第13話
「悪いね、ジュリアス。連絡が直前になっちゃって」
「気にするな。それくらいの融通は利かせるさ。お前が来るんだからな」
時間はお昼から数刻を過ぎたあたり。ジュリアスはルーファス王子の謝罪を軽く受け流すと、快く彼ら──王子とリリィを迎え入れた。
男性二人の飾らないやり取りに、後ろのリリィは目をしばたたかせる。
まあ、驚くよね、と思う。
ジュリアスも公爵の身分とはいえ、王族にこんな無遠慮な話し方をすることは普通ないのだから。
しかも、言われた方もそれを気にした様子がないわけで。
「で、今日はどうした」
小さめの客間に二人を通し、テーブルを囲んで席に着くと、ジュリアスは早々に用件を尋ねる。
王子は答えず、思案するように「どこから説明したものかな」とつぶやいた。
すると、彼ではなくリリィが私の方を見て言う。
「あ、あのっ、本日はソフィア様にお願いがあってうかがったのです。まことにあつかましくて恐縮なのですが……お聞き入れ頂けますでしょうか」
「え、私に? 何かしら」
私宛てとは予想していなかった。
けれどせっかくの友達の頼みごとだ。
遠慮しないで何でも言ってみて。そう促すと、リリィはためらいつつも意を決したように口を開いた。
「そ、そのっ、わたくしに……そ、ソフィア様の血をっ、分けていただけないでしょうかっ!」
「……え?」
その言葉に一瞬耳を疑う。
「……何のためにだ」
それはジュリアスも同じだったらしく、低い声で聞き返す。
「は、はい。わたくしが、飲むためにですっ!」
「……えぇ?」
「いや、やらんぞ」
「あー、ちょっと待ってジュリアス。まずは僕の話を聞いてくれないかな」
「ダメだ。俺のだ」
「「「えええっ」」」
……いやいやいや。
何この会話。
思わずリリィと王子と声が被っちゃったけど。
私の意思関係なく却下されてるし。
だいたいどうしてリリィが私の血を欲しがるのか。
まずもってそこが意図不明なんだけど……。
「えーと……順を追って説明してくれませんか」
「うん、ごもっともだね」
というか、僕はそのために付いて来たんだよ──言って王子は鞄からいくつかの書類を取り出し、詳細を語り始めた。
「簡単に言うと、リリィ嬢がサラドゥアン伯から受けている血の支配を解くために、ソフィアちゃんの血が必要なんだ。知っての通り、今のサラドゥアン家はディートリンデが掌握してるも同然の状態だろ。放っておけばいずれこの子にも害が及びかねない。その危険を避けるため、彼女を実家に帰すことになったわけ」
王子の言葉にリリィは「お恥ずかしい話ですが」とうつむく。
「それって……」
伯爵との婚姻を解消するってこと? 頭に浮かんだ言葉を飲み込むと、こちらの考えを読んだ王子が「あくまで一時的な別居だからね」とフォローを入れた。
「伯爵もね、微妙な状況なんだよ。彼自身、今の状態が危ういって自覚はあるんだけど、ディートリンデを前にするとどうしてもそっちに引っ張られてしまう。自分自身をコントロールできていないんだ」
まるで見てきたような──話の流れからすると本当に会ってきたのだろう、断定する口調で私たちに言うと、彼はリリィに続きを促す。
「……エリオット様は仰いました。今のうちにわたくしを安全なところへやっておきたいと。ですからわたくしは、エリオット様が昔のように戻るまで……信じて待つことにしたのです」
リリィの表情は悲壮ながらも強い決意を感じさせるものだった。
自分の主をどれだけ信じているのか──あるいはそうやって信じなければ折れてしまいかねない儚げな心の在りようを、一目で見て取ることができた。
「……がんばって」
気付かないうちに心の声が出てしまい、口元を押さえる。
けれどリリィはそんな私に、花のような笑みを返してくれた。
「いや、ちょっと待て」
と、そこへジュリアスが口を挟む。
「リリィ嬢が伯爵家を離れる理由はわかったが、それがソフィアの血を欲するのにどうつながるんだ」
わけがわからんぞ。そう言って彼は眉を寄せ、訝る。
「だからさ、リリィはエリオットの血の支配を受けてるだろ。たとえば万が一、ディートリンデがエリオットを操ってリリィを害そうとした時に、リリィが拒めなかったらまずいって話だよ」
