第12話 第七処へ


〈【無呼吸】LV2を獲得しました〉

〈【泳ぎの達人】LV2を獲得しました〉


〈【無呼吸】LV3を獲得しました〉

〈【泳ぎの達人】LV3を獲得しました〉


〈【無呼吸】LV4を獲得しました〉

〈【泳ぎの達人】LV4を獲得しました〉



「うぁー」


 ぐーっと空に向かって伸びをする。


 しかし、食うとホント寝れるな。

 半日以上寝たんじゃないかというぐらい、頭はすっきりしている。


 腹はさすがにこなれたな。


「お、来てる」


 俺は手に入れたスキルを確認する。

 やっぱ食べると伸びるんだな。


「よーし、頑張るぞ!」


 ローブを脱ぎ、息を吸い込んで水に飛び込む。

 水が昨日よりぬるい。


 包まれる水の中を、平泳ぎで進み始める。


(うへー楽過ぎる)


 我ながら驚くほどだった。


 変わりなく水をかいているだけなのに、やけに前に進む。

 しかも、全然苦しくない。


(ありゃ)


 あっさりと50メートル付近を越えた。

 そしてすいすいと進む。


 全く苦しくない。

 80メートルを越えても、まだ余裕がある。


 なんとあっさりと、見えていた上り階段に到着した。


「……やった……?」


 安堵したのもつかの間、この場がゴールではないことに気づいた。


 そこはただの一時避難場。

 目の前には再び水中に降りる階段があるのだった。


 次はさらに長距離を潜水して泳がねばならなかった。

 それこそ全長で、200メートルくらいあったのかもしれない。


 最初は160メートルあたりが限度で浮上しハチの巣にされた。


〈【無呼吸】LV5を獲得しました〉

〈【泳ぎの達人】LV5を獲得しました〉


 それでも、食べたものがまだ効いているのか、トライするたびに成長して距離を伸ばすことができた。


 スキルも伸びて、次の日の食事のころには、ふたつめの200メートルの水槽も潜水しきって、とうとうゴールに到達できるようになった。

 もちろんゴールの鳥居はくぐらず、逆走して泳ぎ、鍛錬を続けた。


 200メートルを24回ほど繰り返したところでスキルが伸びた。


 〈【無呼吸】と【泳ぎの達人】がレベルMAXとなり、【魔神ヴァブラの潜水力】を獲得しました〉


 スキルが変化した。

 これが上限のようだ。


 スキルが最終形態になると、格段に能力が上がるようだ。

 ためしに泳いでみたら、600メートルを息継ぎなしで行けてしまった。


 当然、もう水の中は楽勝だ。




 ◆◆◆





 食堂への疾走。


 第一関門、第二関門を問題なくクリアできた。

 さらに走るだけでは全く息切れしなくなった自分に嬉しくなった。


 いや、痩せたせいも絶対あるんだけどな。

 今、体重68kg。

 少しだが、腹筋割れてきた。


 そして、初めて足を踏み入れる第三関門。

 第七処であろう場所。


「うへー」


 今までの試練とは打って変わっていた。


 まず、雪がしんしんと降っている。

 先はホワイトアウトしていて見えない。


「冷え込むな……」


 泳いで冷え切った体には堪える。


 アイテムボックスから取り出したローブがあるが、それだけでは不安を感じる寒さだ。

 襟元を押さえながら、視界の先を探る。


「もしかして、これか」


 寒さに関係なく、背筋がぞっとした。


 なんと片足で立てるくらいの幅しかない石橋を進んで行くというものだったのだ。


 細い道の両側は谷になっているようで、深い霧が立ち込め、底が見えなくなっている。

 それだけに、よけいに恐ろしい感じがした。


「これを渡れと言うのか」


 ただ渡るにしても、繊細なバランス感覚が必要そうだ。

 雪の中、先行していた悪魔たちが両手を広げてバランスを取りながら、次々と挑んでいくのが見える。


「行くしかないか」


 俺も真似をしながら後ろに続いた。

 これが、第十一処の試練だろうから、さっさと慣れなければ。


 逆に言えば、これに慣れてしまえば食事にありつけるようになる。

 この差は大きい。


「いくぞ……うおあ!?」


