短編集:マイコの忙しい一日(3)

 学校での一般教養課程の授業を終えて、舞子達は昼食を学生の耳目の集めやすい食堂でわざわざ食べてから、芽神女学園を後にした。

 校門前に見える常設駅に行って全自動運転の路面電車へ乗車し、【精霊本舗】への道すがら、舞子・詩乃・奏子の3人は、気疲れした様子で座席に深く腰かける。

「あー疲れたぁー……狙い通りとはいえ、食堂でも凄い話しかけられたよね?」 

「ほんとにそう。話し過ぎて口周りの筋肉がつりかけた。そもそも私、人と話すの苦手……水曜日の一般教養課程が4限目までで本当に助かった」

「そうですね。6限目まである月曜や火曜が思いやられます。授業の後に会社での研修があるんですから、精神的にも肉体的にも相当厳しいですよ。はふうー……」

「でもさ、話す相手は少しづつ減るでしょ? 噂もどんどん広がるし、学生の人数は限られてるよ?」

 ため息をつく舞子を見て、やや気楽そうに詩乃が言うと、奏子が車両の天井を見つつ語った。

「確かに今回の話題で話すことは減って行く。でも、私達は学校にいる限り、【精霊本舗】の企業印象を良化する役目がある。今回の話題だけで終わったらダメ」

「そうですね。今後も引き続き【精霊本舗】の良い所を、皆が受け入れやすいようにやんわりと広めるため、話題探しを行って、学生に良い噂を広める良化活動を続ける必要があります」

 舞子も首を小さく縦に振り、奏子に同意した。

 すると、詩乃が眉根を寄せて、脱力するようにがっくりと俯く。

「うへえー……きついわ」

「仕事だからきついのは当然。でも、私達にとっては幸いと言える点もある。就職した【精霊本舗】は普通に優良企業。魔法具開発技術や魔法具の賃貸業といった、企業の見るべき点、良い所は多い。おまけに、3カ月に1度の相当早い頻度で、新しい魔法具を開発して売り出してる。話題性もあるから、話す種はすぐに見つかる筈」

「ええ。これは私の勘ですが、近いうちに会社の方で何かしら面白いことがあると思います。命彦さんや開発部長の親方が、随分忙しそうに動いていますからね? 私達の実体験を語る話題がある程度広まっても、次の話題の種はすぐ見付かる筈。問題は、それを広める私達の話術と対話耐性の方です。相手が話しやすい後輩達だったとはいえ、それでも見知らぬ人と話すことが、これほど疲れるとは思いませんでした」

「うん。それが1番の課題。会話は本当に神経を使う。私、話してる時に頭痛がした。先輩達と話すことを思うと、とてもとても気が重い」

「それ私もだ。話し相手が多過ぎるのよねえ。はあぁー……先が思いやられるわ」

 3人ががっくりと頭を垂れ、座席周りには消沈した空気が漂った。

 しかし、しばらくして全員が同時に頭を上げ、互いの顔を見合わせる。

「確かに先は思いやられる。だけど……」

「そうだね? 今まで自分達だけであれこれして、くすぶってた時期に比べればさ?」

「ええ。よっぽど自分達の夢に対して前進してる気がします。一歩ずつ着実に、前には進んでるんですよね」

 舞子達が嬉しそうに笑い合う。

 そして、舞子達3人のうち、最も人と話すことが苦手である奏子が噛み締めるように言った。

「この営業目的の会話も、私達【精霊合唱団】の愛好者を作る、話術の訓練に使える」

「うん。特に寡黙で表情に乏しい奏子にとっては、対人対応の訓練でもあるよね?」

「そう。今までは楽器の演奏や歌で自分を表現できればいいと思ってた。でも、セレリウス部長からあの電脳掲示板達を見せられて、自分の愛好者とは話してみたいと思った。だから私にとって、こういう機会はありがたい」

「そうですね。愛好者から長く愛され続けている歌手は、話術も意外に達者です。【精霊歌姫】もそう。彼女達を超えるのが私達の目標ですから、彼女達に負けぬよう、私達もしっかり精進しましょう」

「そうだよ! 追い付け、追い抜けの精神だね?」

 くすくす笑うと、目的の駅に到着したのか、舞子達は座席を立ち、路面電車を降りて行った。

 そして、亜人達の多く住まう亜人街を進み、【精霊本舗】の前に舞子達は到着する。

 店に到着すると、見知らぬ貨物車両が数台、敷地内にある駐車場に停車していた。

 顔見知りの従業員達が舞子達に手を振りつつ、車両から荷物をどんどん運び出して行く。

「あれは?」

「多分、神樹重工の車両。……あ、いや違った。あの運んでる荷物に印字された企業印章は、神樹重工の子会社、神樹機工社のもの」

 奏子が言うと、詩乃が思い出したように語った。

「神樹機工社って確か、魔法機械やバイオロイドの部品から、娯楽用の人型機械まで幅広く作ってる民間企業だよね?」

「うん。今から十数年前に市場へ初めて全高9mほどの有人搭乗式人型機械を送り出して、機械同士を戦わせる競技、闘機対戦バトボットを生み出したやり手企業。親会社の神樹重工が高度人工知能を開発してからは、有人搭乗式の機械同士の戦いは廃れ、人工知能搭載の無人機同士の戦いが流行ってる。今のバトボットは、昔と違って人工知能制御の機械同士を戦わせる競技の筈」

