短編集:メイアを見付けた日(11)
翌日。メイアが魔葉学園へ登校すると、教室に入って早速、機代一族の巻き毛少女に絡まれた。
「あらあらメイア~! よく登校したわね? 相棒の魔法機械は修復できてるの? まあ無理でしょうけどね、ぷくく」
「……」
怒りを呑み込み、無言のまま空いてる席に座るメイア。
教室には魔法未修者の生徒達がまばらだった。
そろそろ授業開始時刻である筈だが空席は多い。それを見つつ、巻き毛少女の取り巻き達が口々に言った。
「昨日のことで自信を失ったのか、ずる休みする雑魚が多いわねぇ?」
「ええ。それに対して、今この場にいる未修者達は立派だわ。また壊されたいのよね~」
「かかかかか、早く相棒を修復してやれよ? またぶっ壊してやるからさぁ?」
「おいおい、さすがに気の毒だろ? どいつもこいつもプルプル震えてんじゃんか、ぎゃははは」
席に着いている魔法未修者達を煽る、巻き毛少女の取り巻き達。
他の魔法予修者達も侮蔑するように笑って、魔法未修者達を見ていた。
この場にいる魔法未修者の多くが、怒りに拳を握り締め、悔しさに肩を震わせている。
勿論、メイアもそうだった。
「ほらほら、もうすぐ教官が来るわ。雑魚をいじるのはまた後にするわよ?」
巻き毛少女が勝ち誇るように言うと、その後すぐに魔法教養課程を担当する教官が教室に現れ、取り巻きの少年少女や他の魔法予修者達がゲラゲラ笑いつつ、席に着いた。
教官は欠席した生徒が多いことに不信感を持ったのか、少しの間教室を見回していたが、教室内の重たい沈黙に耐え兼ねたのか、口を開いた。
「……はい、それでは1時限目、魔法理論学の講義を始めますね? まず前回の復習からです。魔法とは、魔力を用いた特殊現象の総称であり……」
教官の講義の声を聞きつつ、メイアは決意を胸に、怒りと悔しさを蓄積した。
味方が皆無であった昨日までであれば、この精神的圧迫に無表情で耐え切るのは難しかっただろう。
しかし、今のメイアには味方がいた。
(絶対に……叩きつぶす)
冷たく燃える闘志を胸に秘め、メイアは授業に意識を傾けた。
授業終了後も、休憩時間毎に巻き毛少女達や魔法予修者の嘲笑や挑発が、魔法未修者達を不快にさせたが、メイアは教室をさっさと出て、授業が始まるギリギリまで空き教室でシロンと過ごしていたため、心理的被害は最小限度だった。
そして昼休み。メイアが弁当を食べつつ、シロンとポマコンに記録していた巻き毛少女の魔法機械、〈オーガボーグ〉の分析を空き教室で行っていると、勇子から突然連絡が来る。
ポマコンの空間投影装置を起動し、メイアが平面映像に映る勇子へ問うた。
「どうしたの、勇子?」
『おお、メイア! こっちの依頼がはよ終わったんで、命彦らと今から学校へ行くつもりやねんけど、メイアはどうしてんねんやろと思って、連絡したんよ?』
「そう……心配してくれたわけね、ありがとう。いつも通り絡まれたけど、空き教室に逃げ込んで上手くやり過ごしてるわ」
『ほうか。……今は1人か?』
「ええ。いつものことよ。この方が落ち着くからね、私ってボッチ気質だし」
メイアとしては気楽に笑ったつもりだったが、平面映像上の勇子はその笑顔を見て眉をひそめた。
すると突然、平面映像がブレて勇子の左右から命彦と空太の顔が映る。
勇子のポマコン上に投影されたメイアの平面映像を、命彦達がのぞき込んだらしい。
「……寂しい笑顔だ」
「楽しんでる時のメイアの笑顔、僕ら昨日見てるから、表情の落差が酷いね?」
「まあ昨日あったことを思えば当然やろ? すぐに学校行くわ、放課後に会お?」
「え、ええ。ありがと。3人とも……」
ポマコンの平面映像はすぐに切れた。有無を言わさぬ速さだった。
メイアはシロンと顔を見合わせて、問う。
「普通に笑ったつもりだけど……寂しい笑顔に見えたんですって?」
シロンは首を傾げつつ、有線接続したポマコンの端末画面に反応を返す。
ポマコンの画面を見て、メイアは戸惑った。
「えっ? シロンにもそう見えた? ホント、シロン?」
メイアに問われた小型アンドロイドは、首をコクコクと振り、ポマコンに再度思考を伝達した。
「学校で見せる笑顔は、家で見せる笑顔と違う? そ、そう……」
