拝啓 俺が足元にも及ばなかった君へ。今から君を殺した勇者に復讐します

ポルカ@明かせぬ正体

第1話 陥落寸前の城へ


 俺が異世界に行くことになったきっかけは、ただ他人の財布を拾ったことだった。


 そんな小さなことが、全ての始まりだった。


 それはいつもと変わりない、ある晴れた春の日。

 俺は学校帰りにたまたま、校内一の秀才と噂される男と一緒にいた。


 茶髪をボブにした、ほっそりとした体型のトムオ。

 運動もできて、格闘ゲームの実況配信なんかもしてるイケメン。


 体重が0.1トンもあって食べることしか能がない俺とは、いろんな意味で正反対だった。


 そんな同級生と向き合っていた折、急に視界が暗転したかと思うと、俺たちは違う場所に立っていた。


 全く見知らぬ場所。

 異世界だった。


 異世界転移と言うのは、よく小説なんかで見る面白い設定だ。

 だから、たいていの異世界転移は喜ばしいものなんじゃないかと、勝手に思っていた。


 転移した先では、たいてい女神様とかから、親切でわかりやすい説明があって。

 頼もしい能力をもらったりして。


「逃すなー!」


「殺せ! 現れたそいつらの首をとれ!」


 俺たちには、そういう親切なものはなかった。

 あったのは、血と、怒号と、穴の開いた石の壁から吹き荒ぶ、冷たい風。


「え……?」


「なんですか……これ」


 俺はトムオに渡そうとしていた財布を、ぽとりと落とした。


 そこは赤い絨毯の敷かれた、石造りの広々とした広間。

 後ろには玉座なんかもあって、西洋のお城のような作り。

 

 まるでゲームの中だ。


 その時、凛とした女の声がした。


「――召喚がなされました! お二人を全力でお守りして!」


「うおぉー!」


 その言葉に応じて、重たそうな鎧を着た人たちが、俺たちを背にかばおうとやってきた。


 先頭に立っているのはプラチナという言葉がよく似合う、銀色の髪をした色白の女性。

 年は俺とそう変わらないに違いない。


 せいぜい、一つか二つ上なくらいだろう。


 彼女は白いミニスカートをひらめかせて、目にも止まらぬ速さで剣を振り、飛んでやってくる白い翼の変な生物を切り倒す。


 たったひとりで数人を相手どる彼女の腕前たるや、まるで本の中の戦乙女のようで、なにがなんだかわからない俺ですら、すっかり目を奪われていた。


「『英雄』様、事情はのちほど説明します! 後ろの魔法陣に入ってください!」


 その女性が背を向けたまま叫ぶと、再び敵と剣を切り結び始めた。


「……俺たちが?」


「英雄?」


 俺とトムオは顔を見合わせる。

 頭がまるで、ついていっていなかった。


「――英雄様、こちらです!」


 応じた彼女の仲間らしい兵士たちが、俺たちを慌しい様子で招く。


「はやく……ぶっ」


 次の瞬間、俺を呼んでいた兵士の腹に、投槍が深々と突き刺さった。

 別の兵士がうおぉ、と叫びながら、捨て身で投槍を放った敵に切りかかっていく。


「………」


 唖然としていた。

 変な汗だけがだらだらと流れてくる。


 ただ、このままでは絶対に死ぬ、と言う事だけは理解できた。


「――トムオ、行こう!」


「あぅっ」


 俺はトムオの袖を引っ張り、銀髪の女性に言われた通り、玉座の後ろに向かって走った。


 デブなのでドタドタ走りなのはどうしようもなかったが、それでも必死に駆けた。


「頭を低くして走――」


 そう言って屈んだとたん、俺のすぐ上をひゅん、と何かが横切った。

 全身が凍り付くような恐怖を味わいながらも、二人で目的の場所まで駆ける。


 なんとか、味方らしい兵の中に紛れ込んだ。

 彼らが盾で防いでくれたのか、幸い、俺たちにはそれ以上なにかが飛んできたりということはなかった。


「大丈夫か、トムオ」


「うぅっ」


 振り返ると、トムオは吐いていた。


(……当たり前だ)


