8-2 闇夜に漲る、魔の本性
集落にて魔物の群れと相対していたテレザ、オーガスタス、クラレンスの3人は、突如狼たちが天へ向かって吠え始めたことに困惑していた。
「何だ?」
ゴブリンを
「……来るぞ」
クラレンスの鋭い直感が、まだ見えぬ何者かの気配を感じ取る。それを裏付けるように――
アオォォーーン……!!
美しくも禍々しい咆哮が闇夜を震わせる。その途端、周囲の狼どもにも変化が起こる。目が血走り、毛は逆立ち、全身の筋肉が隆起する。異様なまでの興奮状態に、さしものクラレンスも目を剥いた。
「何だこれは……!」
「何だも何も、やられる前にやるしかないでしょ!」
硬直した空気が文字通り爆ぜる。後方からの支援攻撃に徹していたテレザが、前へ出てきていた。唸る狼どもに爆炎をぶつけ、動き出す前に火だるまにする。
が、
「はあっ!?」
テレザが驚愕する。これまでは熱さにのたうち回っていた狼だが、なんと
しかし、テレザが抱いたのは何も驚愕だけではない。本来この手の数だけ多い獣は彼女にとり、簡単に焼き払えるお得意様だ。だからこそ、狼のこの行動は彼女の逆鱗に触れた。
「――舐めんじゃないわよ、この犬コロどもッ!!」
怒気を孕んだ一声が飛び、テレザが先ほどに倍する勢いの火炎を放つ。ただ燃やすだけではなく、皮膚を破り、狼たちを内臓から灰へと変える。
「~~、こいつら……!」
「テレザ! これ以上無駄に力を使うんじゃねえ」
なお収まらぬ、と八つ当たり同然にゴブリンへとその掌を向けるテレザ。それをオーガスタスは強く制止した。この先何が起こるか分からないのに、雑魚相手に全力投球を続けるのは自殺行為だ。
「お前さんが倒れたら、シェラはどうなる?」
オーガスタスがシェラを引き合いに出すとテレザは炎を収め、バツの悪そうに息を吐いた。
「……ごめんなさい。ジークフリートのあれから、まだ気が立ってるみたい」
「まあ、おかげで狼の数は大分減らせたが……油断するなよ」
「……
テレザが闇を見つめる。テレザの放った炎が赤々と燃える、そのさらに奥。そこから1頭の獣が、悠然と姿を現した。
大まかなシルエットは、その辺で焦げている狼どもと大差ない。しかし足から背中までの体高は推定2.5メートル、狼型として圧倒的だ。毛の艶も良く、何より口から漏れる死臭が、これまでの雑魚とは別格であると告げている。さらに周囲の狼を強化する能力……テレザの頭に、当てはまる魔獣が浮かんだ。
「ジェヴォーダンか。とんでもないのが出てきたわね」
ジェヴォーダン、「狼王」とも称される凶悪な魔獣だ。討伐の目安は、チャンパーワットと同じく麗銀級が4名以上。しかも生憎、敵はそれだけではない。ジェヴォーダンに紛れてマーブルウルフが4頭、さらにこれまで散々焼いたのと同じ雑魚が複数、炎の向こうに姿を見せている。互いにけん制し合い、戦場は束の間の膠着を得た。
「2人とも。あのデカブツ、お願いしても良い? 周りの犬コロは私が何とかするわ」
「任せろ。こういう状況こそ、俺の出番だ」
「妥当な判断だ、雑魚は任せる」
テレザの提案に、頼もしい答えがオーガスタスとクラレンスから返ってくる。はっきり言って3人で対処するには厳しい状況だが、彼らの闘志が萎えることはない。
「シェラ。私の合図で、
「は、はい!」
禍々しい気に呑まれかけているシェラを励ます。周囲は炎に照らされ、
腹を決め、テレザはチロリと唇を舐めた。
「よしっ。じゃあ――行くわよ!」
吹き抜ける風の音を拍手、瞬く星を観客にテレザが下級の魔物、レッサーガルムの群れの中で舞う。燃える平手の1撃で首を飛ばし、突きを叩き込んで顔を平らに均す。焼殺が難しいのなら撲殺するまでだ。
「ハルルルル……」
部下がやられて苛立ったように歩を進めるジェヴォーダン。そこに、
「おっと、行かせねえぜ」
「お前には、ここで遊んでいてもらおう」
男2人が立ち塞がる。ジェヴォーダンは頭を振り、不遜な2人の背後を顎で指した。それに従い、4頭のマーブルウルフが2人の脇をすり抜けテレザへと走る。それを振り返ることなく、2人は牙を剥き出して唸り出したジェヴォーダンと対峙する。
「流石は狼王、半端ねえオーラだ。ビビるなよ、クラレンス」
「誰に物を言っている。あんたこそしくじるなよ、オーガスタス」
アオォォーーン……!!
声の主が魔獣でさえなければいっそ聞き惚れてしまいそうなほど気高く、そして猛々しい遠吠えが天を揺らす。爛々と血色に滾る眼光で2人を睨み据え、ジェヴォーダンがその咢を開いた。
エレメンターズ ~幻に満ちた世界を歩く者達~ テルー @p1370019
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