自分の作った魔法機械にも表情の違いを指摘され、メイアが頬を染める。
「うー普通に笑ってるつもりだったけど……って、あ、もう授業時間!」
不意に知った自分の表情の違いに、どこか気恥ずかしさを感じていたメイアだったが、昼休みの終了が間近であることに気付き、慌ただしく弁当箱やシロンを〈余次元の鞄〉にしまって、空き教室を出て行った。
6時限目が終了して放課後。
巻き毛少女や取り巻きの魔法予修者達に絡まれる前に、メイアはすぐさま教室を出た。
屋上へひた走ると、そこにはすでに命彦達がいる。
「よ! メイア」
「授業お疲れさん」
「お疲れって言っても、これからまた疲れるんだけどね?」
「ふふ、知ってるわ」
昼休みにポマコンで見た時は防具型魔法具を着込んでいたが、今は制服姿の命彦達。
着替えたらしい命彦達を見て、不意に疑問に抱き、メイアは問うた。
「お昼休みに連絡くれた時とは服装が違うわね? どこにいたの? まさか迷宮?」
「おう、そうだけど?」
あっけらかんと答える命彦。勇子と空太もうんうんと同意するが、その答えを聞いてメイアは慌てた。
「あのね、私に気を遣ってくれるのは嬉しいんだけど……魔獣が闊歩する場所で暢気に連絡するのは止めて、危険だわ。街に戻ってからでも、連絡はできるでしょ?」
心配するメイアに苦笑を返し、命彦達が言う。
「ははは、俺達も馬鹿じゃねえよ。周囲の警戒はしてるさ」
「迷宮にも、魔獣に襲撃されにくい安全地帯って言われとる場所はあるんやで?」
「【迷宮外壁】から100m圏内とかね? 僕らもその範囲から、メイアへ連絡したんだよ」
「そもそも俺とミサヤがいれば、敵性型魔獣に奇襲を受けることは早々あり得ねえよ」
『まったくです。私とマヒコの2重の探査魔法を抜けられる魔獣は、ごく少数。第3迷宮域にでも踏み込まねば、まずは遭遇しません。心配無用です』
自信満々に言い切る命彦と、その肩に乗るミサヤの思念を受けて、メイアは引き下がった。
「そ、そう? まあ、そこまで言うんだったらいいけど、ホント気を付けてよね?」
「ああ、分かってるって。それよりもだ……今から第1体育館に移動するぞ、メイア?」
命彦の言葉に、メイアは勇子を見つつ答えた。
「ええ、勇子から話は聞いてるわ。確か、見稽古のための魔法機械をすぐに貸してもらえたのよね?」
「せや。命彦が〔武士〕学科の実習教官と交渉した結果、条件付きで教官が予約してた、対巨人種魔獣用の訓練型魔法機械を融通してもらえたんや」
昼休みの連絡の後、実は5時限目の授業が終了したすぐ後の休み時間にも、勇子からポマコンへ連絡があり、メイアは命彦がシロンの見稽古のために、教官と交渉していたこと、またその交渉が上手く運んだことを告げられていたのである。
命彦を見るメイアへ、空太が苦笑して言う。
「条件付きだから、僕ら以外にも当然
空太の発言を受け、命彦が相応に動いてくれたらしいことを察して、メイアが深く頭を下げた。
「ええ。こっちは教えてもらう側だもの、それくらい分かってるわ。ありがとう、命彦」
「いいってことよ。まあ、やることは同じだ。安心して見稽古を体験してくれ」
『文句でも言ったら、頭を噛み砕いてやるところでしたが、感謝を述べたので、まあ許しましょう』
ミサヤの思念に苦笑を返し、メイア達は屋上から第1体育館へと移動した。
「おう、魂斬! 来たか!」
「お待たせしました、教官」
命彦が頭を下げると、老齢の男性教官はにこやかに笑い、メイアを見た。
「構わんよ。補講を希望する生徒達に、今回の趣旨をザッと説明してたところだ。その子が言ってた女生徒か?」
「はい。メイア、挨拶」
「あ! よ、依星メイアです。本日はお時間を
命彦にそっと背を押され、メイアも慌てて頭を下げた。すると年配の教官は苦笑して言う。
「いやいや構わん。突然魂斬から、補講用に予約していた魔法機械を貸して欲しいと言われた時は、さすがに私も驚いたが、詳しく聞けば君の見稽古のためだと言うから、これは良い機会だと思って、こちらも便乗させてもらったのだ。打算あっての取引だ、礼は不要だぞ?」
「は、はい……あの、質問よろしいですか?」
「うむ、構わんが?」
「つい先ほど、便乗と仰っていましたが、それはどういうことでしょう?」
