メイア短編

短編集:メイアを見付けた日(1)

 サラピネスとの死闘後、【精霊本舗】での宴会も終わり、6日が過ぎた頃。

 世間が日常を取り戻し、いつものように【精霊本舗】へと出勤したメイアは、舞子達の研修をいつからにするのか、エルフの女性営業部長と相談した後、開発棟2階の自分に割り当てられた個別作業室で、自作した魔法機械である〈シロン〉シリーズの修理を行っていた。

「対【女霊樹ドリアード】戦で破損してから、時間がある限り修理を続けてたけど、結局【水龍ミズチ】戦や眷霊種魔獣との戦いには間に合わず、〈余次元の鞄〉に入れたままだったわね?」

 眼前にある〈シロン〉達を見て、メイアが苦笑する。

 ドリアード戦後も無事であった4体の〈シロン〉が、修理されている〈シロン〉達の部品を運び、メイアの作業を手伝っていた。

「ありがとう、ふうぅー……」

 カチャカチャと〈シロン〉の内部機構をいじっていたメイアは、工具を床に置いてフッと頬を緩めた。

「よし、これでとりあえず機械としての、5体目と6体目の〈シロン〉は修理完了ね? あとは異相空間処理を行って、魔法を封入するだけだけど……でも、まだ10体も残ってるのかぁ。まだまだあるわねぇ……うーん!」

 メイアが疲れた顔で、部屋の隅に置かれた破損したままの〈シロン〉達を見て、伸びをしている時だった。

 作業室の扉の外から声がする。

「メイア、入っていいか?」

「あら、命彦? いいわよ」

 肩に子犬形態のミサヤを乗せた命彦が作業室へ入って来ると、不思議そうにメイアは問うた。

「どうしたのよ、突然?」

「ちと調べ物だ。魔法機械関連の専門書を見せてくれるか?」

「え、ええ。別に良いけど……」

 メイアが許可すると、命彦は難しい顔でミサヤと一緒に作業室の本棚から専門書を取り出し、読み始める。

 サラピネスとの戦いによる昏睡状態から目覚め、店を上げての宴会も終わり、命彦もいつもの日常に戻っていたが、メイアが見る限りの命彦は、ここ3日ほど難しい顔であれこれ考えている様子だった。

 好奇心から、メイアは命彦が手に持った専門書を見る。

「魔法機械の専門書ねえ……どれどれ。え、それって軍の魔法機械開発に関する研究書よ?」

 メイアが怪訝そうに問うと、命彦とミサヤが答えた。

「ああ。どういう魔法機械が、今どこまで開発されてるのか、それを知りたいと思ってさ?」

『陸戦型の魔法機械〈ツチグモ〉、空戦型の魔法機械〈オニヤンマ〉、海戦型の魔法機械〈カブトエビ〉。これら以外の魔法機械の開発が、どこまで進んでいるのか、それを知りたいのですよ』

「へ、へえー……」

 邪魔すると噛むぞ、という目で見るミサヤに追い返される形で、〈シロン〉の修理に戻るメイア。

 そのメイアの視界の端で、命彦は専門書を片手に作業室の椅子に座り、じっと読書にふける。

 命彦の姿を見て、ふとメイアは既視感デジャヴを抱いた。

(あれ? 命彦のあの姿……見覚えがあるわね、いつだったかしら?)

 〈シロン〉の修理を続けつつ、チラチラと命彦の方を見て、メイアは考える。そして、思い出した。

 メイアが初めて命彦の読書姿を見た、魔法士育成学校に入学した年のことを。


「はあ、はあ、はあ……こ、ここまで来れば」

 重い工具箱を抱えて校舎内を全力疾走していたメイアは、校舎の屋上にたどり着き、扉を閉めて座り込んだ。

 荒い呼吸を整えて、自分を安心させるように声を絞り出す。

「あいつらの、探査魔法を……上手く、潜り抜けた筈。多分、いける。ここだったら……安心して、修理できる」

 12歳の、膨らみかけの薄い胸に手を当て、激しく動く心臓を落ち着かせようと天を見上げたメイア。

 そのメイアの視界の端に、屋上の端で読書にふける1人の少年の姿が映った。

「あ……」

 自分の言葉を聞かれたと思い、顔を紅くするメイア。

 しかし、校舎の日陰にいる少年はメイアに目もくれず、膝の上に魔獣と思しき気配を発する子犬を乗せたまま、分厚い本をじっと読んでいた。

 屋上に持ち込んだのか、折り畳み式の椅子に腰かけて、真剣に読書へふける少年。

 その少年の膝にいる融和型魔獣と思しき子犬だけが、冷めた目でこちらを見ていた。

 ふとメイアは気付く、その少年に見覚えがあることに。

(あの子、確か入学式で……)

