4-3 親の情、娘の想い

 とうに草原地帯を抜けて、現在馬車は斜陽を背に、乾いた風が吹き抜ける荒れ地を走っていた。目指す鉄血都市が遠目にも見せつけるその威容に、シェラは圧倒された。



「あれが鉄血都市……。あの塔、何ですか?」


「あのどデカい塔? 高炉よ。鉄鉱石の精錬に使うの」


「ひゃ~……。あんなにおっきいんですね、初めて見ました」


「あそこまで大きいのは、そうないけどね。うるさいうえに、24時間稼働だから滞在してる間は鬱陶しいわよ」



 テレザは昔を懐かしむようにそう語る。ハイエスが敏感にその空気を感じ取った。



「何だかんだで楽しみなんじゃないですか? 里帰り」


「そう見える?」


「少なくとも、嫌ってるようには見えませんがねえ」


「まあこの地を離れた理由もケンカ別れとか、そういうんじゃないからね。……皆、どうしてるかな」



 もうすぐ、テレザが育った村で最後の休憩をとる。彼女曰く、手紙はお金と一緒にちょくちょく送っていたそうだが、その返信は決まって「お金は受け取った。ありがとう」というもの。

 育ての親は元々寡黙な人だった。近況も互いにほぼ報告しないので、どうしているかはよく分からない。ハイエスが遠眼鏡を覗く。



「もうすぐですよ。着いたら、ゆっくり旧交を温めてください」


「やっと、テレザさんのご両親に会えるんですね!」


「ご両親。そんなに会いたい……?」


「はい!」



 馬車は徐々に速度を落とし、村の門へと到着した。テレザの口ぶりとは裏腹に立派な門構えで、思わず見上げてしまう。シェラが真っ先に口を開いた。



「何もない、なんて嘘じゃないですか!」


「……こんな場所知らないわ」


「え」


「私が村を出た時は、本当に貧しい村だったの。痩せた土地で小麦を栽培して暮らしてたはず。一体何があったら……」


「ま、まあまあ! 入ってみれば分かります」



 そう言ってハイエスは馬車を進め、村の中へと入っていく。ぽつぽつと見える村人の服装は生地もしっかりしており、農民に似つかわしくないほど上等だ。幌を付けたままで怪しまれているのかと思い、テレザは思い切って顔を外に覗かせる。すると、村人たちが何事か囁き合い始めた。



「噂されてますね……」


「私が何したってのよ……」



 村の中央に会った広場でハイエスは馬車を止め、まずは乗客の2人を降ろす。



「じゃあ、自分は馬を繋いできますから」


「ええ、ありがとう」



 一旦ハイエスと別れ、改めて村を見渡す。家の造りも頑丈になり、服も上等に、門までできて。位置的には自分の育った村で間違いないのに、帰って来た実感がまるで湧かない。



「な、なあお姉さん。その桃色の髪、地毛かい?」



 一体村に何が起きたのかと考えていると、男が恐る恐るといった感じで声をかけてきた。村人の注目度がまたぐっと上がった気がして、視線だけで背中にじっとりと汗をかきそうだ。



「そうよ。物心ついた時から」


「格好見た感じ、幻導士エレメンターだよな?」


「依頼で鉄血都市に向かってるんだけど、休憩に寄ったのよ。一応、育った土地だしね」



 ここの育ちであると言った瞬間、男の表情に歓喜が広がった。



「やっぱりテレザ姉ちゃんか!」


「? その呼び方……隣に住んでたミゲル!?」


「そう、そうだよ! おーい皆! やっぱりテレザ姉ちゃんだ! 帰ってきたんだ!」



 ワラワラと、今までどこにいたんだという人数が2人の近くに集まってくる。



「ちょ、ちょっと何?」


「わ、わっ」



 混乱するテレザとシェラ。村人に歓迎されていることはひとまず理解できたが。



「おかえり、5年ぶりかねえ?」


「背も伸びたなあ」



 声を聞き、テレザは懐かしい顔に気づく。


 火の起こし方を教えてくれたイグアインおじさん、調理の方法を習ったミュレイヌおばさん、一緒に遊んだ同年代……皆それぞれ歳を取っていたが、息災だ。


 だが感慨に浸る前に、聞きたいことを聞かせてもらおう。



「村に何があったのか、聞かせてもらえる? それと、私の家はどれ? たった5年で発展しすぎよ、異世界転生でもした気分だわ」


「あぁ、そうだな。まずは親父さんに会わせてやらなきゃ。そこで、村の説明もしてもらえるさ」



 そう言ってミゲルに案内されたのは村の中でも一際大きく、重厚な塀に囲まれた邸宅だった。まさかここが自分の家なのか? とテレザは改めて目を疑ってしまう。建てるようなお金も、必要もこの村にはなかったはずだ。



「どうなってるの……?」


「姉ちゃんが村を出ていってから、色々あったんだよ」



 呆然と呟くと、ミゲルがどこか得意げに言った。鍵の開いていた門から庭へと入り、呼び掛ける。



「おーいフランベルさん!テレザが帰ってきたぜ!」



 ややもすると玄関から銀髪をオールバックにした男性が出てきた。さすがに50歳を越えて顔の皺は深くなってきたが、今でも十分に美丈夫と評せる。老け込んでいるという印象は全くない。



