7-2 獅子の到着、諍いと戒めと

 酒場の目が集中した先には、漆黒の鎧を纏い、身の丈ほどもある大剣を担いだ男が、取り巻きを連れて立っていた。群れを率いる強大な獅子のような迫力は、荒事になれた幻導士エレメンターでも思わず後退りそうになる。



「俺は、ジークフーリートという。ジークフリート・レイワンスだ」



 男の名乗りに、クラレンスが瞠目する。



「ジークフリート……? あの『冠位を食む者グランドイーター』か!?」


「いかにも。国王ハイクツェルペ・ロードランより、魔竜討伐の命を受けて到着した」



 酒場をさらなる驚きが襲った。王国はギルドへの使者もなしに、いきなり討伐隊を寄越したらしい。その事実で、テレザは王国が事態をどう捉えているかを理解した。



「それだけ緊急事態ってことね……」


「そういうことだ。そこの受付嬢、現状を説明してもらえないか?」



 ジークフリートの要求に、フィーナが前に出た。彼女の話に頷くと、ジークフリートはゆったりと自らの所感を述べる。



「ふむ……小規模なギルドだが、中々どうして見事な対応だ。しかし、俺達が来たからには森の捜索は任せてもらいたい」


「え? し、しかし」


「森の中での活動に、大人数は不要。選り抜いた精鋭で当たるのが常道だ」


「ちょっと待った」



 フィーナの反論を遮り、力強く言い放つジークフリート。そこに、テレザは待ったをかけた。ここには足手まといしかいない、とでも言いたげな口調に少なからずカチンと来ている。



「どうした? 言ってみろ」



 しかしテレザの苛立ちを孕んだ視線など、ジークフリートはどこ吹く風。あっさりと発言を促される。その態度にさらに血が上るが、相手は国王の命を受けているのだ、喧嘩腰は良くない。息をつき、努めて素直に聞いた。



「精鋭で当たるってんなら、私達を置いてくのはどういうこと?」


「どうも何も、自然だろう? 貴様が麗銀級と言っても、それはこの片田舎での話だ」


「……へえ?」



 直接侮られ、テレザから殺気が迸る。ジークフリートの取り巻きが色めき立つが、ジークフリートは眉一つ動かさず彼らを制した。彼は静かにテレザを見下ろし、少し考えた後口を開く。



「喧嘩を売るつもりはなかったが……これは、俺の言い方が悪かったのか。ならば謝罪しよう。だが、貴様らがこれ以上余計な被害を出す必要はない。俺達が魔竜を倒してやる」


「気を遣った言い方でそれって、本当根っからナメてるのよね……!」


「……俺は喧嘩は売らん。が、売られれば買うぞ。安くな」



 一触即発。沸騰したテレザだが、一歩踏み出した瞬間、後ろから強く肩を掴まれる。



「よせ、テレザ! 利き手を痛めた今、勝てる相手じゃない」



 はっと我に返ると、クラレンスが険しい表情でテレザを見つめていた。その頬には、冷や汗が一筋伝っている。彼は過去にジークフリートの強さを目の当たりにしたことがあるようで、何と敬称つきで呼んだ。



「ジークフリート……さん。あんたもあんただ、わざと煽っただろう」


「そんなつもりはないが……む? その声、クラレンスか。久しいな、一皮むけたように見える」


「ああ。今ここで、テレザがあんたに勝てないことくらいは判断できるようになった」



 そしてジークフリートも、クラレンスを知っていたらしい。しかし互いに今から昔話を始める気はない。ジークフリートは取り巻きに指示し、先んじて森に向かわせた。クラレンスもテレザを説得し、話をまとめにかかる。



「テレザ。業腹なのは分かるが、ここは向こうの言う通りに動け。今は幻導士エレメンター同士で争っている場合じゃないだろう」


「……ごめんなさい、迂闊だったわ」



 ジークフリートはテレザの反省の弁を聞き、小さく息をついた。一応、喧嘩にならなかったことに安堵しているらしい。



「決まりだな。森には俺達が向かう。ギルドの幻導士は、集落の防衛に集中しろ。防衛線の構築には、単体の実力よりも、地理の把握や人数こそ重要だ。俺達では務まらん」



 そう指示を置くと、取り巻きを追ってジークフリートも酒場を出て行った。彼の考えは非常に合理的で、テレザは子供じみたプライドではねっ返ったことを恥じ入る。全く、いくら腕は上がってもこういうところはガキのまま止まっている。


 クラレンスがやれやれと首を振り、やはりと言うべきかテレザに苦言を呈した。



「まさか、冠位を食む者グランドイーターに食って掛かるとは……どうなるかと思ったぞ」


「ごめんなさい……侮られるのは、負けるより嫌なのよ」


「負けず嫌いは俺も嫌いじゃない。が……流石に、もう少しこらえ性も身に付けるべきだな」



 そう窘められ、反論の余地もなくテレザはがっくりと頷く。それを見かね、オーガスタスが話題を切り替える。



「にしても、あのジークフリートって男。恐ろしく腕が立つのは見れば分かるが、何者なんだ? 俺は片田舎の人間だからな。教えてもらえるか、クラレンス」


「それも良いが……先に、移動を始めよう。あちらのおかげで、折角やることが絞れたんだ」



 クラレンスの言葉に同調し、4人は急ぎ馬車を走らせる。


 今夜は長くなる。全員が、そう予感していた。

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