 魔法士育成学校へ入学し、これから魔法技能を修得する筈の魔法未修者であるにもかかわらず、魔法の英才教育を入学以前から受けていた、魔法予修者達にも匹敵するほどの魔力を秘めていたメイアは、入学式の際、新入生代表として壇上へ上がり、生徒や教官、保護者達の前で、答辞とうじを読むように学校側から要請されていた。

 そして実際に答辞を読む際、新入生の魔法予修者達用の席に着き、ずっと寝こけている背の高い女子生徒と、ポマコンを見てニヤつく美形の男子生徒の間に座って、片手で魔獣と思しき子犬をあやしつつ、メイアの顔を見て答辞をじっと聞いてくれていた生徒が、目の前の少年だったのである。

 魔法予修者である新入生達の視線には、魔法未修者のくせに新入生代表として答辞を読むメイアに対するあざけりや敵意、やっかみや無関心が混じっているのがほとんどだったが、その少年の視線には、例外的に賛意が感じられた。

 メイアに対する感心と、驚き、そして、賞賛の念が感じられたのである。

 魔法予修者の一部の新入生達が発する、激しい敵意や害意の視線にも怯まずに、しっかりと答辞を読み上げるメイアへの、賞賛の意思が感じられる優しい視線の持ち主が、その少年だった。

(あの優しい視線の、魔法予修者の男子生徒……)

 メイアが少年を見て、当時の自分が抱いた、癒しの感情を思い出す。

 答辞の言葉を書いた文面を見つつ、幾度か少年の視線は視界に入っており、最後に礼をする時は目も合わせた。

 入学式で自分への敵意や害意に触れて、神経がささくれていたメイアにとって、最後に小さく拍手までしてくれたその少年の気遣いと優しい印象は、入学から6カ月経った今でも、はっきりと記憶に残っている。

 入学式に出席していた魔法予修者の新入生で、メイアの答辞を最初から最後までまともに聞いて、きちんと拍手まで送ってくれたのは、メイアの見える限りだとこの少年だけであった。