 ただ学校から帰っていただけなのに、なんでこんなところで死と隣り合わせなのかって話だよな。


 俺も一人で来ていたら発狂してたかもしれない。

 動揺しているトムオを見ているからか、案外に冷静でいられたというだけだ。


「リーフロッテ様!」


「リーフロッテ様、早く! もう起動します!」


「――今行きます!」


 敵を引き連れたまま、最後にさっきの銀髪の女が、俺たちのところに飛び込んできた。

 続けて、死ねぇぇ、と叫ぶ敵兵が近づいてきた直後、目を開けていられないような強い光に包まれた。




 ◇◇◇




 木の湿ったにおいが鼻をついていた。

 目を開けて、あたりを見回す。


 真っ暗だ。

 だが、周りに沢山の人がいるのを感じる。


 誰かがお経のようにぼそぼそとつぶやく声がしたかと思うと、頭上にぱっと明かりが灯った。

 そこで、今の状況に気づく。


 薄暗い木造の小屋の中に、30人近い人が密集して立っていた。

 誰かがふぅ、とため息をついたのを聞いて、俺はやっとあの場から逃げられたのだ、と知った。


 暑くもないのに、汗が吹き出ていた。

 いや、ただの太りすぎなんだけどさ。


「英雄様」


 直後、小屋の中にいた兵士とあの銀髪の女が、俺とトムオに向かって膝をつき、一斉に畏まった。


 そこで兵士ではない白髪の老人がひとり混ざっていることにも気づく。


「召喚に応じてくださり、心より感謝いたします。二人の英雄様」


「……英雄ってやっぱ、俺たちのことなんだ」


「そうです」


 俺の言葉に、リーフロッテと呼ばれていた女が頷いた。

 髪と同じ銀色の瞳に見つめられ、俺は落ち着かなくなって目を逸らした。


 リーフロッテは、俺たちがここに来た理由を説明してくれた。

 それによると、10日ほど前、彼らは大々的な召喚の儀式を終え、応じてくれる異界の人間を待っていたという。


 しかし青天の霹靂、隣国から突然攻め込まれた。

 あわや窮地というところでその召喚が成立し、俺とトムオがこの世界に呼ばれたらしい。


「お迎えするはずの我々の国がこのような状況で、本当に面目ございません」


「………」


 返す言葉が見つからなかった。

 言葉は悪いが、まさに潰れかけの国だった。


「じゃ、じゃあ僕たち……元の世界には戻れないということ?」


「そうなります」


 トムオの言葉に跪いているリーフロッテは顔を上げると、厳しい表情のまま頷いた。


「嘘だろ……」


 トムオががっくりと膝をつくと、突然メソメソし始めた。


「帰りたいよ……! パパやママが家で待っているのに……もう一生会えないなんてさ!」


 無言になる小屋の中。


「やめろよトムオ」


 言いながらも、まあ、わからなくもなかった。 

 俺にも父や病弱の母がいる。甘えんぼの妹もいる。


 今日は母が半年ぶりに退院する日で、夜はみんなでお寿司にしようと話していたところだ。


 なのに俺が帰ってこないと知ったら――。


「申し訳ございません。この度は召喚に応じて頂き――」


「――応じてなんかいないっつってんだよ!」


 あたりがまた、しーん、とする。

 

「トムオ、気持ちはわかるけど、当たり散らすなよ」


「なんでイーラはそんな平然としてられるんだよ!? デブだからか!? こんなの人権侵害だろっ!」


 いや、ここでデブは関係ねーだろよ。


「トムオがそうするから、逆に頭が冴えているだけだよ。それに、ここが騒いでいい場所かもわからないだろ」


 俺の言葉に、トムオははっとして、周りを見回す。

 誰も俺の言葉を否定しないから、間違ってはいないようだ。


 遅くなったが、俺の名は瀬戸せと井伊良いいら

 十六歳の高校一年生だ。


 食べるのが好きで、現在の体重は112キロ。

 制服もXLでは腹が収まらず、特注だ。


「うっ」


 その時だった。


 今まで毅然としていたリーフロッテが苦悶の表情を浮かべていた。

 見るといつの間にか、彼女はひどい汗をかいている。


「大丈夫ですか」


 俺はトムオから離れて、歩み寄る。


 彼女の白のミニスカートの裾から滴り、足元に溜まる赤いもの。


「リーフロッテ様、背中にナイフが――!」


 彼女の後ろにいた兵士が、目を見開いて叫んだ。


 なんとリーフロッテの左腰にあたる背部に、ナイフが刺さったままになっていた。

 一人で戦っていた時に、負傷したものに違いなかった。


「これぐらい、なんでもありません」


 彼女は刺さっていたナイフを無感情に抜き去ると、どこかから取り出した小瓶を開けて飲み干した。


 みるみるうちに彼女の出血は落ち着いた。

 回復効果のあるポーションだという。


 それでも、傷は完全には閉じていなかった。


「申し訳ありません、英雄様。少々時間を頂戴します」


 兵士たちがそう言うと、包帯を取り出してリーフロッテの手当てを始めた。


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