5-2 押しと押し、押し通す
テレザを見て破顔する彼こそは辺境のギルドで知り合った麗銀級の大男、オーガスタス・マッシベンだった。まさか麗銀級がこんな選考に出るとは、テレザも予想だにしていない。呆然と彼を見つめるだけになってしまう。
異変を察知し、ノエルがテレザに駆け寄った。
「テレザさん、どうされました?」
「ちょっとした知り合い。私が今お世話になってるギルド、そこの麗銀級の
「それはそれは……なぜ、この選考に? 麗銀級ならば招待選手待遇で、本戦に
「ダメだ。鉄血都市の外の奴が、階級を見せびらかして横入りするなんて卑怯だろうが」
「いや、しかしですね……」
オーガスタスの主張は男らしいが、ノエルは試合を渋る。なぜなら本物の実力者同士は、本戦でこそ競わせたいからだ。このまま始めればテレザの気性からして、絶対に小手調べでは済まない。こんなところで怪我をしてもらっては困る。
表立っては言いたくないが、この選考ではあくまでも優勝候補へのかませ犬として、善戦してくれそうな者を選ぶに過ぎない。この中から優勝者なんて出ることはないのだ。……それこそ大規模に八百長でもない限り。
が、オーガスタスはノエルの事情など一切考えずこんなことを言い出した。
「良いだろ別に。もしダメだってんなら、俺はすぐに元のギルドに帰らせてもらうぜ」
「……」
ノエルとして、いや大会運営側として、実力者に辞退されるのは最悪の事態だ。
「こういう人よ。
悩めるノエルに、テレザからも頼みが入る。ただしその目は最早我慢の限界といった様子で、赤熱した闘争心をむき出しにしている。ただ単純に戦いたいだけである。
「この美少女型バーサーカーめ」という言葉を、ノエルはどうにか胸の中に留めた。
「……分かりました。くれぐれも、両者とも怪我のないように」
無理に止めるのは逆に危険と判断し、ノエルは2人の要求を飲むことにした。そのうえで、決して怪我をしてくれるなよ、と念を押す。
「話の分かる兄さんだな。さあやろうぜ!!」
「退屈な選考会だと思ってたけど……オーガスタス。あなたは違うでしょ?」
オーガスタスとテレザは互いに拳を合わせる。ノエルが審判を買って出た。
「仕方ありません、私が責任を持ちます――両者、元の位置!」
その声に従い、2人は開始位置に立つ。向き合って互いに察する。相手が本物の、ともすれば自分よりも強者であることを。
「いざ尋常に……」
静かな声に、オーガスタスが
「――始め!」
ノエルの手が上がり、開戦を告げた。
「うぉおおお!!」
様子見はしない。オーガスタスは全速力でテレザ目掛けて突進し武器を振りかぶる。圧倒的な速度で振り下ろされた鎚は
が、伝わるのは固い地面の手応えだけ。外した――と思った瞬間、
「『
横から高熱が吹き抜ける。テレザの右手が火を噴き、魔物の頑強な頭蓋すら焼き溶かした炎の槍で側頭部を狙ってきた。オーガスタスは即座に上体を跳ね上げて回避、テレザをくの字にへし折ろうと横なぎに鎚を振るう。が、それはテレザも想定済み。空いている左で迎え撃つ。2人の気迫が同時に炸裂した。
「おらっ!」
「つぁっ!」
打撃と打撃がぶつかり合い、
1歩間違えば死ぬ。だがその緊張感こそ闘争の真髄だ。
間合いを取ったテレザが今度は攻める。これまでは草原や森林が多かったので使えなかったが、今のフィールドは
「『
先ほどとは比較にならない面積の炎が繰り出された。響き渡る咆哮から逃れる術などないように、オーガスタスに炎の壁が迫りくる。上はダメ、横ももう間に合わない。
「だったら答えは1個だろ――『
あろうことか、彼は火の壁に真正面から挑みかかる。
「――やるじゃないの」
テレザは上体を逸らし、鼻先を戦鎚が掠めるギリギリでかわした。そのまま地面に手をついて支えとし、上を通過する影に向かって足を跳ね上げる。が、無理な姿勢から繰り出した蹴りは僅かに空を切る。
砲弾のような勢いを、オーガスタスは太い両足を砂地に埋めるようにして見事に殺し、テレザに向き直った。互いに手札を見せ合い、未だに傷は付けられていない。
「あぁ。最っ高ね、あなた」
風圧だけで脳が揺れたか、目の奥に若干残る重さをこらえてテレザが再び構えに入る。今度は互いにジリジリと間合いを計っていると、
「『
突如として巨大な氷山が2人の間に落とされた。物理的に水を差された格好になり、2人が術者を振り向く。
「……そこまで。実力は分かりました」
案の定、氷山の主は審判を務めるノエルだった。テレザがぷぅっと息を吐き、不満を漏らした。
「何よ。ここから良いとこなのに」
「その『良いとこ』は、
「ああ……分かった。必ず本戦で当たろうな、テレザ!」
これは選考です。そう言われては、テレザもオーガスタスも引き下がるしかなかった。
その後、選考は滞りなく進み……合格者を5名ピックアップして公表し、終了となった。その中には当然、1番手の女傭兵、5番手のオーガスタスも含まれている。この選考は複数の日に渡って合計6回行われ、合格者32名を出した。これと、過去の実績などから本戦への
計64名で
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます