第18話 第二処へ



 何度も死んで、理解する。

 ここは権天使アルケ―の、あの魔法をくらう試練なのだ。


 囚われたこの天使が可哀そうだとか、そういう感情はかけらも湧かなかった。

 それはひとえに、この世界に来た当初から俺たちを殺そうとした存在だったからだろう。


「――ぶっ殺してやる!」


 素手で何度も飛びかかったのは一度ではない。

 だが、見えない壁のようなものがあり、触れることすら叶わなかった。


「ふざけやがって」


 この天使の魔法発動を見ていると、はらわたが煮えくり返る。


 上から降ってくる、まばゆい閃光。

 まぎれもない。


 キボンが召喚した天使が唱えた魔法と同じ。

 この魔法で、あのリーフロッテが瀕死にされたのだ。


「もっと放ってみろよコラ」


 今までの試練の中で、一番自分をコントロールできなかった。

 だがそれほど支障はない。


 俺はただ、死に続けていればいいだけだから。




 ◇◇◇




〈【聖耐性】LV3を獲得しました〉


〈【魔法防御上昇】LV2を獲得しました〉


 ――ドォォン。

 上から魔法が降ってくる。


 弁当の効果もあり、3時間もすると、俺は一撃では死ななくなった。


 俺とは違って死なないよう、天使にはきちんとした食事を三度も与えられる。

 魔法を放たなくなってきたら、回転扉を回して俺と引き離し、少し休ませる。


 俺は奴を待ち構え、寝る間も惜しんで魔法をくらい続けた。


 気持ちが怒りに染まっていて、疲れ知らずになっていたこともある。

 今までになく、俺自身の直接的な成長を感じることができたというのもあると思う。


(この魔法に耐えられるようになれば、きっと……)


 俺があの世界に戻って相対するのは、天使の軍団である。

 蛇の言う通りなら、奴らは一様にこの魔法を唱えてくるだろう。


 最低でも10発、いや100発受けても死なないレベルまで成長してやる。


「奴らをなぎ倒す」


 そうやって俺は倒れても倒れても、天使の魔法を身に受け続けた。



 ◇◇◇



 入った翌日に、早くも出口らしい階段が左手側に出現していた。

 だがもちろん、まだ出るつもりはない。



〈【聖耐性】LV6を獲得しました〉

〈【魔法防御上昇】LV4を獲得しました〉



 まる二日で魔法を10回受け続けても、立っていられるようになった。

 だが、全く物足りない。


「足りねぇよ。もっと強力な魔法を放ってみろよコラァ!」




 ◇◇◇



〈【聖耐性】LV9を獲得しました〉

〈【魔法防御上昇】LV6を獲得しました〉



 それから5日あまりが過ぎた。

 しかしそれからはいくら身に受けても、スキルレベルは上がらない。


「もっと強力な魔法をぶちかませよ!」


 食事は十分量とっている。

 この天使が低能なせいで、俺は成長できないのだ。


「後ろがつかえている。そろそろ出よ」


 俺の後ろに、いつの間にか蛇がいた。


「まだ駄目だ」


「もう十分成長しているぞ」


「あと50日は使う。俺はこの魔法にだけは100発でも200発でも耐えうる体を作らなければならない」


 俺は蛇を見ず、天使に向き合いながら言い放つ。


「――そなたを第ニ処に移す」


 その言葉とともに、俺の体に淡い光が灯った。


「――ふざけるなてめぇ!」


 振り返って怒鳴った時には、もう遅かった。

 視界が変わり、俺は別な場所に立っていた。


「なんの真似だ! 俺を今すぐ戻せ!」


 喉が枯れるほどに叫び続けたが、蛇は一度も姿を現さなかった。


 俺は石の壁に拳を叩きつけた。


「畜生が……勝手に追い出しやがって」


(こうなったら)


 ここをクリアした後に、なんとしてでもさっきの天使のところへ舞い戻ってやる。

 あの魔法に十分耐える力を身につけなければ、俺はリーフロッテを守りきることができない。


 俺は立ち上がり、あたりを見回す。

 そこは先程とよく似た、篝火の焚かれた神殿だった。


 しかしひっそりと静まり返っていて、生き物の気配はない。


 俺は油断なくあたりを窺いながら、進んでいく。

 すると二つの黒岩があった。


 近づくと白い光を纏った、老いた悪魔が姿を現した。

 

