第14話
「それが、解呪の力……ですか」
驚きだった。
私の中にそんな力があるなんて。
自覚はない。それに今まで自分が無能力の寵妃と思っていただけに、いきなりそう言われてもしっくりこない。
「おい、初耳だぞルーファス。解呪の血など今まで聞いたこともない」
「そりゃそうさ。『解呪』って言葉も僕が便宜的に付けただけだし。でも本当に、ソフィアちゃんの血にはその魔力属性が備わっていたんだよ」
「って……もとからある力じゃないんですか?」
それでも王子の説明でいけば理屈の通る話だった。
私の外見が人間の頃と変わっていないことも、ジュリアスの血の支配を受けていないことも、アルがすんなりリリィのもとへ戻ったことも。
そんな効能があるのなら、どれもその一言で説明が付いてしまう。
「でも……どうしてそんな力が私なんかに」
ただ、わからないのがそうなった理由だ。
ごく自然にいきつく疑問を王子に投げかけるが、彼は肩をすくめる。
「そこまではなんともね。僕はあくまで一介の研究者。わかるのはせいぜい『何が作用してそうなったか』くらいで、『どうしてそうなっているか』じゃない。ある程度の推論なら立てられるけど、そこにはどうしても個人的な妄想が入っちゃうし」
「妄想?」
「ああ、いや」
首を横に振り、言葉を濁される。
「ま、とにかくそういうことだからさ。あえて言うなら、この力がソフィアちゃんの寵妃としての資質といえるんじゃないかな」
「寵妃の、資質……」
「面白い考え方だな」
そう答えたのはジュリアス。
我が主は腕を組むと、「厳密には違うんだろうが」と前置いて言った。
「最初にこいつを見た時は、確かに資質の無いただの人間だった。おそらくその力は後天的なものだろう。が、これがソフィアの血の特性である以上、そう呼んでも差し支えないはずだ」
寵妃の資質。
前に聞いた、寵妃が潜在的に持つ吸血種としての力。
この身に宿る解呪の力を、それにあてはめようということらしい。
「となると、こいつの二つ名は『解呪』かそれに近いものになるわけだが……」
「ソフィアちゃんは『解呪の姫君』ね。うん、良いんじゃない?」
「いや、安直すぎるだろ。もう少し気品のある言葉に代えられないか」
「そう? 僕は全然問題ないと思うけど」
……んん?
今、いくつか妙な言葉が聞こえたような。
『二つ名』、『姫君』って。
ジュリアスも王子も、一体何の話をしているのか。
「あの、すみません。私にもわかるように話していただけますか」
「ソフィア様、わたくしたち寵妃は各々の資質や個性に応じた二つ名が与えられるのです。特にそれでどうなるわけでもないのですが……あえて言うなら、社交界での俗称のようなものですわ」
男性二人の間を割って、リリィが答える。
「そうなの?」
「ちなみに、ディートリンデ様の二つ名は『魅惑』。『魅惑の姫君』と皆様呼んでおられます」
そのまんまだった。
まあ、それはそれでわかりやすいし、変にひねるよりいいのかもしれない。
「じゃ、リリィは?」
興味本位で彼女の名前も聞いてみると、リリィは恥ずかしそうに両手で口元を隠して言う。
「わたくしは『幻霧』と……呼ばれております」
あら、なんだかかっこいい。
可愛らしい彼女には似つかわしくない二つ名だけど、おそらく彼女が持つ力に関係しているのだろう。
「とにかく、これでソフィアちゃんも名実ともに完全な寵妃ってわけだよね」
私とリリィを見ながら、王子は感慨深げにうなずいた。
「そっか……私にも資質、あるんですね」
まだ実感はないけど、こうして一応の名目ができたことで周りの貴族に無能力だと蔑まれる心配はなくなったのだ。
私はともかく、そのことでジュリアスに迷惑がかからなくなるのは喜ばしいことといえる。
「……そんなに嬉しいか?」
安堵が顔に出てしまっていたか、ジュリアスは私の顔をしげしげと眺めて言った。