「帰ったか、テレザ。……大きくなったな」



 テレザを見て、彼はよく響く渋い声でそう言った。無愛想だが、彼なりに愛情を持って接してくれている。この人こそ彼女の父親、また幻素エレメントのイロハを叩き込んだ師でもある。



「ただいま、お父さん師匠。村に何があったのか教えてくれる?」


「お前が出ていったあと、鉄血都市の棟梁がここに大量の資金と人を寄越したんだ」


「あのオオトカゲ……棟梁が?何でよ」



 思わず昔呼んでいたあだ名が飛び出す。



「理由は、ここを鉄血都市付近の宿泊地にしたかったということらしい。まあ理由が何であれ、我々に拒否権はないがな」


「後の要求は?」


「ないな。税も今まで通りだ」



それが、村がここまで発展した理由らしい。宿泊地なら宿場町でも新しく作れば良かったはずではと思うが、まあ向こうなりに考えがあるのだろう。テレザは一応、納得したように頷く。



「ふーん……」


「鉄血都市には、いつ向かう?」


「できる限り早くって言われてるから、明日の朝には出発よ。今晩はここに泊まっても良い?」


「構わん。……そちらは」



 男性がシェラを見た。自己紹介を忘れていた、とシェラは慌てて頭を下げる。



「遅れました。テレザさんとパーティを組んでいる、シェラと申します」


「よろしく。私はフランベル・ナハトイェン。君も今晩は、ここに泊まると良い」


「部屋なら余ってるって?」


「……そうだな。私には妻もいないし、使う宛がない」



 フランベルは2人を家に招き入れる。村人に歓迎してくれた礼を言い、2人は彼に邸内を案内してもらう。どの部屋も小綺麗で広く、宿泊場所として申し分なかった。



「すごい豪邸ですね。昨日までの宿より広いかも……」


「本当よね。どの部屋を使っても良いの?」


「ああ。泊まる部屋以外にも、荷物置きに使ってくれても良い」


「荷物を置いても、十分寝られるスペースが余るお部屋ばっかりですけど……」



 シェラと相談した結果、1階にある、最も風呂場に近い部屋に泊まることにする。体を清めたらすぐに寝たい、幻導士エレメンターらしい色気のない選択だった。



「ゆっくり……とはいかないが。できるだけのもてなしはしよう」



 その顔には、父親らしい笑みが刻まれていた。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





 テレザとシェラが荷物を置いて再び外へと出る。すると今度は、テレザが村人から質問と思い出話の波状攻撃にあった。



「どんだけ稼いでるんだ!? すげえ額が送られてきてたけど」


「お嬢さん可愛いね、いくつ? 14歳? いやー花盛りだ……」


「フランベルさんね、ずーっと手紙に向かって悩んでたのよ。何書いたら良いか分からないって」


「顔にも口にも出さないけど、あの人はテレザのこと、ずっと心配してたよ」


「お嬢さん彼氏とかは? いないの? 付き合った経験もない? じゃあ俺とお友達から……グフッ」



 どさくさ紛れでシェラに寄り付いた蝿を叩き落としておく。容赦なく鋼の拳骨で殴られた若い男が悶絶し、笑いが起きた。



「な、何すんだよ……」


「あんたこそ何してんのよ。……全く、怖かったわね?」


「あわわ……!」



 テレザは言い寄られて怯えていたシェラの肩にそっと手を回し、見せつけるように抱き寄せる。



「は、恥ずかしいです。こんな大勢の前で」


「あら、皆の前じゃなければ良い?」


「違いますー!」



 パタパタと抵抗するシェラを抑え込むのは容易かったが、可哀想なので解放してやる。それを見たミュレイユが微笑んだ。



「ふふ、可愛いお嬢さんねえ。今夜は美味しいご馳走用意するから、楽しみにしといてね」


「えっ。いえ!ご馳走になるだけじゃ悪いですから、お手伝いさせてください!」


「……テレザ。シェラちゃんは良い子だねえ?」


「その目は何かしら、ミュレイユおばさん?」



 シェラの可憐さと素直さは、村人の心をぐっと掴んだらしい。きっかけになった男には少しも感謝しなくて良いだろう。

 ミゲルが、シェラとテレザを見比べながら首を傾げた。



「シェラちゃんは一見、幻導士に見えねえけどよ。この子が5年もしたら、のかねえ?」


「えっ」



 シェラは慌てて否定する。実力でテレザさんに5年で並ぶなんて



「な、なるわけないですからっ!」


「むっ!?」



 テレザが怒る。自分はシェラより荒っぽい。それは認めるが……その全力の否定は



「何よ、どうせ私は悪い子よ!」


「ええっ!?」



 器用なすれ違いだった。



「「…ふふっ」」



 互いに吹き出してしまう。それは周囲にも伝染し大笑いになる。話題は途切れることなく夕方まで喋り続け、日が暮れかけてくると大急ぎで夕食の準備に取り掛かる。



