3-2 屈辱と後輩、反撃の希望

「あんたも本当にねえ……やる気はないのかい?」



 昇級試験の面接官を務める、恰幅の良い受付嬢はそう言って資料を机に投げ置いた。先ほど受付長にカウンターの奥で注意を受けていた女で、その目はどう見ても幻導士エレメンターの実績を評価してはいない。カインは、真っすぐにその目を見つめて言い返す。



「エイヴィーさん。あなたの言っていることは、密猟です。僕は加担する気はありません」



というのも、そういうことである。



「だーからさ、何度も言ってるだろ。あんたの同期だってもう長いこと協力して、1度もバレたことなんてないんだ。金も入るし、昇級だってあたしから口を利いてもらえる。もう後輩の前であいつらに馬鹿にされることもない。旨い話だろう?」



 エイヴィーはいけしゃあしゃあとまくし立てる。


 彼女の言っているやり方はこうだ。


 まず正規の手続きを踏み、2つのパーティAとBが別々に依頼を受ける。このとき、Aは採集依頼を。Bは近隣の害獣の討伐を受注する。当然、担当はこのエイヴィーだ。


 通常と違うのはここから。Aは採集物を集め、すぐさまBの依頼地へ向かい、Bと落ち合う。そして2パーティで協力し、害獣を安全に討伐する。とはいえ、これも別パーティによる救援だ。特に問題はない。


 次の段階。これが完全に違法行為だ。通常、討伐された獲物はギルドの手配した回収業者によって、値段を決めて市場へと流される。売り上げはギルドが管理し、受付嬢や回収業者の給与に還元される。


 だが彼らは討伐した獲物をその場で闇商人に売り渡し、相場よりかなり高額な報酬金を得る。さらにBの依頼人には「重傷を負わせ、撃退した」として、報酬金の半分を請求するのだ。実際には討伐しているため、依頼元から苦情も来ない。


 ついでにAは「害獣に遭遇し、それの撃退で採集が難しかった」などと言って報酬金を吊り上げる。それについては、Bが取り逃がした害獣に襲われたのだろう、とでも報告書に書いてやれば疑われない。


 あとは儲けた金を一味で山分けし、懐を肥やすだけだ。



「断ったって良いことはないよ。あんた賢そうだし、分かってるだろう?」



 カインが真鍮級にとどまっている理由がこれだ。意に沿わない者も、意図的に昇級させないことで無理矢理共犯者になるよう促す。それが、彼女のやり口だった。



「ギルドを通さない闇商人との取引は市場を乱し、ギルドの信用も大きく損なう。重罪です!」


「おっと、告発だなんて変な気を起こすんじゃないよ。……可愛い後輩がどうなっても良いのかい?」


「……!」


「立場の違いを弁えな。あんたは真鍮級、あたしは受付嬢なんだ。何かにかこつけて危険な依頼を押し付ける、なんてこともできるんだよ」



 受付嬢とは、誰でも就ける仕事ではない。獣や魔物の生態、地形などの知識に通じた者が超高倍率の試験をくぐり抜け、やっとなることができる。ゆえにその信用は非常に高く、荒くれ者の多い幻導士エレメンターでも受付嬢の言いつけは何だかんだ守る。


 だからこそ、こんな悪事が罷り通ってしまうこともある。



「ま、やる気がないなら今回も不合格さ。……いや~残念だね~、面接が苦手だと苦労するねえ」



 白々しくそう言って、エイヴィーは部屋を出ていく。



「……」



 拳を握りしめ、爪の食い込んだ手の平から血が滲む。どれだけ努力しようとも、彼女たちの違法行為に協力しない限り自らの昇級は望めない。それだけならまだしも、今後の後輩の昇級にも影響するだろう。だが密猟に加担するなど、それこそ自分に付いてきてくれる後輩に申し訳が立たない。


 幻導士エレメンターとして、これまで真面目に努力してきた自負がある。こんな所業を許しておくわけにはいかない。だが反抗すれば、大事な後輩達を危険に晒すことになる。それだけはできない。



「……僕は、どうすればいい……」



 正義感を、これまでの努力を踏みにじられ、立ち上がれない。やるせなさにカインは打ちひしがれ、湿りきった感情が床にこぼれ落ちた。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「そうだったんですか……残念でしたね」


