第7話 失意、そして
「てめぇ俺様に傷を……もう許さねぇ! 殺す! ぶっ殺す! ラグエル――!」
額から血を流しながらキボンが命ずると、あの召喚された天使が再び長槍を構えた。
「………!」
リーフロッテがはっとして、数歩後ずさる。
彼女が後ずさる姿を、俺は初めて見た。
ラグエルが無言で槍の先をリーフロッテに向ける。
とたんにカッと眼前が光った。
続けてドーン、という轟音とともに生じた、地面の揺れ。
なんと空から、まばゆい閃光が降ってきたのだ。
カラン、という音ともに、リーフロッテの手から剣が落ちた。
「うっ……」
身に受けたリーフロッテが、呻き声を上げながら前のめりに倒れた。
美しかった銀色の髪が縮れ、白煙を上げている。
彼女は、意識を失っている。
「り、リーフロッテ! うぐっ」
駆け出した俺は、数歩も行かぬうちに足を止められる。
激痛とともに目の前が真っ白になった。
キボンが剣の柄の部分で、俺のみぞおちを打ったのだ。
「黙って見ていろ。お前のお仲間が死にゆくさまをな」
「や……やめろ……」
俺はそれでも顔だけを起こし、リーフロッテを見る。
満身創痍だった俺は、もう立てなかった。
倒れた彼女の前に、あのラグエルという天使がまた槍をかざしていた。
その槍先から、まばゆい光の輪が4つ、放たれる。
その4つがそれぞれ、倒れているリーフロッテの手足に巻きついた。
その光の輪が、意識のない彼女を引っ張り上げて立たせる。
「ショーの始まりだ。へっへっへ」
直後、リーフロッテの背後に現れる、光輝く十字架。
顎を胸につけるようにして気を失っているリーフロッテが引っ張られ、四肢を強制的にその形にされ、そこに磔にされる。
「や、やめろ……やめてくれ……!」
俺は彼女にやってくる未来が予想できた。
「さて」
キボンがリーフロッテの前に立つ。
「おら、早く来い。殺しちまうぞ?」
キボンがリーフロッテの胸に剣の切っ先を当て、にやけながら俺を見る。
「やめろ!」
俺は必死にリーフロッテの方へと這う。
「遅ぇな、早くしろって」
「殺すな……その人を殺すなぁぁ!」
だめだ、やめてくれ。
神よ。この世界の神よ。いるなら彼女を助けてくれ。
何の穢れもないこの人が、どうして死ななければならない。
俺はどうなってもいい。
どうかリーフロッテを……。
「神に祈ってんのか? バーカ。神は俺の味方なんだよ」
潤んできた視界で、キボンが、ニマァ、と笑い、これみよがしに白い翼を広げた。
「はい時間切れー! 死ね」
「やめろぉぉ――!」
――ドッ。
「……うっ」
彼女が、揺れた。
はっとした彼女が、目を覚ます。
「……!」
そして彼女は、自分に起きている現実に気づく。
二本の剣が、胸元を貫いているのを。
「リーフロッテえぇぇ――!」
彼女が力ない視線を、俺に向けた。
「い……イーラ……さ、ま……」
その言葉を最後に、リーフロッテは人形のようにだらりと力を失う。
「はい。おしまい」
キボンがアーッハッハッハ、と笑った。
◇◇◇
「リーフロッテえぇぇ――!」
あの野郎、本当に殺しやがった……!
「リーフ……くそっ、ちきしょうがあぁ――!」
あんなに清廉で……俺たちのことを一心に考えてくれていたあの人を……殺しやがった!
「おあああ――!」
俺はリーフロッテの亡骸に這い寄り、狂ったように絶叫していた。
なぜこの人が死ぬ必要がある?
なぜだ! 答えろよ神――!
俺が鼻からも涙を流し、発狂している間、キボンがなにをしていたかは全く記憶にない。
気づいた時には、キボンはトムオを味方に引き入れていた。
「NPCを殺したぐらいで騒ぎやがってよ……さ、トムオpro配信者殿。あのゲームについて大いに語ろうじゃないか」
「はい。勇者キボン様」
そう言って、キボンは天使たちを撤収させると、トムオと肩を組んで歩き去っていく。
「トムオ、あのゴミ兵士たち、任せていいか」
「おまかせを」
笑顔でそういったトムオがこちらを振り返る。
そして、アストからもらった杖を構え、なにやらつぶやき始めた。
「〈
火の塊がトムオから発せられる。
その塊は最後に残っていた兵士二人を焼き尽くしていた。
その兵士たちは、俺達が城に転移した時に身を挺して守ってくれていた人たちだった。
「おーナイス」
キボンが拍手している。
「――なにやってんだてめぇ!」
俺はかすれた声で叫んだ。
「あー、うるせえ。――ラグエル、やれ」
キボンが肩をすくめて、そうつぶやく。
同時に、ルゥゥゥ、と唸る化け物が、俺の背後でうごめいた。
「寂しくないぜ。こんなに早く死んだ女に逢わせてやるんだ。かー、俺ってホント優しいな」
そうキボンは言い残して背を向けた。
直後、カッと周辺が真っ白になり、ドーンという轟音が響いた。
◇◇◇
真っ暗になった世界。
俺はもう、自分がどうなったかなど、どうでもよかった。
リーフロッテの亡骸を見つめながら、考えていた。
――俺が転移させられた意味は何だったのだろう、と。
訳も分からない異世界に連れてこられ、開けてみればそこは滅亡寸前の国。
世界はすでに圧倒的な強者が支配している。
そいつと同じように異世界転移したはずが、俺に与えられた力は比較にならぬゴミカス。
当然のように歯が立たず、俺は死ぬ。
大切に想い始めた人を殺されて。
(この世界に転移した意味は何だ)
……いったい何だったのだ。
「……ちきしょう……!」
どうして俺は。
「どうして……どうして俺はやられ役なんだよ!」
心の底におさえ込んでいた感情が、一気にあふれ出す。
わき上がる涙で視界が潤んだ。
本当は、認めたくなかった。
俺が、トムオのおまけだったことを。
もしかしたら、【
だが突きつけられた現実は、冷ややかなものだった。
大切な人を守ることもできずに、死なせた。
俺が……俺が、弱いばかりに。
(リーフロッテ……ちきしょう!)
