短編集:メイアを見付けた日(15)

 決戦の日の当日、午前3時。

 部屋に明かりを灯して起きていたメイアは椅子に座り、机の上に置いたクワガタムシ状の小型機械を分解して、取り外した顎部の部品を眼前に置き、魔力を制御した。

 自らの魔力を引き出し、その力に取り込む精霊は、陰闇の精霊と陽聖の精霊の、心象精霊2種。

 この世界に生きる、あらゆる生物の絶望や希望を情報として取り入れた2種の心象精霊は、本来他者の活力を奪う精霊と、他者に活力を与える精霊であるが、心象情報が空間に残存し、経年によって淀んだ空間や清廉された空間を作り出す性質を持つことから、時空間に干渉する力をも併せ持っていた。

 メイアの狙いもそこにある。目を閉じていたメイアが、朗々と詠唱し、魔法を構築した。

「陰闇の天威、陽聖の天威。融く合して事物の異空いくうを繋ぎ、魔道を宿す合一の虚空を作れ。繋げ《異空接続の儀》」

 メイアが両手をかざした先にある、顎部の部品がブルリと震え、空間が歪むように一瞬伸縮する。

 その後、机の上の部品がカタリと揺れて、歪んだ空間は戻った。

「ふううー……これで異相空間処理は完了っと。あとは確保した異相空間へ、効力を持たせる精霊付与魔法を入れるだけね」

 メイアが疲れたように肩を落とすと、机の上に立って様子を見ていた小型アンドロイドのシロンが心配そうに、メイアの顔を覗き込んだ。

「ふふふ、心配してくれるのシロン? でも平気よ、シロンの装甲に《旋風の纏い》を封入した時の方が、よっぽど疲れたからね? さあ、もう少しだわ。私の今ある魔力を全て注ぎ込み、この子を完成させる。この子の人工知能の設定に、少し時間を割き過ぎてしまったけれど……勝つためだもの。できる限りのことをしたいわ」

 メイアがシロンの頭を指でつつき、ピシャリと自分の顔を叩いて気合を入れた。

 前回は、機体の性能差に加えて、機体自体に封入された魔法の出力差・効力差も響き、訓練型魔法機械〈オーガボーグ〉に一方的に負けてしまったが、今回はその経験を踏まえて、メイアも全力で具現化した魔法を、自分の魔法機械に封入するつもりだった。

 小型アンドロイドのシロンは勿論、クワガタムシ状の小型機械への魔法の封入にも、メイアは全力を尽くす。

「よし! やるわよ。ここで魔力を使い切っても、昼前までは寝られるもの。3時限目までの一般教養科目はサボりましょ? 幸い明日まで魔法教養課程の教官は学会発表で留守。4時限目の魔法教養科目も自習だし、昼休みが終わるまでに登校すればいいわ」

 決心するようにメイアはシロンへと告げて、目前の小さい顎部の部品を見据えた。

 深呼吸を重ねて心と身体を整え、魔力を引き出し、制御する。

 そして精霊を感知し、魔力へと取り込んで詠唱した。

「地礫の天威、水流の天威、火炎の天威、旋風の天威。融く合して移り行く時の円環をかたし、永劫の輪廻りんねを紡ぎて、魔道の力を高めよ。次いで陰闇の天威、陽聖の天威。融く合して魔道を固め、合一の虚空へと宿して、その魔威を移せ。其の地礫の天威を衣と化し、我が身に地の加護を与えよ。包め《地礫の纏い》。合一の虚空は、地礫の魔道を定め置き、魔具を生み出す。その魔具は、陰闇陽聖の均衡によりて、常の力を発揮する。造れ《定魔ていま封入の儀》」

 メイアの掌から放出された《地礫の纏い》による薄黄色の魔法力場が、小さいハサミのように見える顎部の部品へ吸い込まれて行き、やがて部品自体が魔法力場を発し始めた。

「ぬううううう~……」

 ありったけの魔力を引き出し、魔法を構築して封入する。

 メイアは冷汗を浮かべ、顔色が失われるまで魔法を行使した。

「……お、終わった」 

 どうやら魔法の封入は成功したらしい。

 ホッと頬を緩め、精根尽き果てた様子で机に突っ伏したメイアは、のろのろと身体を起こし、背後にあった寝台に倒れ伏した。

 生産型の魔法学科である〔魔工士〕や〔魔具士〕、〔魔法学者〕は、他の魔法学科と比べると、進級や卒業が極めて難しい魔法学科と言われている。

 その最たる理由が、今さっきメイアが使用した精霊融合魔法であった。

 メイアは相応に扱えているが、本来精霊融合魔法は生産型以外の魔法学科において、ある程度魔法に習熟した2年生や3年生から教えられる高度魔法技術であり、魔法士育成学校へ入学したばかりの1年生の時分から、精霊融合魔法の修得を課されているのは、実は生産型魔法学科に籍を置く生徒達のみである。

