短編集:研修試験監督者、ユウコ(8) 完
舞子の装備する〈聖炎の魔甲拳:シャイニングフィスト〉が、最後のツルメを打ち倒し、至近距離から火の槍とも言うべき集束系魔法弾を浴びせて、頭部を消し炭にすると、3人は握っていた拳を解いた。
「……勝った」
「うん、勝ったね?」
「はあ、はあ、はあ……勝ったんですね、私達」
舞子達が互いに見合って、喜びの笑顔と共に叫ぶ。
「「「やったぁぁああぁぁーっ!」」」
抱き合って喜ぶ3人は、清々しい表情をして、少し泣いていた。
「ずっと不安だったのよ!」
「自分達の攻撃が通じるかどうか、身体が動くかどうか、ずっとずっと悩んでた!」
「家に帰ったら、1人で悶々としてしまう。だから、皆で一緒にいたんですものね!」
口々に今まで仕舞い込んでいた胸の内を吐露する舞子達。
どうやら、【精霊本舗】で一緒に寝泊まりしていたことが、良い方へ働いたようである。
小隊として、魔法士として、不安と苦労を共に分かち合い、少しだけ成長した舞子達。
肩を寄せ合った3人は、幾度も互いに首を振っていた。
その様子を見ていた命彦と勇子、ミサヤも言う。
「くくく、俺らの連携を見て、多少は触発されたらしいぞ、勇子?」
「せやね。見せた意味はあったと思う。まだまだ連携は荒いけど、連携攻撃の流れ自体は研修時よりもずっとマシやった。敵を倒すまで互いの連携や動作が途切れへんで、攻撃を畳み込めてた。昨日よりずっと厳しい敵に勝てたんがその証拠や。少しだけ進歩したね?」
『ふむ、微々たる一歩ということですか? ……先は長そうですが、とりあえずマヒコの戦闘を無駄にせず、意義あるモノとした点は評価しましょう』
命彦と勇子がミサヤの思念に苦笑していると、メイアと空太も合流し、勇子達は舞子達へ歩み寄った。
喜ぶ舞子達へ、勇子達がパチパチと拍手しつつ言う。
「おめでとさん」
『随分とマシに動けていました』
「まあ、誉めてやるよ」
「十分に合格点をあげれるわ」
「研修合格おめでとう。これで晴れて、本当の意味で【精霊本舗】の従業員だね?」
勇子、ミサヤ、命彦、メイア、空太。4人と1体の賛辞を受けて、舞子達が頭を下げた。
「「「ありがとうございました、皆さんのおかげです!」」」
「皆さんと言うか、主に勇子とメイア、ソル姉のおかげだろ? しっかり感謝しとけよ?」
「「「はい!」」」
命彦の言葉を受けて、舞子達が勇子とメイアにキラキラした視線を送ると、勇子が頬を赤くした。
「止めてや命彦! あんたらも、て、照れるやろ!」
「うふふ。勇子ったら、顔真っ赤よ? ま、それはさておき、倒したツルメ達から使える素材を回収して、さっさと荼毘に付しましょう? 残留思念が出て、霊体種魔獣が寄って来ても困るし。早く都市に戻りたいからね?」
「そうだね。研修合格を祝してパーッと宴会でもしようか? 僕、最近美味しい店を見付けたんだ、予約とるよ」
「よし、じゃあ俺がおごってやる。手早く終わらせるぞ? ミサヤ、[魔血]は取れそうか?」
『……微かに魔力を感じます。どうにか取れそうですね?』
「よし! 舞子には以前言ったが、ツルメからは[蔓女の魔血]と[蔓女の太蔓]という素材が取れる。血の方は、魔力を宿した魔血である必要があるから、死んですぐのその3体からしか取れねえ。[魔血]の採取は俺とメイアがするから、お前らは髪っぽく生えてる頭部の蔓で、一番太くてボツボツしたヤツを回収してくれ」
「「「りょーかい」」」
「「「はい、分かりました!」」」
研修の打ち上げも兼ねた宴会が即座に決まり、目を輝かせた舞子達と共に、勇子達もツルメの骸から素材を回収し始めた。
素材回収を無事に済ませ、残ったツルメの骸を燃やし始めた頃。
近場の廃墟の屋上に座し、精霊探査魔法《旋風の眼》で周囲を警戒していた命彦が、腕に抱いたミサヤと顔を見合わせ、急に眉根を寄せた。
「……うん? これはまさか」
『戻って来ましたね? あのオーガ。あれだけの傷を負っていたのに』
探査魔法の魔法視覚から、脳裏にユニークオーガの姿を捉えた命彦は、呆れた様子で勇子を呼んだ。