「……よくぞ参った。第二処へ」


 その境界がぼんやりしており、霊的な存在なのだとわかる。


 まあ、誰でもいい。


「ここはなにをさせてくれる?」


「この黒岩のどちらか一方を破壊せよ」


 確かに正面には、背丈ほどもあるどっしりとした岩がふたつある。


「……この岩を?」


「その通り。片方がもう片方を修復するゆえ、出口が出ている間は僅か。気をつけよ」


 淡く光った老人が歌うように告げる。


「修復……」


「そうじゃ。では健闘を祈るぞよ」


 老人が、掻き消すようにいなくなった。

 俺は岩に目をやる。


「割るだけか」


 岩相手の試練は第六処で相当積んだ。


 拳は直接鍛えてはいないが、筋力は相当ついたはず。


 この岩を破砕するぐらい……。


「うらぁ!」


 俺は右の拳で、その岩の中心を強打した。

 がぁぁん、と言う音とともに、岩が砕けた、と思った。


「あぐっ」


 右手に走る激痛。


 俺は右手を抱え、両膝をつく。

 見ると、悲惨なまでに拳が砕けていた。


 血がついた岩は、かけらも破壊されていない。


「……なんて硬度だ」


 特殊な材質なのだろうか。

 黒光りするこの岩には、まったくダメージが通っていない。


「いや、ダメージを累積すれば……」


 俺は使い物にならなくなった右手をだらりと下げ、今度は左手で岩を殴る。

 ダメだとわかればさらに右脚、左脚。


 しかし、結果は変わらなかった。

 繰り返せば繰り返すほどに、こちらが壊れていく。


「くおぉ……くそが」


 岩はびくともせずに目の前にたたずみ、俺は四肢が役立たなくなり、這いつくばっていた。


 今までとの大きな違い。

 それは、負傷してもとどめを刺してくれないことだ。


 もちろんこのまま放置しておけば、いずれ傷口から感染でもして死を迎えるだろうが、少なくとも3日、いやもっとかかる。

 これでは効率が悪すぎる。


「くそっ、どうすればいい……」


 岩割りを試し続けながら、リトライまでの時間を短くする方法。


 時間を短くする方法。

 時間を……短く……? 


「……」


 そこで俺は、ふと気づいた。

 自分の思いつきに正直「狂っている」と感じたが、考えるほどに正しい気がしてきた。


「やるか……」



 ◇◇◇



「おおぉあぁ――!」


 狂ったように岩に額をぶつけ、そして倒れ伏す。

 何度繰り返したことだろう。


 この光景を目にすれば、間違いなく狂人扱いされるに違いない。

 目に流れ込んでくる血も拭わず、ただひたすらに岩に頭突きを繰り返す。


 目の前が真っ白になって、意識が遠のく。

 復活リスポーンしたら、再び岩の前に座って、の繰り返しだ。


 そう、頭突きによる破砕である。


〈【頭突き】LV1を獲得しました〉


 そしてその方向性は間違っていなかったようだ。



 ◇◇◇



 弁当の効果もあり、半日たらずで、【頭突き】レベル3というものが手に入っていた。

 だがまだ岩は割れない。


「まだまだぁ!」


 狂ったように頭を岩にぶつけ続ける。


 飯をたらふく腹にいれ、 眠りこけた後、とうとう俺の頭突きは岩に負けなくなった。


〈【頭突き】LV4を獲得しました〉


 繰り返すとやっと岩に亀裂が入り、そこから二つに割れた。


「やっとだな……」


 しかし、みるみるうちに割れた岩は勝手に復元していく。


「……むしろ好ましい」


 割れて終わりではつまらないからな。



 ◇◇◇



 それから丸一日が過ぎた。


「うらぁぁ!」


 ひたすら狂ったように頭突きを繰り返す。

 岩を割るたびに鳴るチャリーン、という音が何なのかは不明だ。


〈【頭突き】LV5を獲得しました〉


 やはり弁当の効果が大きい。

 一日二回の食事で、スキルのレベルアップが異様に早まった。


 おかげで今や、岩を割るのに、なんの抵抗も感じないくらいだ。


 ちなみに、出口の鳥居はかなり前から出現している。


 もちろん無視している。


 俺は二つとも粉々にならないよう、再生される範囲で砕き続けた。

 もう岩より俺の頭の方が固いというのが、少々信じられないが。


 そうやって、ひたすら同じことを延々と繰り返す。


〈【頭突き】がレベルMAXとなり【大王アスモダイの黒曜砕き】を獲得しました〉


 最上級のスキルを手にしてからは、岩を岩と感じなくなった。

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