第2話 どちらが本物か

 魔法の明かりが、室内を静かに照らしている。


 ここは王国の領地内にある、人里離れた場所と聞いた。

 攻められていた城からは相当に離れ、見つかることはないであろう、とローブを着た白髪の老人が言う。


「この世界について教えてくれるかな」


「わかりましたイーラ様。まず概要からお伝えいたします」


 治癒を受け終えたリーフロッテが俺を見た。


 正直、まだ状況を受け入れられていないが、早めにこちらの世界のことを知っておかなければならないだろう。

 トムオはもう泣いてはいないが、ふてくされた顔でこちらに横顔を向けている。


 聞けば、どうやらここは『パーフェクトブルー』と呼ばれる、魔物の蔓延る剣と魔法の世界らしい。


 一つの大きな大地を真っ青な海が取り囲んでいることからその名があるという。

 文明的には、元の世界で言う中世を思い浮かべるような雰囲気だ。


「我らウィンドモラ王国は、並みいる列強に囲まれた小国です。攻め込んできたのは3年前に勇者召喚サモン・ブレイブに成功したホワイトル帝国で、先月までに3つの国を併合し、いまや大陸の半分近くを占めています」


 なお勇者召喚サモン・ブレイブとは、俺たちが受けた英雄召喚サモン・ヒーローより階級の高い儀式だそうだ。


 リーフロッテが筒に入った羊皮紙を取り出すと、こちらへ、と言いながらそれをテーブルの上に広げた。


 ランタンを掲げる。


 この世界の地図だった。


「ここがウィンドモラ王国です」


 隣で地図に指をさす彼女からは、花の香りがした。


「ここか……」


 オーストラリアそっくりの大陸の中央に、よく見ないとわからないほどの米粒大の国があった。


「はい」


「ここなのか……」


 二回繰り返してしまう。

 ちなみに大陸の南半分が勇者の国『ホワイトル帝国』だ。


 ものすごい弱小国に来てしまったようだ。

 努めて顔に出さないようにしたが、出てしまっていたかもしれない。


「申し遅れました。私は政務官のリーフロッテと申します。英雄様に付き添い、その成長をお助けする存在でございます」


 澄んだ声を発し、再び跪く彼女。

 ここで初めて俺は、彼女の顔をゆっくり見ることができた。


 雪のような真っ白な肌。

 ほっそりとした眉の下、形の良いアーモンド形の目の中には碧の瞳。


 鼻は細く、唇はぷるんとしている。

 その整った顔立ちは精巧に作られたかのように、一寸の狂いもない。


「先の侵略で、王や王子たちも全て殺されました。生き残った中では、お二人が一番の高みにいらっしゃいます」


 リーフロッテの言葉に、トムオが全然嬉しくねー、と呟いた。

 トムオはリーフロッテたちを完全に目の敵にしているようだ。


「ほかに配下は」


「おりません。この30名ほどが我が国最後の部下になります」


「そうだよね……」


 訊くか迷ったけど、やはり可哀そうなことを言わせてしまった。


「ですが、大丈夫です。英雄様は一騎当千。しかもお二人もいる。力さえつければホワイトル帝国がやってきても安心です」


 リーフロッテが花のように微笑んで、自信ありげに呟いた。


「英雄様には特別な能力スキルが授けられているはずです。ご自身のステータスで職業とともに確認できると思います。いかがですか」


 言われた通りに視界の隅にあるアイコンのようなものを見ながら瞬きすると、画面がポップアップし、いろいろな情報が表示された。


 まるでVRMMOのゲーム世界だ。


「種族【聖人】、職業は爆炎の魔術師ハウラーオブザフレイムと書いてある。スキルは〈URウルトラレア〉の【魔力三倍増】」


 トムオが俺に向かって言うと、周りにいた兵士たちがざわめきたった。


「それはすごいですね! なんと最初から爆炎の魔術師ハウラーオブザフレイム とは」


「なに、すごいの?」


 トムオがにやけながら、初めてリーフロッテとまともな会話をしていた。


「高位の魔術師が生涯をかけてなれるかどうかと言われている最終職業ですよ! さらにスキルも最も貴重な〈UR〉の【魔力三倍増】とは」


「そうか、まっ、『英雄』なら当然か」


 トムオが鼻を高くした。


 ちなみにスキルやドロップアイテムはその希少さでURウルトラレア、 SRスーパーレア、 HRハイレア、 レア、 Nノーマルと分けられるそうだ。


「イーラ様は?」


「俺は……種族【聖人】、職業『 食の競争者フードファイター』。スキルは……」


