第15話 第六処・第五処へ
むっとする熱気と、硫黄のにおい。
空は灰色の雲が覆っている。
次は赤い岩が露出した、傾斜のある禿げた岩場だった。
所々の岩の間から、白い蒸気が吹き出している。
「活火山地帯か」
一転して暑く、ローブを着ていること自体がつらく感じられる。
それでも岩陰とかで、なんとか寝られるのでまだ前処よりはいいだろう。
ここは15度くらいの傾斜がある岩場をころがり落ちてくる2メートルほどの岩を受け止めろという試練だった。
ちなみに岩をかわすと、また矢が降ってきて排除されるので、受け止める一択だ。
が、一回目は当たり前のように即死。
痛みすらわからずに死んだ。
五回目でも無理だった。
岩にしてみれば、俺はせいぜい、小さな障害物でしかない。
〈【剛力】LV1を獲得しました〉
〈【強靭な体】LV1を獲得しました〉
「早いな」
食事がとれているからだ。
すぐにスキルが覚醒した。
「ぐぅっ!」
6回目にして、やっと俺は耐えた。
相変わらず、内臓がばらばらになるような衝撃だ。
それを示すように、胃から口に血がせり上がってくる。
しかし、とんでもない重さだ。
支え始めると、全身の筋肉が一斉に悲鳴を上げた。
「がぁ」
数秒で支えきれなくなり、赤岩に半身を踏まれた。
立てなくなっているところを、さらに降ってきた矢でやられた。
そんな戦いを繰り返して計39回目。
〈【剛力】LV2を獲得しました〉
〈【強靭な体】LV2を獲得しました〉
「まだ一日目なのに」
苦労するのが当たり前だっただけに、ちょっと拍子抜けだ。
ちょうどそこで、頼れる食事の時間になった。
(食べて元気をつけるか)
今回の俺は先頭グループとともに走り、関門を駆け抜けてみる。
俺の足は比して遅いようで、一番最初の暗闇タイルのところで20人以上の悪魔に抜かれた。
しかし第二関門の潜水泳ぎでは、その半分くらいは抜き去ったと思う。
ぐんぐん抜いていくのが気分がよかったし、皆も通り過ぎていく俺を驚いて見ていた。
さすが【潜水力】だ。
最後の関門も無難に終え、食堂に並ぶ。
120人くらいのうち、30番目くらいには入ったかもしれない。
食いまくり、湯浴みして第六処のスタート地点で、仮眠をとる。
幸いここにいたままなら、ゴロゴロ転がり落ちる石が始まらず、矢で刺されることもない。
〈【剛力】LV3を獲得しました〉
〈【強靭な体】LV3を獲得しました〉
寝て起きたら、また上がっている。
「早いな」
この文字化けしてるスキルってやっぱすごいのかな。
このペースで成長すると、ちょっと怖いくらいだけど。
「さて、行くか」
やがてさっきまでと同じように、岩が凶悪な音を響かせてやってくる。
「むうぅ!」
突進してきた赤岩を両手を広げ、受け止める。
迂闊にも岩に顔面を打たれて、鼻血がだらりと流れた。
小さく笑う。
鼻血が出たぐらいで追い込まれていた頃が懐かしい。
「ぬうぅー!」
この岩を支え続ける試練なのだろう。
足腰の筋肉が張り裂けそうになりながら、なんとか耐える。
(よし……)
なんとか耐えられている。これなら……。
そう考えている時だった。
また上からゴゴゴッ、という音が聞こえてきた。
「ま、まさか」
支えている岩があって見えないが、なんとなく予想はついた。
次の瞬間。
ドゴッ、という音とともに、目の前が真っ白になり、天地がわからなくなった。
「うへぇ……」
例によって、俺は開始地点に立っていた。
またやられたようだ。
あの衝撃からすると、おそらくひとつ目の石を支えている間に、二つ目の石が追突してきたようだ。
先は長いな。
◆◆◆
最終的に、落ちてくる岩は三つだった。
支えられるようになる自分を想像できないレベルだったが、スキルはどんどん上がり、次の食事が来る前に案外なんとかなった。
だがここも一筋縄ではいかない。
やっと三つの岩を支えられるようになって知ったこと。
ただ支え続けるだけではダメだということだ。
立ち止まっていると、骸骨兵士が現れて矢を射てくるのだ。
ではどうすればいいのか。
単純だった。
三つの岩をまとめて山側へ押し返していくのだ。
ほんの少しでもそうしていると、骸骨兵士は現れないということを学んだ。
まぁ、言うは易し、なんだが。
二日後の食後。
〈【剛力】LV5を獲得しました〉
〈【強靭な体】LV5を獲得しました〉
「おおぉー!」
俺は3つの岩を支えながら、岩場の坂道を駆け上がっていた。
1つ目の石は百メートルも行かないうちにその置き場がある。
