工知能の学習能力でも、それじゃ足りねえだろ?」
「うん、そうだよねぇ。ホントに動作確認のためだけの走りだよ、それ」
「俺がミツバから昔聞いた限りじゃ、二足歩行や二足走行での動作習熟訓練期間って、動作確認期間の10倍はいるって話だったぞ? 実際、ミツバもバイオロイド体を手に入れた頃は、走る動作を完全に修得し、バイオロイド体での全速力を発揮・制御できるまで、いつも1日2時間ほど走り込みして、走る場所も山や川、砂利道とかって色々試して、1年近くは習熟訓練をしたって聞くし……」
「それがもしホンマやったら、シロンの場合、走り込みが全然足りてへんやん?」
「うん。シロンの人工知能が、自分で自分の持つ機動力を完全制御するための、全身運動の経験値が圧倒的に不足してるんだと思う。だから、自分の機動力にシロンは振り回されてるんだろうね?」
「一口に走り方言うても、色々あるからねえ……地形に適した運動方法、行動方法も同じやし。人工知能の成長が幾ら速い言うたかて、相応の経験値は絶対に必要やろ」
「つまり、シロンの敏捷性や機動力が想定より低い理由は、運動に対する私の理解不足が原因だったのね……ごめん、シロン。私、人工知能の能力に頼り過ぎていたわ」
シロンに謝るメイアに苦笑しつつ、勇子と空太が言う。
「まあ、メイアが知らんことはどうしようもあらへん。でも今ここで気付けたのはデカいで。対策も一緒に考えられるやろ?」
「そうだね。シロンには、〈オーガボーグ〉に纏わりついて、徹底的に接近戦をしてもらうつもりだから、機動力の制御と、腕の上や肩の上みたく、動く地形でも行動できる地形適応性を上げる必要がある。それに最適の訓練って言うと……」
ミサヤをモフモフと顔に擦り付けて考えていた命彦が、不意に声を上げた。
「あ、俺一つ思い付いたぞ? その訓練法」
「ウチもや! せーので言ってみよ! せーの……」
「「障害物競走!」」
勇子と命彦の言葉が揃い、空太とメイアが笑う。
「うん、それが一番手っ取り早いよね」
「そうね。最適解だと思うわ」
「そうと決まれば、善は急げだ。俺が魔力物質で特別の障害物を作ってやろう。ミサヤもどうだ、手伝ってくんねえか?」
『メイアのためというのが気に入りませんが、家へ帰ってマヒコが存分可愛がってくれるのであれば、手伝いましょう』
命彦の提案に、渋々ミサヤが賛同すると、命彦が笑って応じた。
「ありがと、ミサヤ。帰ったら一杯構ってやるよ……よし、じゃあ障害物を作るぞ!」
屋上の上に幾つもの障害物が、命彦とミサヤの魔力によって作り出された。
作り出された魔力物質をまじまじ見て、メイアが言う。
「へえー……以前ここで命彦に助けられた時も見たけど、魔力物質って本当に色々作れるのね? 確か魔力物質の作成って、本で見た知識だと意志魔法系統に分類される技術よね?」
「ああ。知ってるんだったら説明の手間も省ける。意志魔法系統は、魔力の消費効率に劣り、効力が使用者の心理状態に
「ふむふむ。好奇心がとても刺激される発言ね? 命彦……もし良ければの話だけど、私が精霊魔法にある程度習熟した時、初歩の技術だけでいいから、意志魔法を教えてもらっていいかしら?」
このメイアの言葉に、命彦は一瞬驚いたように目を見開いた。勇子と空太も少しびっくりしたらしい。
「欠陥があるて、すでに世間一般には認知されてる魔法系統を……」
「敢えて学習したいって言うのかい、メイア?」
「ええ。おかしいかしら? 技術は使い方次第よ? それに短い付き合いだけど、どちらかというと命彦は、合理的・論理的に考える人間だってことは分かるわ。その命彦がそこまで言うってことは、それ相応に理由、根拠がある筈よね? 自分の見識も広がると思うし……ダメかしら、命彦?」
重ねて問うメイアに、肩に乗るミサヤと目を合わせた命彦はくすくす笑って答えた。
「いや、構わんさ。しかし、精霊魔法にある程度習熟って……えらく先の長い話だ。でもまあ、いいだろう。その時が来れば、基本くらいは教えてやるよ」
「やった! よろしくね?」
メイアが嬉しそうに言うと、命彦の肩に乗るミサヤが忌々しそうに思念を発した。
『メイアは私が警戒すべき人間のようですね。マヒコの手を煩わせる意味で』
「え、どうしてよ?」
きょとんとするメイアに、勇子と空太が面白がって返す。
「まあ、ミサヤにとっては、命彦とのいちゃつく時間を削る厄介者やろね?」
「そうだね、意志魔法の修行を見てくれってさっきも言ってたわけだし」
「あ……」
ようやくミサヤの思念の意味に気付いたメイアが、一瞬止まる。
ミサヤにジト目で見られて、メイアが目を泳がせた。
その初めて見るメイアの慌てる姿を見て、命彦達は噴き出して笑った。
命彦達がひとしきり笑った後。
小型アンドロイドのシロンに対し、メイアは障害物競走がどういうものかを説明して、楕円状の走路を指示し、すぐさまシロンを走らせた。
屋上の走路上に移動させた魔力物質製の障害物は、命彦の意志によって動き、急接近したり、形を再構築したりして、走るシロンの行く手を阻む。
シロンは幾度も転倒し、自分の移動速度に吹き飛び、障害物にぶつかり、それでも走り続けた。
命彦が魔力物質製の障害物を操り、勇子がシロンの走路に陣取って、シロンの走行の邪魔をする。
吹き飛ばされるシロンを、空太が魔法防壁で柔らかく受け止め、メイアが点検・改良し、刻々と時が経つ。
2時間ほど経過すると、目に見えてシロンの走る動作が進化していた。
旋回時に自分の速力で吹き飛ぶ回数が明確に減り、突然走路上に移動する障害物や勇子の手足も飛び越え、着地しても勢いを殺さずに走り続ける。
明らかに、敏捷性と運動能力が上昇していた。
「はえー……人工知能の学習能力って凄いね?」
「あれがホントのシロンの力……」
呆気にとられたように言う空太とメイアの発言は、その場にいる命彦達全員の思いの代弁だった。
3時間ほどぶっ続けで走らせ続け、太陽が没するまで障害物競走が続けられた結果。
「おほう! これも避けるか! 凄いやんけシロン、さっきとはえらい違いやぞ!」
訓練のシメとして、シロンと再度模擬戦闘を行った勇子は感嘆の声を上げる。
勇子の攻撃を、ヒラリヒラリと木の葉が舞うように避けて、上手く距離を詰めるシロン。
全身運動の経験値をたらふく蓄積したシロンの動きは、以前とは別モノだった。
「そこよシロン!」
メイアの指示と共に、シロンが勇子の蹴り足に乗って飛び上がり、小さい拳を勇子の頬に突き出す。
ぺチっと勇子の掌がそれを受け止め、勇子がシロンを持ち上げた。
「ようでけたシロン! あんた才能あるわ!」
「人工知能に才能って……まあいいや」
「ああ。突っ込むだけ野暮だ。それで、勝利の可能性はどのくらいあると思う、空太?」
「そうだね、もっと訓練をすることが前提だけど、4割から5割に上昇ってとこだと思う。動きの問題は改善が見え始めたからね。あとは……」
「戦い方の問題ね……引き続き、講義をお願いするわ、3人とも」
「任せとけ、明日から楽しいでシロン!」
勇子の発言に、シロンがまるで自我を持ったように上下へ首を振る。
メイア以外の人間との対話を重ねることで、シロンの人工知能は進化を加速させる。
近いうちに、シロンの人工知能が自我を得ると、メイアはこの時確信した。
そのメイアの視界の端で、命彦と空太がメイアの工具箱を覗き込み、ヒソヒソ話し合っている。
「……って感じで、こいつをもう一つの切り札にしようと考えてるんだが、どう思う空太?」
「よくもまあそういう酷い手を次々考え付くもんだねえ? 僕は今、あのドリル頭に憐れみを抱きつつあるよ。ただまあ、相手の意表をつく良い手だと思うよ? それだったら装甲の硬さも問題外だしね? シロンの武器って、実際スタンブレードだけだし、次は絶対対策して来る筈だ。確実に相手に損害を与えられる切り札は僕も必要だと思ってた」
「ぬふふふ、そうだろう、そうだろう? あとはメイアがこいつを俺が思った通りに改造できるかどうかだ」
命彦がどす黒い表情でニンマリと笑って言うと、2人に歩み寄ったメイアは寒気を覚えた。
「わ、私に何をさせるつもり?」
「決まってる。絶対に勝つための切り札の作成だよ」
そう言って命彦が見せたのは、3cmほどのとても小さく平たい虫型機械であった。
クワガタムシのように見える外観で、顎がハサミのように尖っている。
「それって……応急修理用の小型ロボットよ?」
「あ、ウチにもあるでそれ? 家事用のエマボットが故障した時に使ったことある。回路や配線を切除して取り替えるためのヤツやろ?」
怪訝そうに問うメイアの横から覗き込む、シロンを抱えた勇子も不思議そうに問うた。
「そうだ。こいつを魔法機械化して……」
ごにょごにょと、命彦がメイアや勇子に説明すると、2人揃って顔をしかめた。
「空太が言うのも納得ね?」
「せや、ホンマに酷い」
「バカ言え、家ぐるみで来る相手にメイアは単独で挑むんだ。俺達は手を出さねえんだし、こういう戦略ぐらいは使ってもいいだろうが!」
「いや多分、戦略というより勝ち方の問題だと思うよ、2人が酷いって言う理由? まあそれはさておき、実行できれば勝率は相当高まる。僕としてはやるべきだと思うけど?」
「ああ。メイアできるか?」
真剣に問う命彦と空太に対し、メイアは答えた。
「その機械自体を魔法機械化するのは難しいけど、顎のハサミ部分だけだったら可能と自信を持って言えるわ」
「最低限、そこさえ魔法を封入できればいい。これで勝てる」
「せやね」
命彦達がニシシとどす黒く笑う。
そして、この日の訓練が終わって夜空の下。
メイア達は明日の訓練内容を相談しつつ、にぎやかに帰宅した。
そうして瞬く間に1週間が過ぎ、メイアとシロンにとっての、決戦の日が訪れた。
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