「火の番は任せてちょうだい」



 テレザは自らの能力を存分に活かし、火を起こす役を買って出る。赤々と燃える薪を見て、1人の男が上機嫌に声をかけた。



「幻導士がいると楽チンで良いやな」


「ほら、手が空いたらテーブルと椅子出しな!」


「へいっわかりやした!」



 彼は妻にケツを叩かれ、忙しそうに食事の準備に戻った。5年経っても変わらぬ光景に、テレザの口元も緩む。



「夫婦仲は変わってないのね」


「やだ、数年で変わるようなら結婚しないよお!」


「……変わってくんねえかなあ」



 大鍋が火にかけられ、塩漬けの肉や、新鮮な野菜がゴロゴロと投入されていく。染みだした脂やエキスが混ざり合い、えもいわれぬ良い香りが村中に満ちた。



「……野盗とか、来ないでしょうか」



 楽しみに混じる不安を隠せないシェラに、出来上がった料理を振舞いつつ。ミゲルが安心させる。



「昼にフランベルさんが言ったろう? ここは宿泊地、襲ったら自分達の首を絞めるだけさ。それに万が一来ても、今はテレザ姉ちゃんがいるしな!」



 アテにされたテレザは口元をゆがめる。



「いくら払ってもらえる?」


「ふるさとを守るのに金取るのか!?」


「当然でしょ。……ん~~美味しい!やっぱこの味は忘れられないわ」



 やいのやいの言いながら、テレザはたっぷりとスープを吸った肉を頬張る。柔らかくなった筋は容易にほどけ、口一杯に多幸感が広がる。パンも、野宿用の固いものではなく焼きたてが振る舞われる。村の畑で獲れた小麦を原料にしたパンは、5年前と変わらぬ味でテレザの舌に馴染んだ。



「わ、このパン、すごく美味しいです!」


「でしょ? 昔からパンだけは美味しいのよここ」


「中々食べに来られないの、勿体ないなあ」



 シェラも舌鼓を打ち、自分たちのギルドに出張してほしいと絶賛する。

 保存されていたワインも開けられたらしい。2人は未成年ということで飲みはしないが、出来上がった男たちに何故かハイエスが混ざっているのを見つけた。いつの間に馴染んだんだあいつ、と思わず目を見合わせる。日暮れから始まった宴はあっという間に過ぎていく。







 テレザがふと気付くと、日付が変わる頃になっていた。酔っぱらいたちは地べたで眠りにつき、他の者も満腹感で動くのも億劫といった様子。シェラは一足先に邸宅に戻っている。満ち足りた夢を見ているのだろう。

 ふと見ると、フランベルが近くに座っていた。不器用で、自分からテレザに対して距離を詰められない彼に気を遣ったか、周囲も彼から距離を取っているようだ。テレザはその隣に、許可も取らず座り込む。何と言っても親子なのだ、この程度の勝手は許してもらおう。最初の話題は――――懐かしい味について。



「今日の鍋、ウサギの肉よね」


「ああ、この辺で1番良く獲れる」


「覚えててくれたのね。昔から好きなのよ、ウサギ」


「覚えているさ……好みが変わっていなくて良かった」



 チラチラと瞬く二等星のように、親子の会話は決して派手には盛り上がらない。しかし、2人から笑顔が絶えることはない。娘が喋り、父が返す。これが親子2人の距離感だった。



「……そろそろ休むか?」


「そうね、明日も早いし」



 本当はもう少し一緒にいたって良いのだが、テレザはフランベルの言葉に頷く。眠れるときに眠るのが幻導士の鉄則。これを教えたのもフランベルだ。その口が開き、素直な感想を口にした。



「……見て分かる。本当に、強くなったんだな」


「まだまだ、お父さんあなたには及ばないわ。並んだと思ったときが、私の幻導士としての潮時なんだと思うけど」


「買い被りすぎだ。才覚では私など、お前の足元にも……」


「それでも、よ」



 強く、強く遮った。会う前は、そこまで思い入れもないと思っていた。だがこうして話し、同じ鍋から飯を食べて分かった。

 上だけを目指し、今まで押し殺していた本当の気持ちに嘘はつけなかった。



「私にとって最高の幻導士は、あなた。出会ってくれて、ありがとう」



 フランベルの目が見開かれる。


 頬が熱く感じるのはきっと、回ってきたアルコールのせいだ。気を抜くとかすれそうになる喉に力を込めて、努めてゆっくりとフランベルは発声する。



「……師匠冥利に尽きるな」


「そりゃ良かった。……言いたいことは言えたし、寝るわ」


「おやすみ。食事の片付けは明日やる、気にしなくて良い」


「ありがと……おやすみなさい」



テレザの背中が邸宅へと消えた瞬間、視界が滲んで見えなくなる。



「歳を取るのも、悪いことばかりじゃないか……」



 最近どうにもコシの無くなった銀髪を撫でつけ、そのまま若い頃のように地べたで寝転がる。夜を謳歌する星が閉じた瞼に灯り、一条の流星が頬を伝った。

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