短編集:メイアを見付けた日(18)完

 ズズンッと4mの巨体を持つ鬼型アンドロイドが地に伏せる。

 その前に立つ、40cmほどの小型アンドロイドに頭を垂れるように。

 その場面を見た者達の多くが、唖然としていた。

 そして、厳しい現実から目を背け、生気を失っていた魔法未修者達の目が、力を取り戻す。

「勝っちゃった……」

「依星さんが、勝った」

「ずっと負けてた、機代さんの魔法機械に……依星さんの魔法機械が勝った!」

「〔魔工士〕学科1年生の、魔法未修者の筆頭が、魔法予修者の筆頭に勝っちゃった」

 口々に言い、やがて敗者の目をしていた魔法未修者達から歓声が上がり、拍手が響き始める。

 唖然としていた魔法予修者達がそれを見て我に返り、威嚇するように叫んだ。 

「ず、ズルしたに決まってるわ!」

「あり得ねえ……実械が負けるわけがねえ!」

「メイア如きが勝つのはおかしいわ!」

「認めねえ、認めねえぞ、依星!」

 巻き毛少女の取り巻き達が、メイアへ口々に言う。

 当のメイアはというと、周囲の喧騒もどこ吹く風といった表情で、競技場の対面にいる巻き毛少女を見ていた。

 プルプル震えて、屈辱感と絶望、憎しみの入り混じった酷い表情を浮かべる巻き毛少女。

「私が負けた? ……嘘よ、おかしいわ。間違ってる、絶対に間違ってる! 私こそが、この〔魔工士〕学科の頂点! 私こそが1番の筈よ! メイア如きにこの私が負けるわけが……」

 現実を受け入れられず、おかしいことを言い始めた巻き毛少女へ、メイアがピシャリと言う。

「あらあら、実力差は当人が一番感じてると思ってたんだけどね? 自分の所有する魔法機械が機能を停止しているこの現状を見ても、まだ現実逃避するのかしら? いいわよ。日を改めて、またお相手しましょうか? 自称、学科内1番の機代実械さん?」 

「め、メイアァァァアアアーッ!」

 メイアの言葉で、巻き毛少女の理性は吹き飛んだらしい。

 巻き毛少女の頭上に、1つの追尾系魔法弾が瞬時に出現し、メイア目がけて射出される。

「……っ!」

 咄嗟のことで対応が遅れたメイアだったが、追尾系魔法弾はメイアに当たる前に、横合いから突如出現した追尾系魔法弾に撃ち落とされた。

「おいおい、今のは見咎めたぞ?」

『そうですね。クズの本性を見たり、です』

「せやね~。幾ら魔法の使用が前提の、実習課程の模擬戦闘って言うてもさあ?」

「〔魔工士〕学科じゃ、殺傷力のある攻撃魔法を使うことって稀だよねえ、普通? それも人間に対してさあ?」

「せやせや。自己防衛目的やったらともかく、何もしとらん相手に対して、一方的に魔法攻撃を行うのは犯罪やねんで? まさか知らんとは言わさへん」

「ついでに言えば、校内で行われた他者への魔法攻撃は緊急救助事案でもある。他学科の実習授業であろうとも、俺達が手出しすることは可能だ」

 追尾系魔法弾を数発頭上に出現させた命彦達が、メイアの方へ歩み寄る。

「無事か、メイア?」

「ええ。ありがと、助かったわ」

 ニコリと安心したように笑うメイアへ、勇子達が満面の笑みで言う。

「ええってこっちゃ。それより、ようやったね?」

「そだね。見応えあったよ」

「ああ。暇つぶしには良い見世物だった」

『自分の能力を勘違いして居丈高いたけだかに振舞うバカが、力の差を見せつけられて呆然とする様は、酷く滑稽でしたよ』

 魔法弾を霧散させ、ニヤニヤと笑う命彦達を見て、巻き毛少女や魔法予修者達が怯えた表情を浮かべる。

「み、魂斬に鬼土、風羽……」

 唇を噛む巻き毛少女へ、命彦達が言う。

「派手に負けた後とはいえ、怒りに我を忘れてえらいことをしたもんだ。それも俺達の目の前で。……感情が抑えきれんかったようだが、しかし、魔法の危険使用は退学要件だぞ?」

『目撃者多数で、もみ消すのも一苦労ですね?』

「仮に同じ学科内の子達と教官は押さえつけられたとしてもやで?」

「僕らが見てる前でやったらダメでしょう? ぷくく」

「さて、どうしてくれようか、この始末?」

 命彦と空太、勇子が実習教官に冷めた視線を送った。

「実習授業の観覧をしていたら、突然目の前で魔法による傷害未遂事件が起こったわけだもんねぇ~?」

「授業内で魔法を使って危険行為を行ったヤツは、教官達で構成されとる風紀委員会に報告されて、審問会議にかけられるんちゃうかったか? ぬるい職員会議とかと全く違う、ガチで責任追及される会議って話やが?」

「ああ。授業を担当した教官もその場で責任を問われる筈だ。授業監督者として、危険行為を未然に防ぐ義務があるし」

 命彦達の視線を受けた、小太りの男性教官がビクリと身を震わせて、巻き毛少女とその取り巻きの魔法予修者達を見た。

 自分の保身と、後援者の一族の子達をはかりにかけているのだろう。

 教官の目が左右に激しく泳ぎ、救いを求めるようにメイアを見る。

 メイアはその視線をサクッと無視した。

 メイアの反応を見ていた命彦と空太、勇子がニヤリと笑い合い、口を開く。

「この一件。今後どうするかはメイアに任せるか?」

「そうだね? 振って湧いた機会だし、目一杯活用すべきだよ。メイアが風紀委員会に報告するって言うんだったら、僕らは証人として付き合えばいいし」

「いつ報告するかはメイアの好きにした方がおもろいやろね~。ウチらは高みの見物やわ」

 命彦達からの提案に、メイアはすぐさま首を縦に振った。

「いいわ。私もその方がいいと思うし……さて教官、授業の終了時刻ですけれど、私達はもう帰っていいですか?」

「え、あ、その……えと、帰ってもいいんですが」

 小太りの男性教官は挙動不審気味にそわつき、気弱そうに作り笑顔を浮かべて問うた。

「こ、今回の一件については、そのお……ど、どう処理するつもりか、聞かせて欲しい、です」

「時が来れば、お教え致します」

 有無を言わさぬ迫力を持った笑顔で言うメイアに気圧されたのか、小太りの男性教官は震え上がり、青い顔で叫んだ。

「は、はいぃ! え、えっと……そ、それでは、これで授業を終わります!」

 魔法未修者達も、魔法予修者達も呆気に取られた様子だったが、メイアは清々しい気分だった。

 小太りの男性教官が逃げるように校庭を走り去る姿を見送り、メイアが口を開く。

「授業も終わったし、私達も帰りましょう?」

「おう!」

「あいよ~」

「ウチ腹減ったわ、どっか寄らへん?」

 そう言って歩み去ろうとするメイアに、ずっと無視されていた巻き毛少女が噛み付いた。

「依星メイア! それで、それであたしらの弱味を握ったつもり!」

「さて、どうかしらね?」

 癇癪ヒステリー気味に目を血走らせる巻き毛少女を立ち止まってチラ見し、どうでも良さそうに答えるメイアへ、巻き毛少女が言う。

「メイア、後悔させてやるわ、必ず……必ずよ!」

 呪詛のように巻き毛少女は叫ぶと、周囲の視線を振り切るように走り去った。

「お、おい、実械!」

「ま、待ってよ」

 取り巻きの魔法予修者達も、巻き毛少女の後を追って消える。

 校庭に残された魔法未修者達を一瞥し、メイアが命彦達と共に帰ろうと、再度歩き出した時だった。

「依星さん!」

 メイアに怒られた女生徒が、目に生気を宿して言った。

「次は……次は、私も勝つから!」

「……そう」

 どうでも良さそうに同期の宣言を受け取り、メイアは歩き出した。

 校内を出て、路面電車の駅に続く道を歩いていると、命彦がくすくす笑い出してミサヤに言う。

「ぐふふふふ、思った以上の効果だ。死んでた魔法未修者達の目が甦ったぞ?」

『そうですね、素晴らしい読み。さすがは我が主です』

「ああ。未修者でもやればできるって思えば、努力するヤツが増える。そうすりゃ実力もついて来て、未修者のことを認める予修者達も少しずつ増えるって寸法だ」

 命彦の言い分に苦笑しつつ、空太も言う。

