短編集:マイコの忙しい一日(2)

 契約の翌日。舞子達3人は、自分達が通う三葉市第2魔法士育成学校、芽神めがみ女学園に登校し、〔魔法楽士ミストレル〕学科の担当教官に、自分達が【精霊本舗】へ社員として採用されたことを告げた。

 そして、企業への就職が成功しても、魔法士育成学校には引き続き通う旨を伝え、女性教官を驚かせた。

 実は【精霊本舗】との雇用契約には、舞子達3人の魔法士育成学校の卒業も、特約として入っていたのである。

 教官室から退室して、舞子が口を開いた。

「教官、驚いていましたね?」

「それはそう。すでに魔法士資格を持ってて、就職先も決まった学生は、普通は卒業を待たずにその年の末に退学する」

「それを私達は卒業まで、あと2年は居座るって言うんだから、教官もおかしいって思うわよね?」

 舞子の問いかけに、奏子と詩乃が同意した。

 校内の廊下を歩いていた舞子は立ち止まり、奏子と詩乃を見て語る。

「そうですね。でも、就業時間を減らしてでも、私達を魔法士育成学校へ通わせ続けることには……学生の立場を維持させ続けることには、【精霊本舗】としても相応の理由があります」

 舞子の言葉に、奏子と詩乃が小さく首を縦に振った。

「分かってる。ソルティアさん……もとい、セレリウス部長は、学生の立場を利用して、学校内で自社商品の印象操作を行えって言ってた」

「そうだったわね。……そのセレリウス部長の言葉でさ、私ふと不思議に思ったんだけど、印象操作って普通は業績の低い企業がよくやるものでしょ? 会社を少しでも良く見せるためにさ? でも、【精霊本舗】って三葉市にある全ての魔法士育成学校と提携してて、世間的にとても評判が良い優良企業よ? そもそも評判が良いのに、どうしてまだ印象操作をする必要があるの? そこがずっと疑問だったんだけど?」

 首を傾げる詩乃に対し、舞子が言う。

「セレリウス部長が言うには、個人の印象というものは、些末事でもすぐに反転する、とてもあやふやで揺らぎやすいモノだそうです。ですから、たゆまぬ日々の営業努力、広報活動による企業印象の良化りょうかが必要だと仰っていました。その意味では、奏子ちゃんや部長の言う印象操作といった言葉は、やや語弊ごへいがあるかもしれませんね?」

「確かに。私達に求められてるのは、今ある良い企業の印象を、より良いモノにするということ。企業としての低い評価や評判を高くするというより、そもそも高い評価や評判を、もっと高くすることの筈」

「ええ。先の【逢魔が時】終結戦で、この三葉市において相応の認知度を得た私達が、【精霊本舗】の魔法具を装備していたおかげで、戦場でも無事に生き残れたと周囲に語れば、それだけで元来あった【精霊本舗】の良い印象が良化される筈です。とりあえずは、これを軸に周囲へ話して行きましょう」

 舞子と奏子、2人の話でようやく自分達に与えられた仕事について把握した詩乃が、安心したように言う。

「実体験で助かったことを語れば、それで良いってことよね? 良かったー、あの時3人とも【精霊本舗】の魔法具を装備してて。買ってくれた親達にホント感謝ね……これで嘘とか付かずに済むし、周囲にも実体験をそのまま語れるから話しやすいわ。会社から任された仕事も案外簡単そうね」

「詩乃、認識が甘い。同級生や後輩は勿論、上級生や他の魔法学科の子達にも話す必要がある」

「奏子ちゃんの言うとおりですよ? 自分達の魔法学科内は当然として、他の魔法学科の子達とも積極的に話す必要があります。しかし、先の【逢魔が時】の功績で、私達の校内での評価は相当改善したとはいえ、未だに私達を目のかたきにする子達がいるのも事実。同じ魔法学科内で印象良化活動を行うのも難しい可能性がある上に、全ての魔法学科でこれを行うと考えると、あと2年で足りるかどうか……思った以上に骨が折れると思いますよ?」

 気を緩める詩乃に、奏子と舞子が難しい顔で語ると、詩乃が嫌そうに眉を寄せた。

「うへえー……確かに魔法予修者の子達に邪魔されそう。私達のすることがいちいちかんに障るみたいだしねぇ? 学校内での広報活動って、思ったよりしんどそうだわ」

「そう、しんどい。だからまず、手近にできて、しかも効果のある広報をすべき。見て」

 奏子が突然廊下の先を見て言った。曲がり角では、下級生と思しき少女達が多数こちらをうかがっている。

 その視線はキラキラして非常に好意的であり、憧れの先輩を見付けた後輩達の図、という印象であった。

「あれは……〔魔法楽士〕学科の後輩達? いえ、他の魔法学科の子達も混ざってるようですね?」

「うん。多分アレは、私達と話したがってる魔法未修者の子達。一部の魔法予修者達からは、蛇蝎だかつの如く嫌われてる私達だけど、魔法未修者の子達からのウケは全般的に良い。魔法未修者は、自分の腕が未熟だと自覚してる子が多いから、少しでも今以上に自分の能力が上がるのであれば、魔法具についてもできる限り良い物を買おうとする。新規購買者としては、真っ先に取り込むべき相手」

 舞子が少女達を見て言うと、奏子が素早く会社の営業的見解を持って補足した。

 奏子の言葉を聞いて、舞子が即決するように答える。

「今後の【精霊本舗】のお客様としては、優良ということですね? では、手始めに彼女達とまず話してみましょう。そもそも【精霊本舗】は評判が良い企業です。良い噂を広めれば、それだけで企業としての良い印象が増す筈ですからね?」

「よし。そうと決まったら、行動を開始しよ? 私達が学校に来れるのは、一般教養課程の授業がある日だけだもの。休み時間も限られるし、善は急げだよ! おーい、そこの子達ぃー、ずっと私達を見てるけどどうかした?」

 背が高く見映えのする詩乃が少女達に手を振って言うと、キャーノキャーノとはしゃぎつつ、少女達が舞子達の方へと駆け寄った。

「先輩、凄かったです!」

「放送見ました!」

「魔獣の前で歌う姿、最高でした!」

「先輩達が歌ってた建物が倒壊した時とか、心臓が止まるかと思いましたよ!」

「でも、皆さん生きていらっしゃって、本当に凄いです!」

 口々に褒めそやす少女達に、思わず相好を崩す舞子達。そして、好機とばかりに口を開く。

「ありがとう、皆さん。でも、あれはある企業のお力添えがあったからですよ?」

「そう。【精霊本舗】っていう魔法具開発企業、知ってる?」

「ウチの学校とも提携してるんだけどね? あの企業の作った魔法具のおかげで、私達助かったんだよ」

 これ幸いと、舞子達は【精霊本舗】の印象良化にいそしんだ。

 この活動は、その日の授業が終わるまで続き、舞子達の武勇伝は【精霊本舗】の評判と一緒に、学校各所へじわじわと広がって行った。

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