短編集:ミサヤが生まれた日(3)
エルフ女性の攻撃魔法や付与魔法を纏う弓矢が、霊体種魔獣【幽霊】を次々に撃ち滅ぼし、ドワーフ翁の付与魔法を纏う戦槌も、一振りで数体まとめてレイス達を散り滅ぼして行く。
周囲系の結界魔法の内側で、白きマカミを地の魔法力場で包み込み、延命させていた幼い少年は、2人の奮戦を見て、声と思念を揃えて興奮気味に応援していた。
「『そこだ、いけえソルねえ! ドムじい、うえだよっ! ほぉおおぉっ! うえみずにたおした! すごいすごいっ!』」
目を輝かせた幼い少年は、精霊付与魔法を使いつつ、巨狼に言う。
「『オオカミさんもすごいとおもうよね、ソルねえとドムじい? ふたりがいれば、よるのめいきゅうもへっちゃらだよ!』」
『……信じているのか、あの2人を?』
『うん! おみせにいったときもねえ、いつもあそんでくれるんだよ? じいちゃんやばあちゃんとめいきゅうにいくときも、しんぱいしてついてきてくれるんだ! とってもやさしいんだよ?』
自信満々といった様子で語る少年。白きマカミは、エルフ女性とドワーフ翁をじっと見た。
少年に信じてもらえる2人が、巨狼には
「『オオカミさんも、はやくけがをちりょうして、いっしょにあそぼ?』」
『我が……遊ぶ、か』
6歳前後に見えるこの幼き少年に触れられるまで、他者と触れ合うこと自体がそもそも初めてであった白きマカミ。
人同士の関わり方は、数百年の観察を通して相応に知っていたが、人と魔獣との関わり方については、未知の方が多い。
そのせいで、戸惑いがちに巨狼は思念を返してしまった。
すると、その思念を聞き取った少年がおずおずと問い返す。
「『……もしかして、あそぶのイヤ?』」
シュンとした幼い少年の様子を見て、白い巨狼の心は激しくざわついた。
傷の痛みも一瞬忘れるほど動揺した巨狼は、すぐに思念を返す。
『あ、遊ぼう……我と、遊んでくれ。人の子よ』
「『ホント? わーい、やったぁ! それじゃあもうトモダチだね? よーし、いっしょうけんめいまほうをつかうから、ちょっとまっててね?』」
幼き少年が、モタモタと使っていた精霊付与魔法に魔力をより多く込めた時であった。
「「若様ぁぁーっ!」」
エルフ女性とドワーフ翁の警告が夜空に響く。
少年が振り返ると、いつの間にか、少し離れた位置にレイスより危険度の高い霊体種魔獣の【
高速で飛来し、魔法防壁に着弾した集束系魔法弾は、結界魔法を貫通して、進路上にいた少年へと迫る。
『少年!』
巨狼の脳裏に、漆黒の集束系魔法弾に貫かれて絶命する少年の姿が想起された。
脳裏に幼い少年の死が思い描かれた瞬間、白きマカミのボロボロで満身創痍の身体に、カッと力が戻る。
失血で脱力していた足に力が入り、単純である魔法しか使えぬほどにまで、思考力を削っていた筈の痛みを精神力が封殺し、立ち上がる力を与えた。
『その子は殺させん!』
瞬時に少年の眼前へ、移動系の精霊結界魔法を3重に展開して、漆黒の集束系魔法弾から少年を守った巨狼は、幼い少年を背後に庇い、ファントムを
『この命と引き換えにしてでも……我が悲願を聞き届けてくれた、この子にだけは……手を出させんぞ!』
魔法力場によって止まりつつあった血が噴き出すのも
「『オオカミさん、ダメだよ! しんじゃうっ!』」
慌てて巨狼の足元に縋り付き、本心から心配している少年。
誰かに触れられることも、当然心配されることも初めてだった白きマカミにとって、幼い少年が自分にぶつけて来る言葉や感情はとても心地よく、空虚極まる生涯の寂しさを満たし、埋めてくれた。
ゆえに、巨狼は退かぬ。ボタボタと血が滴ろうとも、尽きかけていた命の
一時とはいえ、自分の心を救ってくれたこの幼い少年だけは、どうしても守りたかったのである。
「若様! くぅっ、結界魔法がっ! ドルグラム!」
「分かっとる! ええい、邪魔じゃあっ! そこをどけいっ!」
エルフ女性が、貫通されて隙間のある周囲系魔法防壁を急いで再構築する一瞬の
ドワーフ翁が魔法弾を叩きつぶそうとするも、ファントムが呼び寄せているのか、倒しても倒してもワラワラと湧いて来るレイス達に、行く手を阻まれる。
集束系魔法弾を視認した白きマカミも、相殺しようと魔法を使おうとするが、忘れていた筈の痛みが戻って、攻撃魔法の具現化が不発に終わった。
「『オオカミさん!』」
痛みと失血でヨロめき、朦朧とする意識でも、少年の声ははっきり聞こえる。
白い巨狼は最後の力を振り絞り、足元の少年を守るように身体を伏せ丸めた。
漆黒の集束系魔法弾が、白きマカミの目前に迫ったその時である。
紫電が巨狼の前を一閃し、漆黒の集束系魔法弾が、雷電の集束系魔法弾に相殺された。
『ワシの可愛い弟子に魔法弾を放つとは、許せん
そして、思念の声が周囲に響いた瞬間。離れた位置にいたファントムが、突然斬断されて消滅した。
続いて別の思念が、戦場に響く。
『手のかかるアホ弟子の間違いやろ? けどまあ、ようもウチらがおらん時に、やってくれたね、あんたら』
