第10話 フードファイト
激辛スープの幸運から三日。
今日の脱落者は13名だ。
俺はまた9番目だが、今日の食事の残り方は、かつてないほどに少ない。
豆も一つもないし、レタスもない。
おかゆもすでにすっからかんだった。
脂肪だらけの体を丸め、這いつくばって足元も探したが、落ちている食材もなかった。
(まあこういう日もあるだろう)
さすがにへたれて、シカの悪魔とともにテーブルにつき、空腹を騙すために水をちびちび飲んでいた時だった。
「今日は我らがレヴィアタン様の誕生日である。夜には祝いの晩餐を催す! 歌って飲んで楽しむがいい!」
調理場にいたらしい、白エプロンをした馬顔の悪魔が声を張り上げた。
それを聞いたシカの悪魔が、いきなりテーブルを揺らして立ち上がると、吠えながら万歳し始めた。
いや、彼だけではない。
脱落組のみんなが総立ちで喜んでいた。
そう。
どうやらこの食事とは別で、俺たちに食べ物が当たるようだった。
◇◇◇
いったん第九処に戻されたものの、しばらくして俺はまた強制転移させられた。
見覚えのあるそこは、食堂の門の前。
しかしいつもと違い、陽光は夕日に変わり、荒野を茜色に染め上げている。
良い香りが漂っていた。
これが先程言っていた、「祝いの晩餐」というやつか。
今は食堂の外にまでテーブルと椅子が置かれている。
そこで、目が釘付けになった。
「おお」
テーブルの上には今まで見たことのない料理が二十種類以上と、食べきれないほどに置かれていた。
山のように積まれた鶏レッグ。
脂の浮いた黒い汁にぷかぷか浮かぶ、焼き豚。
ぎょうざのような、薄皮で巻いたものもある。
定番らしい巨大唐揚げも、崩れんばかりに山盛りだ。
さらに柑橘類盛り合わせ。
タコの足のようなものが浮かぶ、真っ赤なスープ。
もちろんおかゆも、黒窯からもうもうと湯気を上げている。
「おいおい……すごい量だな」
ここに来て初めて、まともな食事にありつけるのかもしれない。
湧き出る唾液を飲み込みつつ、俺たちは馬顔の悪魔の言う通り、テーブルの両側に一列に並ぶ。
(レヴィアタンの誕生日とか言っていたな。誰か知らんが感謝しよう)
「さあ好きなだけ喰うがいい! そして強くなれ。ただし持って帰るなよ!」
その声で皆が一斉に席につき、大口を開けてかっ喰らい始めた。
もちろん俺も黙っているはずがない。
次々と奪われて山が崩れていく鶏レッグの大皿へと手を伸ばし、両手で2本つかんで、そのまま食らいついた。
塩味と香辛料の利いた肉が、口の中で熱い肉汁を吹き出す。
「うは、美味いなあ!」
肉は柔らかくてジューシーだった。
しばらく食べていなかったのもあり、止まらなくなっていた俺は手当たり次第に料理を口の中に放り込む。
タコ足のスープは香辛料の利いたものだ。
ちょうどユッケジャンスープに似ていて、タコだしが効いて海鮮風になっている。
唐揚げはサクサクで、中からはじゅわっ、と肉汁があふれる。
「たまらん」
周りの悪魔たちと同様に、話す間もなく一心に食べている。
アイテムボックスにしまって、持って帰りたいことこの上なかった。
「あーこの満腹感久しぶりだな」
鶏レッグだけ数えても、合計12本食った。
ユッケジャンスープ5杯。
唐揚げ15こ。
中華風の卵海鮮料理も皿に大盛りで3回平らげた。
随分と痩せたというのに、あからさまに自分の腹が突き出たのがわかる。
久々にフードファイトをしたな。
隣を見ると、シカ悪魔がおかゆを三杯持ってきて、その上に焼き豚をちょちょっと載せ、ひたすらかき込んでいる。
「お、その食べ方美味しそうだな」
俺もそうして食べてみる。
甘じょっぱいたれがおかゆとあいまって、なかなかいける。
美味いな、というと、シカは同意するようにアオォォン、と鳴いた。
こいつ前世は日本人だったのかもしれないな。
◇◇◇
