4-4 荒くれの宴、首脳の苦悩

 シェラとテレザは翌朝村を発ち、鉄血都市へ入っていた。気だるそうだった鉄血都市の門番にエンシャロンから受け取った依頼票を見せると、途端に丁重になり、門からメインストリートへと案内してくれた。


 のだが――


 鍛冶、客引き、喧嘩……とにかくうるさい。


 油、泥、煙、血、膿……とにかく臭い。


 ネズミ、ゴキブリ、……とにかく醜い。


 これ以外にも、五感に届く情報届くほぼ全ての情報が不快だ。もはや逆に感動しそうな光景が広がり続ける。



「すごいところですね……」


「すごいところでしょーここでメインストリートなの、信じられる?」


「信じたくないです……」



 キョロキョロするシェラに、テレザが死んだ目の笑顔で返す。2人は現在鉄血都市に入って10分ほど。だがもう帰りたい。地獄と聞いてはいたが、シェラの想像した地獄のはるか上……下? を行く治安の悪さだった。



「まあまあ、もうじき綺麗な場所に着きますから」



 そんな2人を、綺麗な身なりをした森妖人エルフの美男がにこやかに宥める。彼はメインストリートから、棟梁のいる「竜の巣ドラゴネスト」と呼ばれる建物への案内人を買って出た。金と血にまみれたこの土地には無縁に見える外見だがこの都市で執務長、実質上の鉄血都市ナンバー2と言って良い。

 それは腕っぷしもそうだが、この街で数少ない外の人間とまともな会話ができる人材であるところも大きい。過去の滞在でテレザも大いに世話になった。種族が種族なおかげで、この男だけは時が止まったように容姿が変わらない。



「で? その綺麗なところに住んでらっしゃるトカゲ様は、何で遠路はるばる来たか弱い女の子を住居まで歩かせてるわけ?」


「はっはっは。お綺麗になられても、苛烈な部分は変わりないようで。安心しましたよテレザさん」


「チッ」



 朗らかな笑顔から繰り出される喰えないセリフ回しに舌打ちするテレザだが、これも懐かしくないと言えば嘘になる。優秀ではあるが何を考えているのかよく分からない奴、というのがこの男、ノエル・エイグドラッセルに対するテレザの印象だった。



「大丈夫ですよ……ほら。棟梁が迎えに来られました」



 ノエルが前を指すと、さざ波が立つように人波がうごめき、めいめい通路の端に避ける。開けた視界の先にいたのは、オーガスタスすら凌ぐ巨躯を持つ竜人ドラゴニュートだった。テレザを見るや、大股で近寄ってくる。



「久々だな、テレザ! 会いたかったぜ」


「お久しぶり、棟梁。帰って良い?」



 長身過ぎて、近くに立たれると顔を見るのに苦労する。その顔はトカゲに近く、口から鋭い牙が見え隠れする。2.5メートルほどもある身の丈は赤褐色の鱗に覆われ、黄土色の法衣が良く映える。

 そして首に提げているのは……黄金級の階級票。麗銀のもう1つ上、中身まで怪物である証明だ。



「ダメに決まってんだろ」


「……治安、まだマトモにならないの?」


「何言ってる? 良くなっただろ。お前目瞑って歩いてたのか?」



 これだから鉄血都市は……とテレザはげんなりする。一旦そこから目を逸らし、彼はシェラに一歩近寄った。ほとんど垂直に見下ろされ、腰が引ける。



「そう怖がるな、取って喰ったりしねえよ。……お前、テレザの娘か? 似てねえな」


「えっ」



 シェラが固まる。テレザが両手を腰に当てがい、呆れたように否定した。



「そんなわけないでしょ。その子は医療術者、兼現場研修」


「お前、現場研修でここに連れて来るのはおかしいだろ」


「おかしいのはここの治安でしょうが」


「……」



 ピシャリと言い返すテレザ。連れてきたのはシェラ本人の希望であって、断じてテレザが攫ってきたわけではない。それを聞いた棟梁はしばらく無言でシェラを見下ろした後、気持ちを切り替えて名乗った。



