第33話
王子の別宅、一階最奥の広間に踏み入った時、はじめ視界に入ったのは捕えられたジュリアスの姿だった。
彼は私を見て、怒ったような悲しいような、それでいてちょっとだけ嬉しいような顔になり、何言かを発する。
光の結界で遮られ、声は聞こえない。
ただ、私にはそれが「ソフィア」と呼んだように見えた。
「ようこそいらっしゃいました、公爵夫人。夜会でお会いして以来ね」
別方向から甲高い声がかかる。
第四の黒幕、ディートリンデ・サラドゥアン。
彼女は進み出て、私の前で慇懃に礼をして笑う。
「あらぁ、なんて格好なのかしら。これから決闘でもなさるおつもり?」
「……無駄な腹の探り合いをするつもりはないわ。こっちは要求通り身一つで来たのよ。早く二人を解放しなさい」
挑発に取り合わず本題に入るよう促すと、令嬢は「まぁ、怖い」と後ろへステップを踏んだ。
「そんな邪険にしないで頂戴な。少しくらいこちらの話に付き合ってくれてもいいでしょう?」
……相変わらず自分本位な。
以前は下賤の女と蔑んで面会すら嫌がっていたくせに、よく言う。
「私とあなたで話すことなんてあるのかしら。夜会で赤っ恥かいた様子をそちらの三人に説明して欲しいというのなら、するけど?」
「なっ……!」
顎を上げ、見下すような姿勢で返してやると、ディートリンデの頬が紅潮した。
なめてもらっちゃ困る。こちとら甘ちゃんお嬢様とは場数が違うのだ。
彼女はぎりりと歯噛みの音が聞こえるくらいに顔を歪ませる。
「あなたねぇ……!」
「どうやらお若い寵妃はご自分の状況を理解しておられんようだの」
ディートリンデが言いかけた直後、法衣をまとった老人が口を開いた。
総大司教、グンター・ニアベリル。
グランセアの魔術師を束ねる随一の実力者にして権力者。深い皺が刻まれたその顔は、式典で何度か見たことがある。
「お嬢さん、あなたのご主人がこちらの手中にあることをお忘れかな」
一見穏やかな好々爺の声で総大司教は言う。
彼が結界内のジュリアスに視線を向けると、光の円柱が一回り小さくなった。
詠唱もなく、ただ目線だけで魔力の壁が操作され、光がジュリアスの眼前へと迫る。
「……っ! よしなさい!」
それによって間接的に私の動きも封じられる。
「さすがですわ、おじさま!」
ディートリンデのはしゃぐ声。
光の境界線は動きを止め、総大司教は「おわかりいただけたようで何より」と、口の端をあげた。
そして後方では、騎士団長パウル・オートマルトと豪商イボンヌ・ブルオーノが、どこか白けた様子でそれを見ている。
(……あれ? これって……)
私はそこで彼ら二人に違和感を覚える。
というのは、両者とも明らかに気乗りしない様子だったからだ。
首謀者のメンバーであるはずなのに、その態度はどちらかと言えば嫌々この場にいるような印象を受ける。
(というか、この人たち……魅了の魔力にかかってないの……?)