食後はさらに日本酒みたいな酒が器にのって出てきて、悪魔の女の踊り子たちが陽気な楽器の演奏に乗って、魅惑的な踊りを披露し始めた。
脚を大きく開き、チラリズムを意識した衣服で踊るそれは実に官能的で、見ていられないほどだった。
「どうだ、楽しんでいるか」
そんな折、背後から声がした。
蛇だった。
「大層な飯をもらって感謝している」
「それでも体型は元には戻らんだろうな」
「一日食ったぐらいじゃ戻れない」
俺は笑った。
そう、俺の体重はすでに87キロまで落ちていた。
メニュー欄で確認できるので見ていたが、体感的にも随分と体が軽くなった気がする。
「だいたい月に一度、こういう催しがある。それまでは何とか生き延びるんだな」
「ありがたい話だ……ところでちょうどよかった」
俺は隣のシカの肩に手を置いて、席を立つ。
鹿はまだ焼き豚お粥を食べている。
「俺を戻してくれ」
「……第九処にか?」
蛇が不思議そうに言うが、俺は頷いた。
「遊んでいる暇は俺にはない」
「たまには気を緩めよ。時の流れは違うのだ。宴はこれから面白くなるのだぞ」
蛇の言葉に、俺はすぐに首を振った。
「そんな心の余裕は俺にはない」
「……」
蛇が黙する。
俺がくつろげるはずがない。
俺は、キボンとの歴然とした差を身をもって知っているからだ。
さらにキボンは天使を従えていた。
特に奴の召喚した
いったいどうやったらあの瞬間のリーフロッテを救うことができるのか、皆目見当もつかない。
だから俺は、死に物狂いでただひたすらに努力する。
ほかの楽しみなど、一切いらない。
「戻してくれ」
「いいのか」
「ああ。知っていたら、レヴィアタンという奴に感謝していると伝えておいてくれ」
その言葉に、蛇が小さく笑った気がした。
◇◇◇
「げふ……」
我ながらファイトしすぎた。
三日と食べていなかったからついあれもこれもと欲張り、俺の胃はずっと驚きっぱなしだ。
座ると久しぶりに腹が満たされたせいか、心地よい眠気がやってきた。
この感じも実に久しぶりだった。
(少し眠るか)
暗い第九処は、寝る場所さえ気をつければそれなりに休める。
ごろりと横になると、すぐに睡魔がやってきて、俺はそのまま意識を失った。
◇◇◇
〈【
〈【
〈【
〈【
「ふぁー寝たなぁ」
大きく伸びをする。
かつてない爽快感だ。
腹がこなれているから4-5時間は寝たか。
石畳の上で長時間寝るなど初めてだし、腰が痛いうえに、肩とか後頭部は無くなってしまったかのように痺れている。
水を補給し、体をほぐし、出口となる門に向き合った。
そこで、俺はぽかんと口を開け、しばし呆けた。
「なんだ……これ」
暗くなかった。
なんと、視界は日没前のように薄明るく染まっているのだった。
「あれ、ここ……第九処だよな」
足元のタイルは、きれいにオレンジと白にわかれている。
触れて落ちてみて確認した。
白いタイルが、触れてはいけないタイルと正確に一致している。
「……すげぇ」
俺は笑みが浮かんでくるのを禁じ得なかった。
そう、俺は暗闇を見抜く能力を獲得したようだ。
自分のステータス画面を見ると、レベルは6のまま一つも上がっていないが、【
「すごい……これほどまでに違うのか」
どうしてあの悪魔たちが、食堂へ走る時に第九処の闇を駆け抜けていけるのか、その理由がよくわかった。
しかしなぜ急激にスキルが覚醒したのだろう。
したことと言えば……。
「……飯か」
たらふく食って寝たのがよかったということか。
タイルを歩いた先には門が見える。
もうゴールに入ることなど、容易かった。
だがまだ入らない。
これ以上このスキルが上がらないか、確認してからだ。
ここには修行に来ている。
クリアするために来ているのではない。
完璧にこなせるまでは、抜けるつもりはなかった。
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