短編集:メイアを見つけた日(13)

 自分が壊した魔法機械を数秒見詰めていた命彦が、観覧席まで来ると、勇子が命彦へミサヤを返して言った。

「しばらく魔法機械見とったけど……また壊した魔法機械に、お礼言うとったんか?」

「ああ、戦士の礼儀ってヤツだ。訓練型魔法機械とはいえ、立派に戦った相手には敬意を払うべきだろ? たとえそれが、予めそう設定プログラムされたモノだったとしても、実際に戦ったことは事実だし、今後の俺の経験、糧として生きるのもまた事実。壊した当人である俺くらいは、心の内だけでも、あいつに礼を言うべきだと思うんだ」

『お優しいことです、我が主よ』

せよミサヤ、ただの自己満足だ」

 そう言って笑う命彦は、ミサヤを肩に乗せつつ、別の観覧席に座る教官のところへ歩き出した。

 メイアは戦闘の興奮をどうにか抑えて、努めて冷静に振舞い、勇子や空太へ問う。

「自分が倒した魔法機械に対しても、戦士として敬意を払う、か。……命彦って面白い思考っていうか、考え方をしてるのね? 少し感心したわ」

「んーそやねぇ。あいつは年齢1桁のガキの頃から、バイオロイドの遊び相手がおったから、機械にも基本優しいねん」

「あと、自分の流儀というか、魔法の師であるお祖父ちゃんとお祖母ちゃんから、独自の行動規範っぽいモノを叩き込まれてるから、少し普通とは違ったモノの考え方をするんだよね?」

「まあせやからこそ、どうでもええ偏見とか、筋の通らん意見に対して、物凄い冷めた視点で言い返すことができるんやと思うわ」

「そうそう。命彦と話してて、僕らもそういう考え方に浸食されてる気がするし」

「あはは、そら言えとるで。つるむ相手を間違えてたら、ウチらもあのドリル頭みたいに、魔法未修者に絡んでたかもしれんねぇ?」

「えー! 僕はああいう自分から絡みに行くのは無理だよ、勇子だけだね、それ?」

「あ、こいつ! 自分だけいい子ぶりおって! このぉーっ!」

「や、やめ、やめろって! 脳が揺れるだろう! うぷ、おえーっぷ」

 喚く勇子に首を絞められた上、激しく頭を揺らされて酔ったのか、青い顔で口を押える空太。

 その2人の様子を見て、メイアがフッと頬を緩めた。

「ふふふ、2人も命彦に負けず劣らず、十分面白いわよ?」

「「どこが(や)!」」

 揃う勇子達の突っ込みに、シロンを抱えたメイアがまたくすくす笑っていると、命彦が戻って来て言う。

「後片付けは教官達がしといてくれるそうだ」

「おう? 良かったやんけ。おもろい見稽古の見物料ってわけか?」

「掃除の手間を考えると、少し得した気分だね。これも見応えがあったおかげだ」

 勇子や空太が、壊れた訓練型魔法機械の方を見てニヤニヤと語った。

 〔武士〕学科の魔法未修者達、命彦の戦闘を観覧していた者達が、とても興奮した様子で壊れた魔法機械の傍に集まり、教官と話し合っていた。

 命彦が見ていることに気付くと、教官や魔法未修者達がニカッと笑って手を振る。

 その様子を見て、命彦が少し頬を染めて手を振り返し、勇子達に言葉を返した。

「バカ言ってねえで、映像記録室に行くぞ?」

「はいよー。ぷくく、おい空太、照れとるで?」

「そうだね、ぷぷぷ」

「うるせえっての。先行くぞ」

『ユウコ、ソラタ、我が主をあまりからかうと、噛み砕きますよ』

 先に歩き出した命彦の肩に乗るミサヤが思念で言うと、勇子達も歩き出した。

「へーい、ほらメイア、ウチらも行くで?」

「置いてかれるよ~?」

「え、ええ」

 第1体育館の2階へ続く階段を上がる命彦の後を追うように、メイアもシロンを腕に抱えて勇子達に続いた。


 第1体育館2階の、とある区画の一室に入ると、勇子が口を開いた。

「ところでさ、何でウチら映像記録室に来てんのん?」

「勇子……まさか、分からずについて来てたの?」

「空太は分かるんか?」

「分かるさっ! 戦闘映像の収集のためだよね、命彦?」

 空太の問いかけに、勇子を呆れた様子で見つつ命彦が答える。

「ああ。魔法士育成学校の体育館には、どこでも館内を多角的に撮影する高精度撮影機カメラが随所にある。そうして館内で記録された映像情報は、それぞれ各体育館ごとに設置された映像記録室へと集められ、生徒であれば映像情報の閲覧や持ち出しが可能だ。戦闘型や探査型魔法学科の、魔法実習における戦闘訓練では、生徒達が自分の戦闘映像を分析し、改善点を探すためによく訪れてるぞ?」

「ほへえー……知らんかったわ」

「戦闘型魔法学科の生徒のくせに、どうして知らねえんだよ。そこに激しく突っ込みたいぞ、俺は?」

「まあまあ命彦、勇子だし、諦めよう? 記憶領域狭いから、施設利用方法とか覚えてる方が勇子的にはおかしいよ? 突っ込んだら負けだ」

「どういう意味じゃいボケぇ!」

「はぷうっ!」

 勇子に後ろから組み付かれ、両腕でギリギリと圧迫されてさば折りにされている空太が、プルプル首を振り、もがいてる姿を無視して、命彦は記録室を管理するエマボットに話しかけると、訓練型魔法機械と自分との戦闘映像を、平面映像上に投影させた。

