第14話 手に入れた食事
〈【深部感覚】LV2を獲得しました〉
〈【深部感覚】LV3を獲得しました〉
〈【深部感覚】LV4を獲得しました〉
〈【深部感覚】LV5を獲得しました〉
食欲を満たせば、そりゃあ強化も進む。
進みすぎな感は否めないが。
第七処に帰ってきた俺は、ちらつく雪の中でも寒さを感じなかった。
「行くか」
白く染まった細い石橋の序盤をすたすたと歩いていく。
突風が吹いても、今は地についている方の足の裏だけで踏ん張りがきいた。
(慣れてきている)
食べた後からは、5倍近い速さで抜けられた。
そして、最後の難題である滑車の部分に差し掛かる。
滑車が左右に回らないよう、丁寧に重心を置く。
深部感覚が備わったおかげで、足の置く位置に悩まず、すいすい進む。
さっきまでと違い、随分と簡単に感じる。
だが気を緩めずに、意識を集中させて歩みをすすめる。
一歩、また一歩。
そして。
気づいたら、あれ程に大変だった石橋を渡り終えていた。
抜けたとたん、青々とした香りが鼻をつく。
石橋が終わった先は、草木が生い茂る暖かい草原だった。
すぐそばにゴールとなる鳥居があり、優しく陽が差し込んでいる。
「終わったぁー」
俺は大の字になってそのまま、俺は眠りについた。
◆◆◆
「寝たぁ――」
ぐーん、と伸びをして体を目覚めさせる。
大きく息をして、自然の香りを胸に吸い込んだ。
頭の中のもやっとしたものが消えていた。
思えばこの一週間ほどは、ずっと頭に何かが張りついて思考の邪魔をしていた気がする。
「さてと」
クドイが、もちろんそのままゴールをくぐる俺ではない。
【深部感覚】はまだMAXになっていない。
食堂への疾走の時は、何人もの悪魔と競いながら、ここを抜けなければならないのだ。
ぶつかり合ったりして、バランスを崩す可能性もある。
少なくとも、もっと余裕をもってこの滑車の上を進めなければ。
俺は滑車部分を逆に歩いて戻り、今度はわざと立ち止まったり、上で跳躍してみたりした。
後ろ向きや走ったりなどは難度が高くて幾度も落ちたが、だんだんできるようになってきた。
〈【深部感覚】がレベルMAXとなり、【魔神ブエルの五本足】を獲得しました〉
滑車の上で逆立ちしているところで、スキルが最終段階になった。
急に体の安定感が増したのを感じる。
まるで本当に五本足の安定を得たかのよう。
同時に、食事を知らせる鈴が鳴る。
「飯だぞー早い者勝ちだ! 走れ」
麒麟のような顔をした悪魔が、俺たちを急かす。
(よし、やってやる)
俺はまず、ほかの悪魔たちを先に行かせた。
たっぷり3分待ってから、走り出す。
(今回は一番最後でいい。まずは完全クリアを目指す)
まずは第九処の暗闇。
ここはすでに暗闇を成していない。
色分けされたタイルを踏まないように、駆け抜けるだけだ。
全く難はない。
続いて第八処の水槽。
潜水したまま、泳ぎ切る。
一時避難場を駆け抜け、二つ目の200メートル近い水槽を、再び会う潜水で泳ぎ切る。
余裕だ。
というか、苦しかった頃を思い出せないくらいになっている。
そして三つ目、第七処の細い石橋。
俺がついた時には、ほかの悪魔たちがまだ両手を広げて慎重に渡っていた。
一番後方は、鹿の悪魔だ。
(がんばれ……)
しかしそう祈ったとたん、彼は突風にやられて、アァォオン、と落ちていく。
「マジか……」
俺は落ちていくシカを、目を細めながら見ていた。
渡っている仲間が見えなくなるまで待ってから、俺は石橋を渡り始めた。
(焦るな)
これを乗り越えれば、一番最後だが食事にありつける。
繰り返し焦らないように言い聞かせても、手が汗ばんで、呼吸が乱れてくる。
そうしている間に、滑車橋の前まで来た。
(落ち着け……)
ここは俺が連日訓練してきた場所と何ら変わらない。
(俺はもう、以前とは違う)
俺はもう【魔神ブエルの五本足】を持っているのだ。
落ち着いてやりさえすれば、できる――。
慎重に足を踏み出し、滑車の上を音もなく歩いていく。
滑車は回らない。
回らない。
回らない。
雪が深々と降る細い石橋を、無言で渡り続ける。
そして――。
気づいた時には、俺は橋を渡り終えていた。
「やった……!」
両拳を、空に向かって突き上げていた。
俺はとうとう、食堂への疾走をクリアしたのだ。
そのまま駆けていくと、食堂の入口たる鳥居が見えてくる。
その手前には、柵で囲まれたスペースに立っている悪魔たちが見えた。
もう長い付き合いになっていた脱落組の仲間たちだ。
当たり前だが、シカもいる。
俺を見るなり、彼らが一斉に立ち上がって拍手を送ってくれた。
「――お先に失礼する」
俺はガッツポーズを決め、食堂へと入っていった。
おかわり組がまだ追加を取っていないのだろう。
並ぶ大皿には、多くはないがまだ温かい料理が残っている。
俺は取りすぎない程度に自分の皿に盛ってテーブルにつき、食べ始めた。
熱々の塩海鮮ラーメンをすすり、唐揚げと一緒に山盛りのご飯を頬張る。
栄養が疲れた体に染み入るのがわかる。
(うまい……)
これから毎日、このレベルの食事が確約されるかと思うと、もう嬉しくて仕方がなかった。
◆◆◆
七つの大罪の大悪魔たちが集まる会議室に伝令が入る。
その者は食堂から派遣されていた。
彼らはいっせいに懐から水晶を取り出し、その様子を観察する。
「とうとう食事を手にしたか」
「……生き延びましたな」
「マモンの予想を、いい意味で裏切ってくれた」
「しかも速い。あれだけ成長していて、まだ半年も経っておらん」
大悪魔たちの顔が、いつになくほころんでいる。
彼らの手元で輝く水晶には、期待の男が映し出されていた。
「誕生日さえ無ければ、無様に終わるはずだった」
白い脚を組み、斜に構えるマモン。
「マモン。言わずともそなたならわかるであろう」
小さな蛇がそれを咎めるように、マモンを見て言った。
「あの男は挫けそうな状況から立ち上がり、苦難に立ち向かった。少なくともそなたが言うように、泣いて命乞いなどはしなかったぞ」
「………」
マモンが目を細め、蛇に凍てつく視線を向ける。
だが蛇は飄々としたまま、その目を見返す。
「……愚かな。人間なんぞの肩を持つか」
そう言いながらも、先に視線をそらしたのはマモンだった。
「そろそろ認めてはどうかな。人間嫌いはわかるが」
「………」
マモンが逸らしたばかりの視線を戻して、きっ、と蛇を睨む。
「臨獄の九処を抜け、能力を開花させるのも間もない。そうすればあ奴はさらに強くなる」
蛇の言葉に、いつものようにマモン以外の皆が首肯するのだった。
◆◆◆
「よくやり遂げた」
白い世界にいつものごとく蛇が待っていた。
蛇がするすると地面を這って、俺の傍にやってくる。
「随分血色がよくなったようだ」
蛇が鎌首をもたげて、穏やかな声をかけてくる。
「食べられるようになったからな」
言葉を返しながら、ふと、こいつはいったい何者なのだろう、という疑問がわいた。
周りの反応からして、それなりの立場にはあるようだが。
まあ今聞かなくても、いずれわかるか。
「そなたのスキルの意味はわかったか」
「食ってればいいんだろ」
「まさにその通り。破格のスキルだ」
「え? 破格?」
俺は聞き返す。
他人と比べようがないからわからないのだ。
トムオの【魔力三倍増】だったかの方が、よほどすごく映る。
「〈
「〈
「いかにも」
「それって下から何番目だ」
「上から一番目だ」
蛇は断定的に言う。
「それは〈
駄目だこいつ、全然わかってない。
さては三下だな。
「………」
蛇はちろちろと舌を出している。
「……まあそういうことにしておくか」
蛇は面倒くさくなったのか、話を切り上げた。
「処はもう少し続く。そのまま努力することだ」
「言われるまでもない。さ、次へ案内してくれ」
「第六処とて甘くもない。乗り越えれば、大きな成長を遂げるであろう。しっかり苦しんで来るがいい」
頷いた俺は再び、どこかへと飛ばされた。
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