第22話


 野盗の襲撃を退けて数刻後。

 私たちは最寄りの宿場で馬を借りると、アルマタシオへの帰路から反転し、グランセアの『ヒノカワ』に向かった。


 逆方向へと戻るのは、距離的にそちらの方が近いから。

 ただ、失った着替えなどを買い揃え、荷物を整えて再出発……と思っていたのだけど、どうもジュリアスは他に考えていることがあるらしい。

 一体、何だろうか。

 その内心を推し測りつつ、馬を駆ってさらに数刻。

 ようやくお店に到着すると、なんと彼は小隊の面々に自らの素性を明かしてしまった。


「この俺が──ジュリアス・ファルケノスだ」


 いきなりの告白。

 ぽかんとして、言葉を失う隊員たち。


「え、えーと……」


「ど、どういうことなの……?」


「つまり……騎士のフリオさんじゃなくて……公爵様だったってこと?」


「そうだ」


 こともなげにうなずく。

 誰もが驚きを隠せない中、サキサカ隊長だけが得心いったように「そういうことでしたか」と頭を下げる。


「気付いていたのか? 俺の正体に」


「いえ。でも、ただの従者じゃないとは思っていましたよ。騎士にしては随分と態度が尊大だった。公爵夫人に対等の目線で接する護衛なんていないでしょう」


「ああ、なるほどな」


 よく見ているものだ、とジュリアスは笑みを見せる。


「それで……私たちはひれ伏してあなたを迎えた方がいいのかな?」


 隊長が尋ねると、ジュリアスは「そんな馬鹿な真似は無用だ」と首を振った。


「下らない礼節を気にしている暇はない。それよりも早く用件に入りたい。サキサカ、今から少人数で、できれば人気のないところで話がしたい。可能か」


「わかりました。それなら上の部屋を使いましょう」


「それともう一つ頼みがある。国境沿いの街道に野盗の死体が二十程と、俺に仕えていた従者一人の遺体がある。馬車で俺たちをここまで運んでくれた人間の御者だ。野盗の方はどうでもいいが、御者の遺体だけは回収して、埋葬してやりたい。汚れ仕事で悪いが、誰かそこに人をやってくれないか。報酬は出す」


「野盗……ですか?」


「襲われたんだ、帰りがけに。それも含めてすべてのことを話そう」


「……承知しました」


 隊長はそこで穏やかな表情から一転、口元を引き締め応諾の意を示した。

 彼は隊員に指示して現場へ急行させ、私たちを二階の個室に案内する。

 そして、私とジュリアス、隊長と奥さんのサヤカさん、グスタフの五人がその部屋へと入った。







「結論から言うなら、グランセアの何者かがソフィアの血を狙っている。お前たちの小隊には首謀者の調査を頼みたい。用件というのはそれだ」


 ジュリアスは、皆が席に着くなり事のあらましを簡潔に述べた。

 彼以外の全員が目を見開く。

 狙われているのは、私の血。

 それは、私にとっても予想だにしていないことだった。


「何故そのように思うのですか」


 隊長が尋ねる。

 ジュリアスは小さくうなずき、彼に答えた。


「俺たちを襲って来た野盗だが、吸血種には天敵ともいえる銀のつるぎを携えていた。これはおそらくグランセアの下郎には知りえないことのはず。だから何者かが背後にいることは確実なんだ。奴らの一人が『命令は守る』などとも言っていたしな」


「失礼ながら……それなら、アルマタシオの同族の方が首謀者ということでは?」


 その言葉にジュリアスは再度うなずく。が、続く返答はそれを是とするものではなかった。


「普通はそう考えるのが自然だと俺も思う。グランセアは吸血種についての知識があまりにも少ないからな。俺のことを邪魔に思う吸血種が、俺を狙ったというのが一番素直な帰結だろう。だが、奴らは『ソフィアは生かしたまま』と言ったんだ」


「……?」


「それが……どうつながるのかしら……?」


 隊長は眉を寄せる。

 隣のサヤカさんも小首を傾げた。


 私は自分でも気付かないうちに表情をこわばらせていた。

 “私のことは生かしたまま”、それこそが私が先刻感じた違和感──

 そして同じく、ジュリアスの心に引っかかった『野盗のおかしな台詞』でもあった。


「襲撃者どもはこうも言った。『公爵はどうなっても構わん』と。つまり奴らは俺をジュリアスと知ったうえで、俺ではなくソフィアの方に用があったわけだ。それは一体、何のためにだ」