 独り言を聞かれたと思い、羞恥しゅうちに頬を染めたメイアは、いそいそとその場を立ち上がり、少年のいる屋上の隅と反対の隅に歩いて行って、工具箱を広げる。

 床に布を敷き、腕や足が取れた小型の自立思考型エーアイタイプ機人アンドロイドと、工具を置いた。

 そのままメイアは、小型アンドロイドの内部を開いて、歯車のある駆動部や電子機器を工具で修理して行く。

「ごめんね……シロン、私が弱くて」

 壊れたその姿を見て、メイアは思わずアンドロイドの愛称を呼び、謝った。

 機能停止したアンドロイドの顔に、ポタリと涙が落ちる。

 よくよく見ると、40cmくらいの小型アンドロイドには壊れた箇所が幾つもあった。

 ひび割れた所を幾度も修繕したのだろう。塗装は剥げ落ち、装甲にも凹んだ箇所が多数ある。

 このぎだらけの小型アンドロイドは、メイアが初めて自作した魔法機械であった。

 親の仕事を手伝い、もらったお小遣いを貯めて買った、子どもの玩具用に市販されたアンドロイドを改造し、魔法具化、いや、魔法機械化したものである。

 〔魔工士〕学科の魔法実習では、魔法機械を自分で制作し、幾つかの競技でその性能を試した。

 実習の競技には、生徒の魔法機械同士を戦わせるモノもあり、メイアのアンドロイドは、ついさっきあったその実習で壊されたのである。

 静寂が降りる屋上で鼻をすすりつつ、メイアが一心不乱に修理していると、屋上に突然風が吹いた。

「はっ! 探査魔法の気配!」

 メイアが突然発生した魔法の気配に身体をビクリと震わせると、地上から5人の少年少女が、精霊付与魔法で校舎の屋上へと飛び上がって、メイアを囲むように降り立った。

「見つけたわよぉ、メイア~」

 先頭に立つ、巻き毛を両耳の傍に垂らした肉付きの良い少女が嫌らしくにんまりと笑い、取り巻きの少年少女も口々に言う。

「学科主席のくせに、毎度の実習終わった途端、ちょろちょろ逃げやがって。みっともねえー」

「ほんと、ほんと。実習じゃウチらにボロ負けのくせに、学科主席とかさぁ? ホント笑えるわ、ぷくく」

「幾ら魔法教養課程と学科専門課程で満点取ってもねぇ……実習じゃゴミだから、あんた」

「ちょっと魔力量が多いからって、俺らと同格とか思ってんの? ウケるぅー」

 ゲラゲラと笑う取り巻き達を手で制し、巻き毛の少女がメイアを見下すように言った。

「いい加減さ、負けを認めてウチらの傘下に入ったら? あんたに似合いの結婚相手用意して、ウチの一族に加えてやるって言ってんじゃん? どこが不満、んー言ってみ? 軍にも警察にも、〔魔工士〕を多数輩出してるウチの家に仕えれば、あんたも安泰でしょ? 魔法未修者が1人でどこまで足掻いてもさ、〔魔工士〕の業界じゃ後援者パトロンの力で地位も実績も決まるのよ。多くの〔魔工士〕を輩出してる家系が、雇用先へのコネを持ってんの」

 巻き毛の少女が勝ち誇るように、無駄に発育の良い自分の胸を見せ付けるように腕組みして、ニヤリと笑う。

「ウチに楯突くポッと出の〔魔工士〕を雇う所はあーりーまーせーんー。あんたを雇おうとした勤め先には、全部ウチが別の〔魔工士〕を送って、雇用枠をつぶしますぅー。ぷぷぷ、ざーんねん、あっはははー」

「どうする~? 〔魔工士〕の業界は狭いからさぁ~……このままだったらあんたの噂が広まるかもよ?」

「実習では役立たずの、知識だけの頭でっかち〔魔工士〕。くくく、使えねえ〔魔工士〕って噂が広まれば、どうするんだ、おい?」

「さっさと頭下げてウチに来るのがいいでしょ、ねえ? ウチら機代はたしろ一族に来れば、雑用程度には使ってやるからさ? あははは」

 自分を笑う巻き毛の少女達に、メイアはグッと拳を握りしめ、決然と言い放った。

「……他人が作った魔法機械を自分が作ったといつわって勝ち誇る、あんた達の一員とか死んでもごめんよ!」

 メイアの発言に、巻き毛の少女が気色ばんだ。

「はあ?」

「私は、自分が作った魔法機械で実習に臨むわ! 親や親せきに用意してもらった、実家に用意してもらった魔法機械で実習に臨み、勝ち誇るクズのあんた達とは違う! あんた達は〈魔工士〉の面汚しよ!」

 発言内容は図星だったのだろう。巻き毛の少女や取り巻きの男女は、顔を真っ赤にした。

「こ、こいつっ!」

「言うに事欠いてウチらがクズだってさ、マジうざい!」

 自分の所有する魔法機械を、次々に呼び出した取り巻きの少年少女達。

 巻き毛の少女も、ふところから物品の輸送用に使う特殊型魔法具たる〈出納の親子結晶〉を取り出し、虎のように見える魔法機械を、亜空間から召喚した。

「付け上がる馬鹿にはさあ、1度本気のお仕置きがいるわよねぇ? こっちもね、一応体面を気にして今まで抑えてあげてたのよ? でも、もういいわ。マジでムカついたから、手足の1本は折っていい、どうせ魔法で治癒できるし。やっちゃえっ!」