メイアの不意の質問に、横にいた命彦がしまったという感じで眉をしかめた。
メイアの背後にいた勇子や空太も、理由をすぐに察したのか、クスクス笑っている。
その命彦達を見つつ、老齢の教官が楽しそうに言った。
「くくく。そこの魂斬は、魔法予習者も魔法未修者も特段区別せん良い奴だ。それは君も分かるだろう? しかし、面倒見が良いくせに、こいつはものぐさであまり自分の力を見せんのだよ。しかも、すでに学科魔法士資格を持つ魔法士であるために、学校に来る日も限られている」
教官の背後にいる、命彦の同期と思しき〔武士〕学科第1学年の魔法未修者達が、同意するようにウンウンと首を振った。
「魔法未修者にとって、実戦を知る魔法士の戦い方を見るのは、非常に良い経験だ。まさに見稽古そのものだよ。しかしだ、同期の生徒らにとって良い見本がすぐ傍にいるのに、その見本を見せる機会がこれまで皆無だった。ところが、今回はそれが得られた。まさに良い機会だろう? 君と君の魔法機械にとっての見稽古は、ここにいる魔法未修者達にとっても、良い見稽古というわけだ。便乗というのはそういう意味だよ」
「そういうことでしたか……」
メイアが得心する横で、命彦は少しげっそりしていた。
「教官、思ったよりも観覧者が多いんですが?」
「ああ、私も驚いている。魔法実習における魔獣戦闘授業の補講として、未修者の生徒達を最初に集めたのだが、授業内容を魂斬の戦闘を見る見稽古に切り替えたと伝えれば、減ると思っていた。しかし実際は、減るどころか増えてしまった。まあ、私が居残っている同期の未修者を呼んでもいいと言って、ポマコンで連絡させたからだろうが。わははは」
「笑い事じゃありませんよ、自分が主導してるでしょうが、まったく……」
ブツブツ言う命彦を見て年配の教官が笑いつつまた口を開く。
「人徳だ、諦めろ。お前は同期達を、未修者や予修者に分けず、同じように接して普通に相手をする。自然とそれができる魔法予修者は希少だ。ここにいる未修者達も、そういうお前を好ましく思っているからこそ、こうして集まった。お前自身は、自分のことを特にどうとも思っておらんだろうが、魔法未修者の同期からの評判は、意外と良いのだぞ? さてと……それでは始めようか? 我々は観覧席に移動する。魂斬、これを」
「はい。魔法機械が格納された〈出納の親子結晶〉ですね?」
命彦が教官から魔法具を受け取って問うと、教官は縦に首を振った。
「うむ。本来であれば、補講に出席する魔法未修者達のために、魔法機械には機能制限をかけて戦闘力を落とす手筈だったのだが、お前が使うのであれば制限も特に要らんだろうと思い、戦闘力はそのままにしている。心配は要らんと思うが、まあ気をつけろよ?」
「えー……ひでえ話だ」
「ははは、楽しみにしている」
魔法未修者達を引き連れ、円形に幾段も設置された観覧席の一画へと移動する年配の教官。
その教官を見送り、嫌そうに眉を寄せる命彦へ勇子と空太が言う。
「まあまあ、モノホンの巨人種魔獣とちゃうし、ええやんか」
「そうだよ、かっこいいところ、僕らに見せてくれ」
「うっせえよ、気楽に言いやがって。まあいいや……ミサヤ、勇子のとこにいて、応援しててくれ」
『勿論です。危うい時は助けに行きますよ?』
「ふふふ。そうそうねえとは思うが、もしその時があれば頼む」
子犬姿のミサヤを勇子に預け、命彦はメイアを見た。
「メイア、観覧席に座ったら、シロンを出せ。シロンがこっちから見えたら始める。よーく見てろよ?」
「ええ。気を付けてね?」
メイアが自分の〈余次元の鞄〉から小型機人シロンを取り出すと、いつの間にか体育館の中央へ進んでいた命彦が、魔法具を発動させた。
十数mはあろうかという人型の魔法機械が現れ、観覧者達がざわつく。
「あれが……対巨人種魔獣を想定した訓練型魔法機械」
「想像を超えるデカさやろ?」
「え、ええ……」
「ぱっと見て15mくらいか、命彦が本当に小さく見えるよ」
「……あ、動くわ!」
遠目で見ると、のそりと動き始めた訓練型魔法機械。
その魔法機械と対峙する命彦を、メイアはポマコンとシロンを握り締め、ジッと見つめた。
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