どんな努力だろうと、してみせるのに。
どんな苦しみだろうと乗り越えてみせるのに。
どうして俺は――!
「ちきしょうああぁ――!」
その時。
”そなたは力を欲するか”
真っ暗な世界から、声が降ってきた。
俺ははっとして、声の方を見上げた。
「俺は死んだんじゃ……ないのか?」
”そなたは死んではおらぬ” ”まだ死んではおらぬ” ”天使を殺せ” ”我らは味方なり”
突然四方八方から、声が降ってくる。
考えてみれば不思議だった。
先程までの傷は癒え、刺さっていたナイフは消え、俺は普段と何一つ変わりなく感じ、考えている。
”一時的に避難させただけ” ”憎いか” ”助けてやろう” ”天使が憎いか” ”我らが提案に乗れ” ”天使どもを憎め”
「な、なんだ……」
いくら見上げても、顔は一つも見えない。
ただしわがれた老人の声や女の声、壮年の男の声などが混ざって次々と俺に語り掛けてくる。
”そなたは自分の力に気づいておらぬ” ”気づいておらぬ” ”天使どもを憎め” ”力に気づいておらぬ” ”奴らを殺せ”
俺は立ち上がっていた。
……じ、自分の力に、気づいていない?
「……どういうことだ」
”伝説のスキル” ”欲を力に変える者 ” ”またとなき転化の力 ” ”天使を殺す力”
息ができなくなっていた。
ど……どういうことだ ?
”そなたは強さを欲するか” ”力を欲するか” ”強さを欲するか” ”力を欲するか”
「………」
”答えよ。そなたは強さを欲するか” ”そなたは力を欲するか” ”我らが提案にのれ” ”復讐の力を授けよう”
強さ……。力……。
「……今さら、力など」
確かに欲していた。
だがもはや、守りたい人は失われた。
今さら力を手に入れて、キボンに復讐したところで、彼女は戻ってこない。
そんなことをしたところで、あの人は決して笑ってはくれないだろう。
声たちは一瞬、間をおいて、また俺に語り掛けてきた。
”我らの元へ” ”我らの元へ堕ちよ” ”堕ちるのだ” ”堕天して復讐を成せ”
「復讐しても……あの人は……」
声を震わせながらそう呟いた、その時だった。
”欲する女を助けようぞ” ”我らならできる” ”憎き天使どもを殺せ” ”奴らの命を貪れ” ”女を助けてやろうぞ”
俺は、はっとした。
……女を、助ける……?
「な……で、できるのか!? リーフロッテを生き返られることが……!?」
かすれながらも叫んだ俺の言葉に、いくつもの声が応える。
”女を助けてやろう” ”我らの元で力を育てたならば” ”我らとともに復讐を成せ” ”天使どもを八つ裂きにせよ” ”堕ちよ” ”奴らに死を”
「……」
俺は立ち尽くしていた。
〈カルマが上昇しています。種族【聖人】が変化する恐れがあります。すぐに行動を停止してください〉
”我らの元へ” ”我らの元へ堕ちよ” ”堕ちるのだ強き者よ” ”女は助かる” ”堕ちるのだ” ”堕天し復讐を成せ” ”堕天すべし”
〈カルマが上昇しています。現在の種族【聖人】を維持する場合は、すぐに行動を停止してください〉
声の数が一気に増えている。
加えて何か、アナウンスが俺の中で鳴り始めている。
だが、今はそんなことは耳にすら入らない。
「……まさか、そんなことが……」
俺の願いが叶うのか?
彼女を、リーフロッテを生き返らせることができるのか?
「おい、本当にリーフロッテを助けられるのか!」
”いかにも” ”時を戻す” ”嘘は言わぬ” ”我らの元へ来るのだ” ”堕ちよ最強の男” ”女を助けて復讐を成し遂げよ” ”天使どもを殺せぇぇ”
「……」
全身に鳥肌が立っていた。
俺は、やり直すことができるのか。
〈カルマが危険値まで上昇しています。現在の種族【聖人】を維持する場合は、すぐに行動を停止してください〉
”さぁはやく” ”堕ちて我らの力に” ”堕天せよ ” ”我らが復讐を手伝おう”
願いをかなえてくれるという声が、俺を促している。
しかし俺の中では、激しく警笛が鳴っていた。
そう、考えるまでもない。
この声の主たちは間違いなく……。
(……いや、もはやかまわない)
俺はこぶしを握り締めた。
何者であろうと。
この俺に力を与えてくれる存在なら、なんだろうと。
「――いいだろう」
その瞬間、耳元でアラームが鳴り響いた。
〈カルマが規定値を逸脱しました。種族が【悪魔】に強制変更されました。堕天行為を祝福し【悪魔貴公子】が与えられました。それに伴いステータスが変更されます〉
やがて、俺の足元からぬぅと現れ始めた、骨と皮だけの灰色の手たち。
数十本のそれが、何かを探すように蠢き始める。
その手が俺の足を見つけると、群がるようにいっせいに掴み始めた。
ワレラノモトェェ……!
次の瞬間、俺は両足をぐいと引っ張られ、どこかへと落ちていった。
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