第27話
「ど、どういうことですか」
うろたえながら私は尋ねる。
それに対するジュリアスの返答は、至極シンプルなものだった。
「手紙は擬装だ。俺とサキサカで話し合って、最初からそうするよう決めてあった。であれば、グスタフへの襲撃も多分演技だろう」
「……」
「え……」
「「──えええっ!?」」
思わずグスタフと顔を見合わせてしまった。
青天の霹靂。二転三転する事実にちょっとついていけない。
ジュリアスは「落ち着け」と言い置いて、私達に説明する。
驚くべきことに、伝達事項は暗号にして送るよう、あらかじめジュリアスとサキサカ隊長との間で決められていたとのことだった。
手紙も品物も輸送中にすり替えられる恐れがある。だから二人の間でしかわからない暗号を決め、それこそを本当のメッセージとする。
それ以外のものはすべてデタラメ。手紙も何が書いてあろうと信じない。
そして、真実を記した暗号とは、酒瓶の配置。
瓶の色、蓋の形、それから入れるお酒の量。それらを微妙に変えることで文字を表し、縦は四本、横は五本、計二十の酒瓶が入るケースを左上から文章として横に読んでいく。
「敵が地位ある人間なのはすでにわかっているんだからな。権力を使ってサキサカに圧をかけてくることも、当然想定済みだ」
『ヒノカワ』で調査を依頼したその日、ジュリアスはこの伝達手段を隊長との間で打ち合わせておいたらしい。
グランセアではどこに敵が潜んでいるかわからない。
暗号はジュリアスと隊長だけの秘密として、だからジュリアスも今まで伏せていたとのこと。
「悪かったな。ずっと黙っているつもりはなかった。積み荷が届いたらその時に話そうと思っていたんだ」
ただ、グスタフの密航までは予想していなかったらしく、一応暗号がちゃんとあるかを見る必要もあり、説明が遅れてしまったらしい。
「グスタフ、一つ確認しておくが、お前がサキサカに斬られそうになった時、第六小隊以外の奴が近くにいたんじゃないのか?」
「あ、はい、いました。総隊長直属の騎士の人たちが何人か。僕を捕えるようにサキサカ隊長に命令して、それで隊長は刀を抜いて……」
「つまりサキサカに命令した奴はお前を人質に取ろうとしたわけだ。ソフィアの家族関係まで調査して、唯一急所となりそうなお前を狙う……。敵もなかなか考えている」
ジュリアスは「とはいえ、サキサカの方が一枚上手だったわけだが」と言って、口角をあげた。
「な、何言ってるんですか。だって隊長は──」
「ああ、確かに剣を抜いてお前に斬りかかった。それを信じないわけじゃない。しかし結果はどうだ。お前は傷一つ負わず、現にこうしてアルマタシオに逃れている。服は裂かれ、傍から見れば奴は上層部の命令を遂行したかに見えるが、それはうわべだけだ。だいたい、荷台の中に人が一人隠れられるほどの空間が都合よくあるものか? そして、お前が運良くそこに入ってここまで来れる確率は? 考えてもみろ」
「……あっ」
「そうか……そういうことだったんですね……」
ここでようやく、私とグスタフは事の真相を理解した。
つまり、隊長はグスタフを本当に殺そうとしたわけではなく、逆に助けるために一芝居打ったということ。
それはグスタフのみならず、隊長自身と小隊の皆を守るための演技も兼ねていた。
真っ向から上層部に歯向かえば、第六小隊は
だから表面上は従う振りをして、グスタフに斬りかかり、けれど怪我は負わさず荷台に乗り込むよう誘導する。
グスタフが無事私たちのもとにたどり着けば、こちらに敵の狙いも知らせることができ、ジュリアスとの約定も守れ、それでいて誰も傷つかない。
「出来た男だ。わずかな所作でこれだけのことをこなすとはな」
俺の部下に欲しいくらいだと、ジュリアスは楽しげに隊長を賞賛した。
「ただ、襲撃が茶番なことを前もって伝える余裕はなかったようだな。あるいは緊迫感を切れさせないために敢えて黙っていたか。どちらにしても、そこまで求めるのもさすがに酷だろう。俺が言うのもなんだが、許してやれ、グスタフ」
「……はい。そういう事情があったんだとわかれば、僕も異存はありません」
「うむ」
続けてジュリアスは、事態が収まるまで屋敷に留まるようグスタフに勧めた。
どうせこのままグランセアに戻っても騎士団に捕らえられるだけ。むしろ目の届くところにいた方がこちらとしても憂いなく行動できる。そんなふうに弟の気負いを取り払う言葉で説得にかかるのは、さすがというか年の功を感じさせた。
私としても期せずしてではあるけど、こうしてグスタフといっしょにいられるのはありがたい。
それに、ファルケノスの屋敷にいれば安全を保証されたともいえるわけで、ある意味グランセアに置いておくよりずっと安心できる。
「それにしても、黒幕は騎士団の総隊長だったなんて……。私はてっきり総大司教の方かと思っていたんですけど」
「姉さん、騎士団長って外面は穏やかだけど、魔術協会への敵愾心は異常なくらいに高いって聞いたことあるよ。むしろ総大司教への牽制のために姉さんを狙ってくるってこと、十分あるんじゃないのかな」
「ああ、なるほど。そういう見方もできるわけね……」
「まあ、何にしてもだ」
ジュリアスは手を叩き、自らへと視線を集める。
「無論、共犯者への警戒もまだ怠るべきでないが」と戒めつつ、彼は不敵な顔で私たちに言った。
「これで一応の目星は付けられたと言っていいだろう。ソフィア、グスタフ──ここからが、俺たちの反撃開始だ」
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