第3章 昇格と不正と

3-1 挨拶と談笑、嘲笑う同期

「――ってことがあったんです!」


「へぇ~……」



 4人はギルドに帰るとそれぞれ軽く体を清め、すぐにテレザが入院する診療所を訪問した。シェラが満面の笑みで語る依頼の話を、テレザはベッドに座って静かに耳を傾けていた。



「……お怪我は、大丈夫ですか?」



 テレザが静かすぎて心配になり、シェラは体調について尋ねる。力強い面しか見てこなかったからか、彼女の病衣姿は実態はどうあれ、ひどく弱っているようにに見えてしまう。



「平気平気。医者からあまり騒ぐなって、それだけ。シェラは良い経験したのね。中々ないわよ、魔物の巣穴を火攻めで落とすなんて」


「……経過は良好、あと1週間もすれば退院。すごい回復力、ね?」



 テレザの声音は明るい。森妖人エルフの美女医エリーも、太鼓判を押してくれた。が、それはそれとしてテレザからもシェラに聞きたいことはある。



「……何でその3人まで、私の見舞いに来てるわけ?」


「折角パーティを組んだんですし、顔合わせです」


「勝手に私をパーティに組み込まないでもらえる?」



 言葉だけはそう言いつつ、テレザも別に断るつもりはない。


 最年長の青年は、話を聞くに中々頭が切れそうだ。あとの2人も現状の実力はともかく、素直に教えを吸収して伸びていきそうに見える……と、無意識に品定めするように見てしまった。



「挨拶が遅れました、カイン・フォレッティンと申します。昨日、彼女と依頼を遂行した者です」



 テレザの不躾な視線に気づかなかったか、それとも流してくれたのか。理知的な青年が挨拶をする。自然な笑顔からは、不自然な緊張など微塵も感じられない。良い意味でテレザは意表を突かれた。麗銀級の自分を前にした途端、態度が急に変わる者も多かったから。意外と肝が据わっている。



「ご丁寧にどうも、カインさん。私はテレザ・ナハトイェン。私の方が年下だし、ため口で良いわ」


「……敬語の方が、むしろ気が楽なんだけどな……」



 カインは苦笑いを浮かべた。赤銅級以上の幻導士というと一線を画す存在だ。本人が許可しているとはいえ、ため口を利くというのは中々度胸がいる……が、テレザの知ったことではない。



「復帰後はそっちでお世話になるって彼女は言ってるけど、大丈夫なの?」


「歓迎……というか、お世話になるのはこちらで……だよ」



 カインのぎこちない口調にテレザが笑う。ピジムとグラシェスが場の流れに乗った。



「アタシはピジム・ガントローです。テレザさん、籠手使いナックラーなのよね?色々教えて下さい!」


「グ、グラシェス・ロドムです。よ、よろしくお願いします」


「鍛えがいがありそうね、2人ともよろしく」



 挨拶が終わると各々の装備や、術式の鍛錬などについてテレザは助言を仰がれる。



「そんな、私教官じゃないし……」



 と言いつつもテレザの知識は広範で、それぞれについて的確なアドバイスを送ってくれた。



「……悪いけど、時間、ね?患者さんは、寝るから」



 面会時間が終わった。テレザが軽く手を振って見送ってやると、最後までこちらを振り返りながらシェラは部屋を出ていく。思わずテレザから苦笑が漏れた。



「ったく。あの子、どれだけ心配性なのよ」


「……心配かけたのは、誰?」


「うるっさいわね」



 エリーに痛いところを突かれ、何となしに脇腹に手をやる。患部は順調すぎるほど順調に回復し、既に痛みは消えていた。とはいえ、復帰まで1週間……動き回っていたいタチのテレザには短いようで長い日々だ。


