第20話


 炎と炸裂音で理解する。

 任務で何度か聞き覚えのある音だった。

 これはおそらく携帯式の魔力発火弾。火炎魔法の力を専用の器に詰め込んで、矢などにくくりつけて飛ばす強襲用の魔法具だ。


 屋形の中で二人の体が一瞬浮く。

 爆風で御者が吹っ飛び、後ろに流されていくのが窓の外に見えた。

 私は着弾した方とは逆側の扉を蹴飛ばし、外に転がり出る。

 ジュリアスもすぐ後にそれに続く。

 彼は私が手を引いて連れ出さずとも、即座にこちらの動きに合わせてくれた。意外でもあったけど、そのとっさの判断力は心強い。


「ソフィア!」


「ジュリアス様、身を低くして下さい! 脇の茂みの中に!」


 叫んで自分も同じ行動を取る。

 襲撃者が何者かなんて考える余裕はなかった。

 まずはこの危機を切り抜けること。それだけに向けて頭をフル回転させ、周囲を見回したところで──希望が絶望に変わる。


 すでに全方位を囲まれていた。


 幾人もの気配と影。

 前後左右。全部で十五、いや二十人はいる。

 待ちかまえていたのか。見る限り全員が屈強な男たち。彼らは脇道の木陰などから次々と姿を現し、円を縮めるようにゆっくりと近づいてきた。


 男たちの身なりはグランセアの下層民のものだった。

 この近辺の野盗か山賊か。

 袖口が擦り切れた質素な麻の服をまとい、全員が剣を手にしていた。

 ただ、そのうちの五、六名は、通常の剣と比べ刀身の輝きが異なっている。


「銀のつるぎだな」


 ジュリアスが小声でつぶやいた。

 そうか、と私も思い至る。

 ぼんやり光っているようなあの輝き。ジュリアスに最初に謁見した時、襲ってきた暗殺者が持っていたのと同じものだった。

 はがねよりもきらめく刃の光。白銀に魔力を流して刀身にコーティングすることで、通常よりも数段切れ味が増した剣になるという。

 そしてそれは、不死身の吸血種を殺しうる唯一の武器でもある。


 かなり厄介だ。

 それらでもって斬りつけられたなら、私もジュリアスもただではすまない。

 たとえばアルに噛まれた時のような無茶も、今回はできないということ。


「何者だ」


 ジュリアスは立ち上がる。

 臆せず踏み出して問う。しかし、襲撃者たちは答えなかった。

 失笑だけが辺りを包む。

 当然ではある。これは剣士の決闘ではないのだ。名乗る意味などない。


 それでもジュリアスは平然として二言めを発した。


「目的は何だ。金か。俺たちの身柄か」


「全部だよ」


 と、今度は意外にも男のうちの一人が答えた。


「誰に頼まれた」


「ああ、やだねぇ、お貴族サマは。聞けば何でも答えが返ってくると思ってやがる」


 嘲り笑って返答を濁される。

 ジュリアスは気にした様子もなく、顎に手をやり「ふむ」と小さくうなずいた。

 何事かを思索している表情。この状況下で動揺の一つも見せない態度に、対する男たちは気色ばむ。


 彼は構わず続けた。


「依頼主の名を教えろ。それから何ゆえ俺たちを狙うのか、知っていることをすべて話せ。たった今から俺がお前たちを雇い返す。報酬はお前たちが雇われた額の三倍を出そう」


 下手に出るでもなく、見下すでもなく、淡々と告げた。

 その言葉で、ざわ、と空気が動いたような気がした。


 上手い手だと思った。

 買収して味方に付ければ、手っ取り早く今の状況を解決できる。そうなれば斬り合いなどで命を危険にさらすこともない。

 無論、彼らはこの提案に乗らないかもしれない。あるいは乗ったとしても嘘をつかれる可能性もある。けれど少なくとも今の一言で、一触即発の空気が緩和されたことは確かだった。


 銀の剣を持っていることからして、そこいらの野盗が手あたり次第に襲撃してきたわけでない。それは明らかだ。この男たちは明確に吸血種である私たちを狙って襲ってきた。ならばその情報を流した雇い主が背後にいるはず。

 おそらくジュリアスもそこまで考え、今のような提案をしたのだろう。


 だが、野盗たちはジュリアスの申し出を一笑に付すことで返答とする。

 そしてリーダー格らしい体格の大きな男が私を一瞥して言った。


「おぅ、どうだよ。聞いてたよりはイケそうな女じゃねえか」


「……何だと?」


 眉を寄せるジュリアス。

 続いて両隣の男が話を合わせるように返す。


「だよなぁ。確か、ガチガチに鍛えた男みたいな奴だって言ってなかったっけ?」


「俺もそう聞いた。こりゃ全然有りだわ。渡す前に色々楽しめそうだ」


 何の話をしているのか、と私も一瞬戸惑う。

 耳には入っても、頭が理解を拒んでいた。

 男たちの下卑た笑みで、数秒後れてようやく気付く。


 それは、最悪におぞましいこと。


 ──こいつらは、女としての私の身体に狙いを付けている──


「──っ……!」


 自覚することで背筋が寒気立ち、否応なく身がすくんだ。

 殺意を向けられたことはあっても、この手の悪意を向けられたことはない。

 しかも多数人から一斉にというのは。

 けれど、こんなことで心が折れるわけにはいかなかった。これでも私は剣士なのだから。


 悪寒を無理矢理気合いで押さえつける。

 が、一瞬でも気圧されたことに気付いた男たちは、追い打ちをかけるようにこちらを見据えてにじり寄ってきた。

 向けられる低俗な視線。何人かはことさら不快な声でせせら笑う。


「殺すなよ。公爵はどうなっても構わんが、女の方は生きたままだ」


「わかってるって。命令は守るさ」


 じりじりとすり足が地面を擦る。

 ふとそこで、かすかな違和感を覚える。

 ただ、具体的にどうおかしいのか、考えを巡らせる余裕はなかった。

 私は半身の構えで戦闘態勢を取る。

 戦うための武器はどこかと目線を這わせる。たどりついた先はジュリアスの腰の剣。


「ジュリアス様──」


 けれど「剣を貸してください」と言いかけて、私は息を呑んだ。


「……!」


 野盗たちに対峙する、そのジュリアスの横顔だ。

 口角が上がっていた。

 笑っているのかと思いきや、そうではない。

 それは、たとえるなら獣が牙をむくときの表情。

 さらに言うなら獣ではなく、悪魔を見たと私は思った。


「……交渉決裂だな」


 静かな声は嵐の前の静寂。

 彼を中心にして場の空気も変容していた。

 痛いくらいにひりついている。

 熱いわけでもないのに、空気が灼けつくような感覚。それが彼を起点として広がっているようだった。


「光栄に思うがいい。ここまで不遜な口をきいておきながら、お前らはこの俺の手にかかって死ねるのだから」


 感情が乗っていない冷え切った声が通る。

 近づく野盗たちはそこで動きを止めた。

 魔術を使ったわけでもない、彼の内からにじみ出る『圧』がそうさせていた。


「この先どんな命乞いをしようと貴様らの末路は変わらない。これからむくろになるまでの時間、後悔と恐怖にまみれて過ごせ」


 ジュリアスは私の腕を引き寄せ、包むように抱き留めてから、強く言い放った。


「俺の女を辱めた罪──万死に値する」


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