2つ目の石は二百メートル近く登った先にあった。
最後の石はやや難しい。
石を押したまま坂をさらに三百メートル登り、さらに一ヶ所、1メートル近い高さの段差を持ち上げて載せなければならないのだ。
だが所詮一つを持ち上げるだけだ。
もはや、それも辛くなかった。
しかし置き場にセットしてしまうとクリアするしかなくなると思われたので、その直前で矢で討ち死にする。
〈【剛力】と【強靭な体】がレベルMAXとなり、【魔神バイモンの炎熱なる肉体】を獲得しました】
「うへ」
この能力を手にしてから急に体が燃えたぎるようになり、岩が軽くなった。
最初は圧死したあの岩を、なんと今は片手で受け止め、そのまま持ち上げることすらできる。
この処の間で、体重が65キロに増えていた。
脂肪がついたのではない。体が隆々としてきたのだ。
ここはかつてなく成長を実感できた処になった。
◇◇◇
「そなたのように、処に居座る者は例がない」
待っていた蛇が見かねたように、第六処から出てきた俺に話しかけてくる。
「たいていの連中は処を最低限で抜けて行く。そして口を揃えて訊ねてくるのだ。いつになったら実戦の試練を受けられるのかと」
「俺は雑魚だからな。こういった基礎こそ大歓迎だ」
「そなたは実戦が待ち遠しくはないのか」
蛇が不思議そうに訊ねてくる。
「雑魚に実戦はまだ早い」
ホブゴブリンを倒そうとやっきになっていた俺は、なんと愚かだったのだろうと今は思う。
あんなただの見栄で、命を落としていたらと思うとぞっとする。
馬鹿だった俺は、リーフロッテの目にどう映っていたのだろう。
恥ずかしくてたまらない。
「ふむ……人間という生き物もあなどれぬ訳だ。いや、今は悪魔か」
「なにか言ったか」
「まだ基礎的な処が続く。耐えてみせよ」
「――言われるまでもないさ」
◇◇◇
やってきた第五処。
そこは第九処のように、闇のとばりが降りていた。
すぐに視界が変わり、オレンジ色に照らされて、明るく色づいてくる。
手に入れた【完全暗闇耐性】の力だ。
足元は石畳だが、トラップなどがあるわけではない。
だだっ広い平面が広がっており、正面に進んだ先、500メートルくらいの地点にゴールらしい鳥居がある。
駆け抜けようと思えば、行けそうな距離だが……。
「ふむ」
風がなく、空気がよどんでいる感じがする。
どこかの屋内か。
「………」
俺は慎重に辺りを見回した。
やがて、遠くから俺を取り巻くようにずらりと何者かが並んでいく。
「あれは」
骸骨兵士たちだ。
その手には、弓を持っている。
俺はとっさに身構えた。
――ヒュン。ヒュン、ヒュン、ヒュン、ヒュン。
弧を描いて、恐ろしい数の矢が降ってきた。
「ここは矢の試練か」
恐らくこの矢の雨を躱しながら走って、あの鳥居をくぐれということなのだろう。
串刺しにされながら、俺は笑っていた。
矢は岩を支えながらではなく、きちんとどこかで受けたいと思っていたんだ。
◇◇◇
矢は白く、骨でできているように見えるが、地に落ちると雪のごとく溶けて消える。
だが俺に刺さる時は、十分な硬さと殺傷力を持っているのがよくできている。
〈【悪魔の動体視力】LV1を獲得しました〉
〈【矢躱し】LV1を獲得しました〉
〈【矢掴み】LV1を獲得しました〉
〈【致命傷回避】LV1を獲得しました〉
やはり躱すだけではなく、掴もうとするとそっちのスキルも上がるらしい。
たった30分かそこらで、スキルが覚醒してきた。
矢に貫かれる傷みは決して慣れることはないが、何度も矢で死ぬとわかることがある。
ここを貫かれてはまずい、という場所、つまり自分の急所と言うものがわかるのだ。
長く続けたいので、そこは無意識に自分で守るようになる。
これは決して無駄にはならないだろう。
(よくできている)
こういったことが基礎の処で身につくなど、想像もしていなかったが。
その二日後。
俺はただ、ひたすらに同じ努力を泥臭く続けていた。
だんだん迫ってくる矢が追えるようになり、一本、また一本と多く躱せるようになった。
すぐ傍を抜ける矢を掴み、急所の一撃を防いで、徐々に長い時間を生き残っていられるようになる。
〈【悪魔の動体視力】LV4を獲得しました〉
〈【矢躱し】LV4を獲得しました〉
〈【矢掴み】LV4を獲得しました〉
〈【致命傷回避】LV4を獲得しました〉
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