 魔法自体の研究や、魔法具及び魔法機械の製作に関する知識・技術の修得だけでも、極め付けに難しいというのに、他の魔法学科ではある程度魔法に習熟した2年目以降からぼちぼち教えられる融合魔法を、入学初年度から修得する必要があるため、生産型魔法学科は進級や卒業がとりわけ難しい魔法学科と言われた。

 実際、入学前から魔法について教育されている魔法予修者でも、生産型魔法学科では毎年のように留年者が出ており、魔法の基本さえ曖昧である魔法未修者にとって、生産型魔法学科の進級試験は、他の魔法学科に籍を置く魔法未修者達と比べ、凄まじく高い壁である。

 メイアと同期の生産型魔法学科に籍を置く魔法未修者達は、そのほとんどが、現時点でこの精霊融合魔法を修得しきれておらず、魔法教養課程や学科専門課程の教官達に補習を行ってもらい、その都度必要に応じて、魔法の封入を補助してもらっていた。

 自力ですでに精霊融合魔法を修得し、失敗せずに扱えるメイアが異常だったのである。

 その異常性、魔法未修者の常識から外れた優秀性がゆえに、メイアは魔法未修者を見下す魔法予修者達に目を付けられ、目障りだと攻撃されていた。

 机の上に立つシロンを見て、メイアは弱々しく言う。

「シロン……11時に起こして……頼んだわ」

 気絶するように眠りについたメイアへ首を振って返し、シロンは机の上の散らかった部品を1つ1つ集めて箱に収めた。

 その後、11時ちょうどにシロンに起こされたメイアは、気怠さが微妙に残る身体で、クワガタムシ状の小型機械を仕上げ、その魔法力場を纏う顎部を見て、ふっと笑う。

「よし。完成ね? 私とシロンの切り札、〈クワガッター〉君。よろしく!」

 組み上げられた虫型機械は、メイアに呼ばれて答えるように、机の上で魔法力場を発する顎をガチンと噛み合わせた。

「君に与えた任務はもう分かるでしょ? 魔法未封入の状態で何度も訓練したものね? その通りに動いてくれればそれで十分よ。シロンもね? 〈クワガッター〉君が仕事を完遂するには少し時間が要るわ。それまで絶対に壊れちゃダメ。いいえ、そもそも壊れちゃダメよ。その上であいつらの注意を引き続けるの、わかった?」

 メイアの指示を受け、シロンが敬礼すると、虫型機械はシロンの背部電池機器バッテリーパックの下に取り付き、一体化するように身を潜めた。

「ふふ、2人とも良い子ね? ……本当だったら、装甲とか顎だけみたいに、一部分だけを魔法具化せず、全身を丸ごと魔法具化して、きちんとした魔法機械にしてあげたいところだけど。それができる精霊融合魔法の《空魔接入の合儀ユニオンリチュアル》は、〔魔工士〕の学科固有魔法。今の私の魔法制御力じゃ、仮に教えてもらって練習しても、自力修得は相当難しいのよ。ごめんね……半端に作った上に、無茶ばかり言う私を許して?」

