短編集:マイコの忙しい一日(5) 完

 メイアの精霊治癒魔法で疲労と傷を回復し、店舗棟2階の食堂で手早く夕食を食べた舞子達は、店舗棟3階の社宅階層に広がる村に行き、客人用に使われる旅館の風呂を借りていた。

 30人以上は入れる広い浴槽に肩まで浸かり、舞子達がとろけた表情で言う。

「ふぃー生き返るぅー……」

「ホントよねー。まさか地獄の戦闘訓練の後で、天国の気分を味わえるとは」

「私、ここを利用するのは2度目ですけど、良いですよねぇ……定期的に利用しましょうか? 社員って確か割引優待がありますし」

 湯船に浸かって話す舞子達。腹も膨れて、疲労感も少し薄れたせいか、修練場ではしょぼくれていた表情が今は明るかった。

 湯船に浮かびつつ、奏子がポツリと語る。

「しかし、ここの仕組みには驚いた。まさか店の上に村があるとは……」

「確かにね。次元やら亜空間やらを操作してどうのって説明を、セレリウス部長から聞いた時は、いやいや無理でしょうって思ったけど、実際に建物の一階層に集落があるのを見せられたら、ふぁあって驚くよ」

 奏子の発言に詩乃もうんうんと首を振り、その2人を見て舞子も苦笑して言う。

「明らかに集落というか村の面積の方が、建物の階層面積より広いですからね。そもそも室内っていうのに、お日様が見えますし」

「そう。太陽が見えるし、病院や客人用のこの旅館、社員の住宅まである。それらを見て、本当に次元を操って亜空間を作成したと確信した」

「実物を見せられると、嫌が応でもってヤツだよね? 作った魔法士は天才だと思うわ」

「命彦さんのお祖母様だそうですよ、作ったの」

「はえぇー……歴史ある魔法士の家系って、やっぱ凄いのね?」

 詩乃が感心するようにお湯で顔を洗うと、突然奏子が舞子を見る。

「命彦さんか……舞子、聞きたいことがある、いい?」

「はい、どうしました奏子ちゃん?」

「命彦さん……若様って、どういう人?」

「あ、それ私も聞きたかったんだ。都市の戦功表彰でも呼ばれてたよね、あの人?」

 奏子の質問に詩乃も同意し、奏子がさらに付け加えて問う。

「うん。表彰式で話題をさらったのは、今回の【逢魔が時】終結戦で新しい【神の使徒】、というか、その候補として広く認知されたメイアさんと、都市住民の団結を訴えた舞子だったけど、命彦さんはメイアさんと同格の戦功者として表彰されてた。実際、あの眷霊種魔獣を討ったのも、魔法具か魔法かを展開して、魔人化した命彦さんだった。是非どういう人物か知りたい」

 ワクワク顔で舞子に詰め寄る奏子を見て、詩乃が少し驚いた表情を浮かべた。

「え、えらい食いつきね、奏子?」

「私、二次元でも実写でも、仮面の英雄、超好物。特に古い時代の荒々しいのが好み。そして、魔人化した命彦さんの甲冑造形には、日本で生まれた往年の仮面戦士達の魂を感じた。武装全身外骨格とか、私的には最高に燃える」

「へ、へえぇー……3年以上の付き合いあるけど、初めて知ったわ」

 親友の知られざる一面を知り、少し引いている詩乃。その詩乃に苦笑しつつ、舞子が口を開いた。

「ふふふ、私も初めて知りましたよ。……魔力物質製の全身外骨格に、奏子ちゃんの言う仮面戦士の魂が宿っているのかどうかは、私にはよく分かりませんが、あの意思儀式魔法《戦神》が作成された年代を考えると、武者の甲冑の意匠が色濃く反映されてる気はしますね? それぞれの時代ごとに、使い手達の創意工夫で意匠に手が加わって、今の命彦さんに至り、あの造形にたどり着いたとか。命彦さんが、もし仮面戦士モノの二次元動画アニメや実写を意匠の参考にしていたら、奏子ちゃんの言うことも案外当たってる可能性もあります。今度聞いてみたらどうでしょう?」

「ふむ……分かった。機会があればまた聞いてみる」

「あのー……楽しそうに2人で話してるところへ言い難いんだけどさ? 若様個人の話から微妙にズレてるよ?」

「あ、そうだった。若様個人についても教えて、舞子?」

「うーん……」

 ここで初めて舞子は言い淀んだ。どう説明すべきか、非常に迷う舞子。とりあえずありのままを話した。

「そうですねえ……基本的には良い人です。性癖というか育ちのせいで、いささか偏愛思考ですが、魔法士としての実力は、相当あると周囲からも評価されてますよ?」

「まあ、あたしらと同年代の戦闘型魔法士で、学科位階が6の時点で一流の魔法士ってのは分かるよ? ウチの学校でも数人でしょ? 学科位階6って」

「うん。しかも命彦さんの場合、〔武士〕と〔忍者〕の2つとも学科位階が6。幾ら生まれた環境に恵まれたと言っても、相当の努力が必要だと思う。魔法士としては、極めて優秀だと言っていい。……私が引っかかるのは偏愛思考の部分。舞子、どういうこと?」