「ええ。これからこの力を使って、少しでもお役に立てるなら」
「役に立つ、か……。それは……どうだろうな」
けれど私の気持ちとは裏腹に、ジュリアスも王子も答えにくそうな表情を見せる。
「ソフィアちゃんには残念だけど……この力、何かの役に立つってことはあまり期待できないと思うよ。解呪って一見すごそうに聞こえるけど、手もとに置いた寵妃を離したがる男はまずいないからね。リリィ嬢みたいな状況でもないと、これが必要とされる場合はそうないと思う」
「ルーファスの言う通りだ。逆に寵妃の方からしても、血の支配を受けた女が主から離れたいなどとは言わないだろうしな」
とはいえ反面、周りから疎まれる心配もないらしい。
羨まれる力でない一方、ディートリンデのようにただいるだけで周囲に影響するわけでもないから警戒もされない──と、王子はフォローを入れる。
「……私なんかに身に付く力ですから、それ相応ってことですね」
まあ、何事も都合よくはいかないということだろう。
少し残念だけど、落ち込むほどでもない。
しかしそう思っていると、興奮した様子でリリィが声をあげた。
「ソフィア様の価値はそれだけではありませんわ! 力の有用性なんてそれこそ些末なことです! ソフィア様が素晴らしいのは、その内に秘められたお心ではありませんか! 夜会にいた方々は誰もが思ったことでしょう。ファルケノスの姫君は、戦女神のごとく輝く、強く美しき御仁であると!」
(……おぉぅ)
すごい熱弁でまくしたてられた。
ただ、そんなに評価してもらって悪いけど、私は単に無鉄砲なだけだ。
自分でもわかっているから、こそばゆく思いつつも彼女の賛辞には苦笑するしかない。
そんなリリィに向けジュリアスが言う。
「随分な気に入りようだな」
「はいっ、ソフィア様はわたくしの憧れですから。もしこの身が女でなかったら、及ばずながら求婚していたことでしょう」
「残念だが、やらんぞ」
「ええ、そこはもう。わきまえておりますわ」
二人は言葉を交わした後、フフフと同時に笑い合った。
(って、何だか知らないけど、いつの間にか意気投合してない……?)
「だがまあ、確かに能力などはオマケみたいなものだ。どんなに使える力でも、それのみでは利用できるか否かしか見られない。人の価値を判断されるのはそこじゃない。リリィの言う通り、夜会でお前への見方が変わった者は少なくないだろうさ」
ジュリアスは私に諭すように言うと、意外にも先ほどまでの姿勢をひるがえし、私の血をリリィに与えても良いと告げた。
「……いいんですか?」
「ああ。ただしこれは例外中の例外、あくまでリリィ嬢にだけだ。ソフィアの友人だというから許すんだからな。他の奴、特に男に飲ませることは絶対に許さん」
後で聞いたところによると、寵妃の血を飲む行為はとても私的な行いであり、たとえるなら口づけ、より直接的には唾液を飲ませることが一番それに近いという。
なるほど言われてみれば、という感じではある。
エリオットに私の血を飲ませればディートリンデの束縛を解けるのでは──と思ったけど、そこまでする義理はないと、ジュリアスに釘を刺されるかたちになってしまった。
ともあれ、リリィに対しては少量の血を与え、この日の集まりはお開きとなる。
そして、幾日かの穏やかな日々は過ぎてゆき。
王子やジュリアスの予想した通り、その後は何が起きるでもなく、解呪の力で今の生活が変わるということも確かになさそうだった。
◆
「ソフィア様に一通、お手紙が届いております」
「私に? 珍しい……というか、私個人には初めてじゃない? 誰から?」
「差出人のお名前は……グスタフ・ラングレン様となっておりますが──」
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