「ほえー……詳しいですね、奏子ちゃん?」

 いつもは口下手で会話の短い奏子が、スラスラと話すので驚く舞子。

 その舞子に、少し照れた様子で奏子が答えた。

「うちのパパ……もとい、私のお父さんは休日にバトボットの競技会をよく見てる、無類のバトボットオタク。付け加えると、魔法機械の開発が進んでからは、バトボットの魔法機械版である魔闘機対戦バトマギボットも生まれた。お父さんはこっちもよく見てる。というか、最近はこっちのが魔法が飛び交って迫力あるから、こっちを見る時間が増えてる。そして私も……たまに一緒に見てる」

 奏子の発言を聞き、詩乃も笑った。

「ははは、ウチと一緒だ。私もよく父さんとバトマギボットを見てるよ。バトマギボットは、魔法士と魔法機械が1人と1機で組んで戦う競技だし、軍や警察も技術導入の意味で競技会を見に来るから年々盛り上がりが増してるよね? 私は一昨年に家族で初めて競技会を見に行ったよ」

「……2人ともいつの間にか流行に乗っていたんですね。私だけ乗り遅れてる。今度お父さんに頼んでみます」

「ふふふ。流行かどうかは不明。ただ人気はある、そして意外に面白い」

「確かにね、そこは保証するよ。でもさ、どうして神樹機工社の荷物を店に運び入れてるんだろう? まさかバトマギボットかバトボットに誰か出るとか?」

 詩乃の発言を聞き、舞子は運び入れられた荷物について2つの心当たりがあったが、片方の心当たりは上司に口止めされていた上、もう一方の心当たりであるという確証も特に持てずにいたため、敢えて問い返した。

「んーそれは分かりませんが……奏子ちゃん、あの店内へ運ばれてる神樹機工社の商品は、全てバトボットやバトマギボット関連のものだと思いますか?」

「どうだろう? でも神樹機工社は、そもそもエマボットの製造や旧型バイオロイドの制御部品、子どもの玩具に使う制御回路を作って儲けてた企業。バトボット関連の商品よりも、そっちの方が圧倒的に多い」

 苦笑して言う奏子の言葉を聞き、舞子が得心したように答えた。

「ということはあの荷物、メイアさんの魔法機械である〈シロン〉シリーズの修理部品を運んでる可能性が1番高いですね? 16体のエマボットを魔法機械にした〈シロン〉シリーズのうち、12体が壊れていた筈ですから」

「へーそれは初耳だわ。でも、それにしては随分と一つ一つの荷物がデカい気もするけど?」

「メイアさんのことです。〈シロン〉の修理を行うと同時に、改良や増産も行うつもりかもしれません。いずれにせよ、今の私達には些末事ですよ。何せこれから研修が控えてるんですからね?」

 運び入れられる荷物については気が惹かれるが、それ以上に目前の研修の方が、舞子にとっては重要であった。

 研修を突破してはじめて、一人前の社員として、会社の戦力として扱われるからである。

 奏子と詩乃も表情を引き締めた。

「そうだった。確かにそっちのがよっぽど私達には重要」

「うん。思った以上に立ち話しちゃったわ、集合時間まであとちょっとよ?」

 ポマコンを見て詩乃が言うと、舞子が小さく首を振った。

「では、急ぐ必要がありますね。いよいよ、研修の初日です」

「うん、ビシッと行こう」

「そうそう。最初が肝心だよね!」

「ええ。いざ、行きましょう!」

 気合の入った表情で、舞子達3人は【精霊本舗】に入店した。


「ぎょえええぇぇぇーっ! ぱぐぅっ!」

「はぶっ! ほぶっ!」

「ほげぇっ! ぶふっ!」

 【精霊本舗】店舗棟地下2階の修練場にいた舞子は、破壊力を相当弱めにした多数の風の追尾系魔法弾に追い立てられ、1発の魔法弾に後頭部を撃ち抜かれて、パタリと顔面から倒れた。

 その十数m先では、奏子と詩乃が、両腕で防御した上から2発ずつぶん殴られて吹き飛び、壁に敷き詰められた立方体状の衝撃吸収材に頭からめり込んで、どうにか埋まらずに外に出ている足先をジタバタさせている。

 【精霊本舗】へ入店した舞子達3人は、すぐに上司であるエルフ女性の営業部長によって店舗棟地下2階に案内され、魔法具の使用感を試したり、新しく開発した魔法の試用を行ったりする地下2階修練場で、研修の一環である戦闘訓練を受けていたのである。

