第4話 君を守る約束


「勇者とやらには、あんたでも敵わないのか」


 俺は銀色の髪をほどいたリーフロッテを見た。

 髪を肩に下ろすと、リーフロッテはとたんに清楚さを増す。


「戦ったことはありません。ですが戦っている姿を見たことがあります。まず無理だと思いました」


「なら、やっぱりとんでもない野郎なんだな……」


 リーフロッテがこう言うと、ものすごく説得力があるなぁ。

 俺もせめて戦士とか、もうちょい張り合える職業だったらよかったのに。


 そんなリーフロッテが、舌打ちしている俺を見て、くすっと笑った。


「そうですね……でもイーラ様ならきっと大丈夫です」


「俺が、か?」


 俺は瞬きをして、自分とは不釣り合いな清楚な人を見返す。


「はい。そんな気がするんです。このまま強くなればきっと」


「こんな身重なデブなのにか」


「そんな、関係ないですよ」


 俺は苦笑したが、その純粋な目に見つめられていると、本当にそうなれるような気がした。


「わかった。じゃあ勇者が来た時は、俺がリーフロッテを守るよ」


「……あら、本当ですか?」


「ああ、約束する。だからこれからもさ、俺をもっと鍛え上げてくれないかな」


 俺はリーフロッテに右手を差し出した。


 ――あんたより強くなれるように。

 だがその言葉は、なにか恥ずかしくて言えなかった。


 握手を求めた手に、リーフロッテは両手で握ってくれた。


「はい。この命に代えましても、果たしてみせます」


「いや、リーフロッテが死んだら意味が――」


「――イーラ様」


 再び苦笑して発した言葉を、リーフロッテが鋭い声で遮った。

 彼女は急に研ぎ澄まされた表情になり、森の奥を見ている。


「――ゴブリンです。下がっていてください」


 言いながら彼女は、腰の鞘からすらりと剣を抜いた。


 彼女が扱うのは、普通のものよりやや細身の剣だ。

 刀身は魔法の光を放ち、淡く輝いている。


「ギギッ」


 森の奥から四体の魔物が現れた。

 草色の肌をした130㎝ほどの、鼻と耳が異様に尖った魔物。

 同じ外見でありながら、一体だけ、隆々として160㎝と背の高い奴がいる。


「……奥の一体は、ホブゴブリンですね」


「あれがそうなのか」


 ゲームや小説で頻出するから、知識としては知っていた。

 ゴブリンよりもやや格上の魔物である。


 奴らはこれ見よがしに錆びた小剣をこちらに突きつけ、威嚇している。


「俺にやらせてくれ」


 俺は木刀を突きつけるように威嚇し返しながら、言った。


 期待してくれている彼女の前で、男らしいところの一つも見せたかったのだ。

 いや、それよりも、彼女に守ってもらってばかりが嫌だったのかも知れない。


「わかりましたイーラ様。ですがホブゴブリンは私に」


 リーフロッテが本物の剣――片手半剣バスタードソード――を俺に渡しながら言う。

 ずしりと重たいそれは王国紋が刻まれた、銀色の冷たく光る鋼鉄製だ。


 正直、恐ろしさを感じたことは否定しない。


(当然だ)


 俺は自分に言い聞かせる。

 武器と言うのは、命を奪うためのものなのだから。


「イーラ様。ホブゴブリンは私に」


「――いや、俺がやる」


 誰かを守るということの重さを知る、いい機会だ。


「……わかりました。いったん私がひきつけます。一体ずつお願いします」


 そう言って、彼女は何かを呟き始めた。


「――目を閉じて」


 彼女の意図するところはわからなかったが、俺は咄嗟に目を閉じた。 

 次の瞬間、まぶたの上からでもわかる焼けつくような光が瞬く。


「ギォォ!?」


 目を開けると、ゴブリンたちが両目を押さえて転がりまわっている。

 リーフロッテが、光の魔法か何かを放ったようだ。


 彼女はその間に素早く、彼らの背後へと回る。

 視力が回復したゴブリンたちは、俺に背を向け、武器をちらつかせているリーフロッテを警戒する。


(ありがたすぎる)


 やっぱりすごいな、 リーフロッテって。

 でもここまでお膳立てしてもらって、やられるわけにはいかないぞ。


「おおぉ!」


 俺は剣を振りかぶると、ゴブリンの一体に向かってドスドスと踏み込む。

 ゴブリンたちが持っているのは錆びた、粗末な小剣ショートソード


 渾身の一撃なら、さばけまい。

 初めて命を奪う行為だったが、迷いはなかった。


 俺の振り下ろした剣を、ゴブリンAは小剣ショートソードで受けようとした。

 が、予想通り、さばききれずにぐっさりと右肩に突き刺さる。


(よし)


 俺はリーフロッテに習った通り、剣をまっすぐに引いて円を描くように右から横薙ぎにし、ゴブリンAの頭部に剣を見舞った。

 見事にくらって、ゴブリンAが倒れ伏す。


(いける)