「恐ろしい回復力だ。しかし、空気を読まねえヤツだぜ、勇子!」
「どうしたん、命彦?」
廃墟の屋上から地表へ降り立った命彦に呼ばれ、舞子達と共にツルメの骸を燃やしていた勇子が問う。
その勇子へ、命彦が静かに語った。
「お客さんだ、それも呼んでねえ
「お客? ……まさかあのオーガ、戻って来おったんか!」
命彦の言わんとすることをすぐに理解し、勇子が声を上げる。命彦は勇子に小さく首を振った。
「ああ。どうする? 戦闘を避けて逃げるのもありだが?」
「……せっかく勝って、気持ち良く終わる筈の記憶に、逃げた記憶を後付けすんの? ウチやったらゴメンや!」
勇子がブンブンと嫌そうに首を振ると、メイアも賛同した。
「確かにね。ここは舞子達にきっちり自信つけさせて、終わってあげたいわ」
メイアが舞子達を見て言うと、空太が難しい顔を見せて、命彦へ問うた。
「んー……2人の言い分は分かるけどさ? そうは言っても、迷宮内で無駄に戦うのは、あんまりねえ?」
「ああ。褒められることじゃねえ。……がしかし、今回は特別だ。相手も1体だけだし、討つとしよう」
「あれ、意外だね? 戦うのかい?」
空太が少し驚いた様子で言うと、命彦がミサヤに触れつつ応じた。
「ああ、やっこさんが尻尾巻いて逃げるんだったら見逃すが、かかって来るんだったら受けて立つ」
「おっし! さすがウチらの隊長や! その言葉を待っとったで!」
命彦の肩をバンバンと叩いて賛同する勇子を馬鹿にした目で見てから、ミサヤが命彦に思念で言う。
『さっきまでのオーガの戦い方を見て、確実に勝てると思ったんですね?』
「ああ、さすがミサヤ。当たりだよ……さて、戦うと決めれば後は人員の配置だが、今回はメイアも空太も、舞子達と一緒に上から見てろ。俺と勇子でやるから」
「おっしゃあ、任してや!」
命彦の発言に
「ホントに2人だけで平気かい、命彦?」
「ああ。危ねえ時はミサヤに頼る。それに、そこまで怖さを感じねえんだよ、アレには」
『そうですね。戦闘力は高いでしょうが……基本的にバカですからね、アレ』
「その通り。本能で判断する部分には要注意だが、俺にとっちゃカモだよ、あの手の魔獣は。オーガは小さい頃から修行相手だったし」
命彦が言うと、メイアや勇子がクスクス笑う。
「そう言えば、そうだったわね?」
「カモか。まあ、ウチらの本気を、ちいとだけ舞子らに見せる良い機会や。かかって来るいうんやったら、存分に利用させてもらお?」
「そういうこった。上からよく見とけ、3人とも。〈魔甲拳〉使いの、デカい魔獣の狩り方を見せてやる」
「「「は、はい、お願いします!」」」
「移動するわよ?」
微妙に会話から取り残されていた舞子達が返事すると、メイアの先導で舞子達と空太が、近場の廃墟の屋上へと移動する。そして、地表には〈魔甲拳〉を装備した勇子と命彦、子犬姿のミサヤが残された。
地上で亜種たる妖魔種魔獣【鬼妖魔】を待つ勇子と命彦。
傷がほぼ回復したオーガは、廃墟の影からすぐに現れた。
勇子達を見て、口角を上げるユニークオーガ。どうやらすぐに狩れる弱い獲物と思ったらしい。
風の精霊付与魔法に身を包み、移動の勢いを緩めずに、オーガは勇子と命彦へ突進した。
「敵、確定やね?」
「ああ。行くぞ!」
突進して来るオーガに、2人は敢えて無詠唱の精霊付与魔法、《旋風の纏い》と《火炎の纏い》を展開して、突貫した。
「ヴァッ?」
「面食らっとんちゃうぞボケっ!」
「まさか自分に突っ込んで来るとは思ってねえだろ! 速力落ちてんぞアホがっ!」
身を低くして、風と火の魔法力場を纏って加速した勇子と命彦は、自分達を掴み取ろうとするオーガの手の陰に潜り込むように移動し、スルリと腕を回避すると、左右の脇の陰から飛び上がって、そのガラ空きの顎に拳を叩き込んだ。
「うるぁあっ!」
「せいやぁっ!」
「ボヴォァアッ!」
互いに息を合わせて、拳の一点に2重の魔法力場を集束し、骨まで砕けよとばかりに死角からカチ上げられたユニークオーガの巨体が、一瞬浮き上がる。