王子が答えるも、「そうじゃない」とジュリアスはなおも疑問を呈する。
「ソフィアの血でエリオットの血の支配を上書きしたいというのはわかる。俺が聞きたいのは、どうしてソフィアの血でなければならないかということだ。今の話でいけば誰の血だっていいはずだろう。お前達が今日わざわざここに来て、ソフィアに頼む理由は何だ」
(あれっ、そういえば……)
「さすがだね、ジュリアス」
王子はそこでニヤリと口の端をあげた。
不敵な笑みに、ジュリアスはむっとして親友をにらむ。
けれど敵意ではなく、ただちょっとうんざりした表情で「早くしろ」と続きを促した。
「重要なのはそこなのさ。他の吸血種じゃダメなんだ。ソフィアちゃんじゃなければ。君や僕なら、たとえエリオットの血の支配をなくせても、新たな支配を植え付けることになってしまうからね」
その言葉に、ジュリアスは「ん?」と顔を上げる。
「そもそも血の支配を上書きするなんて、今まで聞いたことなかっただろ? 僕たち吸血種は誰もがそれなりに自分の寵妃とよろしくやってきたからね。ひとたび妃を囲えばその女性との関係が崩れることはなかった。理論上はともかく、実践した人はいなかったはず──」
彼はそこで一拍置き、
「──この前の、ソフィアちゃん以外はね」
と、こちらを向いて言った。
「え……?」
「この前の夜会でさ、ソフィアちゃん、アルに血を飲ませただろ。あの時アルがあっさりとリリィのもとに下ったのが気になってさ。実はその後、サラドゥアン邸を往診させてもらったんだよ」
「……あぁ、殿下。それで今日はリリィといっしょに来られたんですね」
つまり王子はリリィやエリオットに会いに行ったのではなく、探求心からアルを診に行ったということらしい。いかにも彼らしい動機で、失礼ながら笑みがこぼれてしまう。
王子は机上の書類のうちから三枚を取って私たちに見せた。
「これは?」
「以前採らせてもらった、ソフィアちゃんとジュリアスの血の解析結果。それと、アルの。二人とも、これらを見て何か思うところないかな?」
「と、言われましても……」
それらのカルテは専門用語ばかりなうえに、書かれた数値もバラバラだった。私たちには到底理解できない。彼は一体何を言いたいのか。
「あのな……俺たちにわかるわけないだろう。これで法則性でも見つけろっていうのか。無茶言うな」
多少苛立ちを見せてジュリアスは言う。
すると王子は手を叩き、「そう、そこなんだよ!」と声をあげた。
「……はい?」
「これらの三つのサンプルにはまるで法則性が見当たらないんだ。本来なら血の支配を受けた者は、主となる者の数値と連動するはずなのに。ソフィアちゃんはジュリアスの値と一致しないし、アルもソフィアちゃんの値とは全然違ってる」
「……だから何だ」
「ジュリアス、君も薄々気付いてると思うけど、ソフィアちゃんには君の血の支配が及んでいない。僕に彼女の診察を頼んだのも、本当はそれを確かめたかったんだろう? 夜会ではドタバタして言いそびれたけど……君の予想通り、そうなんだよ」
前々から私も気になっていたことに王子は触れる。
ふとジュリアスの顔を見る。しかし、一度目線が合うも、すぐに外されてしまった。
「まあ……
お前の言う通り、当たりだ。ジュリアスは私を見ずに答えた。
「で、だよ。さらに言うなら、実はアルにもソフィアちゃんの血の支配は及んでいないんだ。アルの毛並は白だからわかりにくいけど、瞳の方は血を飲んでも赤色に変わっていなかった。つまり、アルはソフィアちゃんと同じ、“誰の支配も受けていない吸血種”になっていたんだよ」
「……そうなんですか?」
そして王子はここから一層真剣な表情になって、私に言った。
たとえば私の髪の色、眼の色。それらが銀と赤に変わらないのも、ジュリアスの血の支配を受けていないのも──私の中の『解呪の力』が作用しているからだと。
「ソフィアちゃん。君はあの夜、アルに血を飲ませてディートリンデの支配を上書きしたつもりだろうけど、違うんだ。君の血は、ディートリンデの魅了の力を
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