「ああ。情けない話だけど……」



 武具屋で今の杖から乗り換える武器を探していたシェラは、何故か息を切らせたカインから昇級試験の結果を聞いていた。彼の様子がおかしいことにはすぐ気づいた。試験に落ちたショックかと思ったが、それなら、わざわざ試験結果を話しに来たりはしないだろう。何かある。



「悲しい顔されてます。悩み事ですか?」


「そ、そんなに酷い顔かな?」


「折角の美形が台無しです。ピジムさんやグラシェスさんも、心配すると思います」


「君に言われると、お世辞でも自信を持ってしまうね。心配ありがとう、修練所に行くまでには何とかするよ」



 軽く話を振ってみるが普段の穏やかな笑顔はどこへやら、カインの表情は沈む一方だ。原因は、間違いなく昇級試験だろう。だが詳細を話さないということは、そこで何かあったということだ。そして今の発言から、付き合いの長いピジムやグラシェスのいる修練所ではなく、シェラのいる武具屋へ一直線に来たことも分かった。


 その理由を考え、シェラは1つの可能性に辿り着く。カインはシェラ達を人質に、何か良からぬことに巻き込まれているのでは――――。

 シェラの考えすぎかもしれないが、これならカインの行動にも説明がつく。ピジムとグラシェスは現在、麗銀級の幻導士たちと一緒だ。トラブルに巻き込まれる心配はまずない。対してシェラは1人きり、格好の獲物だろう。だから急いで駆けつけてきたのではないか。


 ただ、馬鹿正直に聞いて答えるようなら最初から話してくれているだろう。少し遠回りをする必要がある。



「カインさんが来る直前、ここで声をかけられたんです。カインさんも知ってる方で――――」


「なっ。誰に?何を言われたんだい!?」



 シェラは嘘は言っていない。ごく普通に、ここの店主から何を探しているのか聞かれただけだ。そうでなくともナンパなど、冷静ならばそういった平穏な発想が出てくるはずだ。しかしカインはよほど思い詰めていたらしく、その狼狽えようと言ったらなかった。あっさり鎌にかかった彼に、悪戯っぽく言ってやる。



「カインさんが悩み事を言ってくれたら、です。そんな顔して秘密なんて……バレバレですよ」


「……嘘は、苦手なんだよね」


「いちゃつくなら外でやってくれぃ」



 少しだがカインに笑顔が戻る。店主の言葉を受けた2人は武具屋から急いで出て、修練所に向かった。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「そんなんじゃダメだ!相手の動きをよく見ろ!」



 走り込んできたピジムをあっさり払いのけて砂の上に転がし、オーガスタスは激励する。



「籠手は他の武器より扱いやすいがリーチがねえ。間合いの詰め方を考えねえと勝てねえぞ!」


「はいっ!!」



 肩で息をしながら立ち上がったピジムが、前後左右に素早くステップしつつ、距離を測る。飛び込む構えを見せて空振りを誘い、その隙に懐に飛び込むつもりのようだ。



「そうだ! 焦って飛び込んじゃいけねえ――――」



 そんな彼らを見ながら日陰で座っているのはカミラと、グラシェスを含む10名ほどの少年幻導士たち。幻素エレメントの扱いについて、カミラの指導を受けに来ている。この2人はここの教官というわけではないが、暇なときは修練所に顔を出し、後進の指導に当たっている。カミラがピジムを見て、感心半分苦笑半分でグラシェスを振り返った。



「よくやるな、彼女。付き合うあいつもあいつだが」


「は、はい。い、いつも傷だらけで……」


「はっは。訓練に熱心なのは良いことだが、治す側の身になれというところか。……さて、私たちも休憩は終わりだ」



 そう言って立ち上がったカミラが、おもむろに訓練用の木盾に幻素エレメントを通す。すると盾を水のベールがすっぽりと覆い、淡く光を放ち始めた。聖騎士はその盾を砂の上に立て、純白の愛剣を構える。



「ここからは、付加術(エンチャント)について学ぼう。この先世話になるはずだ――――せいっ!!」



 剣が真上から振り下ろされ、とても相手が木とは思えない衝突音が響く。

 

 通常ならば一刀両断されるところ、木盾は傷一つなく聖騎士の一撃を耐えてみせた。おお、と少年たちがどよめく。カミラが木盾を拾い上げ、全員にしっかり見えるよう突き出した。



付加術エンチャント。人体や物体に幻素エレメントを流し込み、性能を大幅に引き上げる技術だ。熟練すればただの木盾で、剣の一撃を弾くことすら可能になる」


 