「……見当もつきませんが……」


「こういう場合、考えられる動機は大きく分けて二つある。それは、『恨み』と『利用価値』だ。しかし今回は前者ではない。ソフィアが誰かから怨恨を抱かれるとは思えないし、生かしたままさらうというのはいささか迂遠に過ぎる」


 私はそこでかの令嬢、ディートリンデの顔を思い出す。

 恨まれることはなくもないのでは、と思った。

 もしかしたら彼女が私を貶めるためにこの企てを起こしたのかも。そんな考えが脳裏をよぎる。

 ただ、それはすぐに打ち消される。

 というのは、直感的に合わないのだ。

 単なる勘といえばそれまでだけど、地元のごろつきを雇って襲わせるやり方が、どうにもあのお嬢さまと合致しない。


「となると、後者の『利用価値』になるわけだが」


 ジュリアスの言葉で、私は伏せ気味だった顔を上げる。


「以前サキサカには言ったが、ソフィアの血の特性は『解呪』、これはアルマタシオの者には何の役にも立たないものだ。『利用価値』などない。だが、それはあくまで吸血種に限ってのこと。ひるがえってグランセアの……普通の人間ならどうなるか」


 そこまでを耳にして、サキサカ隊長は慄然とした表情を見せる。

 彼は何かに気付いた様子で私の顔を見ると、すぐにジュリアスへと視線を戻して言った。


「そうか……。血を飲んで不死身になっても、虜とされないのか……!」


「その通り」


 ジュリアスは人差し指を隊長に向け、正解を指し示した。


「あの、ちょっと待って下さい」


 と、そこでグスタフが小さく手を上げた。

 弟は大人二人と違ってまだ状況を理解できていないようだった。

 「よくわからないんですが」と問うと、ちらりと私にも助けを求める視線を送る。


 ちなみに、私が吸血種になったことはグスタフにも打ち明け済みだ。

 当然ものすごく驚いて、出立前、聞いた直後は目を白黒させていた。

 他の吸血種と違って私は外見上の変化がないので、言葉だけでは信じられないようでもあった。

 ただ、こうしてそれが真実である前提で流れるままに話が進められると、さすがに疑いの口を挟めないようだ。

 まだ完全に受け入れられてはいないみたいだけど。


「考えてもみなよ、グスタフ」


 サキサカ隊長が言った。


「通常、吸血種の血を飲んだ場合、不死身の肉体を手に入れられるわけだけど、反面、主の支配も受けてしまう。ならばそれは無用の長物だ。万能の霊薬だとしても、心まで失くすものを欲しがる者などいない。けれど、ソフィアの解呪の血ならその制約はなくなるんだ。つまり、リスクなしで悠久の命を手に入れられる……そんなチャンスがあると知れば、欲深い者はどうするか」


 隊長の説明に、グスタフも差し迫った顔になる。


「……なんとしてでも……姉さんの血を手に入れようとする……」


「そういうことだ」


 弟のつぶやきをジュリアスは肯定した。


「俺が思うに、グランセアの者が吸血種を知らないのもそれが原因じゃないかと思う。不死の体を手に入れようとする者が故意に情報を遮断しているんだ。今までは血を手に入れても、それでどうなるわけでもなかったため意味はなかった。しかし、ソフィアという特異点が現れたことでそいつの野望も現実味を帯びてくる。いや、むしろこの日のために情報を統制していたとみるべきだろう」


「となると、首謀者は……グランセアの相当高い地位にいる人間ということになりますね」


「あいにくこの国の情勢に関して俺はほとんど無知だ。だからこそサキサカ、お前の協力が不可欠になる」


 ジュリアスはそう言うと、まっすぐに隊長を見据えた。

 それに対し、黒髪の異国人は我が主の視線に怯むことなく受けて立つと、フッと表情を緩め、ちょっぴり意地の悪そうな顔になる。


「アルマタシオの公爵閣下にご依頼いただき光栄ですが……私がその首謀者にあなたを売るとはお考えにならないので? もしくは、すでに我が隊に黒幕の息がかかっているとは」


