第5章 宴の始まり

5-1 不意の参戦、男と鎚

 まだ人気のない街中を足早に通り抜け、テレザとシェラは会場に1番乗りする。


 すり鉢状の闘技場コロセウムは周囲をぐるりと囲む客席、中央部に土を固めた闘技台リングを備え、闘技台と客席の間にあるスペースには砂が敷き詰められている。きっと本戦では満員の客席から怒号と悲鳴と歓声が降り注ぐのだろう。だがこれでも「第二闘技場セカンドコロセウム」、準決勝・決勝はさらに大きな中央闘技場セントラルコロセウムで行われる。



「おや? 私が1番乗りだと思ったのですが」



 2人が待つことしばし、執務長のノエルが会場に姿を見せた。彼がこの会場で試験の様子を監督し、血剣宴グラディウスの参加者選考の最終決定を行う。テレザとシェラを見て、意外そうに声をかけた。



「お早い到着ですね」


「何か目が冴えちゃってね、おはよ」


「ノエルさん、おはようございます!」


「はい、おはようございます。本日は予定通り、血剣宴グラディウス参加希望者の選考を行います。彼らは本気で向かってきます。怪我などされぬよう、お気をつけて」


「分かってるわ。いつもはちゃらんぽらんのくせに、血剣宴グラディウスだけは死に物狂いだからね、あいつら」


「そ、そんな真剣なんですね……」


「ええ。このためだけに、鉄血都市に来る腕自慢もいるくらいですから。こと純粋な武力を競うことにかけては、結構権威のある大会なんです」



 そんな話をしているうちに、会場に人が増え始める。その多くは選考する側の人間だが、中には気合いの入った選考希望者も混じっていて、テレザにバチバチと殺気が飛んでくる。応えるようにガンをくれてやろうかと思ったテレザだが、そこはノエルに制された。



「彼らをむやみに挑発するのはやめてください」


「ふふっ、ごめんなさい」


「笑い事じゃすみませんよ全く……」



 やがて試験開始の時間まで20分ほどになり、選考する側が全員集まる。1度ノエルが選考担当者に集合を呼びかけ、改めて予定を確認した。



「選考担当者5名で、1戦ずつ交代で戦ってもらいます。万が一戦闘不能者が出た場合は、補充要員がそれ以降を務めます。選考希望……挑戦者の呼び出しは私が行いますので、皆さんは戦いに集中するように。また、できる限り戦闘を終えてください」



 要するに選考担当者の仕事は挑戦者と1対1をし、終わったら次の者に交代するだけ。もし怪我をしたら補欠と代わる。だが選考という都合上、挑戦者を一方的に叩きのめすのはご法度。手加減しつつも負けない実力が求められる。確かにここに集った他の4名、テレザから見てもそれなり以上の手管だった。



「さて、と……挑戦者はどの程度集まっていますか?」


「はい。現在17名を受け付けました。あと8名です」


「分かりました、何とか時間通りに始められそうですね。彼らにも時間通り始めると伝えてください。選考担当者の皆さんも、準備をお願いします」



 ノエルは試験会場の受付に挑戦者の状況を聞き、さらに指示を出す。選考試験の開始まであと15分ほど、各々体をほぐしたり装備を確認したり、気を鎮めたりして選考に備える。


 尖り切った神経の中でゆったりと15分が過ぎ、ノエルが選考の開始を宣言する。



「――時間になりました。選考担当者、挑戦者、それぞれ闘技台リングへ。ルールは血剣宴グラディウス本戦と同様、場外負けリングアウトはありません」


「両者、元の位置!」



 ノエルの指示を受け、2人の人間が闘技台リングに上がった。選考担当者はクラン・セイベレーという。長い金髪をたなびかせた、テレザをしてはっとさせるほどの美形だ。青い甲冑に身を包み、右手に槍、左手に盾を携えたお手本のような騎士。何故こんな汚い都市にいるのか分からないが、テレザと同様に鉄血都市から依頼を受けたのかもしれない。


 一方の挑戦者側は、投斧トマホークを両手に持った赤い髪の女傭兵。へその見える軽装の鎧にしみついた土埃の匂いが引き締まった肢体を、欲にギラついた眼光が整った目鼻立ちをそれぞれ台無しにしている。



「いざ尋常に――始めっ!」



 審判の掛け声で、女傭兵がまず動く。腰を落としてどっしりと盾を構えるクランに対し真正面から突っ込み……槍が繰り出される瞬間に右へ飛ぶ。



「――おらぁっ!」



 あえて安直に突っ込むことで、彼女はクランの分かりやすい反撃を誘った。明確に勝るであろう機動力を活かした動きで、彼女は左手に持った斧をクランの首筋目掛けて振り下ろす。


 が、クランは左足を円を描くように後ろに引き、素早く女傭兵へと向き直る。分厚い盾で、刃を強烈に弾いた。その衝撃に無理に抵抗せず、後ろへトンボを切った彼女の艶姿に挑戦者側から歓声が上がる。



「ふむ。彼女、まずまず良いですね」



 ファーストコンタクトを見たノエルが、女傭兵をそう評して書類に何か書き込む。あの動きは身体能力だけでは実現できない、自らの肉体への付加術エンチャントも使いこなせている。



「盾を持ってる奴はトロいと思ってたけど、あんたは違うんだね」


「……」



 女傭兵の言葉に答えず、クランはじっと盾の奥から出方を見ている。



「無視かい……でも盾の奥に引っ込むだけじゃ勝てないよ!」



 それを挑発と取ったのか、女傭兵が騎士の周囲を高速で回り始めた。右と見せて左へ飛び、飛び込むフェイントを織り交ぜながら防御を崩そうと試みる。

 しかしクランは全く焦らず、自分に向かってきた攻撃だけを確実に弾く。恐ろしい忍耐強さと反射速度、本戦では強敵になるだろう。


 業を煮やした女傭兵が、ついに叫んだ。



「涼しい顔しやがって……これでも喰らいなあ!!」



 手に持った斧を片方、全力で投擲した。しかしそれはあらぬ方向へとすっ飛んでいき、観戦者全員が呆然と行方を追う。投擲に目を向けさせた隙に女傭兵は一息に間合いを詰め、両手で持った斧を叩きつける。が、クランに限ってそんな隙を作りはしない。がっちりと盾で受け止め――



「っ!」



ようとして、慌てて地面を転がった。直後にパシッと音がして、女傭兵の手が投斧を掴む。ブーメランのように、投げた斧が戻ってきたのだ。



「これは、面白い発想だ……!」



 雷属性幻素サンダーエレメントを斧に纏わせ、電磁気で軌道を操作する。これが女傭兵の隠し玉だった。ノエルが興味深げにメモを走らせる。


 得意げに口角を上げ、女傭兵が再び投擲の構えに入る。



「その重装備でよく避けたね。けど、いつまで続くかな!」



 再び斧が宙を舞い、今度は直接クランを狙った。そして本人も斧も、不規則に左右に揺れながら迫る。これでは盾でどちらかを防いでも、もう片方の攻撃が防げない。

 挑戦者達がクランの被弾を確信して快哉を叫び、選考側からは女傭兵の技量に感嘆の声が漏れる。



「……もう、良いな。――『巡風ワンダーウィンド』」



 クランが小さく呟くと、その姿がブレる。鈍く大きな衝突音が響いた後、女傭兵が吹き飛ばされた。凄まじいダッシュ力で、女傭兵を斧もろともに盾殴りシールドバッシュ1発で仕留めたのだ。

 女傭兵は2バウンド、3バウンドと台上を跳ね転がり、ようやく止まる。上半身だけを何とか起こすが脳震盪を起こして目の焦点は定まっておらず、戦闘不能なのは明らかだった。よもやの決着に、盛り上がった挑戦者たちも黙り込む。

 歩み寄ったクランの差し出した手は受け取らず、女傭兵は恨みがましく呻く。



「な、何て力業だい。最後以外、全然本気じゃなかったろ……」


「悪くない腕だ。選考結果には期待して良いだろう」


「――勝負ありっ!」



 審判が試合終了を宣告し、女傭兵はそのまま気を失う。これで第1試合が終了。続いて第2、第3、第4試合が行われる。


 が――



「うーむ……パッとしませんねえ」


「わふ……眠たくなるわね」


「次はテレザさんの出番ですからね? しかし……少々お粗末がすぎる」



 第1試合の女傭兵の後、3名は目立ったところもなく敗れていった。幻素エレメントもろくに使わず力任せに武器を振るうだけだったり、逆に術式が使えても体術が貧弱だったり。


 いよいよ第5試合、テレザの出番が回ってきた。相手は巨大な戦鎚バトルメイスを持った毛むくじゃらの大男で――



「えっ。あ、あれ?」



 見たことがある容姿に、シェラが困惑の声を上げた。テレザも、思わず真顔で尋ねてしまう。



「……何してんの」


「おぉっ! お前相手なら遠慮なくやれるなあ!」



 テレザを見て破顔する彼こそは辺境のギルドで知り合った麗銀級の大男、オーガスタス・マッシベンだった。

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