 悔しそうに目を潤ませるメイアの手に、シロンはそっと触れて、心配そうにじっと見ていた。


 その後、気持ちを切り替えて12時に家を出たメイアは、昼休みの終わり頃に学校へと到着した。

 そして、自分の教室へ入ったメイアは、室内の異様さに気づく。

 教室に入ったメイアの視界には、死人のように同期の魔法未修者達の姿が映ったからである。

 先週の魔法実習がある当日の未修者達の雰囲気も、これに近い感じがしたが、今回はそれ以上のどんよりとした重さ、暗さを感じた。

 この一週間、勝つための努力を重ねたメイアと、また壊されると思い、漫然と日々を過ごして気もそぞろである魔法未修者の生徒達。

 両者の目に宿る力が、対照的であった。

 淀んだ諦観を宿す敗者の目と、進歩を求め、諦めずに進み続ける挑戦者の目。

 教室内の魔法未修者達は皆、戦う前から茫洋とした敗者の目をしており、挑戦者の気概を持つメイアとは、発散する空気が違ったのである。

 当然のことだが、魔法予修者達も目敏くその違いに気づいた。

 ニヤついた魔法予修者達が、巻き毛少女を筆頭に扉の傍に立つメイアと対峙する。

「あらあら、メイア。ズル休みかとも思ったけど来ちゃったのねえ?」

「まぁ~た実械に壊されたいのかよ、アホだぜお前?」

「まあ今回ズル休みしたとしても、あんたが学校に来る限り、つぶす機会は幾らでもあるし」

「結果は同じだけどね~ぷふふ」

「ぶはは、違いねえや」

 口々に言う魔法予修者達の敵意に対し、メイアは自分を奮い立たせた。

 多勢に無勢の威圧感を跳ね返すべく、下腹に力を入れて口を開く。

「いい加減黙ったら? 5時限目の授業が始まる時間よ? あと、そこで群れられたら通行の邪魔。教官も来られたようだしね?」

 メイアの言葉に魔法予修者達が憤慨して声を上げる寸前、メイアがスッと横にズレると、後ろにあった教室の扉が開き、学科専門課程の女性教官が顔をのぞかせた。

「あら? もう授業時間ですよ、皆さんサッサと席についてくださいね」

「はい、教官」

 自分に目をかけてくれている年配の女性教官の言葉にサクッと応じて、メイアは一瞬戸惑う魔法予修者達の間をするりと抜け、教壇近くの席に座った。

 廊下で女性教官を見かけたメイアは、歩調を調整して自分が教室に入って1分以内に教官が来ることを予測していたが、魔法予修者達は教官の出現が想定外だったらしい。

 魔法予修者達はメイアに言い返すいとまを失い、一瞬激しい敵意と害意の視線をメイアに送って、後ろの方の席に固まって座った。

 ただ一人、巻き毛少女だけが後ろの席に座る際、メイアの席の横をわざと通過して、すれ違い様に小声で言う。

「6時限目、ズタズタにしてやる」

「あら怖い、できたらいいわね?」

 小声でそう言い返すメイアを、凄まじい目で見る巻き毛少女。

 その巻き毛少女へ、やんわりと年配の女性教官の叱責が飛んだ。

「機代さん、早く席に着くように。授業はもう始まっていますよ?」

 笑顔を浮かべる年配の女性教官を苛立たし気に見て、巻き毛少女は無言で席に着いた。

 学科専門課程の授業を聞きつつ、メイアは自分がとても落ち着いていることに気付く。

 講義内容もスッと頭に入り、授業内容を書き込んで見返すための、下敷きのようにも見える記録端末へ走らせる電子接触筆タッチペンも軽かった。

 自分の背後から送られて来る敵意や害意も、どこ吹く風である。

 それもその筈だった。

 メイアの記録端末には、ポマコン経由で転送された1通の電子郵便メールが届いていたのである。

 授業開始時に命彦から届いたモノであり、そこにはこう書かれていた。

『6時限目の魔法実習、楽しみにしている。勇子達と見に行くから、アホ共をコテンパンに叩きのめせ』

 この短い文章が、メイアの心を楽にした。

(私が勝つこと前提の文章よね、これ? 負けたらどうするのよ。ほんと、酷い激励文だわ。ふふふ)

 くすりと笑みを浮かべ、メイアは年配の女性教官の講義に耳を傾ける。

 メイアが負けるとは微塵も考えておらず、完勝あるいは圧勝しろという意味の、命彦の激励。

 この激励の文章こそ、心に余裕を作っているとメイアは察する。

(勝つのは当然よ。欲しいのは完全勝利。目指すは圧勝。上手く行くかどうかは未知数だけど、それでもこれだけは言える。今の私には、私達には……あいつらに勝てるだけの力がある)

 メイアの心が静かに整って、充実して行く。

 5時限目の授業が終了し、6時限目の魔法実習のために、校庭へと出て行く生徒達。

 実習授業の模擬戦闘で、これから起こることを思って俯き、暗い表情の魔法未修者達にあって、メイアは一人だけ穏やかに、それでいて挑むように、笑っていた。

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