 ふと窓から外を覗くと、初夏の日差しが顔をやんわりと包み込む。散歩するには最高の日和だ、何か食べ歩くのも良いだろう。



「……良くないから、ね?」



 筒抜けだった。



「わかってますよーだ」



 ぷすーっとむくれてベッドに潜り込む。昼食まではまだ少し時間があるし、暇な時間は寝て過ごすしかない。



「……あなた。変な人、ね?」



 この女に言われたくはないが、テレザは患者という立場上我慢する。



「そうかもね」


「……回復が早すぎるの。分かる?」


「それは、昔から言われたわ。間違いなく骨折したと思ったのに、術式で軽く冷やして朝起きたら打撲で済んでたとかもあったし」


「……特別な部族とかの出身ではないの、ね?」


「違うわよ、普通に村で育ったし。何よ急に」


「……ううん。ちょっと、気になっただけ。……じゃ、お昼ご飯作ってくる」



 そう言って診療室から出て行ったエリーは、テレザの体を検査したカルテに改めて目を落とす。身体能力・免疫状態ともに健康優良児を地で行く値だが、1つだけ気にかかる。


 『対幻素抵抗エレメントレジスタンス』が、際立って低い。

 これは単純に『抵抗』とも呼ばれ、これが低い者ほど強力な術式を簡単に、手早く行使できる。


 例を挙げると、カインが『破城槌(バタリングラム)』の発動に長い詠唱を要し、さらに1発でエネルギー切れ――『幻素欠乏イグゾースト』したこと。あれは彼の抵抗がまだまだ高く、術式によって体にかかる負荷が大きいことに由来する。

 修練を積むこと、そして加齢により抵抗は徐々に下がっていく。そのため、抵抗に限って言うならば若い幻導士はベテランに比べて不利とされているのだが――



「……何度計っても異常値、ね」



 テレザの抵抗は齢18にして、既に数百年生きてきた森妖人エルフのエリーよりも低い。確かにヒトは森妖人より遥かに短命ゆえ抵抗の低下も早い。が、それにしてもだ。


 特定の部族の血統ならば、こういうケースもある。が、彼らは遺伝病や奇形など体に爆弾を抱えており、得てして虚弱・短命だ。対してテレザの場合は理想的な健康状態を保ったまま、抵抗だけを落としている。



「……何者なのかしら、ね?」



 先ほど「普通に村で育った」と言っていたが、「普通に村で」わけではないのか…?



「……もう時間、ね」



 そろそろ昼食を作り始めないと、患者が腹を空かせて文句を垂れるかもしれない。少し足を速め、彼女はキッチンへと向かった。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「今日は依頼に行くことはないけど、何かしたいことはあるかい?」