 奏子の追求に弱った舞子は言葉をにごしつつ、努めてボカして答えた。

「あー……どこまで事情を言っていいのか分かりませんので、とりあえず総括していうと、命彦さんはお姉さんやお母さんを好き過ぎる人です」

「げっ! 偏愛ってそっち?」

「うーん、ちょっと幻滅。どの程度の好き?」

「割と重度で重症の好きですね。シスコン、マザコンを誇らしく自称するくらいです」

「「あー……」」

 この舞子の発言に、言葉を失う2人。

 舞子としては事実を言っただけだったが、明らかに命彦の好感度が下がった気がした。

「ま、まあ、魔法士としての実力は一流ですから、それでいいと思いますよ?」

「そ、そうね?」

「うん、色々と納得した。……湯当たりしそう。そろそろ出よう? 仮眠時間が減る」

 微妙に盛り下がった空気を振り払うように、舞子達はサッと風呂から出ると、旅館にある浴衣に着替えて、そのまま仮眠をとり、死んだように眠った。

 1時間ほど眠り、目覚し時計代わりのポマコンに起こされた時には、確かに魔力がある程度回復していた。

 疲労も少し抜けている。舞子達が使った布団を畳んでいると、旅館のエマボットが、洗濯したと思しき学校指定の運動服ジャージを持って、部屋に入室した。

 お風呂に入る前に、旅館のエマボットに預けた土埃に塗れた学校の運動服を、洗って乾燥させた上で、わざわざ部屋に届けてくれたらしい。

 運動服に着替えて、舞子達が口々に言う。

「ホント至れり尽くせりだわ」

「これは……倒れるまで修練させるってのも、十分あり得る話」

「家に連絡します? 研修で会社に泊まるかもって」

 舞子が詩乃や奏子に問うと、2人はニヤリとして答えた。

「私はもう連絡した」

「実は私も」

「え、2人ともいつの間に?」

 驚く舞子に、2人は言う。

「舞子が先に寝た後、2人で相談して家に連絡した。よくよく考えたらこれは絶好機チャンス

「明日は木曜で一般教養課程の授業は皆無よ? 6限目まで魔法実習課程と魔法教養課程、専門技能課程だけ。すでに学科魔法士資格を持つあたしらにとっては、別に休んでもいい日でしょ? てか、来週の月曜まで学校に行かずに済むわけじゃん? だったら時間を有効活用しようって、仮眠する前に2人で話しててさ?」

「私にも言ってくださいよ!」

 1人だけ蚊帳の外に置かれた舞子がプンプン怒って言うと、詩乃と奏子はニヤニヤして返す。

「舞子はウチに帰るべき」

「そうそう。舞子が帰ってる間に、あたしらは修行して追いつくからさ?」

「私も残ります! 家に連絡しますからね、もうっ!」

「「ちぃっ!」」

「あ、今舌打ちしましたね、2人ともっ!」

 頬を膨らまして怒る舞子を見て、詩乃や奏子はクスクス笑っていた。


 旅館を出て地下2階の修練場に戻ると、勇子とメイア、そしてエルフの女性営業部長が舞子達を待っていた。

「待っとったで? よう休めたやろ?」

「「「はい!」」」

「いい返事ね。じゃあ、習熟訓練を始めましょうか」

「訓練内容はこちらで作成しておきました。まず詩乃さんと奏子さんには、メイアさんと勇子さんに付きっ切りで、精霊探査魔法《旋風の眼》を指導してもらい、研修期間内で実戦で使える段階まで確実に修得してもらいます。すでに《旋風の眼》を修得済みである舞子さんは、精霊付与魔法の練度を上げてもらいましょう。地水火風の、4種の精霊付与魔法を等しく扱えるようにしてください。自分が苦手である精霊付与魔法は、よく分かっているでしょう?」

