第20話 修行終了

 ズシーン、と音を立てて、ひときわ大きかった最後の竹が倒れた。

 一番の強敵だった本体部分を倒したのだ。


「さて、待つか」


 俺はあぐらをかいて座った。


 先程、蛇からいい話を聞いていた。

 完全に竹を殺しきらなければ、こいつは地中に潜って復活してくるのだ。


 だから幼体と思われる竹をいくつも残してある。


「さっさと成長してこい」


 一年でも二年でも待ってやる。

 俺はそれを待って、再び自己強化するのだ。


 しかし、座り込んだのもつかの間。

 例によって、俺は頂処を追い出された。


「……やりやがった」


 俺はいつもの白い世界に降り立つ。

 そこには毎度のごとく、蛇が待っていた。


「悪魔貴公子よ。修行の数々、よく耐えてみせた」


「なんで出す? まだ修行は終わっていない」


 お褒めの言葉を頂戴しようと、俺は全く笑えない。


 レベル300そこそこでは、到底話にならないのだ。


「もう十分だとわからぬか」


「いいから戻せ。俺はまだ弱いんだよ!」


「………」


 蛇が俺の顔をじっと眺めている。

 そしてしばらく間をおいてから、静かに言った。


「そなたは実戦を経ておらぬから、強くなった自覚がないのだろう」


「なに」


「その様子だと、ホブゴブリンにもまだ畏怖しているな?」


「………」


 俺は言葉に詰まる。

 図星だったからだ。


「これと実際に戦ってみよ」


 蛇がするすると後退する。

 そしてどこからか取り出した青い宝石の埋まった指輪を、咥えるようにして俺の前に放った。


 小さく音を立てて落ちた指輪は、とたんにもうもうと青い煙を放ちはじめ、その中で、何かが立ち上がるシルエットが見えた。


「ブオォォ――!」


 地を揺らすような雄叫び。


 俺はとっさに飛び退り、身構える。

 青い煙が薄れ、だんだんとその姿が明らかになる。


 体長は2メートル超。

 150kgはあるのではないかと思うほどに隆々とした体躯に、褐色の肌。


 なにより特徴的なのは、首から上が牛のそれになっていることだった。


「なんだこいつは」


「ミノタウロスだ。ホブゴブリンの100倍は強い」


 蛇が平然として言う。


 ミノタウロスは俺に気づいたのか、手にある、人の首など易易と跳ね飛ばしそうな銀色の大斧を振り回して威嚇してきた。


「お、おい……そんな強いの出すなよ」


 俺は突然のことに動揺を隠せない。


「武器はこれを使え」


 そう言って俺の足元に現れたのは、漆黒の刀身をした双剣だった。

 俺は一にも二にもなく、それを拾って両手で握る。


「これは」


 長さはリーフロッテが貸してくれた片手半剣バスタードソードほどだが、持ってみると案外に軽い。

 振るとその軌跡に沿って、黒い闇がうっすらと残る不思議な剣だった。


「悪魔に祝福された剣だ。そなたには好ましかろう」


 そう言われて気づく。

 これは、俺が頂処で両手に握っていた竹とほとんど同じ長さと重量になっているのだ。


「ブオォォ――!」


 そんなことを言っている間にも、ミノタウロスが俺に駆け寄ってくる。


「マジかちくしょう」


 心構えする間もなく、戦闘が始まる。

 ミノタウロスが斧を振りかぶり、俺に近接してくる。


 やるしかない、と覚悟を決め、俺は剣を構える。


「オォォ――!」


 振り下ろされてくる、大斧。


「………」


 斧が来る。


「………」


 斧が……。


「あれ?」


 ……ていうか、なかなか来ない。


 俺は一気に白けた。

 なんだこの遅さは。


 これなら竹の方が100倍速いんじゃないのか。

 骸骨兵士の矢よりも当然遅い。


 俺はひとまず躱しておく。


「………」


 だがあまりに遅いので、やっぱり戻って受けてみようと考え直した。

 鍛練の成果を見るならば、この方がいい。


 ――来る。


 気を取り直し、顔の前で剣を交差し、斧の一撃を受け止める。


「―――!」


 ガキィン、という音。


「……え……?」


 俺の口から、変な声が漏れた。

 俺は呆然と立ち尽くす。


 ……こ、これが……ホブゴブリンの百倍?