「まあ良い。改めて、俺がこの鉄血都市の棟梁……ナガラジャ・ファンヴネルだ。棟梁で良いぜ。これから3か月、よろしく頼む」


「はいっ、よろしくお願いします」


「おぉっ……! 挨拶がちゃんとできるのか! こりゃ将来有望だぜ」



 シェラがぺこりと頭を下げると、ナガラジャは尊い宗教画をみた信徒のように感動を露わにする。ただ挨拶を返しただけでこの反応、普段は一体どんな人間(?)と接しているのやら。テレザがため息をついた。



「ここの常識で測らないでちょうだい。将来有望なのは同意するけど、この調子じゃ話が進まないでしょ」


「やはり棟梁はダメです。ここからは私が話しましょう」


「おい、何勝手に」


「ぜひそうして」



 ノエルが話を勝手に引き取り、テレザがナガラジャを遮って同意を示す。



「それでは――」


「ちょっと君たち……ねえ?」



 完全に置いてけぼりにされたナガラジャが声をかけるが、2人はもう意に介さない。天高くそびえる竜のドラゴネストへと歩き出した。










竜の巣ドラゴネスト、ノエルの執務室にて。



「具体的な仕事内容をお伝えします。まあ、大体察しはついているかもしれませんが」


「『血剣宴グラディウス』関連でしょ。そんな季節だものね」



 血剣宴グラディウスとは、鉄血都市で年に1度開催される大闘技会だ。1対1である以外、ほとんどルール無用の腕比べで誰が最強かを決める。推奨はされないが相手を殺してもOK。非常に野蛮で、ゴロツキの大好きな要素が詰まっている。


 一応最低限のルールとして、


『降参や気絶で戦闘不能となった相手への追撃は禁止』


『競技者同士の場外乱闘は禁止』


『毒ガスなど環境を汚染する兵器は禁止』


 というものがある。これに違反した者は、2度と血剣宴グラディウスへの参加を許されない。


 ノエルはテレザの答えに頷く。



「その通りです。あなたには闘技場コロセウムにて血剣宴グラディウス競技者の選別、及び……競技者の1人として血剣宴グラディウスに参加していただきます」


「……解せないわね。参加者には困ってないでしょ?」



 参加するのに文句はないが、理由が読めない。この都市に来るような命知らずが、この宴に参加したくないなどありえない。参加者が足りないわけでもないのに、わざわざテレザを参加させる。何か大きな理由があるはずだ。



「これに関しては、棟梁。説明をお願いします」


「おう。実は近年……血剣宴グラディウスで、八百長っぽい動きがあってな」


「八百長?」



 ナガラジャの言葉にテレザが怪訝な顔をする。シェラにとっても、それは聞き覚えのある単語だった。



「八百長って、対戦者同士で勝敗をあらかじめ決めたりして、利益を受け取ることですよね?」



 この手の闘技会には賭博が付き物、大会を盛り上げる大きな要素だ。大会期間中、この対戦カードの勝者はどちらか、優勝は誰かなど、競技者は様々な賭けの対象になる。だからこその場外乱闘の禁止だ。競技者同士が公式戦以外で傷つけ合っては大会そのものも盛り上がりずらい。

 だが近年、賭博で勝つために、配当金の一部を対戦相手に支払うことを見返りにわざと負けてもらう者、もしくは負けてやる代わりに配当金を見返りに求める者がいるというのだ。


 これは最強を決める目的にそぐわない。重大な違反行為だ。テレザはシェラに頷いて見せるが……やはり解せない。



「3度の飯より喧嘩が好きな連中が、年に1度の大イベントで八百長なんて……何かの間違いなんじゃない?」


「俺も俄には信じがたかったが……結果をじっくり見てみると確かにおかしいんだよ。依頼の受注状況や階級から相当の実力者と思われた奴があっさり負け、逆に酒場で伸びてばっかの奴が良いとこまでいったりしてる」


