第4章 鉄と血の誘い
4-1 束の間の再会、名指しの依頼
テレザ達が
ギルドの発表した処分は
密猟に関わっていた下記の者達
ギルド職員:エイヴィー・チーティス 以上1名
を密猟の容疑で即時にギルドから除名処分とし、
というものだった。幻導士協会とは端的に言えば幻導士ギルドの総元締めで、国家権力によるギルドへの干渉を防ぎつつ、幻導士による行き過ぎた自然破壊を監視する役割を担う。
ギルドの受付嬢が密猟を手引きしていた衝撃は大きい。街は人の話し声で賑わっているのに、酒場に来て依頼を受けようという者はごく少数だ。受付嬢に対する態度も、何だか素っ気ないような気がする。
「……ふぅ、やりづらいなあ」
フィーナは本日何度目かのため息をついた。
1度失った信用を取り戻すことは難しいことは分かっている。だがこうも露骨だと、自分まで密猟の共犯に扱われているようで気が滅入ってしまう。
「……シェラさん、元気にしてるかな……?」
登録を受け付けた、駆け出しの少女のことを思い出す。最後に姿をきちんと見たのは、いつだったか。中々自分の勤務とタイミングが合わず、話も聞けていないかった。きちんと幻導士として生活できているんだろうか。
そんなことを考えていると、ギルド酒場の扉がパッと開かれ、ドアベルが静かな酒場の中で盛大に鳴った。人の動きが少ない中だったので、思わずお尻が浮き上がる。
フィーナの視線の先には見覚えのある、そして密猟事件解決の立役者となった5人の姿があった。
「あーめんどくさかった……」
テレザがやれやれといった感じで首を振り、
「やっと帰って来れました……」
シェラはここの空気を懐かしむように、酒場の中を見渡していた。
「長かったね」
カインも、流石に疲れた表情を見せている。
「何よあいつら。私達まで密猟者みたいに!」
「まあまあ。む、無実は証明されたんだから」
苛立つピジムを、グラシェスが宥める。取り調べは中々に過酷だったようだ。
5人はフィーナに気づくと手を振ったり、会釈したりしてくれる。
「帰られたんですね、お疲れ様です! それに……ギルドを守ってくれて、ありがとうございます」
「良いわよそんな、普通に仕事してたら密猟者と鉢合わせしたってだけだし」
厳密には5人の方から密猟者が来るであろうエリアに突っ込んでいったのだが、テレザとしては説明が面倒なのでこれで通す。
「そうだね。フィーナさんは……少し体調が優れないようですが、大丈夫ですか?」
「えっ? ええ、大丈夫です。今は少し、ナイーブになってますけど、そのうち元通りになりますから」
逆に心配され、フィーナは少し狼狽えてしまう。カインという青年は真面目ではあったが、こんなに余裕のある態度だっただろうか……と思って見てみると、以前の彼と違う点が1つ。
「あ……。階級、しっかり昇級したんですね。おめでとうございます」
「はい。おかげさまで、錬鉄Ⅱ級まで飛び級しました」
「そうなんですか!? 飛び級なんて、中々ないですよ」
しかし昇級したのはカインだけではない。
「私達もだよ!」
「せ、青銅級に上がれました」
「はい。フィーナさんのおかげです!」
緑青だったピジムとグラシェス、シェラも、青銅級の階級票を誇らしげに見せてきた。
「本当だ、おめでとうございます!」
やはり新人が順調に階段を上っていくのは嬉しいことだ。久々に心からフィーナの顔が綻ぶ。
「……あれ? どうしたんでしょうか」
ふとフィーナは、外からの騒ぎ声が遠ざかっていくことに気づく。何があったのかと扉を窺うと、丁度静かに開くところだった。現れた人物は幻導士ならば誰もが知っていて、しかして直に見たことはほとんどない人物だった。
「おや、密猟検挙の英雄がご帰還かい。本当に、ご苦労さんだったね」
「え、あ……!」
その人物が声をかけた瞬間、フィーナが反射的に姿勢を正す。
小柄な
「おはようございます、ギルドマスター!」
「やめてやめて、こんな何もしてない爺にそう畏まらないで」
フィーナから挨拶を受けたこの老人こそ、このギルドを取り仕切るギルドマスター――エンシャロン・グランドレイである。彼は姿勢を楽にするよう求め、おもむろに頭を下げた。