「皮算用にもほどがあるとはいえ、学校内の風紀が一定に保たれて、楽しい学校生活が送れるって点では、今回の一件は良い転換点だと僕も思うね」

「おいおい、ここはまずメイアを褒めるべきやろ? 今回の一番の功労者やで?」

 命彦達の言い分に呆れたように勇子が言うと、メイアが苦笑しつつ立ち止まって頭を下げた。

「いいのよ勇子、私は勝てただけで満足だから。皆、勝たせてくれてありがとう」

「よせやい、ウチらもウチらの都合で手を貸したんや。勝てたのもメイアの自力あればこそやしね? おあいこやで、おあいこ」

「確かにあいこだ。こっちも先行きが楽しみの〔魔工士〕の卵を見付けられた。利益はあったさ」

 命彦がそう言うと、空太が同意しつつ、その場の全員に問いかけた。

「そうだね……ところでさ、あれで彼女達、引くと思う?」

「まさか。こっからが始まりだろう? 負けんじゃねえぞ、メイア?」

「うん!」

 見事再戦を果たし、宿敵とも言うべき巻き毛少女を、初めて自分の力で叩きのめしたメイア。

 メイアと巻き毛少女との闘争は、この後も続き、遂には命彦が巻き毛少女をつぶすべき敵と認識して、巻き毛少女とその一味を手酷い目に遭わすのだが、それはまだ随分と後の話であった。


 命彦の読書姿を見て、昔のことを思い出していたメイア。

 そのメイアに気付き、命彦が問う。

「どうしたメイア、こっちばっか見て?」

「いえ、その読書姿、命彦と初めて会話した時にも見たと思ってね。昔のことを思い出してたのよ?」

 ミサヤと顔を見合わせた命彦が、ふと気付いたように本を閉じる。

「初めて会話した時? ああ、あの校舎の屋上でのことか。随分前のことを思い出してたもんだ」

『確か、入学してから半年くらいだったでしょうか? マヒコが〈武士〉の学科魔法士資格を、すでに取得していた頃でしたね』

「ええ。私が、〈魔工士〉学科で同期の魔法予修者達から、まだしつこく追い回されてた頃よ」

「くくく、そうだった。読書の邪魔だ、よそでやれって俺が切れて追い払ったんだっけか?」

「ええ。思えばあの時、私は初めて良識のある魔法予修者にあったのよね? いや、そういう魔法予修者を見付けたと言うべきかしら? うふふ、シスコンでマザコンの魔法予修者だったけど……」

 メイアがくすくす笑って言うと、命彦がムスッとした様子で返した。

「うるせえよ、一言多いんだ。てか、そもそもお前が俺を見付けたんじゃねえ。店の稼ぎ頭として使える、自分の片腕として使える〈魔工士〉の卵を、俺が見付けたんだ」

『そうです。マヒコがメイアを見付けた日です。勘違いしてはいけません』

「はいはい、そうだったわね。ふふふ、私が命彦に見付かった日か。そうね、その方がいい気がする」

 メイアは淡く笑って、嬉しそうに命彦を見ていた。

「ところで、そいつらの修理、まだかかりそうか?」

「ええ。まだまだよ」

「修理費はこっちで出してやるから急げよ? 次いつ俺達に危機が訪れるかわかんねえ。〈シロン〉がいるのといねえのとじゃ、安心感が違う。早めに全部修理してくれ」

「あらら、随分頼りにしてくれてるのね?」

「メイアが作った魔法機械だ。それに俺だって、そこそこ〈シロン〉との付き合いは長い。信頼してんのさ」

 命彦が本棚の一角に安置された小型アンドロイド見る。

 役目を終えた職人のように、電導剣を抱えたまま電源が切れて座り込んでいる小型アンドロイドを、メイアも見てクスクス笑った。

「ふふふ、そうね? あの時のシロンの人工知能が、今の〈シロン〉達に受け継がれているんだもの……命彦達も結構長い付き合いよね」

「ああ。アイツの記憶を受け継いでるんだ、頼れるに決まってる。さっさと修理してやれよ?」

 そう言ってまた読書に戻る命彦を見て、メイアは嬉しそうに修理作業へ戻った。

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学科魔法士の迷宮冒険記(短編集) 九語夢彦 @Kugatari-yumehiko

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