「ギギッ!」


「オォォ!」


 ゴブリンB、Cとホブゴブリンの三体がとたんに振り返り、俺に向かって吼え始めた。

 俺は早くも上がった息を整え、奴等を睨みつける。


 そこへリーフロッテがタイミングよく剣を大きく振って、気を引いてくれた。


(おんぶにだっこだわ、こりゃ)


 俺は続けてゴブリンBへ接近し、再び剣を振りかぶる。

 今度は力業ではなく、振り下ろすと見せかけ、回転して左からの横なぎ。


 リーフロッテ仕込みのフェイントだ。


 ゴブリンBの首が飛んだ。


(悪くない)


 ゴブリンCには心臓を目がけての突き。

 牽制だけの、力を籠めない一撃だ。


 これは予想通りひょい、と避けられた。


(よし、動きも読める)


 その着地点へ素早く足払いを入れる。

 デブの短い足だが、きれいに決まった。


「ギッ!?」


 ゴブリンCは小剣ショートソードを落としながら、見事に尻餅をついた。

 俺はそこへ、今度は遠慮のない本物の突きを喉元へと繰り出す。


 ガッ、という音と手ごたえ。


 ゴブリンCが息絶えた。

 そこで俺はレベル6になった。


 よーし、大丈夫だ。これなら。


「リーフロッテ、最後も俺がやる」


 リーフロッテが時間稼ぎに切り結んでくれていたホブゴブリンに向かう。

 彼女は少し迷った様子だったが、俺が語気を強めてもう一度言うと、大きく飛び退いて距離をとった。


「うぉぉ――!」


 駆けながら声を張り上げ、ホブゴブリンの気を引く。

 振り向いたホブゴブリンは俺と同じ、しかし錆びた片手半剣バスタードソードを頭上から振り下ろす。


(見える――)


 リーフロッテの言う通り、恐れずに目を凝らせば、ちゃんと見えるのだ。


 俺はデブなりにステップを踏んで、それを避けようとした。

 しかしホブゴブリンの剣が勢いを増し、ぐん、と回避途中の俺に迫ってきた。


「うおっ」


 俺は倒れ込むように転がって、それをなんとか躱した。


(……途中から見えなくなった)


 また乱れてしまった呼吸を整える。

 躱せないかと思って、一瞬心臓が凍ったほどだった。


 デブであることをこれほどに後悔したことは、今までになかった。


「イーラ様!」


 リーフロッテの裏返った声。


「――だ、大丈夫だ。俺一人でいいんだ」


(油断していた)


 俺は剣を握り直して、気を引き締める。


 俺はもうレベル6だ。

 こんな奴とくらい、渡り合えねば話にならない。


 ホブゴブリンはにやり、と笑った。

  デブの俺を格下と踏んだらしい。


「舐めるなよ」


 お前を倒して、さらにレベルを上げてやる。

 そして。


 俺はちらりと銀髪の少女を見た。

 少しでもリーフロッテに近づきたいのだ。


 俺はドタドタ走りながらも近づき、剣を寝かせて左からの横なぎにしようとする。


 だがそれはフェイントだ。

 奴が受ける瞬間、変化して正面蹴りを放つ。


 予想通り、ホブゴブリンは俺の剣を受けようとした。


(かかった)


 俺は蹴りに変化する。

 これで奴のみぞおちを――。


 ……ガッ。


「なに――!?」


 顔から血の気が引いた。


 正面に立つホブゴブリンが、口を裂くように笑っていた。

 ホブゴブリンは剣を捨て、蹴った俺の右足を両手で掴んでいた。


「くっ」


 俺は剣を振りまわし、奴から離脱しようとするが、剣に勢いがない。

 接敵した状態になると、思うように剣が振れないのだ。


 腕だけで回す剣はホブゴブリンの分厚い筋肉で止められ、ひとつも決定打にはならなかった。


「うぐっ」


 次の瞬間、世界がぐあん、と揺れた。

 鼻から熱いものが垂れてくる。


 奴が俺の顔を殴ったらしい。


(たいしたことない)


 こんなの、屁でもないと言い聞かせた時。


「あがぁぁ――!?」


 続けて、掴まれた足が嫌な音を立てた。

 激痛とともに、だらりとあり得ぬ方向へと足首が垂れさがる。


 そこでやっと解放されるが、俺はあまりの激痛に脂汗が滴るだけで、立てなかった。


「ギヒッ」


 ホブゴブリンがにやけたまま、自分の剣を拾い上げる。


(まずい、まずいまずい――)


 目の前に仁王立ちしたホブゴブリンが、片手半剣バスタードソードを振りかぶった。

 その腕に隠されて、陽光が翳る。


「――イーラ様!」


 次の瞬間、目の前でぎゃっ、という呻き声が聞こえ、何かがどさりと倒れ伏した。


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