「君たち……特に、カイン君には辛い思いをさせたね。この通りだ、本当に申し訳ない」
唐突な謝罪に、カインが慌てる。
「え!? いや、その……事件はもう、解決したんですから。頭を上げてください」
「いや、これは君が許す許さないという話ではない。ワシが謝らねば筋が通らん」
しかしエンシャロンはカインに深々と頭を下げたまま、頑として上げようとしなかった。何かあれば責任者として、目下の者であってもきちんと頭を下げる。簡単なようで、これができない者が世の中には数多くいる。
「そして、何より事件を解決に導いてくれたこと。これに厚くお礼を言わせてほしい」
そこまで言って、エンシャロンはようやく頭を上げた。一同にも、彼が本気で謝罪と感謝していることは十分に伝わる。とはいえ言葉が見つからず互いの表情を窺っていると、エンシャロンが話題を切り替えてくれた。
「では、密猟の件は以上だ。ワシが来たのは、君にも用があったんじゃよ。テレザ君」
「……まずは他所の
「い、いえ。依頼の途中でたまたま」
「フッフッ。大丈夫、ワシは全部知っとるって。何てったってギルドマスターだからの。容疑者の証言も……君たちの受注した依頼も、その経緯も」
「そ、そうでしたね……」
テレザが1人で案内されたのは、エンシャロンの私室。目鼻が隠れるほどに伸びた髭や眉毛を楽しそうに揺すり、彼は切り出す。
「で、だ。君の腕を見込んだ、話が来ておる」
「私宛の依頼が? ここに?」
「んむ。君の所属するギルドから、わざわざこっちに話が回って来たのじゃ。急ぎだからと」
「……何故、ギルドマスターが直接?普段なら、受付嬢さんから伝えられますよね?」
「まあの。受付の嬢ちゃん達、密猟の一件以来えらく沈んじゃってなあ。これ以上面倒な用事を任せるのは可哀想じゃないか。ワシが伝えられるんならワシがやるよって。勿論、恩人に直接お礼を言いたいというのも大きかったがね」
ギルドマスターがギルドに顔を出すことはほとんどないが、職員の心境まできっちり把握している辺り、人知れずどこからか見ているのだろう。そうでなければ、協調性皆無の……我の強い幻導士達の集まるギルドを束ねることなどできはしない。只者ではないことを再確認しつつ、テレザは
「なるほど……それで、依頼内容はどういったもので?」
「んーそれが、具体的に何をとは言われなんだ。ただ『鉄血都市から』と言えば通じる、と」
「――!」
テレザの背筋に電撃が奔る。その都市は、確かに言われれば通じる。どんな土地かも。そして自分に何をして欲しいかも大体の見当はつく。
「ワシね、過去の詮索はしない主義。だけど……物騒な地と深く繋がっとるのね、君。幻導士でも、あそこには近づかないってのが常識だ」
鉄血都市は、王都より西、山を1つ越えたところに広がる工業都市だ。豊富な鉱床に目を付けた鍛冶集団が始まりと言われ、その武具を目当てに流れ込んだ傭兵やら野盗の金で発展した。現在でも様々な武具が作られ、力を求める血の気の多い連中が毎日のようにやってくる。
そんな荒くれ者の街の掟は『強い者に従う』という腕力至上主義。だから都市内では刃傷沙汰が絶えず、まともな人間は2日ともたず逃げ出すか死ぬ、まさしく地獄だ。
「ええ、まあ……昔は、ヤンチャでしたので」
「ぶっ……っ!」
その返しに、エンシャロンが噴きだした。顎髭を撫でつけて、なお漏れてくる笑いをこらえる。見た目老人の
「フッフッフ……! 20手前の娘が、ワシを前にして昔を語るか。……フッフ」
「大丈夫ですか?」
「構わん構わん。幻龍大戦の生き残りに『ヤンチャだった』など、中々言えんて」
「……やっぱり、経験者なんですね」
「もちろん。今思えば、色々馬鹿をやった。おかげで
幻龍大戦とは神代の末期に起こった、1頭の龍・
最初に立ち向かった竜の一族は、トカゲやワニなどの爬虫類、そして
幻龍は滅んだものの、その眷属は魔物として地上に定着し、今なお幻素の使い手を脅かしている――というおとぎ話的なものはテレザも知っている。だが実際に経験者と話すのは初めてだ、気になることはある。
「……幻龍って、どんな奴だったんですか?」
