6-8 鉄を引きずり、歩むべき道を

 生存者の捜索や遺体の回収も、一区切りとなった夕方。再び集まっていたノエルとテレザ、オーガスタスの3人に声をかける者がいた。



「無事だったか」


「クラレンス! そりゃこっちのセリフだぜ」



 オーガスタスが声の主を振り返り、安堵の表情を浮かべる。声をかけてきたクラレンスは息を弾ませているが、怪我はしていない。魔竜との戦闘にはあえて参加せず、彼なりにできることをしていたようだ。



「非戦闘員の避難誘導と、襲撃者の追跡……俺がやっていたのは裏方仕事さ。派手な戦いには遅れたが、おかげで襲撃者の情報が手に入ったぞ」


「聞かせていただけますか?」



 貴重な襲撃者のヒントに、ノエルの眉が跳ね上がる。



「ああ……。飛び去った奴を、追えるだけ追ってみた。奴はここから南東へ真っすぐ飛び、森の中へ姿を消した。俺の移動距離、そして奴らと俺の距離を考えて……この都市から馬車で2日ほどだろう」



 オーガスタスとテレザにとっても、その情報は衝撃だった。クラレンスの言葉を信用すると、その森はフィーナが仕事をしている幻導士エレメンターギルドの管轄する地域に存在する。



「まずいな。あんな辺境、襲われたらひとたまりもねえ。けど……」


「私たちは急いで戻った方が良さそう、よね」



 鉄血都市の様子を見て、テレザもオーガスタスも歯切れが悪くなる。2人が離脱すれば、鉄血都市の戦闘力は大幅に下がる。もしも再び襲撃されれば、今度こそ致命的な被害を受けてしまうかもしれない。



「いえ、あなた方は魔竜の討伐を優先してください」



 だがノエルは冷静に2人を諭した。ここに腕利き2人を置いて、他の地域に被害を拡大させることほど愚かなことはない。それに元々、鉄血都市には戦える者が多い。今回は血剣宴グラディウスの期間中だったため後手に回ったが、きっちり備えていればこうはいかないと主張した。



「そ、そう?」


「おや、テレザさんが鉄血都市の心配とは。頭でもぶつけましたか?」


「どういう意味よっ」


「お気持ちだけいただいておきます、という意味です。それに、お迎えも来たようですよ」


「あ、いたいた! おーい!」



 声に振り向いたテレザの目に入ったのは、御者のハイエスが走ってくるところだった。さらに彼と一緒にいるのは……



「お父さん!?」


「ノエル様、無事でしたか! ……テレザも、大事はなさそうで良かった。シェラは?」


「無理させちゃったから、今は寝てもらってる。というか、執務長と知り合いなの?」


「ええ。フランベルさんとは近隣集落の代表として、何度かお話を」


「そういえば、お前には言っていなかったな」



 フランベルは小さな村でちょこちょこと魔物を狩っていただけ、幻導士エレメンターとしての知名度は無いと思っていたが……まさかノエルと通じていたとは。


 クラレンスがそんなテレザの思いにはさして興味もなさそうに、駆けつけた2人の事情を問う。



「今はそれどころじゃない。用件は何だ」


「ああ、すまない。魔竜の姿を、村から見てな。何かできることはないか、と」



 フランベルはとっくに引退した身だ、幻導士として戦力にはなるまい。ならばせめてと、備蓄されていた医薬品を持って行こうと準備したらしい。村は鉄血都市の施策によって潤い、荒くれ者達が急場を凌ぐために寝泊まりするキャンプ地のような役目を担っている。

 丁度その時村の近くを、テレザとシェラを迎えるために馬を走らせていたハイエスが通りかかった。そして荷物を積めるだけ馬車に積んでここまで来たということらしい。



「お届け物は、都市の入り口に。割れ物も乗せてますから、瓦礫だらけの道を馬車で乗り入れるのは中々厳しく」


「分かりました、すぐ取りに行かせましょう。援助に感謝いたします」



 動ける者達が数人、ノエルに声をかけられて門へと走っていく。怪我人は何も魔竜に挑んだ者だけではない。戦場となった闘技場コロセウム付近に詰め掛けていた人間にも当然、被害が出ている。包帯やガーゼはいくらあっても足りないと言っていい状況だ。



