短編集:マイコの忙しい一日(4)

「よし、本日の戦闘訓練はここまでにしましょう」

 メイアがそう言うと、どうにか立っていた舞子は、修練場の地面の床にパタリと倒れ込んだ。

 そして、荒い呼吸でメイアに礼を言う。

「ぜーぜーはあぁぁー……あ、ありがとう、ございました……はあ、はあ」

「どういたしまして。勇子、そっちも終わった?」

「終わったでぇー……どっこいせっと!」

 倒れた舞子の横に、勇子が両脇に抱えていた詩乃と奏子を寝かす。2人も荒い呼吸だった。

「し、心臓……破裂しそう、よ」

「し、死ぬかと思った……ふう、ふう」

 脱力してその場に寝転び、激しく息を荒げる詩乃と奏子。

 学校から【精霊本舗】に到着して、適度に休憩を取りつつとはいえ、約3時間も魔法を連続して行使し、動き続けていれば、疲労困憊のこの状態も当然である。

 しかし、その詩乃と奏子の言葉を聞いて、勇子が噴き出した。

「ぷふふっ! おもろい冗談やね? この程度の修練で魔法士が死ぬかい。ウチかてしっかり加減したしね? まあ、仮に死んでもうても1時間以内やったら、すぐにメイアが甦らせるから全然平気やで? もう知っとるやろ、メイアが神霊魔法使えるんは? 神霊魔法やったら、死後1時間以内は確実に蘇生可能や。1時間を過ぎると、魔力消費量が爆発的に増えるから、さしもの神霊魔法でも確実性は落ちるけどね」

「一応知ってるけど、それ平気と違う、勇子」

「そうよ。死ぬの前提は……勘弁して」

 ぷくりと顔を赤く腫らした2人が、弱々しい抗弁を述べるが、勇子はケタケタ笑って無視した。

 そこへ、いつの間にか修練場に現れていた命彦が、隅に座っていたエルフ女性の上司と何やら話しつつ、一緒に歩いて来る。

 命彦の肩には、いつも通りに子犬形態のミサヤが乗っかっていた。

 誰かと会っていたのか、命彦は宴会でも見た背広スーツ姿である。

 修練場の端から自分達の方へ歩み寄って来る命彦達の姿に気付き、舞子は僅かに活力を取り戻した。

「ま、命彦さん! ……い、いらっしゃってたんですか?」

「おう。新人2人をきちんと紹介したいってんで、ソル姉に呼ばれて来てやったんだが……しかし、これまた随分と派手にやられたもんだ、3人とも。別嬪べっぴんさんの見る影もねえよ」

『確かに。全員土に汚れて、マイコは額にコブがあり、残り2人も顔が随分と腫れています。酷い有様ですね?』

「それだけ未熟ということですよ、若様、ミサヤ様」

 エルフの女性上司の発言に、舞子は悔しそうに押し黙り、奏子と詩乃が弱々しく噛みついた。

「せ、セレリウス部長……酷い」

「ホントよ……まさか、会社の重役との対面が……こういう状態の時とは」

 命彦の視線から隠れるように、どうにか動く首を傾けて、詩乃と奏子が顔を背ける。

 荒い呼吸に赤くプクリと腫れた頬、乱雑に乱れた髪型。

 そして、指を動かすのも億劫おっくうと思えるほど疲れ切っている、土埃に塗れた身体。

 女子としては、見られたら恥ずかしい醜態を晒しているのだから、2人の抗議もある意味当然だった。

 ただ、過去に嘔吐する失態やら泣き顔やらを命彦に見られている舞子は、そういう羞恥心はとうの昔に失っていたので、全然平気だったが。

 恥ずかしがる2人を見て、命彦は楽しそうに笑い、口を開く。

「別にどういう姿で顔を会わせようと、俺は全然構わんぞ? そいつの本性が見えるんだったら、倒れてようがクタクタだろうが、会う価値は十分にある。……さて、前置きも済んだところでだ。顔自体はこれまでも幾度か合わせてるが、自己紹介はまだだった筈だ。とりあえず、初めましてと言っとこうか? 演武詩乃に、夜星奏子。当社へようこそ。舞子から色々と話は聞かせてもらってるぞ?」