 記録室内をフワフワと浮かぶ幾つもの平面映像に目をやり、メイアは驚いた。

「凄い! 上下左右からの映像に加えて、三次元的処理を加えた立体映像まである!」

「おうよ。すぐ傍で見てたとはいえ、ポマコン経由じゃ幾ら戦闘映像を撮影しても、記録できる映像情報自体は限られる。観覧席を随時移動して撮影したとしても、映る視点が1つだけじゃ、どうしたって得られる戦闘情報は限定的だ。多面的に捉えた映像と見比べれば、得られる情報量には桁違いの差が生まれる。せっかくここを利用して、幾つものが捉えた情報があるんだ。どうせだったら、ここで得られるあらゆる戦闘情報を持って帰って分析し、シロンに与えた方がいいだろう?」

「え、ええ! 是非ともお願いするわ!」

「決まりだ。とりあえず、ここにあるさっきの戦闘に関する映像情報は、メイアのポマコンへ全部転送してもらえ」

「うん。勇子、シロンをちょっと持っててくれる?」

「ええよ、よし来いシロン」

 空太を肩に担いで背骨折りバックブリーカーを決めていた勇子が、空太を解放し、シロンを受け取る。

「た、助かった……」

 壁に手をつき、腰を押さえている空太を無視して、メイアは自分のポマコンと記録室の情報端末を有線接続し、高速で映像情報を管理エマボットに転送してもらった。

 数分で転送は終わり、勇子に言う。

「よし、転送完了。ありがとう勇子」

「ええって、シロンは全然軽いしね?」

 勇子からシロンを受け取ったメイアは、シロンがじっと命彦を見ていることに気付いた。

「シロン、どうしたの?」

 メイアが呼びかけて、ポマコンと小型アンドロイドのシロンを接続すると、シロンからすぐに反応があった。

「あ……そういうこと。うふふ、分かったわ、許可します。命彦?」

「うん、どした?」

 メイアは、ミサヤといちゃついてた命彦を呼ぶと、手近にあった机の上にシロンを乗せた。

 するとシロンが腰を深々と折り曲げ、命彦に頭を下げる。

「見稽古、ありがとうございます。ですって、きちんと自分でお礼と感謝を示したかったらしいわ」

 メイアが嬉しそうにくすくす笑って言った。

 このシロンの行動は、メイアにとって非常に嬉しい驚きであった。

 魔法実習時の模擬戦闘で、非常に高い自立行動を取れることからも分かる通り、シロンは、平時においても自立的・自発的に行動することができ、社交辞令的挨拶や質問への応答といったことも容易に行う。

 しかし、それは自分で判断できることのみであり、メイアに対して何かしらの責任が及ぶ行動はそもそも取らず、沈黙を決め込むか、メイアの指示を待った。

 そのシロンが、主であるメイアを経由せず、他者に自ら礼を言うこと、感謝を告げることを望んだ。

 シロンが特定の誰かへ感謝を表すということは、メイアもその特定の誰かへ感謝していると、相手や周囲に捉えられかねず、シロンのこれまでの行動規範からすれば、普通は沈黙しているか、メイアの指示を待つ筈である。

 しかし今回は、沈黙することもメイアの指示を待つこともせず、ましてや主のメイアに自分が頭を下げる許可を求めてまで、自ら行動した。

 これは、今までのシロンでは見られぬ行動であり、メイアにとっても初めてのことだったのである。

 それがメイアには驚きであり、嬉しかった。 

「……そういうことか。まだまだこれからだ、シロン」

 命彦が苦笑して拳を突き出すと、シロンもその意味を理解したのか、おずおずと拳を突き出し、ちょこんと当てた。

「あ、ええやんそれ、ウチもする!」

「僕も!」

 勇子や空太とも拳を合わせ、メイアの目には、小型アンドロイドのシロンがどこか満足そうに見えた。

「よし、見稽古もこれで終わりってことで、帰るか。続きは明日だ」

『はい、やっと家でゆっくりマヒコに構ってもらえます』

「甘えんぼ魔獣やねえ、ミサヤは」

「いいんだよ、それで。ほら、空太、メイア、行くぞ」

「「はーい」」

 映像記録室を出て、第1体育館からも出ると、夕空が広がっていた。

 夕空を見上げつつ、命彦が言う。

「明日からは、見稽古で俺が見せた動きの再現と、人型魔法機械との戦い方を教える。忙しいぞ?」

「望むところよ」

「良い面構えだ。シロンも、映像情報はしっかり叩き込んどけ。人工知能だったら、すぐに動きの本質に気付いて再現できる筈だ。来週の魔法実習が、お披露目の時だぞ?」

「ええ。次は勝つ。ね、シロン?」

 命彦の視線を受けて、メイアとその腕に抱かれた小型アンドロイドは、揃って首を縦に振った。

 命彦達と一緒に学校を出たメイアは、夕焼け空の下、出会ったばかりの命彦達の後について歩き、少しずつ勝利が現実味を帯びている実感を感じていた。

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