「医療術式を使うのは重傷者に限定しろ、あと女はできる限り女が手当てしてやれ! 手が空いた奴はこっちで瓦礫を片すのを手伝え。モタモタすんなよ!」



 ノエルが現場を離れている間、指揮を執っているのはアーノルド。普段は飲んだくれていても、やはり戦場のプロ集団。彼らは手際よく治療の優先順位などを見極めて後処理に当たっていた。それを見たオーガスタスが感嘆する。



「これなら、本当に大丈夫そうだな」


「ええ。棟梁の一命を取り留めてくれた、これだけで十分です。心から、感謝します」


「その礼は俺じゃなくてテレザとシェラ、それとクラレンスに言ってやれ」



 俺は貰った治癒薬ポーションを飲ませただけだ。そう笑ったオーガスタスはハイエスを振り返り、早速ギルドへと帰る算段を立て始める。



「……で、だ。ハイエスって言ったか。あんたの馬車、俺も乗せられるか?」


「スペースには余裕がありますよ。お客テレザさんが許せばですが」


「大丈夫よ。一緒に帰るほうが効率的だもの、そうして」



 テレザが即座に許可を出す。するともう1人、同乗を申し出る者がいた。



「俺も乗れるか。 魔竜に対抗するなら、戦力は1人でも多い方が良いだろう」



 クラレンス。彼の言う通り、腕利きが来てくれるというのならテレザに断る理由はない。



「勿論。何なら、こっちから来てくれないか頼もうかと思ってたくらい」


「えー、ではお2人追加、と。緊急事態も加味して……このくらいでいかがでしょう?」


「――なっ……」



 ハイエスがどこからか取り出した算盤を弾き、料金を示す。クラレンスの顔が身に付けた鎧のように青くなり、オーガスタスをチラリと見た。お前からも何か文句は無いのか、と言いたげだ。



「おいおい、ちょっと取り過ぎじゃねえのか?」



 しかしギルドの誇る最高位、麗銀級の幻導士エレメンターたるオーガスタスの懐からすればそこまで法外ではない、ヒョイっと2人分の料金を取り出した。呆然と見つめるフリーランスの幻導士クラレンスをよそにハイエスは恭しくそれを受け取り、自信に満ちた笑顔で宣言した。



「乗っていただければ分かります。長距離こそ、このハイエスにお任せ! 後悔はさせませんよ」


「出発は、明日の朝で良い? 出来ればシェラが起きてから」


「ああ、それが無難だろう」



 オーガスタスの承認も受けて予定がまとまると、ノエルが口を開いた。



「でしたら、皆さんの寝るスペースを用意しましょう。フランベルさんやハイエスさんもそちらに」


「良いの? 私達、怪我人じゃないけど」


「テレザさんとオーガスタスさんは間違いなく怪我人でしょう? あなた方は都市の恩人ですから。一晩ならば誰も文句は言いませんし、言わせませんとも」



 自身も疲れ切っているだろうに、ノエルはテレザ達に寝る場所を用意してくれた。

 唯一フランベルだけは



「私は休むほどのことはしていない」



 と固辞し、夜通し働きかねないほどの献身ぶりで復旧作業に奔走しようとしたのだが、



「これから長く働いてもらわないと、我々が困るんです」



 と、ノエルがやんわり命令するような形で無理矢理寝かせた。その晩はありがたくそこに泊まり、一同は朝を迎える。












 シェラは、朝陽の眩しさに薄目を開けた。手足は重く、頭痛もする。無意識に再び閉じようとする瞼をこすり、混濁した記憶を整理しようとすると、枕元に人がいることに気づいた。