さらに言うなら、室内のグランセアの人間たちがいずれも普通な様子であることも気にかかった。
普通、つまりは正常。ディートリンデに操られているようには見えないし、それを警戒している様子もない。
魅了の力の危険性はルーファス王子を見ていればわかるはずだし、それなら自分たちがいつその毒牙にかかるか気が気でないと思うのだけど。
(まさかディートリンデを無条件で信用しているわけでもないだろうし……。一体……)
そうやって内心を悟られないようにして周囲を観察すると、あることに気付いた。
それは、彼らの衣服に付いているブローチ。
グランセアの人間は全員、同じ形のブローチを身に付けていた。
竜の横顔が施された銀細工。中心には紫のアメジストがはめ込まれている。
竜はグランセア魔導協会のシンボルでもある。それを何故か魔術師でもない商人や、魔導協会と対立する騎士たちまでもがそろって胸に付けていた。
どうして。
これは……もしかして。
「私たち、お友達になったのよ。ね、おじさま?」
私の思索に感付いた様子もなく、ディートリンデは楽しげに言う。
「最初はおかしな人たちが私の近辺を嗅ぎまわっているなと思ったのよ。これってまさか、別れた殿方の逆恨み? なんて考えたりもして。でも、使いの者を捕えてみれば、まったくの無関係な人間。白状させて調べてみたら、奇しくもおじさまたちの狙いと私の目的は一致していた。だから今日──こうしてこの場に集まって、あなたを招くまでに至ったというわけなの」
得意気に事の経緯を明かすディートリンデ。
つまり彼女は恨みのため、三人は不死の血のため、図らずも私を害する意図が一致したというわけだ。
そこのところで利害を同じくした四名は、結託してこの企てを実行したと。
なるほど、ようやくこうなるまでの話が見えてきた。
ただ、それなら彼らの力関係はどうなのか。
私はディートリンデのお喋りに乗じてカマをかけてみることにする。
「お友達、ねぇ。そのお友達お三方は、魔石のブローチであなたの洗脳を防いでるみたいだけど?」
「まぁ、洗脳だなんて人聞きの悪い! たまたま私が殿方に好かれやすいというだけのことよ。それに魔力を使わないと友人が作れないみたいな言い方はやめてもらいたいわね。対魔力の魔石を持とうがそれは個人の自由。私は気にしないわ。むしろそうやってこちらから歩み寄ってこそ、信頼は生まれるものでしょうに」
(『対魔力の魔石』……。やはりね)
これで確証が得られた。
思った通り、あのブローチは魅了の魔力を防ぐためのものなのだ。
とはいえ、その効果の程度は定かではない。
魅了を完全に無効化できるのかもしれないし、ディートリンデの余裕の態度を見ると、それを上回る自信があるのかもしれない。そのあたりは双方まだ牽制しあっているところなのだろう。
そして、ブローチの形状からすれば、これを作ったのはおそらく魔導協会の人間。
(であれば、現状もっとも警戒するべきなのは……この総大司教)
彼が結界の術者なことからしても、そう考えるべきだと私は結論付けた。
「あなたこそ、自分の夫と本当に愛し合っているのかしら?」
そこでディートリンデは出し抜けに私の方へと水を向ける。
「私ね、ずっと考えてたの。あなたが一番絶望する瞬間はどんなのかなって。おじさまたちは血が手に入れば満足だけど、普通にそうするだけじゃ面白味がないでしょう? もとは身代わりにすぎなかった下層の女が……無礼にも私に恥をかかせ、私より上の場所でのさばってる泥棒猫なんかが、何の感慨もなく死ぬなんてねぇ……。ただ殺すだけじゃ意味がないと思うのよ」
もはやこちらへの殺意を隠そうともしない。
言葉の端々に怒気がこもっていた。
「聞くところによるとあなたたち、随分と仲睦まじくやっているらしいけど──」
そこでディートリンデは総大司教に目配せをする。
老体の魔術師は応諾の意を示し、指をパチンと鳴らした。
すると、ジュリアスを囲んでいた光の壁は瞬時に形を変え、鎖状になって彼の手首を吊るし上げる。
「ぐッ──ソフィア!」
「ジュリアス様!」
「そこまでよ、二人とも」
いつの間にかディートリンデの手には銀の剣が握られていた。
その刃は未だ自由が利かないジュリアスの首に押し当てられる。
彼女はジュリアスに身を寄せると、私に言った。
「何もしないわ、
言葉を区切り、「くふ」と淫靡な笑みが漏れる。
そして、「何を」と私が発する前に、彼女はジュリアスの顔を引き寄せ、唇を重ね合わせた。
「なっ──」
それを見た瞬間、彼女の意図を理解し、戦慄する。
私の目からも明らかなほどに、大量の魔力がディートリンデの唇からジュリアスの体内へと注ぎ込まれていた。
同族の吸血種すらも虜にする、魅了の魔力が。
ディートリンデはややあって、顔を離すと笑いを噛み殺し、命令した。
「さあ、ジュリアス。あなたの手で、この剣で、目の前のソフィアを刺し殺してあげなさい──」
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