 その問いに、サヤカさんとグスタフが驚いた様子で声をうわずらせた。

 「セイさんっ」「隊長っ」と呼びかけるも、サキサカ隊長はジュリアスから目をそらさない。


「その可能性もなくはなかろうが──」


 と、ジュリアスは答える。


「そうであったら単に俺の目が節穴だったというだけのこと。それなりの対処をした後で、ソフィアに謝るしかないだろうな」


「それなりの対処……とは?」


「ここの奴らを全員始末して、早々にアルマタシオに帰国する。まあ、さすがにこいつの弟は除外するが」


 その返答に、そこにいる全員が戦慄した。

 あまりにも平然と、まるで花でも摘むことのように述べたため、逆にジュリアスの苛烈さが強調されるかたちになる。

 この時ばかりはさすがの隊長も柔和な表情が消え、冷や汗が頬を伝っていた。


「あぁ、別に脅してるわけじゃないぞ。俺はお前が信用に値すると思ったから、この話を持ちかけているんだ」


 最初から裏切られること前提で動くわけがない。そうジュリアスはフォローを入れるが、この場の空気としてはほとんど焼け石に水だ。


「いや、というかな。そもそもお前だって、わずかな見返りのためにソフィアを売るつもりなんて端からないだろうが。そんな阿呆が親がいないも同然の姉弟きょうだいの面倒など見るか」


「……まあ、それは確かに仰る通りなんですが……」


「さらに言うなら、黒幕がお前に接触済みなら先日の時点で俺はあの世行きだ。酔って動けないところを一刺し、それで事は終わる。そうしなかったということは、お前はまだ俺の敵ではないということだ」


 どこか飄々として自分の命すら軽視するようなジュリアスの言い方に、サキサカ隊長は驚き半分、呆れ半分といった様相で息を吐いた。


「もう一つ言っておこう。ソフィアを狙った不届き者のかたが付いたら、俺は本格的にグランセアとの交易を開始したいと思っている。ここ数日、この国の様子を見させてもらったが、なかなかのものだった。陽の光と人の活力に満ちあふれていた。俺たちの国とは対照的だが、だからこそ素晴らしい」


「お誉めにあずかり、嬉しいですね」


 「私は亡命者ですが、それでも少なからずこの国への愛着は持っておりますので」と、隊長は言う。

 ジュリアスは「なればこそだ」と返し、こう続けた。


「なればこそ、お前が俺たちの国、我が公爵家の第一の窓口として交流の先端を拓く気はないか。商売のやりとりだけじゃない、先のように酒を酌み交わす夜を、俺は二度三度と続けたいと思っている。今度は俺たちの国の品も宴に添えよう。暗殺の件を終わらせても、それでお前たちとの関係まで終わらせたいわけじゃない」


「ジュリアス様……」


 それは最大級の賛辞と言ってよかった。

 グランセアを褒めているだけじゃない、ジュリアスは第六小隊やサキサカ隊長個人を気に入ったと言っているのだ。

 アルマタシオに嫁いでから、私は多少なりともこの人の性格を知ってきたつもりだけど、ジュリアスが大っぴらに人を褒めるのはとても珍しいことだった。

 そして私自身、隊長やサヤカさんのことを肉親同然だと思っていて、彼らを尊敬しているからこそ、その言葉には涙が出る思いだった。


「……公爵閣下は人をその気にさせるのがお上手なようだ」


 サキサカ隊長は少し困った顔になりつつも、微笑んで見せた。


「まあ、あなたの妻であるソフィアは、私にとっても娘のようなものですからね。それを付け狙う輩など、捨て置くことはできません」


 照れ隠しか、そんな理由で補ってから隊長は席を立つ。

 彼はジュリアスの前で立膝をつき、右腕を胸の前で構える敬礼の所作を取った。

 その意を察したサヤカさんとグスタフも、後に続くようにひざまずく。

 そして、サキサカ隊長は一層表情を引き締めると、朗々たる声で口上を述べあげた。


「先の無礼な物言い、まことに失礼致しました。我ら小隊一同、謹んで閣下のご依頼をお受け致します。微力ながら犯人発見に全力を尽くしますゆえ、どうぞ安んじてお待ち下さいますよう」


「ああ、期待させてもらおう」


 そう言って二人は、信頼の視線を交わし合ったのだった。



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