「……んぅ?」


「おはよう、シェラ。心配で来てみたんだけど……具合はどう?」



 テレザがシェラの顔を覗き込んでいた。そして彼女の顔を見て思い出す。


 そうだ、自分はナガラジャの治療をしようとして倒れたのだ。その後の記憶がない。



「あの、ナガラジャさんは……!」



 身を起こそうとついた手から、不意に力が抜けて再びベッドに沈む。もう1度ともがくが、テレザに制止された。自分の体なのに自分でないような、脳から筋肉へ命令が伝わっていかないような感覚がひどく不快だ。



「今は、休んでた方が良いわ。悪いけど今日中に、ギルドへ向けて出発するから」


「……私、『幻素欠乏イグゾースト』を起こしたんですね」


「ええ。ごめんなさいね、無理させちゃって」


「私こそ、力になれなくて。そのせいで、ナガラジャさんが……っ」


「あ、それは大丈夫。棟梁は何とかなったの、綺麗にはいかなかったけど」



 テレザから、ナガラジャについての話を聞かされる。傷口を焼いて塞ぐという発想には驚かされたが、とにかく一命を取り留めて良かった。シェラはほっと息をつく。



「……本当に、良かったです」


「あなたが必死に回復したおかげ。じゃなきゃあいつ、私が傷口焼いてそのまま死んでたと思うわ」



 安堵すると、再び眠気が襲ってくる。現在、時刻は朝の6時。出発は9時ということで、ギリギリまで寝かせてもらうことにした。



「すみません……皆さんも、怪我してるのに」


「私達が動けてるのも、あなたのおかげでしょ。昨日頑張った分、ゆっくり休んで」


「……じゃあ、そうさせて、もらいます……」



 テレザの優しい言葉に目を閉じると、すぐに意識が溶けていく。よほど体にダメージがあるのか夢も一切見ない。次に目を覚ましたときには太陽も昇りきり、テレザとオーガスタス、そしてクラレンスの3人が揃ってシェラを見下ろしていた。



「よう。大丈夫か?」



 オーガスタスの言葉に、頷く。体全体のダルさも残ってはいるが、先ほどより大分マシだ。ベッドから身を起こす。



「ご心配をおかけしました。クラレンスさんは、初めましてですね。シェラ・グレイブニルです」


「クラレンス・スオードナイトだ。姉が、1度世話になったそうだな」


「あっカミラさんの……! だから、雰囲気似てるんですね」


「……似ているか?」


「そっくりだと思うけど」


「むしろ、自覚なかったのか?」



 テレザとオーガスタスからも真顔で肯定されたクラレンスが無言で小さく頷きを繰り返す。「髪を染めるか……?」などと聞こえたのは空耳であってほしいと全員の想い。


 テレザが鍋で煮てくれたパンと干し肉を朝食として齧り、シェラはベッドから降りる。丸1日寝ていたせいか、床の感触が随分と久々に感じられた。少しふらつき、オーガスタスが手を差し伸べてくれる。



「おいおい、大丈夫か?」


「魔竜を放ってはおけません。私なら、大丈夫です」


「シェラが大丈夫って言うなら、それを信用しましょう。ただし、本当に体調が悪くなり始めたら迷わず言ってよ?」


「はいっ」



 ノエルに厚く礼を言い、4人は未だ瓦礫の折り重なる鉄血都市を出る。フランベルにも声をかけようかと思ったが、今朝から精力的に動ている彼の邪魔になるかと、遠目に見るだけに留めた。


 門に着くと、馬を馬車に繋いで4人の到着を待っていたハイエスが景気よく挨拶をして、馬車へと促した。



「おはようございます。 さ、馬車の中へ――注文通り、飛ばしていきますよ!」



 鉄の盃に血潮を注ぎ、盛りに盛った宴も終わり。


 陽光煙る高炉を背にし、馬車はギルドを目指し、荒れ地を駆けていく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る