横合いから飛来した100以上の火の追尾系魔法弾の雨が、ウヨウヨいたレイス達を
伏せた白きマカミの陰から這い出た少年が、顔を輝かせる。
「『じいちゃんとばあちゃんだ! オオカミさん、もう安心だよ!』」
巨狼が視線だけ動かすとファントムのいたすぐ近くの四角い塔の上に、背後から月明かりを受けた2人の男女が立っていた。
霊体種魔獣を全滅させ、横たわる白きマカミの近くに降り立った男女へ、幼い少年が駆け寄って行く。
「じいちゃーん!」
「おお、まー坊! 無事だったか?」
幼き少年が壮年と思しき男性に満面の笑顔で抱き付こうとした時、横合いから、見た目は若いものの随分老成した雰囲気を纏う女性の両手が伸びて、少年の顔を左右から
「ぱぐっ!」
「こんのバカ弟子がっ! 探したやろ、心配したやろ! 迷惑かけよってからに、まずはごめんやろうがっ!」
「ひたい、ひたいよ、ばあひゃんっ! ごひぇんあはぁーいっ!」
圧搾後に両頬をミリミリと
女性の
「そこまでにせんかい、まったく酷い祖母さんじゃ。おーおー痛かったのう、まー坊。よしよし」
「ふえーん、じいちゃーん!」
幼い少年を抱き上げて、ほっこりする壮年男性に、老成した雰囲気を纏う女性が言った。
「あんたがそうやって甘やかすから、ウチが厳しくしてんねんやろっ! ふう、まあええわ。んでまー坊、そこで死にかけとるマカミはどうしたんや?」
「あ、そうだ! じいちゃんばあちゃん、あのオオカミさんをたすけて!」
必死の少年の言葉を受けて、老成した雰囲気を纏う女性がすぐに動いた。
自分達の背後まで歩いて来ていたドワーフ翁とエルフ女性に問う。
「ドルグラムにソルティア、
「了解じゃ代表。といっても、ワシらも全ては知らんがのう」
ドワーフ翁が苦笑を返すと、横にいたエルフ女性が話し出した。
「どうやら他の魔獣との戦闘で重傷を負い、死にかけていたそのマカミの助けを呼ぶ思念を、若様が聞きつけたらしく、そのまま若様は私達の目を盗んで野営地を抜け出し、そのマカミと会って対話していたようです」
「ふむ。そのマカミ……瀕死のくせに命彦を守ろうとしているように見えたが?」
エルフ女性の話を聞いて、壮年の男性が問い返すとエルフ女性と少年が縦に首を振った。
「え、ええ。若様との間に、多少のやり取りがあったようで。若様が非常に気に入っておられます」
「そうだよ! やさしいオオカミさんだから、たすけてあげて? じいちゃん、ばあちゃん?」
「白いマカミか……命彦が気に入るのも分かるわ。6代目の使役しとった
「うん! だからね、ひとめできにいったの! いっしょにあそびたいっておもったんだ!」
魔法で肉体の老化を止めているのか。見た目の割に、妙に老成した雰囲気を纏う女性は、幼い少年の発言を聞いてやれやれといった様子で肩を落とすと、虫の息で目を閉じ、今にも死にそうである巨狼に近寄って、思念で問うた。
『あんた、まだ話せるか?』
女性の思念を聞き、白きマカミが静かに目を開いて、視線を動かした。
もはや思念を返すのも難しい状態らしい。
その巨狼の容態を見て、真剣に危険だと思った女性が、高位の精霊治癒魔法を具現化する。
「其の陽聖の天威を活力とし、あるべき姿に、傷痍を癒せ。生かせ《陽聖の恵み》」
薄らと白い治癒力場が、巨狼の全身を包み込み、肉体の時間を巻き戻す。
陽聖の精霊が持つ時空間へ干渉できる性質によって、時間遡行の効力が生じ、霊体種魔獣に襲撃される前まで時空間が巻き戻って、容態が少し回復した白きマカミ。
どうにか対話できるギリギリの状態まで回復したその白い巨狼に、再度女性は問いかけた。
『どや、これで少しは話せるんちゃう?』
『あ、ああ……どうにか、話せる』
『そいつは良かったわ。ウチの力を持ってしても、すぐにその傷を完治させるんは難しいねん。たとえウチの魔力を使い切ったとしても、傷口の時空間を30分ほど巻き戻すんがせいぜいや。1時間以上も前に負った傷までは、時間遡行で回復させられん。魔力量的にキツイねん。まあ、痛むんは堪忍してや?』
女性の思念を聞いていた幼い少年が、心配そうに問う。
「ばあちゃんでも、オオカミさんのけがをちりょうするの、むずかしいの?」
「アホ言え、天才の祖母ちゃんに不可能はあらへん。完治させる方法はある。けど、そのデカい狼がどういうつもりであんたと接触したのか分からんから、回復させる前に話して確かめたいだけや」
女性の発言に、幼き少年が可愛らしく頬を膨らませる。
「むうー、オオカミさん、いいまじゅうさんだよ?」
「それを決めるのはウチや。ええから黙ってここにおれ。
「へいへい、亭主使いの荒いババアじゃわい。ほれ、ドルグラムにソルティア、行くぞ」
壮年の男性がエルフ女性とドワーフ翁を連れて、どこかに移動する。
四角い塔の上に、巨狼と老成した雰囲気を纏う女性、そして幼き少年だけが残された。
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