「初めまして……魂斬さん、私が演舞詩乃よ。舞子の親友その1ね? ぬくくっ!」

「同じく親友その2、夜星奏子。よろしく、魂斬さん……うぬぬぅっ!」

 詩乃と奏子が、せめてもの礼節を示そうと歯を食いしばって身を起こそうとするが、上半身を起こすのにも苦労している。その様子を見て、命彦が苦笑した。

「若様と呼んでくれ。その方がこっちも気が楽だ。あと、無理して身体を起こさんでいい、そのまま寝とけ。その状態でも話すことはできるからさ?」

「分かった、若様……お気遣いに感謝する」

「ありがと若様、気を遣ってもらって。……ところで、若様が舞子から聞いた私達の話は、良い所だけかしら?」

 詩乃が舞子を見つつ若干不安そうに問うと、命彦はミサヤやエルフ女性、メイア達と顔を見合わせ、クスリと笑った。

「いんや、お前達の長所も短所も全部舞子から聞いてるぞ? 例えば詩乃は、猪っぽくて思い込みが激しいとか」

「い、猪? 舞子……あんたねえ、親友を猪って紹介する普通?」

「ご、誤解ですよっ! 採用にあたって……い、色々聞かれたのは確かですが、そもそも猪とか私……ひ、一言も言ってませんっ! げほっ、ごほごほっ!」

 疲労し過ぎた身体を急に起こして反論しようとしたため、息を詰まらせてむせる舞子。

 その舞子を見て命彦はミサヤとクスクス笑い合っていた。どうやら舞子達をからかっただけらしい。


 命彦に詩乃や奏子の紹介が済んだと判断したのか、エルフ女性が口を開いた。

「それでは若様もいらっしゃったので、先の戦闘訓練の報告会と、今後の訓練内容の確認をしましょうか? 痛みと疲労の感覚を知るのも重要ですので、治癒魔法をかけるのはこの確認のあととします。意識を失わず、しっかり報告を最後まで聞くように。いいですね、3人とも?」

「「「は、はい……」」」

 笑顔で厳しいことをサラッと言う上司に、舞子達3人は倒れたまま諦観ていかんの念が宿る瞳で、弱々しく答えた。

「さて、3人の戦闘訓練を拝見しました。限定型魔法学科の〔魔法楽士〕として見ると、確かによく動けています。しかしこの評価は、非戦闘型の学科魔法士にしてはよく動けている、という話であり、戦闘型や探査型の魔法士達と比べると、当然ですがあらゆる意味で動けていません。戦闘の動作や判断に無駄が多い。それはもう分かっていますね?」

「「「……はい」」」

「間合いの見極め、魔法に対する対応力、危機察知能力。その他にも欠けている能力や技術は多いと見ました。私としては、しばらくの間は研修において戦闘訓練を主にしつつ、使える魔法や技能を増やすための習熟訓練と、魔法具や魔獣についての種々の知識学習を、並行して行うべきと考えます。時間の割合でいうと、戦闘訓練が6割、習熟訓練が3割、知識学習が1割といった感じですね?」

『座学よりも、随分と実習の方に時間を割くのですね?』

 命彦の肩に乗るミサヤが不思議に思って意思魔法による思念で問うと、エルフ女性は舞子達の方を見て、淡々と語った。

「研修卒業試験として、若様は彼女達だけでのツルメの討伐を課しています。実習の方をおろそかにしていると、死人が出ますからね? 致し方ありません」

『そう言えば、マヒコはマイコ達の成長を見るため、試験を課すとか言ってましたね?』

 エルフ女性の発言を受けて、子犬形態のミサヤが小首を傾げて命彦へ思念で問う。

「ああ。それが植物種魔獣【蔓女】の討伐だ。舞子達の成長を見るには最適の相手だろ? 冒険の第一歩をものの見事にすっ転ばされた相手だし」

「ええ。事情を聞いた私としても、最適かつ最善の試験だと考えます。一先ずの予定としては、研修期間は1週間で設定していますので、修練する時間も限られますし、戦闘訓練を重視するのも今回は致し方ありません。勿論、1週間でダメだった場合は、研修期間の延長も検討しますが、できれば予定通りに進めたいですね?」

