第7話
寵妃の資質。
それはいわば吸血種の資質ともいうべきもの。
資質のある者は吸血種と惹かれ合い、両者は直感的に同族かを見分けられるという。
また、資質を備えた者は人にはない特異な力を秘めている。
力の内容は多岐にわたり、通常は吸血種と同系統の力を持つことが多いらしい。
たとえばある者は、血を自在に操る力。
ある者は、即座に治癒する超速再生能力。
またある者は、己が身を霧へと変える力。
それらの力は一点に特化した強さを備え、本来の吸血種を上回ることもまれではない。
ディートリンデが持つ魅了の力も、まさにその強さを体現したものだった。
ただ、彼女の力が他と違う点が一つ。
他者を魅了するチャームの魔力は本来の吸血種にもめったにあらわれない、希少なものであるという。
「その力を持つ吸血種がまったくいないわけではないがな。とはいえ、皆が皆、無意識に他者を誘惑などしていたら、国が崩壊してしまうだろう」
「言われてみればそうですね」
というか、そうやって彼女が一人出てきただけで、どこぞの伯爵家がいいように振り回されているわけで。
もちろん、どんな力も使う人次第ではあるけど、魅了の力が危ういのは確かにジュリアスの言う通りだった。
「それにしても彼女、どうしてわざわざアルマタシオに来る気になったんでしょうか」
ふとそんな疑問が思い浮かんだ。
公爵に嫁ぐのが嫌で、私という身代わりを立ててまで他の男と駆け落ちしたのに。
そもそも相手の男はどうしたのか。
「俺たち吸血種はだいたい気まぐれだからな。そう大した理由はないんじゃないか」
貴族の生活が恋しくなったか、吸血種のことを聞き付けて関心を持ったか。ジュリアスは興味なさげに言う。
「相手の男は、まあ……捨てられたのだろうな」
「そう考えるのが一番自然ですか……」
その男性と結ばれたいがために政略結婚を拒んだのだと思っていた。
けど、後の経緯からかんがみるに、それは彼女のわがままでしかなく、そこには愛だとか相手を思いやる気持ちはまるでないように思われた。
「ですが、考えようによっては良いタイミングで出てきてくれたとも言えますね」
そう言ったのは後ろで控えていたタニア。
すでにルーファス王子が屋敷を発った後で。私とジュリアスがお茶を飲みながら談笑しているところに、珍しく彼女が会話に入ってきた。
「タニア、それってどういうこと?」
「今度のイルシャロンの夜会では、そのディートリンデ様も出席されるのですよね。そちらに話題をさらわれることになりますけど、むしろソフィア様にとっては彼女が風よけになってくれると思うのです」
「風よけ?」
「他の視線が、ソフィアではなくディートリンデの方に集まるということか」
「あ、なるほど」
ジュリアスの補足で私は遅れて理解する。
アルマタシオにおける私の社交界デビューはもう間近に迫っていた。
奇遇にも初めて出席する夜会では、ディートリンデも私と同じように初のお目見えになるとのこと。
それゆえ彼女が悪目立ちしてくれれば、こちらが他の貴族に注目されずにすむということだ。
「それはそれでつまらん話だがな」
けれどもジュリアスは不満げにつぶやいた。
「……あの、あまり無茶を言わないでください」
「そうか? 俺はそれほど心配してないんだがな。それに、せっかくの夜会デビューなんだ。少しくらい人目を引いた方が面白いだろう」
(えぇー、面白いって……)
そんな無責任な、と私は心の中で文句を言う。
そして、少し不安にも思った。
果たしてそんなふうに上手くいくだろうかと。
◆
そして、あっという間に時は流れ、その日はやってきた。
イルシャロン宮殿の夜会。
今回の夜会の名目は、その宮殿の改築祝いだ。
宮殿の所有者たるレガート公爵は派手好きな人らしく、何かと理由をつけては晩餐会やら舞踏会やらを開いているという。
ジュリアスは私が出席することについて、あらかじめその方に断りを入れてくれたそうだ。おそらく迷惑をかけることになるからと。
けれど、むしろ格好の肴になると、かえって喜ばれてしまったとのことだった。
私はジュリアスが指定したライトブルーのイブニングドレスをまとい、宮殿へ向かう馬車に乗り込む。
石畳の道に揺られながら会場へ。
おあつらえ向きに、夜空には真円を描いた満月。
そして宮殿に降り立てば、当然周りは銀髪赤眼の吸血種たちばかり。
皆、あからさまにこっちをじろじろと見たりはしない。
とはいえ、銀の貴族たちの中に色付き髪の女が一人。
誰が見ても異物だとわかる状況だ。
(やばい……。ちょっとどころか、かなり緊張してきたかも……)
思わず尻込みして身を引きそうになる。
けれど、ぐいと強く体を引っ張られた。
引かれた先には我が主、ジュリアス。
彼は腕を組むように直して身を寄せると、そっと私に耳打ちする。
「おい、そういう顔は他の奴らに見せるな」
「え、あっ」
「俺にだけだ。いいな」
彼の言葉でピンと背筋が伸びた。
どうやらまた顔に出ていたみたいだ。いけない。
そこで私はタニアに教えられたことを思い出す。
『何を言われても聞こえていないくらいの顔で微笑んでいればいいのです。そうすれば、相手が勝手にうろたえてくれるでしょう』
常に笑みを絶やさず余裕の振舞いでいること。
たとえ本心は真逆でも、自分から隙を見せることがあってはならない。
貴族社会において素直さはしばしば弱みとなってしまう。
彼女は細かな作法以上に、そんな気の持ち方を示してくれた。
心は引き締め、外面は柔らかに。
意識して私は表情をつくる。
「はい。以後気を付けます。どうぞお見捨てなきよう、ご主人様」
「良し。悪くない表情だ」
決意をこめて告げると、ジュリアスは満足そうに笑った。
私は彼にエスコートされ、寵妃としての第一歩を踏み出した。
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