 オーガスタスやカミラ、そしてテレザといった接近戦を本領とする幻導士エレメンターは、肉体や得物に付加術を施すことで、驚異的な戦闘力を実現している。


 サイラスは攻撃を純粋な術式のみに依存するが、あれはあくまでも例外。付加術は、大半の幻導士が大成するために避けては通れない。



「先ほど、幻素で特定の形を作る訓練をしたな。付加術も、自らの思い描く性能を他者に与える。つまり、思い描くものを形にできる能力がなければ話にならん」



 そう言って、カミラは生徒たちの人数分ずらりと武具を並べる。



「どの武具でも良い、付加術を施したいものを選んでやってみよう。決まった詠唱はない。手を当てて、幻素を流すだけだ。なに、私も最初は幻素が伝わらなかったり、伝えすぎて幻素過剰オーバーヒートを起こして壊したり、失敗ばかりだった。めげずに繰り返し練習することが大事だ」



 生徒たちはめいめい武具を選んで手を当て、付加術を試みる。何の反応も起こせない者が大半だが、



「わっ!?」



 グラシェスの選んだ木盾が突如黒煙を噴いた。慌てて手を離すと煙は収まったが、水をかけると一気に湯気が立つほど高温になっている。



「む。皆、見てくれ! 彼の付加術の跡だ」



 カミラが笑顔で生徒全員を集める。解説によれば、黒く焦げた部分には幻素が集まりすぎていて、それが幻素過剰オーバーヒートを起こしたらしい。



「初めての試みで物体に幻素を通すとは良いセンスだ」


「あ、ありがとうございます」



 物体は、自分の身体とは対幻素抵抗エレメントレジスタンスが異なるために、幻素を流す力加減が難しい。だから未熟なうちは流す力が弱すぎて物体の抵抗に弾かれたり、逆に力を籠めすぎて幻素過剰オーバーヒートを起こしてしまう。



「幻素が通せるようになってきたら、あとは物体をよく観察するんだ。全体にバランス良く、自らが思い描く幻素の形を配置する。それが付加術エンチャントだ」



 言われるがまま、再び付加術を試みる生徒たち。



「あークソ! もう少しだったのに! ちょっと力込めたら燃えちまったぁ……」


「そもそも通すのに意外と力がいるのね……」



 結局訓練終了後まで、付加術を完了できた者は出なかった。



「訓練中、失礼します」



 カインがシェラと共に、修練所に入る。



「おや、シェラ殿。と……」


「初めまして、彼女のパーティでリーダーを務めています。カインと申します」


「これはこれは。カミラと申します。訓練はもう終わっていますので、問題ありませんよ」



 そう笑うカミラの後ろでは、集中力を使い果たした若年幻導士たちが文字通り『終わっていた』。死屍累々の中にはグラシェスの姿もあり、2人に気づいてずり落ちた眼鏡を直し、立ち上がろうともがいている。シェラが、恐る恐る尋ねた。



「……何を、されてたんですか……?」


付加術エンチャントの訓練を少々」


「少々?」



 少々:程度がわずかばかりである様子。

 シェラは笑顔のまま固まるしかなかった。カミラは構わず、2人にも誘いをかける。



「お2人もいかがです?」


「よろしいんですか?」


「おや、カイン殿は乗り気のようだ」


「……じゃあ、私も!」



 少々、いや大分恐ろしいがめったに無い機会だ。背後ではピジムがオーガスタスに挑みかかっている。彼女が満足するまでは2人して、カミラに付加術の教えを仰ぐことにする。


そして、基礎を教わって僅か数分後。



「何と……!」


「わ。すごく、強そうな槍になりましたね……」



 カミラとシェラが賞賛の声を上げる。カインが見事に付加術エンチャントを成功させた。古ぼけていた木の槍が今や傷ひとつなく、磨きあげられたような艶を放っている。このまま武具屋に出せば良い値がつくだろう。