 拍子抜けしていた。

 まるでピコピコハンマーでやられたかのようじゃないか。


「オォ……」


 斧を跳ね返されたミノタウロスがバランスを崩し、よろけながら一歩、二歩と後ずさる。


「なんだこれ……」


 これなら、何度も受け続けたあの降ってくる岩の方が、断然重い。

 いや、比較にならないほどだ。


「気づいたか」


 いつのまにか俺の背後にいる蛇が、そう声をかけてくる。


「こいつ、本当にホブゴブリンより強いのか?」


 絶対ウソだ。

 実は、着ぐるみを着たシカだったりしないか。


「ミノタウロスの希少種、『ミノタウロス・アロンド』だ。夥多種に比して動きが格段に速く、その攻撃は岩をも砕く」


 こいつならホブゴブリンを100体相手にしても負けぬであろう、と蛇は付け加える。


「………」


 俺は軽く言葉を失う。


「自信を持て。そなたはそれだけ強くなったということだ」


「……マジか」


 信じられない思いだった。

 ホブゴブリンの100倍が、今やこんなに格下なのか。


 確かに蛇の言う通り、その後の俺はなんの苦もなくミノタウロス・アロンドを倒すことができた。




 ◇◇◇




『臨獄の九処』を終えた俺を、多くの悪魔たちが出迎えてくれた。

 その夜は盛大な晩餐となり、『七つの大罪』と呼ばれる上位の悪魔までもが勢揃いし、俺を祝ってくれた。


 その盛大さに恐縮してしまうほどだった。

 聞けば『臨獄の九処』を終えた者が現れたのは22年ぶりだとか。


 だが、それでもこんな祝いは一度も行われなかったという。


「そなたへの期待の証じゃよ」


 黒布で口元を隠したヴェルフェゴールという名の大悪魔が、酒杯に酒を注ぎながら教えてくれる。


「……期待?」


 問い返した俺に、代わりに向かい側に座るM字に剥げた壮年の大悪魔――サタン――が、酒くさい息で答えた。


「勇者との戦いで存分に力を発揮してこい」


「ああ、それはわかってる」


 俺はサタンと握手をした。


「天使どモを八ツ裂きニシろ」


「悪魔の貴公子に祝福を!」


 そうやって次々と、『七つの大罪』の悪魔が俺に語りかけてくれた。


 握手を交わしつつ、レベルの件が気になることをその都度話す。

 強くなったのはわかったが、どうにもそれが不安でならない。


 が、皆は「レベル1000などありえぬ」の一点張りで、誰一人として真面目に取り合ってくれなかった。


 参ったな。


「イーラ、前に」


 やがて宴も終盤になり、俺が皆の前に呼び出された。


「どれでも好きなものを持て」


 蛇の言葉に応じて、俺の目の前の地面に武器と防具がずらりと並べられた。

 48種類の大小様々な武器に、12種類の体幹を守る防具だそうだ。


「どれを選んでも良い」


「すごいな……」


 俺は迷わず、ミノタウロスの時に借り受けたあの双剣を選んだ。

 この上なく使いやすかったからな。


 双剣といえば、奇しくもキボンと同じ武器になる。


 防具は防御+20%となる重鎧なんかもあり、白銀に輝いていて欲しくなるほどだったが、動きやすさを重視してパオと呼ばれる中国服のような黒の衣服を選んだ。

 各ステータスに5%強化が入るらしい。


「ありがとう」


 盛大な拍手が送られ、最後に再び、悪魔たちと握手を交わす。


 だが『七つの大罪』の中でひとりだけ、俺と距離を置き、最後まで会話どころか見向きもしなかった者がいた。

 桜の花びらの浮いたグラスに口づけしている女の悪魔だ。




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