 俺はトムオと同じように、ステータスの項目を読み上げようとした。


「……え? ふ、フード……?」


 リーフロッテの目が、白黒していた。

 トムオの 爆炎の魔術師ハウラーオブザフレイムで盛り上がっていた空気が一転、急速に冷え切った。


「アスト、【食の競争者フードファイター】の能力を知っていますか?」


 リーフロッテが白髪の老人を見る。

 アストとは、先程からいろいろ情報提供してくれている、何でも知っていそうな老人だ。


 魔術師なのかもしれない。

 アストはふむ、と声を発すると、小声で何かをつぶやき始めた。


 そして、その顔に不快感をあらわにする。


「【簡易職業鑑定】によると……食べることだけに秀でた陳腐な職業じゃ……戦闘はできん」


 確かにメニューの説明書きには、レベルが上がれば上がるほど、短時間で大量を食することができるという。


「……で、でもファイターとついていますから、相当頼もしい職業に違いありません」


 リーフロッテがとっさに俺をかばってくれたのだが、それすら無理が感じられる。


「イーラ様、スキルの方は?」


「それが」


〈 ェ繧ゥ讐ォォ〉【 繝サ遐皮ゥカ 】。


 希少度、スキル名ともに文字化けしていて読めない。

 なんだよ、これ。


 俺は事情を説明した。


「き、きっと役に立つ能力ですよ」


 リーフロッテが一応言ってくれるが、苦笑いを禁じ得ない。

 アストはそんな俺を見て、低能さを隠そうとしているのだと思ったらしく、鼻で笑っていた。


 職業もスキルも、俺ははずれをひいてしまったようだった。


(【食の競争者フードファイター】って)


 きっと日々食ってばかりだったから、そんな職業を神が授けたのかもしれないけどさ。


 もはや国に三十人しかいないのに、食を競ってどうするよ。


「英雄トムオ殿、ひとつ魔法を見せてもらえんかの」


 そこでアストが自身の杖を差し出しながら、トムオに声をかけた。


「この杖が発動体となりますゆえ、利き手に持って詠唱をなさってくだされ」


「よかろう」


 急に口調の変わったトムオが杖を受け取り、感触を確かめている。


「どれ、じゃあこの魔法を」


 家の玄関を開け放つと、目の前に広がる森に向かって聞いたことのない言葉を紡ぎ始めた。


「おぉ」


 俺は息を呑んだ。

 まもなくして、杖の先端部分が赤く輝き始めたのだ。


「〈火炎球ファイアボール〉!」


「おわっ!?」


 兵士たちが慄く。


 真っ赤な球状の光が、杖の先から放たれたのだ。

 それはキュゥゥン、という音を放ちながら飛んでいき、30メートルほど離れた木にぶつかる。


 ――ドォォォン!


 轟音とともにに床が揺れ、俺たちは仰け反った。

 白い煙が立ち上り始めた。


「なんと……」


 アストが絶句している。


「す、すげぇ……」


 兵士たちも立ち尽くしていた。

 直撃した木は半ばから消し飛び、周囲の木々も折れ曲がって、まっ黒く煤けているのだった。


【魔力三倍増】は伊達ではない。


「これなら、あいつらが来ても!」


 誰ともなく拍手を始め、トムオを称える声が次々と上がり始めた。


「………」


 しかし、それを見ていたリーフロッテは少々困惑したような顔をしていた。

 俺もなんとなくわかる。


 ここに逃げた残党がいるぞ、と知らせているようなものだからだ。

 騒いでいた兵士たちもそれに気づいたのか、徐々に静まり始め、嬉々としているのはトムオだけになった。


 兵士の一人が、無言で扉を閉めた。


「イーラ様もきっと何か……」


 しばらくして落ち着いた頃、リーフロッテが俺を気遣ったように言葉を発した。


「……いや、俺に見せられるものはないよ」


 俺は皆と違い、【食の競争者フードファイター】の意味を知っている。

 この状況でなにかができる職業であるはずがなかった。


「ふむ。力といい、体型といい、どちらが呼ばれるべき存在だったかは一目瞭然じゃな」


「アスト」


 リーフロッテがその美しい眉をひそめると、白髪の老人はばつが悪そうに、エホン、と咳払いをした。


 俺は視線を逸らした。 

 言われなくてもわかっている。


 俺はトムオが異世界に呼ばれる瞬間、財布を渡して繋がってしまい、一緒に飛ばされてきただけの存在なのだろう。

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