「木製ですからね、相性が良かったみたいです」


「ご謙遜を。見事な付加術に相性も何もありますまい……カイン殿は、本当に真鍮級なのですか? 素晴らしい腕前です」


「っ。……ええ、中々、本番に弱いみたいで」


「……?」



 誤魔化すようなカインの態度に怪訝な顔をするカミラだが、背後で上がった大きな歓声に疑念はかき消された。



「やったぁーーー!!」


「だぁークソッ。ついにやられたぜ……」



 ピジムが、ついに一本取ったらしい。へばっていた少年剣士たちが彼女の周囲ではしゃいでいた。悔しそうに天を仰ぐオーガスタスに、カミラが笑みを浮かべ近づいていく。



「やっと終わったか、彼女に負けたのは初めてだな」


「ああ、根負けしちまった」


「おじさん、ありがとねっ」


「礼はいいから、おじさんと呼ぶんじゃねえ」


「いやいや、年齢的にお前はおじさんだろう?」



 カインとシェラもグラシェスを助け起こし、奮闘したピジムのもとへ歩み寄った。



「あっ、センパイ!見てくれてたの!?」


「ずっとじゃないけどね。お疲れ様」


「うん! で……大丈夫?」



 ピジムの視線は、肩を貸されたグラシェスに向いた。もはや半分魂を吐き出しているようにも見える。



「……頑張ってたみたいだからね」



 カインは何とも言えない顔でグラシェスとカミラを交互に見やった。



「ええ。彼、付加術は良い筋をしていますよ」


「お姉さんに褒められたの、グラシェスが聞いたら喜ぶだろうなー!」



 カミラのお墨付きに、自分のことのように笑顔を見せるピジム。そこにオーガスタスが抗議の声を上げた。



「おい、待てピジム。何で俺はおじさんで、カミラはお姉さんなんだ?」


「え……おじさんはおじさんだし、お姉さんはお姉さんでしょ?」


「……」



 気持ちは分かるが理不尽極まりないピジムの返しにどっと笑いが起きる。4人は麗銀級の2人に礼を良い、修練所を後にした。目を覚ましたグラシェスがふらつきつつも自力で歩き、行き先の違和感を口にした。



「あれ……? い、行き先、ギルドじゃないんですね」


「伝えたいことがあるんだけど、あまりギルドで話したいことじゃないんだ。僕の宿で話そう」



 カインの下宿は、本人の性格を表すようにしっかりと片付けが行き届いていた。3人はカインの受けた昇級試験の一部始終と、エイヴィーが主導している密猟の手口を聞く。



「なっ……何よ、それ」


「ギ、ギルドの受付嬢が密猟を主導……」


「断ったら昇級試験に不合格、ですか」



 よもやのギルドの裏切りにピジムは怒り、グラシェスはカインの発言を反芻、シェラは悲しそうに目を伏せる。



「けど、実際にやってる人達はいるんだ。今日会った、エーデウスとルベドもね」


「密猟で上がった地位で、人を見下すなんて……!」


「落ち着いて。僕だって怒りはあるよ。けど、怒ってもどうにもならない」



 机に拳を打ち付けたピジムを、他ならぬカインが諌める。今は、どうやって密猟をやめさせるかが大事だ。



「他の受付嬢さんから、マスターに話してもらうのはどうでしょう? イライザさんなら」


「それも考えたけど……やめた方が良いと思う」



 シェラの案に、カインは首を振った。イライザは『受付長』と言われる通り受付嬢をまとめる立場であり、中々酒場には出てこない。もしも特別の用事で呼び出せば、それは必ずエイヴィーに伝わるだろう。



「隠ぺいされてしまえば証拠は見つからず、むしろ僕らが嘘つきとして晒されてしまうだろうね」


「ぐぬぬ。そこが、階級の差ってことね……」


「そうなるね。悔しいけど、向こうのやり口は上手いと言わざるを得ない。受付嬢という社会的な信用は、やはり強い」


「ま、まあギルドの職員って、頭が良くないとなれませんからね……」



 カインの言葉に、ピジムとグラシェスも俯く。


 中々良い手は浮かばない。何と言っても、階級の差が最大の難関だ。ギルド内への根回しでも、エイヴィーはカイン達より圧倒的に優位だ。カインが3度にわたって密猟を断ってなお『昇級できない』程度の嫌がらせで済んでいるのは、本気で敵に回るようならいつでも潰せるという確信があるからだ。


 敵に回ったと悟らせず、1撃で決定的な証拠を掴み取るには、彼らの地位はあまりにも頼りない。



「あ。……私達にも、発言力のある人が味方についてくれるかも」



 そんな中、シェラが何かを思い付く。ピジムもすぐにそれを察し、2人で頷きあう。これならいける、という思いが透けて見えた。



「……さっきの麗銀級のお2人なら、無理だよ。忙しすぎて、とても協力は難しい」


「違うよセンパイ。いるじゃん、今は暇してる麗銀級の幻導士エレメンターで、私達も知ってる人!」



 ピジムにそこまで言われて、カインも思い至る。



「そうか……テレザさんなら!」



 何故今まで気づかなかったのだろう。テレザにこの件を話せば、心強い味方になってくれるかもしれない。



「じゃあ、今日は解散にしよう。……すまないね、巻き込んでしまって」


「謝らないでよー、悪いのはセンパイじゃないでしょ!」


「そ、そうです。密猟を許す方が駄目ですから」


「自信持ってください。きっと、何とかなりますから」



 ピジム、グラシェス、シェラの順で次々に励まされた。……これでは誰がリーダーか分かったものではない。



「……うん、本当にありがとう。明日の予定を少し変えよう。9時にここに集まってくれ」



 3人を帰したあと、カインはベッドに横になる。これまで昇級試験の後の夜は、2度ともむなしさと悔しさでどうしても目が冴えてしまった。


 今夜は、よく眠れそうだ。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





 翌朝、寂れた診療所にて。



「大変なことに巻き込まれてるのね……良いわ。密猟なんて、許してはおけないし」



 テレザは二つ返事で協力を了承してくれた。が、問題はエリーの判断だ。



「ってことで、いつ頃私は退院できるの、先生?」


「……ん。そう、ね……」



 話を聞いていたエリーは瑞々しい唇に指を当て、視線を上げて考えるそぶりを見せる。それだけの動作が、一種の魅了チャームのように5人の精神を動揺させる。これでダメだと言われたら、逆らえる自信はテレザにもない。エリーの色気は、もはや呪いの域にすら達していそうに思える。緊張はたっぷり5秒ほど続き、エリーはテレザに向けて口を開いた。



「……傷は、あと2日も大人しくすれば、大丈夫」


「それは寝たきりってこと?」


「……戦闘とか、激しい動きはダメ。……そうじゃないなら保護観察、執行猶予……?」


「経過観察で良いじゃないの。何で犯罪者みたいに言うわけ?」


「……治りかけで無茶するの、医師にとっては犯罪だから、ね?」



 ぐうの音もでないとはこのことだった。固まったテレザを見て、カインが吹き出しかける。とはいえ、許可をもらえたのでよし。



「じゃあ改めて、密猟犯をとっちめる作戦を考えましょうか」


「……もう戻ってきちゃダメ、ね?」


「ちょくちょく、顔は見に来るかもしれないわ」


「……やめて、ね」


「そこは森妖人エルフらしく黙って微笑んどきなさいよ、もうっ!」



 エリーとテレザの締まらないやり取りを最後に、5人はギルドへ向かった。何はともあれ、密猟に加担している者の情報がほしい。

 ギルド酒場に入ると既にエーデウスとルベドがいて、カウンターでエイヴィーと何やら話していた。テレザに気づくや否や話を打ち切り、足早に立ち去る。エイヴィーは素知らぬ顔をして、カウンターの奥へ引っ込んでいった。



「……何か聞こえた人は?」


「少なくとも、私は何も」



 カインの問いかけに、テレザをはじめ全員が首を振った。事情を知っているから怪しさ満点の行動に見えるが、幻導士が受付嬢と話すこと自体はいたって普通だ。これを無理に突つくのはあまり賢くない。近くのテーブルにつき、朝食を摂ることにする。

 麗銀級と言っても、別に神様というわけではない。証拠が無ければ告発は難しいことに変わりはない。テレザが小声で聞いた。



「……ねえ、手口をもう1度お願い」


「2つのパーティで採集依頼と討伐依頼を受注する、採集パーティは討伐依頼に合流し、安全性を高める。討伐の報告をギルドに上げず、闇商人に売って金を稼ぐ。これが主な手口だ」


「……もう闇商人をふん縛って、そいつに変装するなんてどう?」



 大胆かつ根本的な策だ。だが、いくつか重大な問題がある。


 まず、居場所が分からない悪い商人だから闇商人であり、居場所が分かればそれはただの悪徳商人だ。それに依頼も受注せず狩場に出るのは、それこそ密猟者のすることである。


 カインがその点を指摘すると、テレザはパチッとウィンクして答えた。



「大丈夫。同時に受注される依頼をどちらか、。……そのための私でしょ?」



 チラチラと肩で揺れる麗銀の階級票が、輝いて見えた。

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