 巻き毛の少女の号令と共に、メイアに飛びかかる虎に似た四本足の魔法機械達。

 メイアは、壊れたままの自分の魔法機械を胸に抱き、咄嗟に結界魔法を使おうとした。そこへ怒号が響く。

「うるせえぇぇーっ!」

「「「へっ?」」」

 メイアの目の前で、飛びかかって来る魔法機械達が、背後から素早く伸びて来る黒い触手に一瞬で貫かれ、バラバラに破壊された。

 我が目を疑い、固まる巻き毛少女達。

 その少女達の背後から、コツコツコツとあの読書していた少年が歩いて来る。

 背に幾つもの黒い硬質の触手を背負って。

「練度の低い探査魔法でこっちの神経をイラッとさせた上に、ケッタケッタケッタケッタ笑いやがって……静かに読書できねえだろうがぁぁああぁぁーっ!」

「お、おまえげぶっ!」

「ぎゃあぁぁーっ!」

「い、いやぁっ! こっち来る……おええっ!」

「あああぁぁーっ!」

 触手を操る少年は、またも一瞬で4人の取り巻きを触手でぶん殴って気絶させ、巻き毛の少女を見た。

「ひいぃっ!」

「一つ言っておくぅっ! 感知系の探査魔法は周囲に気付かれんように使えぇー、ボケがっ! そいでこっちが本題だ! 頭に掘削機ドリルを2本もつけてるイカレポンチが、俺の読書の邪魔してんじゃねえぇーっ!」

「や、やめてぇ! きも、きもいいぃぃーっ!」

 硬質の触手を再構築して展開した、ヌラヌラとぬめる触手にもみくちゃにされ、成人指定の絵面にされた巻き毛少女は、白目をむいて気絶した。気絶した少女達をぺいっと床へ放り投げて山積みし、少年は毒づく。

「明日は祖母ちゃんとの修練だから、少しでも迷宮で使える知識増やしたかったのに……あーもう腹立つ!」

『移動を面倒がらずに図書館へ行った方が良かったですね? それで、どうしますマヒコ? 迷宮へ放置しに行きますか、このゴミども?』

「ふいぃー……あーめんどいからもういいよ」

 メイアがポカンとしてると、魔獣と思しき子犬と意思疎通して、触手を背負っている少年と目があった。

 魔力物質と思しき触手を消して、少年が子犬へと問いかける。

「あの子、どっかで見た顔だが? はて、どこだっけ?」

『さあ? ……あ、マヒコ、私の探査魔法にユウコ達の反応が。ようやくお説教が終わったようですよ? これで店に行けますね?』

「やっと終わったか、あのアホどもめ。依頼達成のお祝いがしたいとか言って、こっちに宴会の用意だけさせといて……学校内でどっちが主役かで喧嘩して暴れた挙句に、揃って教官に呼び出し喰らうとか、もう目も当てらんねえよ」

 ぶつぶつ文句を言いつつ、少年は魔獣と思しき子犬と一緒に、屋上から去って行った。

 ポツンとその場に残されたメイアに、ふと風に乗って探査魔法による思念が飛んで来る。少年の思念だった。

『思い出した。入学式で答辞読んでた子だろ? 多人数相手に啖呵たんか切ってる姿は、かっこ良かったぞ? あー……困ったことがあれば、また休み時間か放課後にでも屋上へ来い。明日明後日だったら……月曜日から水曜日だったら、多分いるから。がんばれよ、負けんじゃねえぞ? 依星メイア』

 少年の優しい思念に触れ、さっきまで怯えて冷たかったメイアの心が、ホカホカと温まる。

「あ、あの子、私のこと……覚えてたんだ!」

 立ち上がったメイアが、工具と小型機人を仕舞って屋上を出ると、廊下の窓から校門へと歩いて行く3人の生徒が見えた。

 体格に優れた背の高い女子生徒と、美形の男子生徒の間に、目当ての人物はいる。

 メイアが、伝達系の精霊探査魔法《旋風の声》を展開し、言った。

『あ、ありがとう! 助けてくれて!』

 メイアの思念を聞き、魔獣と思しき子犬を連れた小柄である少年は振り返って片手を上げ、また歩いて行った。

 その日、メイアは入学して初めて、嬉し涙が頬を伝った。

 巻き毛少女達による嫌がらせを受けて、悔し涙ばかりの日常で、持っていた工具箱はいつもいつも重かったが、この日ばかりはとても軽かった。

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