「は、はい!」

「探査魔法……楽しみ」

「使える魔法が増えれば、わかりやすく成長が実感できるもんね? 私もワクワクしてるわ」

 固い表情の舞子とは対照的に、楽しそうに笑う奏子と詩乃。

 その2人へ、メイアと勇子が不敵に笑いかけた。

「ぬふふふ。余裕あるのも今のうちだけや。探査魔法の連続使用はキッツイでえ?」

「10時まで気絶せずに立ってられたら、褒めてあげるわ。ねえ、舞子」

「そ、そうですね? ……2人とも、気をしっかり持ってください。私に言えることはそれだけです!」

「……しゅ、修得するのって探査魔法よね?」

「そ、その筈……」

 メイア達や舞子の発言を聞き、急に不安がってソワソワする詩乃と奏子。

 その2人がメイア達に手を引かれて移動する姿を見て、舞子は命彦と手を繋いでいた自分の姿を思い出した。

 そして自分が、探査魔法によって脳裏に叩きつけられた情報の渦に呑まれ、白眼をむいて気絶した姿をも、舞子は思い出し、親友達の無事を祈った。

「あの2人のことを心配するより先に、ご自身の心配をすべきですよ、舞子さん」

「せ、セレリウス部長?」

「さあ、こちらも習熟訓練を始めますよ? 舞子さんはこの私が見て差し上げます。私が地水火風の追尾系魔法弾を放ちますので、同じ精霊を介した付与魔法を瞬時に展開し、魔法弾を打ち消してください。一度魔法を展開したらすぐに消すように。魔力が切れるまで繰り返し付与魔法を使うこと。ああそうそう、避けることは許しませんからね? その場に立ったままで打ち消すようにしてください。間違った付与魔法を使って追尾系魔法弾を相殺した場合は、集束系魔法弾が飛んで行きますから注意してくださいね? 当たると物凄く痛いですよ?」

「は、はい? 痛いと言うか、死にませんかそれ?」

「平気ですよ、呼べばすぐにメイアさんが来て蘇生してくれます。最近神霊魔法の使用にも抵抗感を持たずにいらっしゃるようで、こちらとしては本当に助かりますわ」

 フフフと上品に笑うエルフ女性に底知れぬ怖さを感じた舞子。

「こ、これからするのは習熟訓練ですよね?」

「ええ、当然そうですよ。でも若様が言うには、人間は痛みを伴う方が、何事の修得も早いそうです」

「聞いてませんよぉっ! 命彦さあぁーんっ!」

「呼んでも若様はいらっしゃいませんよ? 今は色々と計画されていてお忙しいのです。……では、始めましょうか? 動けば余計痛い思いをしますので、しっかり見極めて対処してください。魔法に対する対応力と、危機察知能力、付与魔法の習熟度も上がる最良の訓練ですので!」

「いやあぁぁーっ!」

 舞子の悲鳴と共に、習熟訓練の幕が開けた。そして2時間後。

「あ、ありがとう……ございました」

「はい、お疲れ様でした。まだまだ個々の魔法の練度にばらつきはありますが、初日ですしね? ここまでにしましょう。あら、あちらも終わったようですね?」

 ブスブスとあちこちが焦げたり、赤く腫れたりした涙目の舞子がエルフ女性の視線の先を見ると、座り込んで頭を押さえる詩乃と奏子の姿が見えた。

「うぅー……意識が飛び過ぎて、頭がグルグルするよー」

「情報処理が多過ぎて、まだ頭痛が……6回も気絶した」

 一定間隔をおいて探査魔法の訓練をした舞子とは違い、情報の高速処理に早く脳を適応させるため、連続して探査魔法の訓練をしたせいか、詩乃と奏子は目眩と頭痛に苦しんでいた。

「明日の習熟訓練も同じ内容や」

「苦しいと思うけどしばらく我慢してね?」

 勇子とメイアがそう言って、エルフ女性の方へ歩み寄る。するとエルフ女性が口を開いた。

「本日はここまでとしましょう。さすがに3人とも限界でしょうから。お家に送りましょうか? それとも会社に泊まって行きますか?」

「「「泊まります!」」」

 上司の問いかけに対して、舞子達は反射的にそう答えた。

「自主練したいんで!」

「倒れるまで訓練する!」

「少し休んだら、まだ行けます!」

「いや、私達は寝たいし帰りたいから……ねえ勇子?」

 燃える舞子達に、メイアは冷静に返すが、そのメイアの横に立つ勇子は瞳を輝かせていた。

「うおおぉ! 根性あるやんか、あんたら! 分かったウチも付き合ったる!」

「「「師匠! お願いします!」」」

 舞子達と勇子が独特の世界を作っている姿を見て、メイアはやれやれと首を振り、エルフ女性は楽しそうに笑っていた。

「ふふふ、根性は認めましょう」

 舞子達の自主練は、勇子とメイア、エルフ女性の上司を巻き込んで、魔力が枯渇して倒れた深夜まで続いた。

 忙しい1日はようやく終わったのである。

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