それを上から見ていた舞子達は、固まった。
10m近い巨躯の魔獣が、5分の1以下の、2m未満の魔法士2人の持つ小さい拳を受けて、あろうことか突進を止められ、浮いたのである。漫画じみた衝撃の場面であった。
脳を揺らされてフラつくユニークオーガへ追撃する2人を見て、舞子達が言う。
「すごっ!」
「い、幾ら魔法があるって言っても、これは……」
「ええ。目を疑う場面です。もっとも私は、ミズチの時も似た場面を見ましたけどね」
「ふふふ。舞子はそうでしょうね? 詩乃と奏子、覚えておいて? 体格に秀でた魔獣ほど死角が多く、意識の範囲外の攻撃を受けやすいの。たとえ絶望的に思えるほどの体格差があっても、相手の不意を突いた一撃というのは、とても効くのよ?」
メイアの言葉に目を見開く詩乃と奏子へ、空太も補足する。
「まともにぶつかれば、魔法の効力があっても、当然体格に勝る方が有利だ。でも、想定外の一撃っていうのは、体格差を覆す、
「まあ、数十倍の体格差を覆すのは、快感でしょうね」
空太とメイアがくすくす笑い合い、眼下を見て舞子達に語る。
「さて、ここからがあの2人の本領発揮よ。初手で相手の意表を突いた」
「そして、無理せず攻撃して、じわじわ戦力も奪ってる」
「そろそろ畳みかけて来るわよ? しっかり見ててね」
「「「はい」」」
舞子達が返事をすると同時に、勇子と命彦の攻撃が激しさを増した。
まだ微妙に抵抗力を残すオーガの目や耳、鼻を執拗に狙い、五感をつぶしにかかる勇子と命彦。
2人の攻撃が次第に速度を増し、ユニークオーガを追い詰める。
遂にオーガのこめかみへ勇子の〈魔甲拳〉の一撃が炸裂し、〈双炎の魔甲拳:フレイムフィスト〉から至近距離で生じた火の集束系魔法弾が片目を潰すと、狂ったようにオーガは腕を振り回して暴れた。
しかし、勇子を追うオーガの背後には、いつの間にか命彦が忍び寄っており、耳の裏側から〈陰陽龍の魔甲拳:クウハ〉をぶちかます。
脳を揺らす一撃に、こちらも水の集束系魔法弾のおまけがくっ付いていて、水の槍が突き刺さり、オーガの片耳が潰れた。
その瞬間、ガムシャラに腕を振り回していたオーガが、足をもつれさせて転倒する。
平衡感覚を奪った勇子と命彦は冷徹にも、こけたユニークオーガの膝裏に拳を叩き込み、両足を破壊した。
どうにか起き上がり、這ってでも逃げようとするオーガ。
生存本能から来る最後の足掻きだったが、無情にもそのオーガの頸椎へ、勇子のフレイムフィストが突き込まれ、頸椎を砕くと共に至近距離から火の範囲系魔法弾が生じた。
「ウチらと敵対した時点で容赦はせん。逝け」
頭部を丸焼きにされ、黒く炭化する亜種たる妖魔種魔獣【鬼妖魔】。即座の絶命だった。
一瞬で命を刈り取るのが勇子の気遣い、せめてもの慈悲だったのだろう。
30体ものツルメの群れを、単独で半壊させたユニークオーガは、たった2人の魔法士に圧倒されたのであった。
「さて、決着も付いたところで、こいつも供養してから、さっさと引き揚げよか」
「おう。あいつら、ちゃんと見てたかねえ?」
『あの顔を見る限り、相応に得るモノはあったかと思いますよ』
ミサヤの視線の先を追い、勇子と命彦が廃墟の屋上を見上げると、舞子達と目が合った。
詰め将棋のように魔獣に完勝した勇子達を見て、舞子達は自分達の可能性を知り、目を輝かせていた。
三葉市に戻り、【精霊本舗】へ帰った勇子達は、研修の終了をエルフの女性営業部長へと告げて、空太が予約した店に集まる時間まで、時間をつぶしていた。
舞子達3人と一旦別れた勇子は、命彦とミサヤ、メイアと空太に連れられて、店舗棟3階にある社宅村の、とある一角に案内される。
「ここ、倉庫に使ってる建物やんか? ホンマにあんの、あんたのおもろい計画に関係するモンが?」
「ああ。まだ試作段階だから、秘密にしてろよ?」
「へーい」
気の抜けた返事をする勇子の前を歩いていた命彦が足を止めた。
そして、倉庫の扉をゆっくりと開く。倉庫内を見た勇子は、固まった。
「こ、これは!」
倉庫内には、牽引機に持ち上げられて固定された、機械の巨人達がいた。