 舞子を魔法弾で撃ち抜いた当人であるメイアと、奏子と詩乃を壁にめり込ませた勇子が、煽るように3人へと語った。

「あらあら、これから一世を風靡ふうびしようっていう歌姫が、これくらいの魔法でもう降参?」

「戦闘訓練が始まってものの5分でこれかい? このまま終わったら笑いモンやわ」

 涙目の舞子が静かに立ち上がり、衝撃吸収材にぶつけたのか、ほっぺたをプクリと腫らした奏子や詩乃がゆっくりと壁から這い出て来て、フラフラと立ち上がり、気合十分に答えた。

「ま、まだまだあぁぁー!」

「こ、この程度は、許容範囲!」

「私達は……歌って踊れて戦える〔魔法楽士〕です!」

 その3人を見て、メイアと勇子は楽しそうに返す。

「そう。じゃあ、続き行くわよ? 引き続き、舞子は私と対攻撃魔法を想定した砲撃戦闘訓練。奏子と詩乃は、勇子と対付与魔法を想定した接近戦闘訓練よ。魔法具抜きだし、勿論私達も十分手加減はするけれど、気を抜くと物凄く痛いから、注意してね?」

「「「はい!」」」

 舞子達が挑むように答えると、奏子と詩乃の前に立つ勇子が口を開いた。

「ツルメを始めとした魔獣達との実戦経験で、無理矢理に心的外傷トラウマをひっぺ返した舞子と違って、奏子や詩乃はまだ心的外傷が残っとるようやね? 接近戦に怯えが見える。ツルメにやられた時のことを思い出すんやろ? 動きが固い。初動が遅い。行動の端々に迷いが見えるんや」

「うっ」

「悔しいけど……勇子、さんの言うとおりよ」

 勇子の言葉に、奏子と詩乃が悔しそうに拳を握る。その2人へ勇子が諭すように言った。

「ウチのことは勇子でええよ、同年代やしね? それは置いといて……はっきり言うわ。訓練の段階でその状態やったら、そのまま迷宮へ行けば相手がツルメ以外の魔獣でも、また痛い目に遭わされる可能性があるで? せやから、この訓練に是が非でも喰らい付いてい? ウチとの訓練で、考えんでも身体が勝手に動くようにしたる。せやさかい、しっかりついて来るんや。このまま舞子のお荷物は、あんたらも嫌やろ?」

「当然!」

「死んでもごめんだわ!」

 打てば響くように答える2人を、楽しそうに見詰め、勇子はかかって来いとばかりに叫んだ。

「その意気や。親友やからこそ、負けられんと思うんやで? 先を歩いとる舞子に追いつき、追い抜くんや!」

「「はい!」」

 火の精霊付与魔法《火炎の纏い》を使用した勇子に、同じ《火炎の纏い》を具現化した奏子と詩乃が飛びかかる。そして、1合2合と拳が交差し、クルリと身体を捻った勇子が咆える。

「まだまだ踏み込みが足らんわい! だっしゃぁああぁぁーっ!」

「ぎゃぁああーっ!」

「きょああああーっ!」

 顔面を勇子に掴まれた奏子と詩乃は、そのまま凄い勢いでポポイとぶん投げられて、また顔から壁に敷設された衝撃吸収材にめり込んだ。たとえ相手が美少女であっても、勇子の対応はいつも通りの筋肉全開である。

 顔が腫れても知ったことか、という対応であった。

 一方の舞子はというと……。

「ふばるっ!」

 メイアの追尾系魔法弾を顎に受けて後ろへひっくり返り、後頭部を床に打ち付けて痛みで床を転げ回っていた。

 《火炎の纏い》の薄紅色の魔法力場のおかげで、怪我は皆無であるが、痛いものは痛い。

 その舞子に、メイアが厳しく言う。

「視覚に頼り過ぎよ! 感知系の探査魔法が使えるんだから、目だけに頼らず魔法で周囲を見るクセをつけて! はい、次よ!」

「ま、待ってく、ぽぶっ!」

「待てって言われて、待つ魔獣がいると思う? そぉうーれっ!」

「あぎゃあぁぁああぁぁーっ!」

 次々に出現する追尾系魔法弾に連続で全身を撃ち抜かれ、パタリと舞子が再度倒れた。

 勇子とメイアが、ぴくぴく震える3人を見て、困ったように言う。

「んー……初日から厳しくし過ぎてもうたか?」

「どうかしら、でも命彦だったらこれくらいはするだろうし、それに……」

「そやねえ、ソル姉がそうせえって言ってたし」

 メイア達が修練場の隅に目をやると、椅子に座って紙に筆を走らせるエルフ女性の営業部長がいた。

 まるで部下の能力を査定しているようである。というか、実際に査定していた。

「ふむ。現時点での実力はこの程度ですか……それぞれに課題がありますね? このまま迷宮に出すのはまず無理でしょう。多少マシに動ける舞子さんでさえ、心配の部分が多々あります。仕方ありません。店から第2の【精霊歌姫】を出すのは、若様のご希望でもありますし、研修期間のうちに1つずつつぶして行きましょうか」

 エルフ女性は冷たい笑みを浮かべ、まだピクついている舞子達を見ていた。

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