 命彦やミサヤ、エルフ女性の会話を聞いて、舞子達が目を見開いた。

「ええっ! わ、私達だけでツルメと戦うんですか?」

「無謀!」

「一度殺されかけた魔獣を、自分達だけで討伐しろって……若様酷いよ!」

 すがるように見て来る3人の視線を、命彦は笑顔で断ち切った。

「この程度のことでおたつくんだったら、歌って踊れてはともかく、戦える〔魔法楽士〕の道は諦めた方がいいぞ? 戦闘型や探査型の魔法士達は、心に傷を負うほど恐ろしい目に日夜あってるんだ。魔獣に殺されかけて震える夜を過ごし、自分を心身共に追い詰めた魔獣を己が手で討ち取ることで、こうした魔法士達は恐れや怯えを振り払ってる。舞子には以前話しただろ? それができる奴だけが、迷宮で生きていける。魔獣と戦う資格を持ち、魔獣に勝てる魔法士足り得るんだ。戦えるってことは本来そういうことだぞ?」

 命彦の言葉に続き、メイア達も言う。

「命彦の言うとおりだわ。魔法学科の別を問わず、魔獣と戦える魔法士は等しくそういうことができる必要がある。文句を言うのはお門違いよ?」

「せやで? 命彦は舞子達の夢を応援して、必要と思う試練を課しとるだけや。実際、ウチもいつかは、あんたら自身の手で、ツルメを討つ必要があると思とったしね?」

「ええ。心に刻まれたツルメへの恐れは、早いうちに乗り越えるべきです。その意味では、研修卒業試験は妥当でしょう。舞子さんも、若様達と一緒にツルメを倒し、一度は心的外傷を払拭したとはいえ、自分達だけで倒せるかと問われれば、疑問に思う筈。戦える魔法士として自信を持つためにも、この試験は必要不可欠です。皆さんは、ただ試験を突破できるように、必死に努力すれば良いのですよ?」

 メイアや勇子、エルフ女性の言葉を聞き、ニコニコしている命彦と冷めた視線を放つミサヤを見て、舞子達は押し黙る。

 そして、腹が決まったのか、決然と言った。

「……そう、ですね。怖気付いてる場合じゃありませんでした」

「夢のために必要……だったら、やるだけやってみる」

「怖いけど、私もやってみるよ」

 互いに見合い、小さく首を振る舞子達を見て、命彦とエルフ女性は満面の笑みを浮かべた。

「いい返事だ。それでこそ、企業としてお前らに投資する甲斐がある」

「はい。では、今より3時間の休憩を取ります。夕食と仮眠を済ませ、午後8時にこの場へ集合。8時からは習熟訓練を行いますよ?」

 この上司の言葉に目を剥く舞子達。

「うええっ!」

「研修、まだ続くの?」

「もうクタクタだよっ! 魔力だって空っぽだし……」

 ヘトヘトの舞子達に、勇子とメイアが追い討ちをかけた。

「ヌルいこと言うてたあかんわ。10時までみっちりしごくで? 研修期間はあっちゅう間に終わってまう。少したりとも無駄にはでけへん。飯食って寝たら魔力も回復するし、心配要らんて」

「研修の間は、社宅階の旅館を使っていいんだから、水浴びしてさっぱりした状態で仮眠できるわよ? 気絶した場合は、旅館に泊まっていくこともできるわ。良かったわね、至れり尽くせりで?」

「その分、ギリギリまで追い込むことができる。研修期間内の終業時間はお前らの出来次第だ。さっさと終わりたけりゃ、死に物狂いで日々課された課題を達成し、力を付けろ」

 クククッと笑う命彦達を見て、舞子と詩乃、奏子は呆然と天井を仰いだ。

 これからのことを思い、気を落とす舞子達の前で、命彦が急に背広の懐に手を入れる。

 震動するポマコンを取り出して、話を始めた。

「お、ドム爺? へえ、ミツバがもう到着したか。りょーかい、すぐそっちに行くよ。素組みの方はどう? ……そっちも終わったのか。専門外だってのに仕事が速い。さすがはドム爺だ」

 命彦は上機嫌で話しつつ、エルフ女性に後は任せるといった感じで視線で合図し、舞子達には片手を振って歩いて行く。

 命彦と肩に乗るミサヤの姿が修練場から消えると、エルフ女性がホケーッとしていた舞子達の目を覚まさせるようにパアンっと両手を叩き、言った。

「それでは、一時解散とします。3人とも治癒魔法を受けて、休憩を取ってください」

 ニコリと笑う上司の笑顔に引きつった笑みを返しつつ、メイアの治癒魔法を受けて、舞子達はヘロヘロっと動き始めた。

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