  10歩も進まぬうちに、突然吹いた風に煽られた。

 耐えようとしたが、積もっていた雪のせいで靴が横滑りし、バランスを崩してあっさりと谷に落ちた。




 ◇◇◇




「……物凄い速さで成長しておる」


 七つの大罪の悪魔たちは、驚きを隠せずにいた。

 ただ一体を除いて。


「マモンの祝いの席が効いたな。食って化けた」


「………」


 その言葉にマモンが蒼い瞳でぎろり、と睨むと、言葉を発した黒角のM字に禿げた悪魔は、ばつが悪そうに視線を泳がせた。


「まもなく奴は安定した食事にありつくだろう。そうなればさらに成長が加速する」


「我らの救世主ともなるかな」


「この状況です。期待してしまうのは致し方ないでしょう」


 老婆ヴェルフェゴールの言葉に、マモンを除いた大悪魔たちが頷いた。


 元来、天使と悪魔は始まりの時より絶え間なく争い続けていた。


 ほぼ拮抗した勢力を展開する天界と魔界。

 そうなると、戦いを左右するのは、地上の人間たちである。


 人間たちの憎しみや劣情、信仰や祈りをより多く手にした側が力を増すのだ。

 それゆえ、両軍の地上への働きかけは決して怠ることのできない仕事だった。


 そういう意味では、三年前に起きた異変は甚大だった。

 そう、勇者キボンの登場である。


 悪魔たちはこののち、毎日頭を抱えるようになる。

 なんとキボンは、天使を地上に召喚できる能力を持っていたのだ。


 地上に姿を具現化させることは、天使や悪魔たちがこの上なく望むことである。

 人間たちと直接対話すれば厚い信仰を得られるし、さらに敵軍へ力を送っている人間をその手で抹殺することも可能だからである。


 勇者キボンは、さらに人間を天使化するという離れ業を持っていた。

 そんなことをなんの躊躇いもなくし続けるものだから、人間たちの信仰は、かつてないほどに天使たちに傾いた。


 当然、悪魔たちは追い込まれた。


 拮抗していた勢力争いが随所で崩れ、魔界の西部と東部を同時に天使たちに侵略され始めたのだ。

 こんなことは戦いが始まった原初の頃から見ても、かつてない事態である。


 そんな、魔界に訪れた未曽有の危機の最中。

 なんの前触れもなく、魔王と同じスキルを持つ英雄が、人間界に現れたのである。


 それゆえ、言うまでもないだろう。

 その者が味方になったことが、魔界全体を震撼させたことは。


「ワシは気に入ったぞ!」


「――残念だが、奴は次で終わりだ。必ず命乞いする」


 ヴェルフェゴールたちが珍しく嬉々としたのをバッサリと切り裂いたのは、またマモンだった。

 とりなしようのないほどに、あたりが静まり返る。


「マモン」


「いや、あの器なら泣きわめくか」


 鼻を鳴らしながら、マモンは蒼と橙の髪を掻き上げる。


「………」


 ヴェルフェゴールがぎろりと睨む。

 一気に空気が険悪になる。


「たしかに次は厳しい処ではある」


 蛇がふたりをとりなすように、言葉を挟んだ。

 第七処は他の処に比べて、脱落者や餓死者がずばぬけて多かったのである。


「器の小ささに皆、呆れるだろう」


 マモンは静まり返った空気を裂くように、アハハ、と笑ってみせた。




 ◆◆◆




 最初の頃に蛇が言っていた。

 臨獄の九処では、特にはじめの三つの処が厳しいと。


 それはおそらく、その3つの処が食堂への関門と同じものになっているせいだ。

 クリアできない限り脱落を繰り返し、食事が摂れないからだろう。


 第七処は先日食堂への疾走で経験した、細い足場を渡る試練だった。


 つまりここを乗り越えられるようになれば、今のほそぼそとした食事が終わるということだ。


(勝負どころだ)


 俺は再び両手を広げてバランスをとりながら、細い足場を慎重に渡り始めた。


 最初の数メートルは無風なのだが、その先から急に横風が吹き始める。

 ここを耐えて進むと、どんどん風が強くなって、揺さぶるような風になる。

 それも吹いたり、止んだりを繰り返すから、かなり厄介だ。


 

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