第23話 強くて最初から ③
「イーラ様。ホブゴブリンは私に」
「――いや、俺がやる」
ここは重要な流れだ。
一字一句、違えるつもりはない。
間違えれば、リーフロッテが水汲みに行くタイミングがずれてしまうのだ。
「……わかりました。いったん私がひきつけます。一体ずつお願いします」
そう言って、彼女は何かを呟き始めた。
「――目を閉じて」
何が起きるかわかっている俺は、素直に目を閉じた。
次の瞬間、まぶたの上からでもわかる焼けつくような光が瞬く。
「ギォォ!?」
目を開けると、ゴブリンたちが両目を押さえて悶絶し、転がりまわっている。
彼女はその間に素早く、彼らの背後へと回る。
視力が回復したゴブリンたちは、俺に背を向け、武器をちらつかせているリーフロッテを警戒する。
「おおぉ」
俺は極力、加減を間違えないようにしながら、一体、また一体と苦戦を演じつつ、ゴブリンたちを排除していく。
当時も勝てたくらいの相手だ。
全く難はなかった。
「リーフロッテ、最後も俺がやる」
覚えている歴史通りにふるまい、続けてホブゴブリンとの戦闘を開始する。
内心不安がなかったかといえば嘘になる。
ミノタウロスは倒せたが、本当に手合わせするまではどうしても蛇の言葉を信じきれなかったところがあった。
だが、あいつの言う通りだった。
これなら確かに百体、いや千体集まっても負ける気がしない。
「うわー」
それでも今回は簡単に勝ってはいけない。
追い込まれている様を演じるのはなかなか難しかったが、足を掴まれたところで、それなりの悲鳴を上げる。
「イーラ様!」
リーフロッテが動き、ホブゴブリンを始末してくれた。
◇◇◇
「イーラ様、なにか食べましょう」
隣に座っているリーフロッテが微笑み、俺に気を遣ってくれている。
脚に負ったことになっている怪我は、彼女が持っていた回復薬で完治したふりをした。
「今日のスープは滋養があって体にいいんです。満月鳥の食べにくい部分も残さず食べられる料理なんですよ」
「自分が情けなくて、食べる気が起きない」
正直、空腹で死にそうだった。
「イーラ様。ゴブリンたちの排除は見事でした。すごく恰好よかったです」
「……カッコよくなんかねぇよ」
俺は小さく笑った。
あの時は、この言葉が本当にみじめでならなかった。
彼女の前で、格好をつけることばかり考えていたのだ。
なんと小さい器だったかと思う。
「……イーラ様?」
俺の笑いがちょうど自嘲に見えたのだろう。
リーフロッテが気遣ってか、優しく声をかけてくれる。
俺は耐えられぬふりをして、視線を逸らした。
「……済まない。いっぱいいっぱいでな。ちょっと一人にしてくれないか」
「……はい。失礼いたしました」
リーフロッテは俺の食事を器に盛り、目の前にそっと置くと、水を汲んできますと背を向けて去っていった。
「よし……」
うまく流れてくれた。
タイミングとしては、歴史と同じぐらいで行ってくれたはずだ。
目を閉じ、彼女が無事に戻ってきてくれることを祈る。
(いよいよだ……)
胸がどくん、どくんと跳ねるように打ち始めた。
◇◇◇
「ぎゃあああ――!」
この世のものとは思えない叫びが辺りに響き渡った。
はっとして声の方を見ると、味方の兵士の一人が腹に剣を突き刺され、男に宙吊りにされていた。
「ひぃぃ!?」
トムオがスープをぶちまけながら、仰け反る。
「敵兵か」
立ち上がって、リーフロッテから預かったままの剣を握る。
木々の影から、そろぞろと敵兵が姿を現していた。
その数、200といったところ。
天使が10人に一体くらいで混ざっている。
俺が臨獄の九処で戦った天使よりは、翼が貧相で、全体的にやせ細っている。
最下級の
「ここ見つからないんじゃなかったのかよ!?」
トムオが動転した声を上げると、敵兵たちが笑い声をあげた。
「気づいてなかったと思ってたのかよ。ほんとめでたい連中だぜ」
剣を突き上げ、宙づりにしている男が嘲笑うかのように言った。
そして、剣の先にあったものをぽいと投げ捨てる。
その顔を久しぶりに見ても案外冷静な自分に、むしろ驚いた。
金髪を刈り上げた、白い翼の生えた男。
忘れもしないキボンである。
「雑魚を片付けろ。こいつは俺がやる」
こいつ、のあたりでキボンが俺を見て、剣で指し示した。
俺はリーフロッテがくれた剣を静かに抜きながら、深呼吸をした。
まだだ。まだ勝手に動いてはならない。
リーフロッテが、帰ってきていない。
「……くっくっく。びびった顔してやがるな」
キボンが俺を見て口元を歪めるようにして笑った。
俺は構わず、じっと天使を観察する。
「ああ、初めて見るんだな。あれは俺が契約している
キボンがさっそく喜々として紹介する。
「………」
しかし俺は正直、拍子抜けしていた。
当時は恐ろしい存在に映ったのだが、今見ると……。
まあいいか。
台本を続けよう。
「お前が勇者とやらか」
俺は剣を構えながら訊ねる。
リーフロッテが戻ってくるまでは、丁寧になぞるのだ。
「お前が英雄とやらか」
「答える必要はない」
「なら俺も答える必要がねぇなぁ。だがこれだけは言っておいてやる。今日俺様がここに出向いたのは、英雄を殺すためだとな」
「簡単にはやられないぜ……なあトムオ」
トムオは真っ青のまま失禁しており、俺の後ろでがたがたと震えている。
こいつも台本通りだ。
「そこのお前、英雄と認めたな。しかし英雄殿に、まさかそんな貧相な武器しかあたらないとはよ」
キボンは遠い目をしながらくっくっと笑うと、輝く双剣を十字に構えた。
「全く残念な国に
俺は再び深呼吸して、乱れつつある呼吸を意識して整える。
(……いよいよだ)
すでに汗ばむ手で、リーフロッテがくれた剣を握り直す。
もうすぐ、明らかになる。
あの修行で、どれほどこいつとの距離を縮めたのか。
ふっと、キボンの体勢が低くなる。
奴の足の形から、上に飛ぶ姿勢に見える。
(来る――!)
「どれ、英雄殿の腕前を見せてもらうぜ!」
次の瞬間、キボンが掻き消えた。
〈――【魔神グレモリィの千里眼】発動します〉
そこで流れる、内部アナウンス。
一気に目が冴えていく。
「………」
喜々とした顔で俺を見たまま、キボンが上に跳躍していくのが、はっきりと目で追える。
拍子抜けするほどに、ゆっくりだった。
俺はその降り立つ先を見上げた。
「………」
奴は木の上で、その太い幹に隠れている。
白い翼が丸見えになっている。
……なにやってんだ、あいつは。
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