「気になるかの? ……言葉は交わせんかったから、人となり……龍となりか。それは分からんが。時によって色を変えて煌めく鱗に、深く蒼い目。空を征けば鷹よりも気高く、水に入れば白鳥より優美、地を駆けるは虎よりも力強い……それはそれは美しい生き物だった」
「美しい、ですか」
「語り始めてなんじゃが、あれは言葉じゃ伝えきれん。しかし、何となくじゃが君も雰囲気は奴に似て……」
「……? 私が?」
「ん、忘れてくれ。桃色の髪に引きずられただけじゃ」
「何ですか、それ。ちょっと期待しちゃったじゃないですか」
「実際に君は美人だでの、そこは自信持ってええよって」
はぐらかすようにエンシャロンは笑い、そこで幻龍大戦の話は終わった。
「報酬やらの話がまだじゃったな……金貨50枚。そして鉄血都市の最先端装備一式。任務の期間は現地に着いてから3ヶ月間程度。可能な限り早く来てくれ、じゃと」
「……随分、奮発してくれますね」
金貨50枚は本当に大金だ。一般の農民ならば、子供の代まで生活に困らない。そして鉄血都市の住環境は最悪だが、その技術力は本物だ。その最先端を無料で一式……となるとこちらもかなり魅力的ではある。テレザに断る理由は特になかった。
「分かりました、受けましょう」
「あ。『医療術者を連れて来ること』って書いてあるからの」
「……そうですか」
「知ってた、という顔だの。ともあれ、これで用件は終わりじゃ。楽しい茶の時間じゃったよ」
依頼の受注は、これにて完了。エンシャロンに頭を下げ、テレザは退室した。酒場から戻ってきたテレザに、待っていた4人がわらわらと集まってくる。その場で鉄血都市行きのあらましを伝えると、シェラが素早く反応した。
「じゃあ、私を連れてってください!」
「えっ。何でよ」
ダメよ、と即答しそうになるのを堪えてテレザは理由を尋ねる。
「治療の術式なら、ちょっとずつ覚えてるんです。幻導士としてまだ教わりたいことも多いですし、お願いします!」
「まあ医療術式なら、あなたになるか……うーん」
テレザは渋る。鉄血都市は間違っても、こんな良い子の行く場所ではない。狼の檻に兎を投げ入れるようなものだ。
「……条件があるわ」
だが、このままではシェラに引く気はなさそうだ。そしてテレザに道連れのアテがあるわけでもない。ならば外にはこんな場所もあると教えておくのも悪くはない、か。条件を出すことにした。
「絶対に1人で部屋から出ないこと。これを破って何かあっても、私は助けないからね。外に出たいなら、必ず私に言いなさい」
「部屋から? ってことは、お、お手洗いもですか……?」
「もちろん。鍵のかかった部屋以外は全部狩場と思いなさい。何があっても不思議じゃないの」
「は、はいっ。お手洗いでもでもお風呂でもベッドでも一緒に来てください!」
諦めてくれるかと思ったがシェラは意外と強かった。だがベッドは別だ。なお、光景を想像してしまったらしいカイン達は何となくテレザを咎めるような目をした後、そっと顔を背けた。
……ひどい風評被害だ。悪いのはここまでする必要のある鉄血都市の治安だというのに。テレザは不平を我慢して2つ目の条件を出す。
「2つ目。街中を歩くときは、私と紐で繋がっていること」
「紐? 手を繋ぐんじゃ、ダメなんですか?」
「手を繋ぐのはもちろんだけど、それだけじゃ何かの拍子にはぐれる危険があるわ。あそこでは本当にあるのよ、人間をひったくっていく事件が」
「……すごい世界、ですね」
「まあ街中だと変な見た目にはなるけど、我慢するように」
「分かりました」
これだけ言い含めれば大丈夫だろう、きっと。風の噂では、彼女がいた5年ほど前より治安は良化したと聞いている。もうメインストリートで野盗が陣を敷いていたりはしないはずだ。
「じゃあ、今日中に出発するわよ。依頼と同じかそれ以上の準備をよろしく」
話が決まればテレザの行動は早い。シェラに指示を出し、自身も酒場から出ていく。
「はいっ。その……行ってきますね」
シェラも買い出しや装備の確認のため、カイン達にしばしの別れを告げた。
2人は一路、鉄血都市へ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます