第13話 執念の粘り


 とにかく集中力と、体のバランスだ。


 体重のかけ方にもコツがあることに気づいた。

 足の裏をいくつもに分けて、それぞれの風に対して体重をかける点を変える必要があるのだ。


 15回ほど落ちたあたりで、やっと揺さぶる風の部分を越えられた。

 横から吹きつけていた雪も上から降ってくるようになる。


〈【深部感覚】LV1を獲得しました〉


 よし、初日でスキルが開花したぞ。


「しかし寒い場所だな」


 足が震える。

 ローブの隙間から忍び寄る寒さと収まらぬ空腹で、集中力が限界に達している。


 やがて雪も止み、比較的暖かいところに出た。

 良かったと安堵したのもつかの間。


「なんだこりゃ……」


 わが目を疑った。


 なんと足場が横向きの滑車になっており、その上を歩かねばならないのだった。


 屈みこみ、手で滑車を触ってみると、なんの抵抗もなくくるくると回る。

 まるで乗った者を横に落とすためにあるようだ。


「冗談だろ、おい……この上を歩くのか」


 落ちずに歩く絵が想像できなかった。

 ここはあまり寒くなかったせいか、しばし立ち呆けてしまった。


「……行こう。時間の無駄だ」


 頭の雪を払った後、俺はできるだけ体重が左右に逸れないよう、まっすぐに滑車に乗る。


「……」


 いつ滑車が回るかと思うと、乗っただけで体が震えた。


 そのまま、一歩、二歩、三歩……。


 ぐるん!


「うあっ――!?」


 次の瞬間、滑車が回っていた。

 

「ぐあっ」


 俺は滑車の上でしたたかに脇腹を打った。

 

 そのまま滑り落とされそうになり、両手で橋を抱き込むように掴まる。

 橋の下は雪が凍り付いていくつも氷柱ができており、なかなか掴まるだけでも大変だ。


「ふぅ……」


 なんとか這い上ろうとしたその時、ごん、と頭に強い衝撃。

 俺は意識を失った。




 ◆◆◆



 俺は最初の位置に戻されていた。


 この七処には、ほかの悪魔数人も試練に望んでいる。

 その様子を見ると、橋にぶら下がった者には石矢が放たれ、下へと落とされているようだ。


 どうやら石橋を歩かず、四つん這いになったり、ぶら下がったりした時点でダメらしい。


 僅かな量の食事をはさみ、その後二十回ほど続けてチャレンジしたが、いずれも滑車のはじめの部分で滑り落とされた。


「少し休もう」


 雪の積もった中に腰を下ろすが、当たり前のように寒くて座っていられない。


「ここはしんどいな……」


 今気づいたが、眠れる場所がないのだ。

 雪の降る中で眠ったら、間違いなく凍死する。


 そうなると試練で死んでいる形にはならない。

 餓死と似たような状態だから、もう戻ってこれない気もする。


(どうする……)


 空腹で腹が喚き続ける中、俺はほかの悪魔がどうしているか見回した。

 しかし辺りには5体ほどいた悪魔たちは、一人もいない。


 まだ休んでいないのだろうか。

 いや、もしかしたら彼らは休まないのか。


(……)


 そこでふと、あることを思い出した。


「まさか……」


 俺は再び細い石橋を慎重に進む。

 風に煽られ3度落ちたが、なんとかして進み、風のやむところまでやってくる。


 予想通り、ふわりと温かくなり、雪が止んだ。

 ちょうど滑車の手前の部分である。


「やっぱりそうか」


 そこではほかの悪魔がひとり、細道に立ったまま眠っていた。

 確かにここは、まどろめるほどに温かい。


 あそこで死の危険を冒して眠るより、ここで眠りながら落ちるほうがましだ。

 それなら間違いなく助かるからだ。


 そうしている間にも、温かさに体が安らいで、まぶたが下がってきた。

 俺はほかの悪魔から間隔をあけて立ち、腕を組みながらバランスをとる。


 じっと立ち続けるのもなかなかにつらいが、寒いよりよほどよかった。


 うとうとして、眠りに落ちる。

 意識が遠のくと同時に膝の力が抜けて、崩れ落ちそうになる。


 そのたびに目覚めては、なんとか立ち続ける。

 それでも15分以上はうとうとできた気がする。


 次にはっと気づいた時には、俺は落下している最中だった。



 ◆◆◆



 温かい場所に行ってはうとうとし、落ちてを繰り返す。

 今までに比べると、第七処は格段に安眠を確保できない場所だった。

 毎日、1時間も眠っていない。


 それに加えて、常に飢えている日々。


 そうやって集中力や気力を奪われている気がする。

 ついてない時はとことんついておらず、食事も豆すらない日が3日続いた。


 お偉いさんの誕生日は何日ぐらい前だったか、もう思い出せない。

 体重は56kgまで減っていた。


「ここは過酷だな……」


 幾度となく同じ言葉を繰り返す。

 頬に雪が張り付き、熱を奪われていく。


 気が付くと、開始位置の雪の中に座り込んで眠っている自分がいて、はっと立ち上がる。

 まずい、まずいと叫びながら頬を打つが、数分後にはまぶたが下がり、寒さを忘れて座り込んでしまう。


「だめだ、眠るならあそこまで行かないと……」


 そうやって橋を渡り始めるのだが、温かい所に行きつく前に、風で落ちてしまうのだった。

 滑車のところには、もう三日以上チャレンジできていない。



 ◆◆◆



 朦朧とした意識の中で、俺はなんとか立ち上がろうとしていた。

 ここが現実なのか、夢の中なのかも区別がつかない。


「……」


 俺はなんのために努力しているのだったか。

 なぜ今、立とうとしているのか。


 何を目的としていたのか。

 それすら、わからなくなっていた。


 俺はそうして立とうとしていた自分を止め、座った。

 このまま座っていていい。


 もういいのだ、と言い聞かせた。

 そうやって目を閉じた、その時。


 ――ドッ。


 閉じたまぶたの裏で、十字架に吊るされた銀髪の少女が、胸を貫かれた。

 ふたつの剣に。

 どくん、どくんととめどなく、溢れ出る血。


 ――はい、おしまい!


 そう言ってニタァ、と笑うのは、キボン。


「――!」


 俺ははっと目を見開く。

 涙が頬で凍りついていた。


「ふざけるな……ふざけるなふざけるなぁぁ!」


 自分の頬を何度も打ち、立ち上がった。

 俺の中で、何かがかっと煮えたぎり始めた。


 俺はやっと、やっとリーフロッテを助けるすべを見つけたのだ。

 挫折などしない。


 挫折など、ありえない。


「あの時の彼女の苦しさを考えろ……!」


 最後にもう一度、自分の頬を打って、意識をつなぎとめる。


 眠れないことなど、たいしたことではない。

 ならば眠らぬうちに、ここをクリアすればいい。


 それ以上の努力でカバーするのだ。

 冷え切っていた俺の体は、いつの間にか恐ろしいまでに熱くなっていた。


「二度と立ち止まるな」


 石橋を渡り始めると、気持ちが高揚しているせいか、比較的すんなりと進む。


 温かい場所までやってきたが、休まずに滑車に挑戦する。


(学べ、そして繰り返せ……)


 体重のかけ方が非常に繊細だが、できなくはない。

 重心をきちんと真ん中に置けば、滑車は回らないのだ。


 八度落ちて、九度目の努力をしている最中に、俺はどこかへと呼ばれた。

 移動した先は、焼いた肉の香りが広がる、誕生日祝いの晩餐だった。




 ◇◇◇



 

 ヴェルフェゴールという悪魔の誕生日らしい。

 まあ、今の俺には名前を覚えて感謝するくらいしかないのだが。


「おぉ、うめぇ」


 鶏レッグにかぶりつき、海鮮スープを音を立てて飲み、刻み肉の入ったまんじゅうを口に放り込み、手の届くものを次から次へとたいらげた。

 そして鹿の悪魔と並んで、おかゆをどんどんかき込んだ。


「食った~」


 待ち望んでいた、満腹の時。

 ただ座っているのが苦しくなるほどに、体はほてっている。


 たまらず、睡魔が襲ってきた。


(そりゃ眠くなるわな)


 安全な場所で座っていられるというだけで、どれだけ幸せなことか。

 さすがに眠るのはまずいので、とりあえず体だけでも休めようと楽な姿勢をとった俺だったわけだが。



 ◇◇◇



「お前ら起きろー、いつまで寝てる」


 俺はそのまま晩餐の席でいびきをかいて寝ていたそうだ。

 誕生日の祝いの席で眠るなど、無礼この上ない行為だったろうに、幸いお咎めはなかった。


「オラお前ら。そろそろ戻すぞー」


 周りを見ると、俺とは別な理由で眠りこけている悪魔が相当数いた。

 泥酔しているのだ。


 俺を起こした馬の悪魔が言うには、どうやら飲みすぎて羽目を外すのも、立派に祝う行為に含まれるらしかった。


 さすが魔界。


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