「そりゃ、ルール無用だからでしょ? 勝ち残るには運もいる」


「1回だけならな。ここ数年、同じ奴が何度もそうなってるんだ。組織ぐるみの可能性もある」



 運営側として結果を見続けてきたナガラジャがこう言うのだ。八百長は確かにあると、テレザも認めざるを得ない。が、それなら手っ取り早く犯人を捜し出せば良いのでは、と思う。



「……怪しい奴を直接問いただして捕まえちゃえばいいんじゃないの?」


「それもそうか」


「ダメですよ。馬鹿なんですかあなた達は」



 テレザの案に納得したナガラジャを、ノエルが慌てて引き止める。



「大会前に公表したら、競技者の皆さんは不安ですよね……。目の前の相手が、八百長してるかもしれませんし」


「賢い人がいて助かります。下手をすれば、血剣宴グラディウスが中止になりかねません。あくまでも終了後、過去の大会で八百長があった。容疑者は今大会では利益を得ておらず、既に逮捕されている……と公表するのが王道でしょう」



 ノエルがシェラの推測を嬉しそうに肯定する。一方で馬鹿と一括りにされた2人の不服そうな目線は完璧に無視を決め込んだ。



「ということで、今回の血剣宴グラディウスは昨年までより参加者を絞り、なおかつ八百長に与しない者を参加させることで八百長試合の防止と摘発を行うのです。危険も伴いますが、テレザさんならばと」


「その『八百長に与しない者』が、私ってわけね。で、参加者を絞る方法はどうするの?」



 やっと話の全貌が見えた。納得したテレザは、仕事の具体的なところに踏み込む。もし参加希望者に酒場で喧嘩を吹っ掛けて力量を見ろ、と言われても困る。……できないとは言わないが。

 ノエルの視線を受け、ナガラジャがそれに答えた。



「参戦希望者と、闘技場コロセウムで戦ってもらう。戦う日時とかはこっちに任せてくれ」


「OK。ちなみに、合格の条件は何? 私に勝ったら?」


「その条件だと合格者が0人になっちまうだろが。まあそこは適当だな、実際に戦ったお前の意見を参考に、見込みのある奴をピックアップする。だからできる限り、に頼む。お前の怪我なら本戦でも良いハンデだろうが、当落線上の奴には致命傷になりかねん」



 難しい注文を付けてくれるが、何だかんだテレザの腕を見込んでくれているようだ。意気に感じ、テレザはニッと笑って答えた。



「了解。不正行為を潰すためなら、参加もやぶさかじゃないわ」


「そうこなくちゃな。で、報酬だが。参加者の選別を終えた時点で生き残ってれば金貨10枚。血剣宴グラディウスで2回勝ち進めばさらに10枚。優勝で残りの金貨30枚と装備を渡そう」


「報酬、その都度なのね。っていうか……」


「気づいたか。金貨30枚と工房の最先端装備。それが今年の血剣宴グラディウスの優勝賞品だ」



 ナガラジャの言葉に苦笑いして、テレザは軽く天井を見上げてしまう。



「依頼の金額、優勝賞品まで込みだったのね」


「そういうことだ。報酬が欲しければ勝ち上がれ。『強い者に従う』――それがここの基本だ」



 まあ郷に入らば郷に従えと言うし、そもそも優勝できずとも金貨20枚の時点で破格の大金だ。条件の後出しではあるが、テレザとしても報酬に不満はない。


 ただ……



「あ、そうそう」


「どうした? まだ何かあるのか?」


「ここ、空いてる部屋はないの? 綺麗で安全な部屋を拠点にしたいのだけど。変なとこに泊まって怪我したくないし」



 中々ハードな仕事になる。宿くらいわがままを言っても良いだろう。そんなテレザの要求に、ナガラジャは少し悩んで、許可をくれた。



「まあ、この建物がこの都市で1番綺麗だし安全だからな……。良いぜ、空いてる部屋の備品は好きに使ってくれ。ただし飯は用意できねえぞ」


「十分よ、ありがとう」


「ありがとうございます!」



 テレザとシェラが礼を言うと、ナガラジャは強面を裏切る人懐っこい笑みを浮かべた。



「おう! 働きに期待してるぜ」



 鉄と血でできた街に、嵐が近づこうとしていた。

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