社宅階にある旅館で命彦と話していたボサボサ髪の白衣の女性と、バイオロイド体のミツバに加え、開発部長のドワーフ翁が、難しい表情で相談し、周囲の職人達へあれこれ指示を出している姿も見える。
全長9mほどの巨人が10体も立ち並び、職人達に組み立てられたり、整備されている様子を見て、勇子は唖然とした。
その勇子へ、メイアが面白そうに語る。
「この子達は、神樹機工社が市販するバトボット用の有人搭乗式人型機械を改造して、私や開発部の職人さん達が魔法を封入した、【精霊本舗】製の人型魔法機械よ」
舞子達が見た店へ運び込まれていた神樹機工社の荷物こそ、この機械の巨人達だったわけだが、あいにく勇子はその場面を見ておらず、事実も知らされずにいたので、衝撃も激しかった。
「ひ、人型魔法機械って、えぇっ! 命彦、あんたバトマギボットにでも出場するんか!」
慌てて詰め寄る勇子へ、
「いんや、今のところそのつもりはねえよ。いつかは出場するかもしれんが……そもそも、こいつらを作った本当の目的は別にある」
「別にある? はっ! まさかあんた!」
「ああ、そうだ。眷霊種魔獣や高位魔獣に対抗するための、俺の新しい切り札として、こいつらを作ってんだよ」
「まあ勿論、お店としてはできれば量産して、売り出すことも視野に入れてるけどね? 軍も相応に関心があるみたいだし」
メイアの言葉に、勇子は命彦と空太を見た。
「軍て、自衛軍も噛んでんのか!」
「自衛軍だけじゃねえよ。開発指揮者を見りゃ分かるとおり、都市統括人工知能のミツバも、これの開発に関わってる」
「ミツバも噛んでるってことは……この巨人、都市の防衛に相当重要ってことやね?」
突っ込むのも疲れたと言わんばかりに呆然としつつ問う勇子へ、空太が答えた。
「うん。既存の魔法機械の枠を超えた戦闘力を発揮する可能性があるからね。軍もミツバも、相当これの開発に関心があると思うよ? 軍の方は、もう勇子も気付いてるだろうけど、僕が母さんと話を付けたんだ。こっちの欲しい技術や部品を提供してもらう代わりに、完成した試作機の1体は、軍へ優先的に無償で譲渡される。あと、この機体に搭載する人工知能はミツバの
「はえー……ウチの知らんとこで、命彦はえらいことおっぱじめてたんやね?」
「おうよ。おっぱじめんと、次は無事で済まん可能性がある。眷霊種魔獣は今後も出現するだろう。だから、ずっと悩んで考えて、これを作ると決めたんだ。魔法士の搭乗する魔法機械はこれまで幾度も作られたが、実際には開発費用に見合う戦果が出せねえで、どの国でもお蔵入りか凍結されてた。魔法士と魔法機械、別々に戦わせた方が戦果が良いんじゃ、魔法士を搭乗させる意味がねえもん。でも、こいつは今までの、単に魔法士を搭乗させる魔法機械達とは違う」
命彦の言葉に目を丸くした勇子へ、命彦の肩に乗るミサヤが思念で言う。
『まだ世間には未発表の、新技術が入っているのですよ、これには。魔法士を搭乗者として乗せることで、魔法機械の戦闘力を爆発的に増やす、新技術がね?』
「し、新技術! 凄いやん、あんた!」
「くくく、そうだろ? まあ、その技術を見出したのは全くの偶然というか、素材のカスでも容易に捨てらんねえ、ウチのお店の貧乏性が引き起こした奇跡だったが……経緯はどうあれ使える技術だ。敵性型魔獣相手に使わん手はねえ。近いうちに全容を見せてやるよ。まずは勇子に紹介する。こいつが、汎用型の都市防衛用魔法機械〈ホシモリ〉だ」
『眷霊種魔獣や魔竜種魔獣、巨人種魔獣といった高位魔獣達との戦闘を想定した、マヒコの新しい切り札です』
命彦とミサヤに先導されて巨人達に近付いた勇子は、命彦の指差す巨人、10体の巨人のうちで特に武者の甲冑を思わせる装甲を持つ、魔法機械の巨人に目を吸い寄せられた。
勇子と目が合った瞬間、巨人の目がブンと明滅する。
巨人と目を合わせて、空恐ろしい圧力を感じると同時に、勇子は激しい興奮を感じていた。
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