 昼食に頼んだパスタを食べながらカインが問いかけた。



「アタシは修練所行きたいなー。今日、オーガスタスのおじさんが来るって」


「ぼ、僕も行きます。カ、カミラさんにお話を聞きたいので」


「あー。あのお姉さん水属性だもんねえ……シェラは?」


「私は……武具屋に行こうと思います。ちょっと、武器を見てみたくて」



 ピジムとグラシェスの2人は、麗銀級の2人に教えを乞うつもりらしい。ピジムに促されたシェラもこう話し、カインは頷いた。



「じゃあ、午後は別行動かな。僕は昇級試験を予約してあるから」


「昇級試験って……」



 期待を込めてシェラが聞くと、カインは一瞬だけ痛みをこらえるような表情を浮かべ、すぐに普段の笑顔に戻った。



「昨日のゴブリン退治。あれを成功させたら、受験しても良いって言われてたんだよ」


「わ、頑張ってくださいね!」


「オイオイ。俺らと同期のくせに、まだ真鍮なのか? なのにこんな美少女連れて、良いご身分だな?」



 不意に、背後からちゃらけた男の声がした。長い茶髪を後ろで束ねたそいつは、馴れ馴れしくシェラの肩に手を伸ばす。



「やめてください」



 ペチッ、と温厚なシェラにしては乱暴に、その手を払いのける。これまでもナンパのような形で絡まれることはあった、彼らにはこのくらいしないと絡まれ続ける。



「何だよーつれねえ」


「こんな奴に付いても、先なんかないよ。この業界は階級で決まる。真鍮なんて初心者クラス、早々に抜けられなきゃ向いてないよ」



 さらにもう1人、深い青色のローブを纏った男がカインを見てせせら笑った。上腕に光る階級票は、錬鉄Ⅱ級。カインの年代では出世頭と言ったところか。



「何よアンタたち。用があるならはっきり言いなさいよ」



 カチンと来たピジムが噛みつく。だが青ローブの男はニヤニヤを崩さず、カインをあざける言葉を重ねた。



「君たちはそいつと違って、才能がありそうだからさ。僕らのパーティに誘おうと思ったんだ」


「結構よ。仮にセンパイに幻導士として才能がないとして、アンタ達は才能以外に何もなさそうじゃない」


「……言葉遣いには気を付けろよガキ」



 ピジムの言葉に、茶髪の男の目つきが変わった。軟派に見えて根っこは典型的な幻導士エレメンターか、再三シェラの肩を抱こうとしていた手が拳を握り、テーブルへ叩きつけられる。



『おっ、喧嘩か!? やれやれー!』


『良い度胸だ、頑張れ嬢ちゃん!』



 周囲がその様子をみて煽り立てる。



「やめなさい! 酒場で暴れるなと、普段から言っているでしょう」



 しかし高まった熱は、鋭い叱声で一気に鎮まった。声の主はイザベラという、ギルドの受付の中でも最年長の女性だった。その厳格さから幻導士の間では受付嬢ではなく受付長と畏れられ、用事がある際は『イザベラさん』と呼ぶのが常だ。

 ほうれい線の刻まれ始めた色白の肌に高い鼻、後ろできっちりまとめた黒褐色の髪、すがめられたことで強調されたシャープな目つき。絵に描いたようなデキる女性の風情で、騒ぎの元となった茶髪の男とピジムを睨む。


 先ほどの威勢はどこへやら、今や2人はイタズラを叱られる子供のように肩を縮めていた。



「つい、熱くなっちまって」


「うっ。す、すみません……」


「エーデウスさん。階級とは、他人を嘲笑するために存在しているわけではありません。ピジムさんも、安易に他人の怒りを買う言動は控えるように。良いですね」



 2人を、きっぱりと名指しで注意する。喧嘩両成敗というやつだ。イザベラはギルドに登録している幻導士全員の顔と名前を一致させている、との噂があるが……新人のピジムまで把握しているとなると、強ち嘘っぱちというわけでもないのかもしれない。次に彼女の目はカインに向く。



「カインさん。あなたはパーティのリーダーでしょう。トラブルの防止も、あなたの務めです。それにこれから昇級試験でしょう。この場では不問としますが、くれぐれも注意するように」


「……肝に、銘じておきます」


「ルベドさん、あなたもですよ。依頼への出発前だというのに他人に絡むのは感心できませんね。世代の出世頭だからと、油断のないよう」


「はい、すみません」



 最後に青ローブの男・ルベドに釘を刺すと、イザベラはヒールの音を高く響かせてカウンターの中へと戻って行った。奥から何やら声が聞こえてくる。恐らくイザベラが、喧嘩を止めに入らなかったことを別の受付嬢に注意しているのだろう。ばつの悪い空気がテーブルに充満し、エーデウスとルベドは舌打ちしてギルドから足早に出ていく。


 ピジムが小さな声で謝る。



「ごめん、センパイ……我慢できなかった」


「良いんだ。気持ちは嬉しかったよ、ありがとう」


「あ、あの2人の言葉は僕も怒れましたよ」


「そうです! 言って良いことと悪いことがあります」



 グラシェスの言葉に同調し、シェラが残っていた料理をかきこんで眉を吊り上げる。装備こそ上質そうなものではあったが、2人が纏う空気は依頼出発前にもかかわらず、酒場にいる酔っぱらいと大差ないように感じられた。シェラの目で見ても、カインをあざ笑うほどの実力者とは思えない。



「よし。皆食べ終わったし、一旦解散にしよう。明日の朝、酒場に」



 カインの言葉で、それぞれの目的に動き始める。カインは酒場を抜けギルドの奥へ、ピジムとグラシェスはギルドにほど近い修練所へ、シェラはギルドの前にある武具屋へと向かった。

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